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Eight view points by鯖寿司

 ※お題『メンテナンス』
 ※鯖寿司(Crazy Teatime)
 
続き
 

『 Eight view point. 』

 某月某日09:58a.m.―洞窟の中の彼女―

 彼女は焦っていた
 暗い洞窟の中をひた走る
 視界の不明瞭な洞窟の中カタカタという骨の軋む音が不気味に響く
 いつも乗っているペコペコを置いてきた事を彼女は後悔していた
 つい数分までは鬱陶しい程人の居た筈の洞窟には今では彼女と死の気配しか存在してはいなかった
 それなりには戦闘経験も有り、自他とも認める熟練の冒険者である彼女にとってこの洞窟は然程危険な場所ではない
 背後に迫る死の気配も普段の彼女ならば焦る事も無く確実に仕留める事の出来るものであった
 しかし彼女は焦っていた
 その焦りが何処から生まれるものなのか彼女には理解出来なかった
 狭い通路で暗がりから生える木に気付かずに足を取られバランスを崩しかけたが、前のめりの姿勢のままそれでも駆けた
 そんな一瞬の遅れにすら背後から迫る死の気配は間合いを詰めてくる
 彼女の焦燥は更に高まり、苛立ちが募った
 嫌な予感がするのだ
 死では無い、自分の存在が消えてしまうかの様な気がした
 迫る死の気配では無く、存在が希薄に成って行く恐怖
 不意に彼女を取り囲んでいた圧迫感が消える
 目を凝らすと自分が洞窟内の拓けた場所に辿り着いた事がわかった
 しめた、それまで必死に駆けていたのを止め、彼女は迫り来る死の気配に真っ向から構えると身の丈ほどもある剣の柄を握り締めた
 不気味に静まり返った洞窟の中、彼女を中心に凛、と空気が張り詰めていく
 目を閉じカタカタと不快な音と共に近付く気配に神経を集中させる
 死が彼女の目前に迫った
 不死の肉体が微動だにしない彼女に向かって一斉に大斧を振り被る
「ボウリングバッシュ!!」
 極限まで高められた彼女の集中力がその一言で解き放たれる
 そこで彼女の意識は途切れた

某月某日10:00a.m.―少年の部屋―

「今日メンテじゃん」
 少年は手にしていたマウスを投げ出して椅子の背にもたれた
 目の前のパソコンの画面には女騎士とそれに被さる様に『サーバとの接続がキャンセルされました』という文字が表示されている
「折角腐兄貴でも叩いてストレス発散でもしようと思ったのになぁ」
 肩透かしを食らったような気分のまま乱暴にエンターキーを押すと女騎士の姿は掻き消え、IDとパスワード入力画面になった
 exitを選択すればパソコンの画面は見慣れたアイコンの並ぶ通常画面に戻る
 週一回のメンテナンス時間になってしまった以上ゲームにアクセスする事は出来ない
 最近は珍しくも無くなったインターネットのオンラインゲーム
 ネットワークで繋がれた仮想世界に同時に数千、数万の人間が同時にアクセスし、プレイする
 それ故に週に一回のメンテナンスは欠かせないものである
 休校日を利用して一日遊び倒すつもりでいた少年は仕方が無いものと理解しつつもやり場の無い憤りを感じていた
 時間ぎりぎりまで粘って管理会社による強制シャットダウンを食らったのもその原因の一つだろう
 しかし少年に残された選択肢はメンテナンスが終わるのを待つ、という一つしか残されてはいなかった
「どうせ延長すんだろうし・・・どっか遊びにでもいくかぁ」
 終了を選択すると電源が落ちたのを確認し、几帳面にデスクトップのパソコンに黒い布を掛ける
 静電気の起き易いパソコンを埃から守る為だ
 椅子を机の方に押しやるとクローゼットから格子縞のコートを取り出す
 袖に腕を通しつつ黒いマフラーを手に取ると少年は携帯電話と使い込まれた革財布だけをポケットに突っ込んで部屋を後にした

某月某日10:02a.m.―管理会社の男―

 男は毎日飽きる程見詰める画面に溜息を吐いた
 メンテナンス時間の三十分も前からアナウンスを流していると言うのにログアウトしないユーザーは多い
 結局の所強制的にサーバーをシャットダウンし、強制ログアウトをさせるしかないのが現実だった
 それによってユーザーのデータに障害が起きる場合がある
 それを防ぐ為のアナウンスによる告知なのだが聞き入れないユーザー達
 そして障害が起きればまたサービスセンターへ苦情が舞い込むのであろう
 規則を守らないで問題が起きて、何故それによって文句を言われなければならない?
 男がこの会社に入社してそろそろ一年が過ぎようとしていた
 確かに杜撰な管理体制だとは思う
 けれど毎回寄せられる苦情や問題はそれだけの所為だとは言えないのではないだろうか?
 いつの頃からか眉間に深く刻まれたまま消える事の無くなった皺に手を当てると男は小さく被りを振った
 既にいつ淹れたかすら忘れてしまった冷め切ったコーヒーのカップを手に取る
 香りも何も無くただ苦いだけのその味に更に眉間の皺を深くすると男は今日の予定を頭の中で反復した
 昼過ぎ頃にはサーバーをテスト起動させる予定だ
 またメンテナンスの終了を待たずにログインをするユーザーが居るのだろう
 利用者の多いゲームだけに予告も何も無しにテスト起動させるサーバーにアクセスし、ゲーム内に入ってくるものが稀に居る
 大抵は違法行為者を強制的に隔離する部屋、処置室へ移動させてから対話を試みるのだが
 男は手にしたままだったコーヒーカップをマウスとは反対側のキーボードの横に置いた
 今日無断ログインをする者が居たら予告も無しにアカウント削除にしてやる
 データを反映し続ける画面に向き直ると男は仕事に取り掛かった

