※お題『ゲームマスター』
※企画屋本人
ログインすると同時に、wisが飛んできた。
画面に表示された白い枠の中に、文字が浮かびあがる。
「リーダー。騎士で砦に来てくれ。今すぐに」
ギルドメンバーのタカキからだった。妙にせっぱつまった様子に首をかしげながら、俺はキーボードを叩く。
「どうした?」
「侵入者がいる。やばい感じだ」
「攻城戦は今日じゃないだろ」
「一刻を争うんだよ。ポタで飛ばすからたまり場まで来い」
「ういうい」
なんだかよくわからないが、うちのギルドのアジトが攻撃に晒されているらしい。俺はいったんキャラクターセレクト画面に戻り、財布のブラックスミスから実戦用の騎士に持ち替えて再びログインする。たまり場に姿を現すと、タカキの別キャラのプリーストが待機していた。「よう」と入力してエンターキーを押そうとしたときには、既に足元にポータルを開かれていた。
画面が暗転し、街中からのどかな風景に切り替わった。すこし遅れて、タカキのプリーストも姿を現した。すぐそばの画面移動ポイントに移動し、隣のフィールドに入る。
「ついたぞ」
城砦を模した建物の入り口に立ち、俺はメンバーたちに到着を知らせる。
同時に発言欄に緑色の文字がずらずらと並んだ。トモのウィザード、スグルのブラックスミス、ミツのハンターが俺らを待っていた。
「リーダー、やばい」
開口一番、トモがそう言った。
「下の階でだべってたら、誰かが俺らに襲いかかってきた」
「どんなやつだった?」
「姿が見えなかったんだ」
「なんだって?」
俺は眉をひそめた。
「クローキングで姿を消したアサシンじゃねえの?」
「ちがう。クローキング状態は攻撃ができない。それに壁から離れれば、強制的に解除される」
ミツが断言した。
「それに、サイトもルアフも使ったのに、効果なかったんだ。」
「たしかにやばい感じだな。おまえら今どこにいる?」
「最奥のエンペ部屋。入り口にアングルとストームガスト敷いてる」
「OK、そのまま足止めを続けろよ。今行くからな」
「リーダー、気をつけて」
「あいよ」
通信が途切れると同時に、タカキが支援魔法を連続して唱える。フルドーピング状態になったことを画面のアイコンで確認し、俺たちは砦の門をくぐった。
ここ、砦と呼ばれる特殊フィールドは、エンペリウムと呼ばれるアイテムを所定の場所に設置することによって、一時的にアジトとして占有でき、さまざまな恩恵を受けることができる。そのため、砦の所有権を巡ってしばしば、攻城戦と呼ばれる骨肉の争いがくりひろげられる。だがそれは一週間に一度、特定の時間帯のみだ。その時間帯でなければ、プレイヤーキャラクターに攻撃はできないシステムになっている。
時間外にもかかわらず攻撃が可能な、姿の見えない侵入者。ありえない。イレギュラーだ。
「ハックでもされてんじゃないの?穴だらけのプログラムだかんな」
スグルが口をはさむ。
「もしそうだとしても、なぜ俺らを狙うんだ?」
タカキの質問に、スグルは答えなかった。
たしかにこのゲームは驚くほど稚拙だ。俺たちもシステムの穴をついて、小遣い稼ぎをさせてもらってる。ちょっと腕が立って抜け目のないやつなら余裕だろう。しかし、それだけの技術力を持ちながら、なぜ俺たちを狙ってくるのか。この砦内でなければ手に入らない貴重なアイテムもあるが、システムを書き換えられるレベルのやつなら、その程度のアイテムはいくらでも作り出せそうなもんだ。
