※お題『レベル4武器』
※SKR (S-Silence)
「ただいまアイラ君っ!」
キザったらしくミニグラスを掛けた男がガラゴロとカートを引いて帰宅した。木製のドアを
蝶番の限界まで勢いよく開き、工房兼自宅たるこの荒屋の床をジャリリッと踏む。
男は鍛冶屋だ。くるりと内巻きのヤサっぽい若葉色の髪に、いかさまインテリっぽいミニグラスではとてもそうは見えないが、鍛冶屋だ。
「どーしました? 先生?」
アイラと呼ばれた長身の女性は商人だ。青く長い髪を首の左右で二つに結わえている。箒を構える姿からすると石床の掃き掃除でもしていたのだろう。長い足を清楚なロングスカートが覆う立ち姿は凛々しく、歴戦の様子を窺わせる。鍛冶屋を先生と呼ぶからには自らもいずれはその道に進むつもりなのだろうが、それは遠い未来ではないのだろう。
問われた鍛冶屋はふふん、と鼻骨に中指を伸ばしてその顔に掛かった眼鏡を押し上げる。眇められる目と口元の笑みが何か勘違いしている風合いを存分に醸し出していた。
「これを見たまえぇぇえええ!!」
小脇に抱えていたそれを見せつけられても、アイラには一瞬汚い箱にしか見えなかった。けれど、違う。これは本だ。酷く古びている本だ。皮のハードカバーは虫に食われて乾ききり、紙の端は黒く変色して朽ちつつある。
「何ですそれ。小説か何かですか?」
「NOOOOOOぉぉぉ!!」
鍛冶屋は大形に頭を抱えて仰け反った。そしてブリッジ寸前の仰け反りから腹筋で起きあがると、
「これはクレセントサイダーの製造法を記した密典ですっ」
ビシイッ、っとアイラの眉間を至近距離で指さす。
「……はあ」
まるで動じず箒を動かしだそうとするアイラは、鍛冶屋の次の言葉に漸く慌てだした。
「というわけでー!炉に火を入れたまいっ!!」
分かる人には分かるサタデーナイトフィーバーのポーズを決めつつ鍛冶屋は満面の笑みを浮かべた。クレセントサイダー。それは武器ランクの最上位レベル4の位を冠せられた槍系武器だ。
「あのですね……。レベル4の武器の定義を知っていますか?ブラックスミスには作る事が出来ない、それがレベル4武器です」
「しかしこの書は実際にそれを造った者の手記なのだよ?」
鍛冶屋が得意げに差し出す本に、アイラは呆れ顔で渋々手を伸ばす。
「全く……こんな物どこで拾ってきたんですか……」
「古城だよーん」
「……!?」
古城。古城と言えば古に栄華を誇ったグラストヘイムの城か。
アイラは思わず本をひったくった。
グラストヘイムからは現在の人類の技術力を凌ぐ品々が多く持ち帰られる。人の頭骨を用いて作成された理力向上の杖、土水火風の想いを巡らせた書、カードの力を受けるように細工されたイヤリングやブローチ。それらを生み出したグラストヘイムの滅びし技術力が本当にここに記されていたとしたら。
アイラは箒を放り出すと、表紙のすぐ中の頁に目を走らせた。『先駈けて伝える事がある。その武器を打つ事を私は禁ずる。それは神々や悪魔達の領域で在った。愚昧成る者よ滅びよ。英邁に溺れる者すら滅びよ』
「何この書体。昔の崩し文字かしら……読みにくい……」
言いながらもアイラは賢明に読解を進める。『長足の技術は軍事に傾き、苛烈を極める戦乱に世界は混沌と化す。されど刀師たる我が憧憬は殺戮の力に非ず。唯、刃の優美で在れば。会心の一振りのみ垂涎する。起こりは我が眼前にて焔に倒れし若き魔術師の、その懐に忍ばせし悪魔召還書。赤き火炎は書のひと爆ぜ毎に幽玄成る緑に染まり、やがてこの世成らざる者達が黒い光を纏う彗星の如く尾を引き集い来る。立ち上がる魔術師の眼孔にはもはや色を湛える物は無く……』
「前置きが長いっ」
アイラは齧り付いた本に向かって怒鳴る。ぶつぶつと呟く様子からすると自分の世界に入っているようだ。
「でも、凄いわこれ……。燃料やタイミングまで事細かに指定して……」
「あの……アイラ君……炉の準備を……」
「でも周りくどい!要点だけ書きなさいよねっ、このトンチキッ……ああっと、続き続き…… 」