某月某日12:00p.m.―変貌する世界―

 その世界は緩やかに変化していた
 地形、環境それらは一切何も変わってはいない
 しかし確実に世界は変化していた
 ゆっくりと、しかし確実に蓄積されたメモリと言う名の世界の記憶は整理され削除されていく
 世界の歪みの元に石壁の中に誕生した魔物が姿を消した
 青々と茂る草木の中何も無いのに何故か踏み入る事の出来なかった場所から見えない壁が排除された
 緩やかに変化し続ける世界
 いつもは人の犇く首都にもダンジョンにも今は何処にもその姿は無く、誰一人としてその変化に気付くものは居なかった
 ある森からそこに生息する一種の魔物が姿を消した
 ある洞窟にそこに生息しなかった一種の魔物が姿を現した
 確かな意志を持って変化していく世界
 それは世界の意志によって変化しているのか、それとも誰かの意志によって変化させられているものなのか
 誰一人として答えを出す者の居ないまま、まるで積み木を積むかの様に世界は変化を続けていた
 つい数時間前まで住み慣れていた世界の変化に気づいた時、人々はどんな顔をするだろうか
 一体どんな反応をするのだろうか
 静かに変化する世界を見詰め誰かがその唇の端を歪め笑った
 緩やかに静かに、だが確実に世界は変化を続ける
 やがてまた現れ世界を蹂躙する人々の到来を待ちながら

某月某日13:15p.m.―ある女の日常―

 女はバイトの帰路に居た
 陽は既に頂点から傾き始めた午後
 世間一般で言うフリーターの女は今日も早朝出勤の仕事を終えて帰り道の途中にあるスーパーマーケットに立ち寄った所だった
 冷蔵庫に何が残っていただろうか、そんな事を考えながら肉、魚、野菜、と物色する
 「野菜とか高いよなぁ・・・ラグナみたいに12ゼニーとかならいのに」
 大特価、等と張り紙付きで並ぶ野菜達を眺めつつ溜息を一つ零す
「ディスカウント持ってたらなぁ。全部24%オフって美味しすぎるもんねぇ」
 ぶつぶつと知らない人間が聞けば全く意味不明な事、現在自分が熱中しているオンラインゲームの事を呟いた
「それよりモンスター倒してガラクタ売ってお金稼げる方がいっかぁ」
 一人で呟き自己完結とその満足感に浸る女の姿は他人から見れば奇妙なものにしか映らない
 そこで女はある事を思い出して林檎に伸ばしかけた手を止めた
 女はバイトに出かける前には必ずパソコンを起動し、オンラインゲームを点けっ放しで出かける事にしていた
 自分がそのゲームで使用しているブラックスミスというキャラクターにゲーム内で露店を出させるのが目的だった
 ブラックスミスは女がそこに居なくともゲームを起動させ無人のまま店を開き続ける
 仕事に疲れて帰った時、出した商品がどれだけ売れているかを確認するのが女は楽しみだった
 時計を見ると既に昼の一時を過ぎている
 女が出勤したのが早朝の六時
 パソコンを点けたままもう七時間程経過していた
「今日はウィスパ露店に出しておいたんだっけ。売れてたら念願のレイドマフラ買えるかな~」
 一人うっとりとした表情を浮かべると、こうしてはいられない、とばかりに女はそれ以上の買い物を止め急ぎ足で店を後にした
 決して広くは無いワンルームマンション
 玄関を入り、申し訳程度の仕切りに付けられた扉を開ければ直ぐにパソコンの置いてある炬燵に着く
 パソコンをいい子いい子と撫でてモニターの電源を入れると途端に女はがっくりと肩を落とした
「今日メンテなの忘れてた・・・」
 週に一度のメンテナンス、午前十時から始まったであろうそれの所為で無残に画面に表示されたサーバキャンセルの文字
 女は力無く項垂れると深夜にゲームをプレイするべく眠りへの準備を始めた

