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神と憂鬱 bySKR

 
 ※お題『ゲームマスター』
 ※SKR (S-Silence
 
続き
 
 

 
 
 騎士は逃げる。三人は追う。
 此処は砂漠の街モロクを僅かに北上した荒野。女性騎士の駆るペコペコが不安定な砂の大地を蹴立てて疾走する。元来砂地に棲息するペコペコの足の爪は柔らかい砂を難なく捉え、後ろへ後ろへ蹴り上げる。
 対して、後方を走る男女三人は自らの二本の足に因る追走だ。速度増加すら掛けられていないので、本来ならば見る間に置き去りにされてしまうだろう。本来ならば、だ。
 三人は走る。有り得ない速さで。低い姿勢と大きな足のストローク。その歩の一運びは裕に5メートルを超えた。猫科の猛獣よりもしなやか。各々、その身に纏った白い衣を風に千切れそうな程に靡かせて。
「射程距離イン、捕獲いたしますっ」
 白い衣の三名中の紅一点、古木の杖を携えた女性が立て続けにファイアーウォールの呪文を詠唱する。呪法の成り立ちが恐ろしく速い。ほぼ同時に三つの炎が吹き上がった。いつ、どの合間に精神集中をしていたのだろうか、その時間が有ったのかどうかも怪しいくらいだ。女性騎士の前方と左右に赤い炎の壁が立ちはだかる。行く手を高熱に阻まれたペコペコが急ブレーキを掛けて仰け反った。
「あっちーっ!ナニしやがんのよ、このっドブスっ!」
「ど……」
 振り返った女性騎士が高い位置から唾を吐いて怒鳴る。杖を携えた白服のウィザードは不意に叩き付けられた罵声に眉間を打たれ、今やペコペコ上の騎士の足首を掴まんとしていた手を引きつらせた。たじろぐ彼女の代わりに騎士の前に立ったのは長身の丈夫。ウィザードと同じく白い装いだが、その手には剣を構えている。
「我々は管理者。これまでだ騎士セルフィライツ。罪状は自分で分かるな?お前はこれから取調室送りと成る。神妙に縄に掛かるが良い」
 女騎士はケタケタと笑う。
「なーにそれ、馬鹿じゃないの?働き蟻のイッピキ捕まえて何になるんだか……。でも面倒だからジャーネェー!」
「ま、待てっ」
 女騎士がサイドポーチから蠅の羽を取り出すのを見て、剣を持つ管理者はその驚異的な瞬発力で詰め寄り、咄嗟に騎士の肘を掴む。騎士が目を吊り上げた。
「何よっ! ○○臭い手で触んないでよコノ×××!とっとと帰って▽△▽の○○でも舐めとけっつの!」
 若い女の口からは滅多に聞けない下劣な単語のオンパレードに一瞬の眩暈。そして刹那、剣の管理者の手が弛む。
「……あっ」
 後は、あっという間だった。先程まで騎馬の立っていた空間には、投げ上げられた蠅の羽がひらひらと落ちてくる。取り残されるのは白い三名。やがて吹き上がる魔術の炎も砂地に吸われるように消沈した。
「………」
 言いようのない脱力感。三人、誰からともなく上目遣いに目を合わせあう。
 深い、嘆息。お疲れ様。
「非合法の疑似神経回路使用に加え、暴言、執行妨害を追加。……彼女の罪状がまた増えただけよ。存在の強制停止を行使出来るわね。……クレイツ」
「あ、はい」
 クレイツと呼ばれて返事を返したのは、最後方に居た年若の管理者だ。頃としては成人するかしないかだろうかだろう彼の手には、戦いの為の道具が何も無い。
「この場合、取り敢えず二週間の存在停止は確定よ。実行をお願い」
「了解しました」
 クレイツは杖の管理者へ一つ頷き、瞑目した。視覚情報の放棄と共に、意識はこの世界の法則、仕組みたる深淵へとダイブしてゆく。