俺は気づいたことを確かめるために、奥のメンバーに向けて呼びかけた。
「そいつは姿が見えなかったんだろ?なんで襲われてるってわかったんだ?」
「イツミの騎士が倒されたんだ。だべってたらいきなり剣の音が聞こえて、イツミが倒れてた。え?って思ったら次にはカヤのアサシンがやられた」
「それで、イツミとカヤは?」
「倒れると同時にログアウト。その後反応無し。携帯にメールいれてみたけど、連絡きやがらねえ」
「あいつら返信遅いからな…」
せわしくキーボードを叩くかたわら、俺らは警戒しながら歩を進めた。入り口から砦最奥のエンペリウム設置室、通称エンペ部屋までは、曲がりくねった一本道だ。途中で襲い掛かられる危険性は充分にある。
「それでそのあとは?」
「もうわけわかんねえから、とりえあず罠とアイスウォールばらまきながらエンペ部屋まで逃げた。たぶん、エンペ狙いだろうし」
「なるほどな。襲われたのはいつ頃だ?」
「20分前だ。最初に広間で襲われたこと以外は、特に目立った動きはなし」
「なるほどねぇ……」
ギルド通信を続けながら、俺らは誰もいない一本道を進んでいく。途中、タカキがつと立ちどまった。一瞬緊張したが、時間切れになる前に支援魔法をかけなおそうとしているだけとわかってほっとする。その瞬間、思いついたことがあった。
「ははん、読めたぞ」
「どうしたの、リーダー」
「こいつは新手の煽りかもな。俺らの様子をどこかで逐一ライブしてんじゃねえの?」
俺の予想に、メンバーたちはうなづいたようだった。
俺たちは、このサーバ上じゃ良くも悪くも名の知られたギルドだ。どこかの暇人が異常な侵入者にきりきり舞いする姿を、リアルタイムで晒す遊びを考えついたとしてもおかしくない。対岸の火事は最高の娯楽だ。俺だってどこかのギルドがそんな目にあう現場に立ち会えば、終始ディスプレイに張り付いてるだろう。今回はたまたま、おもちゃが俺らだったってことだ。
俺は唇の端を笑いの形にゆがめる。どこのどいつだか知らないが、おもしろいことを思いついたもんだ。人生、これすべからく遊戯。たまには踊ってやろうじゃないか。
「スグル、ミツ。討って出ろ。挟み撃ちだ。トモはエンペ部屋入り口をアイスウォールで封鎖、裏でライブ現場を押さえろ。バカ騒ぎを酒の肴にしてやろうぜ」
「わかった」
「了解」
「うん」
三者三様の返事が発言欄に表示されると、画面の右上、ミニマップ上に表示されたカラーポイントが動きはじめる。スグルとミツが移動を開始したようだ。その近くで静止したままの黄色い点がトモだろう。城壁をめぐって要塞の入り口にたどりついた俺とタカキは、ワープポイントの上にのった。画面が薄暗い室内へと変化する。
俺はもう一度ミニマップに視線をすべらせ、目を疑った。
黄色い点が、消えていた。
「スグル、ミツ、無事か?」
「無問題。どうしたよ」
「いったんエンペ部屋に戻って、トモがいるか確認してくれ」
「あ、うん。わかった」
俺は急いでパーティー画面を開き、トモのログイン状況を調べた。名前の横に表示されているはずのポイントが消えている。トモがログアウトした証拠だ。念のためギルド情報も見てみたが結果は同じだった。
