※お題『メンテナンス』
※苔。(Vergissmein!)
『 sharpen 』
崩れかけた壁、荒れた石畳の合間から生える草々。
辺りは閑としている上に薄暗い。
狭い通路の突き当たりで、動いている二つの影があった。
「……これを頼めるか?」
密やかな、まるで何かに見つかることを怖れているかのような、押し殺された低い囁き。それに対して応える方の声の音量は遠慮がない。
「はいはい。相変わらず手荒い使い方してるわねぇ」
おずおずと差し出された大剣を手慣れた様子で女は手に取った。白いシャツに革手袋、背後にはなにやらいろいろと詰め込まれたカート。それらから女が鍛冶もできる冒険者――ブラックスミスだとわかる。
彼女は鞄の中から研ぎ石やら整備用品を取り出して床に並べた。そして渡された剣の手入れを始める。
それをじっと見つめる依頼者。
「ん? 何?」
ブラックスミスは顔を上げて依頼者を見た。
「ほかに何かあるの? 時間切れで中途半端になっちゃうかもしれないけど、それで良いならいいわよ」
「いや、違う」
彼は兜を外し、中空の胴体から金属塊を取り出した。兜の中も、鎧の中も、見えるのはただただ黒々とした闇である。
ブラックスミスは胡乱な目つきで依頼者――一体のレイドリックを見た。
「いつもの礼だ」
兜を外したせいか、レイドリックの声は奇妙に歪んでいる。
兜の中ではなく鎧の胴体のほうから音がするのね、とブラックスミスは新しい発見をした。
「いらないわよ、別にそんな物」
そんな物、とブラックスミスはぴしゃりと言ってのけたが、レイドリックの持つ金属塊は町に行けばそこそこの値段で売れる貴重な金属である。
「しかし……」
戸惑った様子のレイドリックをブラックスミスは鼻で小さく笑い飛ばした。
「馬鹿ねぇ、全くの打算なしでこんなことするわけないでしょう? 仮にも私は商売人なのよ」
止めていた剣の手入れを再開させて、彼女は言葉を続ける。
「あんたの武器を見るとね、大昔の武器の研究ができるのよ」
戦闘の方を得意としても彼女も一介の鍛冶屋である。武器を作ることや武器そのものに対する興味は尽きない。
そして、レイドリックが使う大剣からは、人間が忘れたか失った技術を伺い知ることができた。
「過去の大戦のせいかしらね、全然残ってないのよ。古い技術ってのは」
もしかしたらゲフェンのブラックスミスギルドにはあるかもしれない。しかし、一介の冒険者崩れ鍛冶屋崩れに教えてくれるはずがなく。それでも強い武器、良い武器を作りたいと思った彼女は敵の武器さえも研究対象とした。
特にここ、グラストヘイムと呼ばれる廃墟の城には垂涎ものの対象が溢れていた。
「偶然と幸運に感謝しなくちゃね」
半年ほど前のことだ。
彼女はここで奇妙な現象に遇う。
辺りを我が物顔に跋扈していた敵と、それを倒すために来ていた人間たちが、一斉に消えたのだ。
急に音の消えた空間で、動いたものは己と一体のレイドリック。
その時からだ、この奇妙な関係が続いているのも。
鼻歌交じりで大剣を扱うブラックスミスに、レイドリックは腑に落ちないという様子で問う。
「お前は、何も思わないのか?」
「思うって、何を?」
もう少し具体的に言ってよ、とブラックスミスは顔を顰める。
「私は日頃、人と戦っているのだぞ」
剣が鋭利であればあるほど、人の方が不利になるというのに。
あぁ、とブラックスミスはまた鼻で小さく笑った。
「別にぃ、私は強いから死なないもの」
つまり、他人は関係ないということらしい。例え何人の人間がレイドリックの凶刃に倒れようとも、自分が生きていれば良いと。
「ま、具体的に言ってしまえばそうね」
と、ブラックスミスは笑いながら肯定する。
「だって、ほんとに負ける気なんてしないんだもの」
清々しいほどの利己心と自信である。
はい終わりと、ブラックスミスはレイドリックに剣の柄を差し出した。
「……感謝する」
戸惑いながらもレイドリックは礼を言ってそれを受け取った。
「いい按配にできてるでしょう?」
道具をしまいながら訊くブラックスミスにレイドリックは黙って頷いた。
今回も文句なしの整備である。研ぎもバランスの修正も。時間内でできる限りのことが全て成されている。手抜きはない。
その由をレイドリックが言葉として発しようとしたその時に。
唐突に周囲に音が戻ってきた。
他のレイドリックが走り回り、アーチャーが弓弦を鳴らす。それに応えるように人の声も響く。
「あら、今日は早かったのね」
口調はのんびりとさせながらも、ブラックスミスは素早く荷物を鞄ごとカートの中に放り込んだ。
その彼女の身に向かって研がれた刃が振り下ろされる。
それはもちろん、今し方彼女が手入れしたばかりの、レイドリックの大剣。
がしゃがしゃと鎧が立てる音と、ブラックスミスがひゅうと鋭く吐いた息の音は周辺の騒音に紛れて遠くまでは届かない。
金属同士の擦れあう耳障りな音を立ててレイドリックの剣とブラックスミスの斧が交錯した。
斧は、相手の力を上手く利用して大剣を受け流しはじき返す。
一歩後ろに下がって、ブラックスミスは白い喉を晒して不敵に、艶やかに、笑った。
「言ったでしょう? わたしは死なないって」
相手に言葉が届かないのを承知で彼女は、じゃ、またね、と続けた。
無言のレイドリックが放った追撃は空を薙ぐ。
ブラックスミスの姿はとうにない。
ばらばらになった蝶の羽がゆっくりと石畳の上に舞い落ちている。
end
+α
ゲームメンテナンス中にブラックスミスがレイドリックの剣をメンテ……というのがやりたかったのです。私の力量不足でわかりにくいかもしれませんが(汗)
剣の手入れや整備についての詳細な資料が欲しいと思いました。結局見つけられませんでした。きっと自分の探し方が悪かったのでしょう_| ̄|○
2004.03.05 苔。(Vergissmein!)