 彼等は管理者。人外の能力を用いてこの世界の規律を造り、そして守る。だが彼等が二本足の生き物として活動している限りは、その能力は一般の冒険者の戦闘能力をべらぼうに引き上げただけのもので在り、その力は冒険者達と同一線上に在るものだ。
 だが、今クレイツのしているこれは違う。
 彼等は世界の在り方を守る者。故に世界の在り方に触れる権限をも与えられている。物も人も何もかも、世界のあらゆるものを存在させる事が出来、存在しなくさせる事も出来る。形を変える事も、自由を奪う事も、その気に成れば巨万の富を与える事も可能だ。
 その力。それが彼らが時に神と呼ばれる事もある所以なのである。
 あった。先程の騎士だ。
 膨大な冒険者リストの海の中で、クレイツの意識は遂に対象のデータに触れた。騎士セルフィライツ。これだ。予め拵えてあった錠前に二週間の期限を保たせて鍵を掛け、帰還。クレイツには未だ成れない作業ゆえ、少々難航する。
 砂漠のど真ん中にて無防備に立ち、世界の仕組みを動かしているクレイツを見守りながら、二人の管理者は未だチェイス後の重い精神的疲労を引きずっている。
「全く……。たまに疑似神経ではなく本人の魂が入っているかと思えば、碌な方ではありませんわね……」
 語尾に吐息を乗せる杖の管理者の肩に、剣の管理者がぽんと励ましの手を掛けた。
「なに黄昏てんだよ。大丈夫、お前綺麗だよ?」
「そ、そんな事、気にしていません!」
 そんな事、とは先程のドブスと言う単語の事だろう。瞬時に反応出来る辺り、気にしていないと言うのには信憑性が無い。
「あんなもの、唯の程度の低い遠吠えですわ。禁呪などで自らを自動人形に窶せる方などがまともな言葉を紡げる訳が無いのです」
 クレイツはうっすらと目を開く。そう言いながら傷ついているのは誰だ。
 人間、お世辞だと分かっていても褒められれば嬉しくなる。人非人だと思っている相手からでも貶されれば落ち込む。そんな簡単な事も分からないような人間が、安易な方法で闇雲に敵を砕く力だけを振るい続け、強さと富だけを手に入れてゆく。美しさを失いながら。
 と、言うような事柄を先の女騎士に説いた所で聞きはすまい。
「……作業完了です」
 クレイツは天を仰いだ。
 ああ、脱力。
「あ……」
 その時、背後から聞こえたのは覚えの無い声。萎れた姿勢を繕い、クレイツは振り返った。
「もしかして、管理者さん達ですか!?初めてお会いしました!私……うわっどうしようっ」
 声は魔法士の少女のものだったようだ。少女は思わぬ邂逅に素直に浮かれ、飛び跳ねる。この地域で戦っているなら未だ経験の浅い冒険者なのだろう。
「……ああ。こんにちは」
「お仕事中なんですか?」
「そうですね。いま一段落はしましたが」
「ご苦労様ですー。そのお洋服カッコイイですねー」
 何せさっきの今だ。普通のやりとりが出来るだけでも癒される。だが。
―――――駄目よ、クレイツ。不用意な私語は私達には認められていないわ。
 今の念話は杖の管理者からの物だ。彼女は立てた人差し指を口元に当ててこちらを見ていた。目が合ったので、逸らした。
「……申し訳ありません。我々は行かなくては」
 クレイツは出来得る限りの優しい笑みで以てマジシャンの少女を見送った。本当は顔を顰めて座り込みたいくらいの疲労感に苛まれている真っ最中だ。
「次、行くぞ」
 けれど無情にもその背に掛かる声。
「………? どうした、行くぞ」
 動き出さないクレイツを訝しんで、剣の管理者が再度呼ぶ。
「先輩。俺……」
 俺は……。
 照りつける太陽。汗と共に流れゆく気力。別に贅沢をしたいとは言っていない。仕事がきつくても構わない。けれど。
 俺、まともな人と話がしたいです。