「リーダー、トモが消えてる」
そっちはどうだと聞く前に、タカキの報告がきた。
「同期落ちか?」
「わからん」
「携帯に連絡は?」
「もういれた」
「返事は」
「まだだ」
俺たちは立ちどまった。今、ミニマップ上を動いている点は、スグルとミツのふたつだけだ。
くどいようだが、入り口から最奥のエンペ部屋までは一本道だ。姿を消してスグルとミツの目はごまかせても、エンペ部屋入り口はアイスウォールによって封鎖されている。つまり、普通ならトモのいる場所までたどりつけない。
「リーダー、トモがいない!」
発言欄に、ミツからの報告が入る。
「アイスウォールは?」
「残ってる。部屋は封鎖されたままだ」
「なら、同期落ちだろ。でなきゃサーバーにキャンセルされたんだ」
「ありえるな。まったくこれだから……」
ひとくさりお決まりのセリフを吐く。
トモは、まだ復帰しない。
俺は唇を舌でしめらせながらメッセージを打ち込んだ。やたらのどが渇く。エアコンが強すぎるのかもしれない。
「とにかく、一度合流しよう。ふたりとも、そこを動くなよ」
エンターキーの上に指を置いたところで、俺は手をとめた。
ゆっくりと手をのばし、バックスペースを押す。しばしの猶予のあと、カーソルが急速に左へ動き、飲みこまれるように文字が消されていく。ちかちかとまたたくカーソルと、ミニマップを交互ににらんだ俺は、もう一度メッセージを入れなおし、今度こそエンターキーを押した。
「スグルは?」
誰も何も答えなかった。
ミニマップの上のカラーポイントは、3つになっていた。
「ミツ、スグルはどうした」
「わからない」
「いっしょじゃなかったのか」
「エンペ部屋に入るまではいっしょだった」
手のひらが汗で湿る。
「もういい、とにかくそこを動くなよ。今行くからな」
合流して、どうするかはあえて考えなかった。俺は暗闇へ向けて踏み出す。
「リーダー」
「なんだ」
「行かなくてもいいと思う」
タカキは立ちどまったままだ。
聞き返す必要も無かった。俺の目の前で、ミツを表す点が消えた。「どうする?」
「どうするって…」
どうしたらいいんだろう。
俺は画面上を無意味にマウスで探った。次々と消えていくメンバー。放置された携帯。取れない連絡。わからない安否。タカキは押し黙ったきりだ。考えあぐねているんだろう。俺は歯軋りする。
なんなんだ、いったい。なんでもいい、出てきてくれ。叫びだしそうになったとき、目の前の画面に変化が起こった。暗闇の奥から、白い姿が浮かびあがる。
現れたのは、女だった。
俺らが知るどんな職業のものでもない、短いスカートに袖の長い上着。白を下地に、薔薇か牡丹かはわからないが、でかでかと花柄がプリントされている趣味の悪い服だ。
女はとことこ歩いてきて、俺らの目の前で立ちどまった。
「ハレルヤ!」
女が吐いたセリフの突飛さに、俺は言葉を失った。
それを皮切りに白い文字がずらずらと並んでいく。
「まったくもっておめでとうございます!
我ら一同、心より祝福させていただきます。胡蝶の夢すら生ききれぬあなた方は、退屈な日常を食い破り、荒海へ漕ぎ出す冒険者そのもの。勇気あふるるあなた方に、幸多からん事を!」
なんだこいつ、電波ちゃんか?