読み耽り、まるで反応を返してくれない助手に、鍛冶屋は仕方なくトボトボと炉に向かい自分で火を入れる準備を始めた。がたごとと換気窓を押し上げて木の支え棒を噛ませる。そうして一人俯いてぎしぎしと鞴を踏む姿はいっそ哀れと言ってもいい。
「要は悪魔召還書を燃やす事なのさー。そのときに来る悪魔が炎の中にある物に宿るって寸法らしいぞぅ?」
カートの中の材料を作業台に並べながら鍛冶屋がほいほい説明を終えてしまうと、アイラは本から上げた顔を顰めた。
「……なんだか先生の口から概要を聞いちゃうと趣がゼロですね」
「君は一言も二言も多いのだよアイラ君……。準備もできちゃったし……」
とほほ、と素朴な木の机に手を突き項垂れる鍛冶屋の前には、整然と並んだ鉱石類。そして温度を上げてゆく炉の炎。
机の上には悪魔召還書。……と、オリデオコン十二個、ルビー三個 悪魔の角二個。
「なんだかそれ、すっごくランスの材料っぽいんですが……」
「やかますぃ! 材料投入ぅぅぅうう!ソイヤー!」
「………」
これは止めてもダメだ。高価な材料が無駄になってゆくのは忍びないが、まあ、この手記とやらを読んで気を紛らわすとしよう。
アイラはまた続きの頁に目を走らせ始める。『魔術師を憑坐とした悪鬼は有りと有らゆる生命を糧とする。手も触れず人間から魂を摘み上げ、足下から草と土を吸い上げ、瞬く間に魔術師からは波紋の如く廃土が広がる。徐に角が生え、漆黒の表皮に覆われ始めるその形貌は人の其れより逸脱しつつ在り、その力は……』
遠くから、オリデオコンを打ち上げる音が響き始める……。
「ああんっうるさいー!」
工房の主役を忘れてアイラが耳を塞ぐ。
「ああんじゃないよアイラ君っ、水!」
「水が何ですか!?」
「汲んでぇー……」
「忘れたんですね」
ようやっとアイラが机に本を置き、作業に加わった。焼き入れ用の水を汲み、大まかな形になるまでは相の鎚を打つのも助手の仕事だ。こうして一塊りの金属から刃が叩き出されていく様は心弾む。今、鍛冶屋の腕により振るわれているこの鎚は、一本の武器が打ち上がる頃には使い物にならなくなっている事だろう。
かーん、かーん、かーん。
打っては火床へ、打っては火床へ。しばし時間を忘れて見入る。
「今どぅあ! 悪魔召還書、投入ぅぅうう!」
「え?なんだか、もうあらかた打ち終わってるような……」
「とうっ、にゅうぅうう!!」
「………」
鍛冶屋が半泣きで叫ぶので、アイラは仕方なく悪魔召還書を火にくべてやった。その上には、後は刃を研ぐだけで良さそうな完成間近の鎌が差し入れられる。
「大丈夫なんですか、これ。まあ一応クレセントサイダーの形はしてますけどね……」
あまり裕福とは言えないこの工房では、決して安いアイテムとは言えない悪魔召還書。炎に投じるにはそれなりの勇気が要った。手記に因ると書からは緑の炎が上がり出すようだが。
「………」
上がらない。
「先生……これに懲りたら変な本は拾わないで下さいね……」
アイラがこめかみに指先を置いて嘆息したその時だった。
ガタン。
玄関の木戸がノックとは言えないくらいに大きく鳴った。二人が顔を見合わせる。
「……来客、でしょうか」
「さ、さあ……」
ガンッ。
今度は壁だ。いま家の壁に何か当たったような音がした。
「あ、あの……」
「何事ですかーぁぁあ!?」
ガタガタと建物全体が騒音を立てだした。ひゅーひゅーと風の音が鳴り始め、急激に気温が下がった感じがする。腕に鳥肌が走る感触。二人は目を合わせたまま青ざめた。
この世ならざるもの達が集い来ると言うのか、本当に。
「じょ、冗談でしょう!?」
ボッ。
と、鎌を銜えこんだ火床に緑の炎が灯る。緑だ。どう見ても緑だ。
「ぎょえぇえええ!!」
鍛冶屋は鞴の前の椅子から立ち上がるとばたばたと部屋中を走り回る。
アイラは戦慄した。そうだ。手記にはこの武器を作るなと最初に書いていなかったか。それは何故だ。まだその部分を読んでいない。
「鍛冶のっ、鍛冶の頁を……」