 とある田舎の教会での出来事だ。
 彼は教会内で最も怠慢な神父だった。なので彼は連日、懺悔室の担当だった。懺悔室の担当者は何もする必要が無いからだ。彼に任せられる仕事はそれくらいしか無いのだ。暗闇の小部屋の中で椅子に座って、窓越しに訪れる人の懺悔を聞くだけ。聞き終われば定型の許しを述べて、再び待つ。時々眠ってしまいそうに成る退屈な仕事。
「失礼します」
 また小部屋に人が訪れた。扉が閉じられれば此処は暗闇。姿は見えない。薄い壁に開いた窓の向こうに人が居る。窓は黒い紗に覆われて覗けないが、聞こえた声は若い男だ。
「よくぞ来た、迷える者よ。神が汝の言葉を聞くだろう。罪を語るが良い」
 神父がそう呼びかけると男は語り出す。
「私は……。私は魔法を繰り、魔物を狩って生計を立てる者。冒険者です。ですが今は狩りなどとても……。私は妻に酷い言葉を浴びせてしまいました。彼女が戻りません。もう、どうしたらよいか……」
 沈痛な言葉も、昨夜の涙に枯れる声も、全てが神父にとっては既に慣れた日常に過ぎない。
「続けて下さい」
 退屈のあまりの力無さは、聞きように因っては気遣わしげな柔らかさに感じられたのかも知れない。
 男は話を続ける。数日前、騎士である妻と狩りに行った折り、頭に血が上ってつい彼女が気にしている事を怒鳴ってしまったのだと。それ以来彼女が家に戻らぬのだと。
「何と怒鳴った」
「……お前が弱い所為で公平も組めないだろうが足手纏いめ、と。……私はそう言いました」
 ああ、成る程、酷い。それは愛想を尽かして戻っては来んだろう。しかし。
「罪は告白された。汝に悔いる心在らば神により許されよう」
 そう言うのが決まりだから、言うより他無い。
 何度この台詞を口にしたか分からない。そして何度ここで詰まらぬ話を聞いたろう。近所の店からパンを一つくすねてしまっただとか、友人を怒らせてしまっただとか、姑のスープにこっそり虫を入れてしまったのだとか。
 男はやがて、ひとしきり吐き出し終えて少しは気が軽く成ったのか、礼を言うと小部屋から出て行った。そしてまた次の懺悔人を待つ。神の代行として、神の窓口として話を聞く。こんな生活がいつまで続くのか。
 そしてこんな事に意味は在るのか。小さな罪に耐えきれなくなった人々を招き入れては口からガスを抜いてやる。くだらない。本当に大罪を犯した者などがこのような場所に自ら懺悔に来る事など無いのだから。
「お聞き下さい神父さま」
 次の懺悔人は若い女だった。
「罪は神が聞くだろう。どうぞ話されよ」
「わたくしは……」
 女は言い淀んだ。暗闇の中で声がか細く震えを帯びる。
「わたくしは自らを自動人形と化しました」
 来た。来る筈のない者が、来た。
 大罪人だ……。
 神父の背は椅子の背凭れから離れ、知らず息は詰められる。女はそれ以上話そうとしないが、これは無闇に先を促して良いものだろうか。
 管理者に通報を。
 一瞬そんな考えが浮かぶが、それはこの暗闇の小部屋に於いてはルール違反だ。懺悔を聞くのは神であり、自分ではない。誰がこの部屋を訪れたのか、そして何がこの部屋で語られたのか、知るのは本人と神のみ。それがルールだ。
 長くは無いが重い沈黙の後、女が再び口を開く。
「強さが欲しかったのです。それは我が夫と共に在る為の強さのつもりでした。けれど、もはやわたくしは彼の下に在ることを許される存在ではありえません」
「…………」
 神父は言う筈だった。汝に悔いる心在らば神により許されよう、と。それが定型だからだ。しかし。
 管理者に、通報を……。
 神父は聖職者である以前にこの世界に生を受けた者である。自動人形化の禁術はいついかなる時にも許されざるものであり、通報の義務がある。けれど、けれどこの暗室のルールは。