そんな俺の心を読み取ったように、女は口調を変える。
「申し遅れました。私は遊戯管理者。この箱庭のお世話をさせていただいております。名前はマウスポインタでご確認くださいませ。」
女は/ちゅのエモーションを出してみせた。
愛嬌のつもりだろうか、行動がさっぱり読めない。
「リーダー。こいつ、ゲームマスターだ」
「わかってる」
なるほど、システム側の人間か。そりゃあ規格外の動きができるわけだ。エンペ部屋へはテレポートでも使ったんだろう。がてんのいった俺たちを、女はあいかわらず無視してしゃべくりまわしていたが、突然こちらに水を向けた。
「haruna774様、takasaki613様。本日は両名に、ゲームエンドを告げにきました。罪状など読みあげなくともわかっていますね?」
俺はしばし逡巡したが、正直に言葉を打ち込む。ゲームマスターじきじきのおでまし、どうせここまできたら認めようが認めまいが後は同じだ。
「BOTか?」
「いいえ。当箱庭を大変熱心にご利用いただき、誠に有難う御座います」
「チートか?」
「いいえ。自由度の高いゲームシステムを最大限にお楽しみいただいているご様子、けっこうなことです」
「デュープ?」
「いいえ。相場が下がれば初心者たちの手にもレアが届きましょう。円滑なコミュニケーションと市場の拡大に御貢献いただき感謝の極みです」
「じゃあなんだ?」
「私どもはお客様が勝手にこづかい稼ぎ…いえいえ、独自に利益を得ることは原則禁止させて頂いております。私どもはお客様と信頼に満ちた友好関係を築くために日夜努力して参りましたが、このたびあまりに度の過ぎるものは当箱庭を崩壊させうるものとして、対処を徹底することとなりました」
「なんで俺たちなんだ。他にも派手にやってるギルドはたくさんあるだろ」
「私どもといたしましても、このような直接的方法を取るのは初めてでして。今回はテストケースということで、比較的規模の小さい貴ギルドに白羽の矢が当たりました次第です」
「なんだそりゃ?」
怒気を含んだタカキの言葉に、女は/笑いのエモーションで返す。
「まあ、運が悪かったということで、ご了承ねがいます。」
そういうと女は剣を抜き、まっすぐつっこんできた。速い。
キリエエレイソンの障壁に守られていたはずのタカキが、一撃のもとに打ち倒される。返す刀で、女はあっけにとられる俺を刺し貫いた。
暗くなる視界に迷いながら、俺は今ごろ気づく。
女の服。花模様でもなんでもなくて、血しぶき。いつもの選択肢は表示されず、ログイン画面へもどされる。
俺は自分のIDとパスワードを入力し、エンターキーを押す。
『未登録のIDです。もう一度確認してください。』
なるほどね。
俺はためいきをついた。
えらくこった演出だったが、ようするにアカウントBANだ。
俺は公式サイトを呼び出す。新しいアカウントを獲得するためだ。
それにしても痛い。リアルマネーで売買する予定の金品は、ほとんどがあの消されたアカウントのものだ。レベル上げなんてBOTにまかせればすぐだから苦痛でもなんでもないが、レア集めはまた別の問題だ。あいにく俺自身は自由自在にアイテムを増殖させるスキルは持ち合わせていない。
こんなことなら早い段階で売り逃げしとくべきだった。最近は相場も下がり気味だし、まったくろくなことがない。
さて、新しいアカウントはどんな名前にするかな。
俺が深呼吸しつつ腕組みをしたとき、ノックの音が聞こえた。
「ハルヒコちゃん」
「なに?かあさん」
「あのね……その……」
それっきり扉の向こうの母は黙ってしまった。
かすかな音が聞こえる、泣き声のような。
もう一度ノックの音が聞こえた。今度は激しく。
「警察の者です。ご協力をお願いします」
部屋の空気が変わった。
脳裏に遊戯管理者のセリフがフラッシュバックする。
対処を徹底……直接的方法……初めて……。
俺は反射的に立ち上がった。まずい。真剣にまずい。PCの中には、俺の過去のRMTに関する詳細なメモが入っている。震える手でマウスを動かし、該当のファイルを右クリックする。削除を選び、ゴミバコにほうり込んだところで気づく。警視庁の捜査隊が、消されたファイルを修復し、そこから犯人を検挙した事例があったことに。
俺は電源コードを引きちぎり、本体を机から叩き落す。ノックの音がますます強くなった。ゲームエンドが近づいている。
どこかから、甲高い笑い声が聞こえた。end
+α
着想>GM→BANする人→超つえぇ暗殺者
ゲームマスターはリアルの世界の象徴な気がします。裏返せばROの世界に属してない存在だとの思いがぬぐえません。なので、あえてリアル側に焦点を置きました。
あとは、白い服に血ィ飛んでるの萌え!ってだけだったんですが、両者を取り混ぜるとなにやら面妖なROSSに…。服染色はやく実装されないかなあ~、そしたら白いアサシン作るのに。
2003.10.06 池栖叶