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冒険者の酒場 byVaritra

 ※お題『酒場』
 ※Varitra(Dragon Academy)
 
続き
 

『冒険者の酒場』

 冒険者ってのは、つぶしのきかない職業だ。魔物を倒す技術なんてもの、街中での平穏な生活においては、なんの役にも立ちやしない。平和な市民生活において重視されるものは、料理裁縫交渉その他、地味で目立たない能力ばかりで、決して剣の腕や魔術の知識なんかじゃない。
 常に死と隣り合わせの生き方をしてきたせいか、そんな安穏とした生活に馴染めない引退冒険者というのは、これが結構多いものだ。人並み外れた能力を発散させる機会もなく、慣れない瑣末な仕事に日々を追われる。過去を懐かしみ、虚しさを積もらせ、そのまま虚ろな人形のように生き、朽ちていく。そんな奴らは大勢いる。
 俺は手の中のパンフレットに目を落とした。裏通りの道端で拾ったものだ。ミミズがのたくったような手書きの汚い文字で、『冒険者の酒場』と書いてある。
 冒険者達が日々の息抜きに利用する酒場なのだろうと、最初は思った。だが書き添えられた宣伝文句によると、冒険者相手の酒場なのではなく、『冒険者達が』やっている酒場なのだということらしい。引退した冒険者達が、各職業の能力を最大限に活かし、開店・運営している酒場だというのだ。
 一体どんな酒場なのだろうと俺が興味をそそられたのも、無理からぬことだと言えるだろう。金はあってもスリルのない毎日を送っている俺のような人間は、物珍しいものについては一度見ておかないと気が済まないのである。
 人気のない路地をしばらく進むと、左手に古い家屋が見えてきた。すぐ前には粗末な木の看板が立てられていて、「冒険者の酒場」と落書きみたいな汚い文字で書いてある。看板がなければ空き家と勘違いしてしまいそうな、ボロボロの建物だった。壁の漆喰が、彷徨う者もかくやというほどに禿まくっている。
 建物の前の壁によりかかるように立っていた細身の青年が、歩いてくる俺の気配に気付いたのか、すっと顔を上げた。腕組みしていた手を解いて、直立する。
 ……なにげないそんな動きにもどこか隙の無さを感じたのは、俺の先入観だっただろうか。
 はたして青年は、「いらっしゃいませ、冒険者の酒場へ」と言い、営業用とおぼしき笑顔を口の端に浮かべてみせた。