 神父の戸惑いを待たず、女の声は尚も続く。
「ある日、夫は申しました。わたくしの未熟さでは共に狩りにゆくのも困難であると。言ってわたくしを突き飛ばしたのです。彼に嫌われる事は、見放される事は、どうしても耐えられなかったのです。わたくしは強さを求めました……」
 女の声に涙が滲む前に気が付いた。恐らくその夫とやらは数時間前に此処に来ている。
 ならば簡単だ。自分さえ禁呪の使用に目を瞑ればこの夫婦は上手くゆく。両者が悔いているのだから。努力さえすれば二度と同じ過ちには陥るまい。
 神父は今こそ許しの定型文を紡ごうとした。その時だ。
「これより六ヶ月後、わたくしは消えてしまう。その前に、どなたかに聞いていただきたかったのです」
「な……」
 神父は驚愕に我知らず声を漏らした。六ヶ月、その期間はもしや。
 六ヶ月間活動が認められなかった冒険者は生きる意志無しと見なされ、管理者に因り存在を消去される。その六ヶ月だと言うのか。
「どうもありがとうございました。聞いて下さり感謝いたします」
 暗闇の中ガタガタと女が椅子を引く音がした。次いで扉の開く音。
「ま、待てっ」
 暴挙としか言いようがない。神父が懺悔室を飛び出して懺悔人を追った。
 箱の様な小部屋を出ると、そこは田舎の小さな聖堂内にある礼拝堂の隅だ。突然の光が目を刺す。それでも神父は白く痛い視界の中、女を、騎士を探す。
 彼女は居た。騎士の甲冑、蜂蜜色に波打つ長い髪に、白い肌、緑の瞳で。神父を振り返り呆けたように目をぱちくりしていたが、やがてゆったりと頬笑んだ。
「あ……申し訳、ない……」
 神父はたじろいだ。何故ならば彼女は美しい人だったのだ。
「本当に申し訳ない。が、死を選ぶ人をそのまま帰すわけにはいかないので……」
 今は礼拝に訪れる人もなく、長椅子は軒並み空いている。神父の言い分に女は一つ頷くと、その一つに腰掛けた。座り、揃えた膝にそっと手を置く動作は悠然としており、神父に席を勧める手も優雅だ。
 しかしそれらは余裕と言うよりはこれから眠りゆく者の緩慢さ。全てを投げ出した後ゆえに、もう何にも捕らわれる事がない。その虚空の穏やかさに見えた。
 隣に腰掛けた神父は、彼女の顔面に張り付くその透明な笑顔を見据えて切り出した。
「宜しければ、お名前を」
「わたくしはアストレーア。プロンテラの騎士です」
「アストレーア。死んではならない。自ら命を絶つ事は懺悔しても許されない罪だ」
「では、禁呪の使用は懺悔をすれば許されるのでしょうか」
 神父は言葉に詰まった。何故ならば、許されない。
「……許される。きっと許される」
「いいえ神父様。例え神が許そうと、我が夫は決して私を許さないでしょう」
 女は睫を伏せて自らの胸元からロザリーを持ち上げると、
「わたくしにはそれが一番重要なのです」
 神よりも。神父ではなく祭壇にそう告げた。
「……とても楽しい日々でした。夫はとても強く、わたくしは色々な狩り場に連れて行って貰いました。彼の魔法はわたくしを襲う魔物を一瞬にして焼き払い、その姿は頼もしく、神々しく……」
 夢見るようにほうっ、と息を吐く女を、神父は無言で見つめ続ける。彼女の邪魔をすまいと思う以上に、出来ないのだ。その花の表情に魅了される。しかしその顔にふと翳りが差す。
「ですけれど、わたくしは汚れてしまいました。二度と彼の目に触れる事は出来ません。ですから……」
 今度こそ、神父には去りゆく女を引き留められなかった。
 彼と共に生きる事が命の全てだったと言い切った。それをどうして引き留められようか。
 礼拝堂の扉を出てゆく後ろ姿を見送る。
 神父は立ち尽くした。何故なら彼女は美しい人だったのだ。