某月某日14:35p.m.―主無き城の侍―

 呪いの刃を携えた侍は薄暗い城の中に居た
 足音すら立てずに侍は城の大広間を抜け、二階の裏手にある階段を目指していた
 通りすがりに一心不乱に箒を動かすメイドとすれ違い、手入れの行き届いた剣を鞘に収め敬礼する鎧を一瞥した
 ここは侍とその戦友達が住まう城
 普段は冒険者と呼ばれる彼らとは違う者達、「ヒト」が引っ切り無しにこの城に進入してくる
 沢山の兵がその異形のヒトの刃によって地に伏し、侍もまた数え切れない程の手傷を負わされてきた
 ヒトが何を目的としてこの城に攻め入ってくるのか侍には判らなかった
 しかし彼は侍である
 王の玉座さえも子供の遊び場の様に汚す輩を許す訳にはいかない
 朽ちかけた石造りの壁に侍はそっと触れた
 主である筈の王の姿は何処にも見当たらない
 先の大戦以来その姿を見たものは居ない
 主の居ない城、しかし彼らは今でもその城を守り続けていた
 侍は階段に辿り着くとゆっくりと一段、一段を踏み締めそれを登った
 その先には登りきった先の廊下中央に位置する一つの扉
 ヒトと繰り返される戦いの為、侍がここに来る事は滅多に無かった
 そんな暇も許さぬ程ヒトの侵略は激しいものなのだ
 そのヒトが今は何処にも見当たらない
 侍は扉を開く事はせず、その先にある物に想いを馳せた
 城をぐるりと囲む城壁の中、黒衣の騎士が闊歩する気配すら目の前の事の様に侍には感じ取れた
 そして世界が歪んでいく様さえも
 ヒトが侵略を再会するまで後僅か
 戦いの中で培われた感が侍にそう告げていた
 残された僅かな時間、侍は外界に広がる黄昏に想いを馳せる

某月某日15:00p.m.―少女の旅立ち―

 稜々と広がる砂漠の風景
 日もまだ高く野営を張るには少々早い
 少女は手にした粗末なナイフを鞘に収めると首を傾げた
 空は明るく遠くから微かに掛け声の様なものが聞こえる
 自分と同じ初心者が砂漠の魔物を相手に修練をしているのだろう
 少女は首を右に傾げ、左に傾げしながら何か腑に落ちないと言った感で辺りを見回していた
 野営を張るにはまだ早い、否野営を張った形跡も覚えも無い
 なのに何故か少女はまるで夢から覚めたかの様な夢想感から抜け出せずにいた
 それだけでは無く、見慣れている筈の風景に何処か違和感さえ感じていた
 心なしか辺りに居た人の数も減っている様な気がする
 訝しげに砂漠を見渡しても何一つ少女の不安に答えてくれるものは見当たらなかった
 少女は天を仰ぎ、吸い込まれそうに高い青の空をその大きな瞳に写した
「ん~・・・ま、いっか」
 少女は大きく伸びをすると勢いよく両の手を振り下ろす
「よっしゃっ!頑張れ自分っ!!」
 気合を入れると鞘に収めたナイフを抜き放ちしっかりと握り締めた
 目指すものに向かって今出来る最大限の事を
 国営の初心者修練道場でそう誓った少女の夢に向かう今持ち得る最大の武器
 砂漠の日差しはまだ厳しく薄着な少女の露出した肌に容赦無く照り付けている
 少女の目の前をちょこちょこと小さな鳥の魔物の雛が横切っていった
 今は見慣れてしまったけれどこの先にはまだまだ知らない魔物が、世界がある筈だ
 冒険者として駆け出しの少女にとってまだまだ世界は広い
 些末な事で悩んでる暇など無いと言った様子で少女は砂漠の大地を駆け出した

某月某日15:09p.m.―雪の街の道化師―

 雪の降り頻る常冬の街
 彼は華美な装飾を施された大きな木の下に居た
 人と同じ姿をしながら人では無い者、それが彼だった
 世界が変化をし、人が姿を消したその時ですら彼は一人そこに佇んでいた
 深々と雪が降り積もる中、彼に課せられたのはただ一人そこに立ち尽くす事
 唯の一歩さえも踏み出す事を許されない彼はじっと全ての変化を見詰めていた
 彼は神ではない
 それ故に彼が自身の視界の外で起こる事全てを理解し、見聞するのは到底不可能な事であった
 けれど永久とも思える時間を佇む彼だからこそ見えなくとも聞こえずとも理解し、感ずるものがある
 ほんのついさっきまで、世界から人の気配が失せていた
 ほんの僅か前まで魔の性を持つ者達が停滞した記憶の中世界に想いを馳せていた
 ほんの少しだけ彼を取り巻く気配が変化し、世界が記憶を失いその姿を歪めた
 一点の曇りも無く真っ白な街を見渡し彼は全てを感じ、全てを受け入れそこに立ち尽くす
 唯一の救いは人の形を成しながら人に非ず道化を創造した者が彼にそれを淋しいと思う心を与えなかった事であろうか
 その顔に張り付いた道化の笑顔のまま彼は世界を見詰め続ける
 手にした玉を器用に弄びながら彼はまた人がこの世界に現れるのを感じた
 現と仮想の交錯する黄昏の世界
 瞬きをする様な刹那の歴史がまた繰り返される
 見渡す雪原の街の木の下、彼はまた一人その歴史を見詰め続ける