換気窓を開いていた支え棒が飛び、バターンッと勢いよく窓が閉じた。物音に思わず首が竦む。アイラは作業台の上の本に飛びつく勢いで駆け寄る。
実際に鎌を作った時の事が書かれている頁はどこだ。震える指で乱暴に紙を繰る。『大気は乱れる。魔なる者共が集い来る。火床より溢れる緑の光輝に奇態迫り来る気を察す。いつぞやの魔術師同様にこの鎌は捕食に因り成る悪魔なのだ。たったいま産声を上げ初乳を求める餓鬼だ。我がその糧に身を窶す事は逃れられぬ定め。この書を炎に投じたその時から』
「ちょ……!」
アイラが鍛冶屋を振り返る。
「これ、悪魔に食われるとかって書いてあるじゃないですかぁー!」
勢いを増してゆく緑の炎と、家の壁を叩く音。唸る風音。
「たはは……実は読めない字おおくってあんまり読んで無いんだよねー……」
走り回る事に疲れた鍛冶屋は、立ち止まって両膝を押さえると息を切らして力無く笑う。アイラは胸の鼓動を深呼吸でなだめながら、冷静に考えろと自分を叱咤した。
手がかりはこれだけだ。そうだ。ここに書かれている事について分析するしかない。
「そもそもこの手記、おかしくないですか?」
「どこがだねっ」
「ええと……」
どこがと言われると、どこなのだろう。とにかく何か違和感があるのだ。
もう一度、最終頁を読み返してみる。『呼び声たる緑が隆盛を極める時、魔魅降り来たりて刃に宿る。未だ研がれすらせぬまま斯様に美妙なる武具が嘗て有り得たか。麗艶なる我が子の生誕を祝せ。刀師としての悦楽に満ち、今我が魂はこの身と決別を果たし白く軌跡を描き舞い上がる。自らが産みし悪魔の鎌に食われ一つと成ろう。そして我が命、此処に潰える』
「わかったー!」
「ひいい!」
突然の大声に、おろおろと部屋を歩き回っていた鍛冶屋は飛び上がらんばかりに、いや、飛び上がった。
「そうですよ! この手記!」
「ななな何ですかアイラ君っ」
「自分で死んだって書いてます!」
落ちてくる沈黙。炎と壁と扉と風、音が聞こえる。
そうだ。どうして抜けた自分の魂が描く軌跡の色が見えるのだ。書ける筈がない。
「つまりこの本うそっぱちです」
「だがっ、きゅ、急に窓が閉まって……!」
「風が強くなってきたんですね」
「でもでも、緑の炎がぁあああ!」
「あー、見つけましたよ製作法の頁。えーと?悪魔召還書の中程に銅粉を練って挟む……って
。ああ、それは燃えたら緑になりますねー。先生、気付きましょうよ……」
「うぐ……」
言われてみれば、家はいまだにガタガタガンガンと騒音を鳴らしているが、単に嵐が来ているようだと言えばそうなのである。
「先生、これは……やはり小説なのではないでしょうか」
鍛冶屋は反論の余地もなく、悪戯をした犬のように縮こまった。
「あうー……」
「先生……」
パタムッと頁を閉じると、アイラは両腕で本を抱えてにっこり笑った。
「これに懲りたら変な本は拾わないで下さいね?」
「は、はいぃぃぃいい!」
笑顔だが額に血管が浮いているアイラに、脂汗を垂らした鍛冶屋は裏返った声を上げた。
先程までの冷えた空気はどこへやら。
早速頭を入れ替えて本日の損失計上など始めるしっかりものの助手の後ろで、鍛冶屋は火床に入れたまま忘れていた鎌の存在に気付く。
火の中を覗く。もうすっかり銅も燃え尽くして緑も出ていない。鍛冶屋は鎌を取り出してみた。
灼熱したオリデオコンは真っ赤に色づいている。これは明らかに灼きすぎだ。ここから冷やすと金属が脆くなる。打っても使い物にはならないだろう。鍛冶屋はがっくりと項垂れる。
密かに振り返って、肩を落とす鍛冶屋のちょっと可愛い背中を眺めていたアイラは、クスリとひとつ笑いを零して帳簿に向き直る。そして。
さらさらとペンを走らせて、帳簿のマイナス欄にランス製造失敗分、と書いた。
+α
昨日まで白紙でs…(ターン
発想は、レベル4武器 → なんかとにかくスゴイ → なんかってなんだ → ええと…作れな
くって何か篭もってる。_| ̄|○
なんか書いてみたけど撃沈気分。ウフ。
本当のタイトルは『禁断の書(笑)』です( ´`)b
2003.10.26 SKR