 女は二度と訪れなかった。
 しかし男は度々訪れる。
「今日も彼女は戻りません……」
 神父はこの男の声をもうとっくの昔に覚えてしまった。日々力を失ってゆくこの声を。
「かれこれもう三月に成りますが、彼女を見た者すら居りません」
 神父は真相を知っている。だが真実は彼を絶望させるだろう。
「四ヶ月以上も会っていない。会いたい。私に彼女無しで生きろと言うのか、神はっ」
 徐々に壊れてゆく男を見ながら、神父の中は思う。
「彼女が消えて半年が経ちます。駄目です。駄目です……死にたい……」
 この夫婦は相思相愛だった。それは明白だ。
 だから誰も死ぬ必要はないのだ。その筈なのだ。しかし時間は進む。六ヶ月の時間が。
 待ってくれ神よ、誰も殺さないでくれ。
 人の訪れなくなった懺悔室の中で、神父は頭を抱えた。暗闇の中、項垂れた。
 ただ、まともな人と話をしたかっただけなんです。

―――――先輩、俺……、いい冒険者に会いたいです。
 それは砂漠での仕事を終えた時だった。管理者クレイツは虚脱感を隠そうともせず地面の砂を見つめていた。
 もう、汚い人間なんて一人も見たくない。本当は見たくない。
 けれどそんなクレイツの思いは数秒後に砕かれた。
「んー…。管理者をやっている限りはちょっと難しいかも知れませんわね。特に私たちは悪質冒険者の摘発、及び、取り締まり担当官ですので」
「うむ。まあ、おかしな奴を追っかけ回すのが仕事だからな」
 杖の管理者と剣の管理者は事も無げにそう言った。
―――――俺、まともな人と話がしたいです。
 その言葉を最後に管理者クレイツは消え、クレイツ神父がどこからともなく田舎の教会に訪れた。そして今は暗い箱の中で頭を抱える。
 もうすぐ彼女が消える。
 彼女がここを訪れた日が眠りについた日だとすると、今日で丁度六ヶ月だ。本当に彼女は眠り続けているのだろうか。このまま消えてしまうのだろうか。
 胸がざわつく。あの美しさがこの世から消える。そんな必要はないのに。
 想像すると矢も盾も堪らず、クレイツの意識は世界の裏側、データの海へダイブした。アストレーアと言う名を捜索する。あった。そしてそれは今から二時間後に、消える。
 夫も妻も、互いに共に生きる事を望んでいる。彼女が消えるのは間違っている。
 待って下さい神様。誰も殺さないで下さい。そう祈って気付いた。
 嘗ては神と呼ばれもした自分ではなかったか。そしてその力も未だここにある。
 世界の仕組みに手を伸べて、いま彼女の存在に触れている。このままクレイツがほんの少し力を込めるだけで、彼女は後何年でも命を保てるように成る。ああ、けれど。己の一存で世界の形を弄ろうなど。
 人として、彼女を助けようと思う。
 管理者として、それを許すまいと思う。
 自分は管理者なのか。それとも唯の人間なのか。葛藤の内に二時間は瞬く間に過ぎた。
 そして。
「管理者は……如何なる……にも……しない……」
 彼は今、電子の海へと散り、失われゆくひとつのデータを見送る。
 一つの物語が悲しい結末を迎えるとするならば、それも人と人の歴史。
 クレイツは暗闇の中で瞑目し、天を仰いだ。瞼の中に水分を感じる。
 自分は管理者なのか。それとも唯の人間なのか。何の事はない。自分は管理者という人間だったのだ。
 思い出した。
 管理者はこの世界の如何なるドラマにも関与しない。けれどドラマの舞台は彼等に因って守られる。思い出した。それが管理者。
 そう、だから、この力を持つ者が人に近づくべきではなかったのだ。
 さようなら美しい人。もう彼女は何処にも居ない。

 その日、クレイツと言う名の神父は姿を消した。
 次の朝には、漸く一人前に成った管理者が白い服を着るだろう。

                       了

 
 
 

+α

 実はゲームマスターってよく分からないのです。なのでまず、GMと一般プレイヤーの違いって何?と考えてみました。白服を着てキャラが走り回ってるだけなら激廃冒険者に色を付けたものですし、じゃあ、一体何がGMをGMたらしめているのだろう、と。
 それは、世界の仕組みに直接触れられるかどうか。ここだと思いまして。
 で、そこんとこにドラマ性をもってきた……つもりです。

2003.10.05 SKR