   *

 細身の青年に案内されて建物の中に入ろうとして、ぎょっとした。
 入り口のドアの前に、やたらと大柄な体躯の男が立っていた。分厚い装甲の重鎧を身に帯び、小柄な人間ならば丸々覆ってしまうだろう盾を構え、通せんぼするように胸を張っている。
「お客さんだよクルセ」
 青年が言うと、大柄な男は一礼し、脇へ退いた。
「……クルセイダー?」
「はい。うちの店は引退した二次職の人間が、冒険者時代の能力を活かした仕事をしよう、という目標のもとに設立されたものなんです。で、クルセイダーといったら仲間を守る防御の要。テロや悪人から店とお客様を守るという役目に就いてもらっていると、そういうわけです」
 青年はそう言うと、ドアを開けた。青年に続いて、俺も部屋の中に足を踏み入れる。
 いかにも酒場らしい、くすんだ空気が漂っていた。というより、埃っぽいと形容した方が正確だろうか。ながらく使われていなかった民家を買い取り、ろくすっぽ掃除もせぬまま開店したような印象である。陽の光は入れておらず、暗闇の中にぼんやりと裸電球の灯りが広がっていた。
 俺の他に、客の姿は見当たらない。隅の方に小さなステージが設えられており、従業員だろうダンサーとバードが演舞をしているだけだ。舞うようなダンサーの踊りに合わせ、バードがうっとりと目を閉じたままバイオリンを演奏している。
「ダンサーとバード。引退後も、冒険者時代に培ったそれぞれの能力を活かし、仕事に就いてもらっています」
「というか、そもそも歌と踊りって、ハナからこういった活かし方をするべきものだったんじゃないかな。彼らの場合、冒険者していたってことが、そもそも間違いだったんじゃ」
「お飲み物はどうなされますか?」
 俺のツッコミをさらりと黙殺し、青年が言った。どうやら彼は接客係であるらしい。
 俺はカウンターの隅の席へ腰掛けた。青年は折り目正しく立ったまま注文を待っており、カウンターの向こうでは女バーテンが、我関せずといった様子でフラスコを拭いている。
「……ちょっと待て。フラスコ?」
「アルケミストですから」
 当然、といった感じで青年が答える。
「バーテンは、アルケミスト」
「はい。薬剤調合の経験豊富なアルケミスト。冒険者時代に培ったその能力を活かし、今はアルコールの調合をしてもらっているわけです」
「……胃の中に大きなヒマワリが咲きました、みたいな事態にはならないだろうな」
「ご安心ください多分なりません。――お酒以外に、よろしければお料理の方もいかがですか。こちらにメニューがございますが」
 青年はそう言うと、一枚の紙切れを差し出した。走り書きのような汚い文字で、メニューの名前が書き込まれている。この紙切れといい立て看板といい内装といい、あまりにも乱雑で大雑把である。冒険者とはそういうものだと言われればそれまでだが、客商売をする以上は、もう少し配慮をしてほしいものだ。
「ポリン島ランチ、ペコ砂漠ランチ、コボルトランチ。……これは?」
「それぞれのエリアのモンスターのセットメニューとなっております。ポリン島ランチはぷりっとした食感のポリンやドラップスが楽しめますし、ペコ砂漠ランチは柔らかいペコペコの肉をメインに、ピッキの卵料理などがセットになっています」
「へへぇ……じゃあ、このグラストヘイムランチで」
「承知いたしました、グラストヘイムランチですね。――おおいハンター! 出番だぞ!」
 青年が呼びかけると、店の奥から気弱そうな少年が現れた。肩にはこれまた気弱そうなファルコンがとまっている。右手に持った弓や肩から提げた矢筒からいってもハンターなのだろうが、狩る側より狩られる側の方が似合っていそうな雰囲気の少年だった。
「注文だ、グラストヘイムランチだぞ」
 青年が言うと、ハンターの少年はびくっとして目を見開いた。喘ぐような息を二つ三つついてから、
「……グラストヘイム……」
「そうだ。適当に何匹か狩ってこい。なるべく早くな。プリにポータル出させるから、行ってくるんだ」
「でも……グラストヘイムなんて、一人じゃ……」
「ハンターは獲物を狩るのが仕事だろ? それぞれの職業の特性を活かしてやっていくんだって、みんなで決めただろうが。おまえが行かなかったら、誰がお客様の食材を狩ってくるっていうんだ」
「だけどよりによってグラストヘイムだなんて。危険だし……そもそもレイドとかハゲとか、食べても全然美味しそうじゃないのに……」
「つべこべ言うな! それならアリスを狩ってくるんだ! あれはきっと食べたら美味しいぞ? おれだって食べたいぞ食べちゃいたいぞ?」
「いや待て待て待って」
 生でぺろりと食べちゃいたいぞ、と言いかけていた青年を押し止め、俺はメニューの変更を申し入れた。ここで十八金世界に踏み込むわけにはいかない。
 ペコ砂漠ランチを注文すると、ハンターの少年はほっと安堵の吐息をついて奥へ引っ込んでいった。
「注文してから、狩ってくるのな……」
「新鮮一番でございますから。なお、狩った獲物を食べる直前に蘇生させてから調理する、プリーストのリザレクションオプションもございます。より一層新鮮な状態でお召し上がりになれますが、いかがいたしましょう」
「いやなんかそれって生命への冒涜っていうか、ちょっと倫理的に抵抗あるかなー」
「承知いたしました。まあペコペコくらいでしたら、生きたまま捕らえてくるのも容易ですからね。……えー、お肉の焼き加減はボルトいくつにいたしましょう」
「…………」
 俺はメニューから顔を上げ、青年の顔を覗き込んだ。
「……ボルト」
「ええ、ボルト」
「それはつまり、ファイアーボルトか」
「はい。ご希望であればライトニングボルト調理も承っておりますが、あれはちょっとナイフを当てたときにビビビときますので、特殊な性癖をお持ちの方以外にはお勧めいたしかねます」
「ビビビとくるのか」
「ビビビ婚」
「てーか、いやあの」
俺は深くため息をついた。なんだかこめかみのあたりがズキズキしてくる。
「……魔法で調理するわけ?」
「はい。まずはモンクがその怪力を活かして絞め殺し、続いて騎士がその剣技を活かして掻っ捌き、それをウィザードが得意の魔術を活かして焼き上げるという、そんな行程になっております」
「いやあなんかコックを一人雇えっていう話のような」
「作業を細かく分け、各々のスペシャリストが担当することで、より美味しい料理をお客様に召し上がっていただけるものと、一同確信しております」
「いやあ確信しちゃっていいのかなあそれ」
「もちろんウィズはDEX型を採用しておりますので、調理にかかる詠唱時間も短く済むようになっております。高位ボルトをご希望のお客様には、プリーストのサフラギウムオプションをお付けして、お客様をお待たせしないよう細心の配慮を」
「はあ……」
「ボルトいくつにいたしましょう」
「……じゃあ、四で」
「かしこまりました」
 青年は一つお辞儀すると、奥へ引っ込んでいった。アルケミストがグラスに奇妙な燈色の液体を注ぎ、俺の前に出して寄越す。恐る恐る口を付けると、アルコールと共に赤ポーションが混ぜられているのがわかった。舌に溶けるようなとろりとした感触。存外、悪くない。
 料理が運ばれてくるのを待ちながら、ぼんやりと店内に視線を彷徨わせる。時折バードの寒いギャグが――「布団がふっとんだ!」――力一杯店の壁という壁に反響していくが、心頭滅却すれば寒いギャグもまた熱し。なんとかかんとか我慢する。
 随分長い間待った後、やがて青年がナイフやフォークを持ってやってきた。
 催促の言葉をかけようかと口を開きかけ――青年の視線につられてカウンターに目を戻すと、俺の目の前には既に焼きたてのペコ肉を乗せた皿が鎮座ましましていた。
「ペコペコのFB焼きでございます」
 ナイフとフォークを並べながら、青年。
「……いつの間に……」
「人前には姿を見せない。それがアサシンの給仕というものです」
「はあ。ってちょっと待て。アサシンか。アサシンが持ってきたのか」
「ええ、たった今奥へ引っ込んだようですが。それが何か?」
「いや、何かって、あのね」
「例えば会話に花を咲かせたり、考えごとに耽ったり、そんなお客様達は料理をお出しするときに自分達の時間が一瞬中断されるのをお嫌いになられます。その点、暗殺のスペシャリストたるアサシンならば、その能力を活かし、気配を殺して料理をお出しすることができるというわけです」
「いや気配を殺して料理をお出しする必要性ってそんなにあるだろうか。というか暗殺者に給仕なんかさせて、毒でも盛られたらどうするっていう」
「……それはまあ、アルケミストがおりますので無問題かなと」
「いや解毒すればいいとかそういう問題じゃなくてだな。こう、今俺はうちの店員はそんなことは絶対にいたしませんとか、暗殺者といえど堅気の人間にそんなことはしませんとか、せめてそんな風に言ってほしかったわけなんだ。それも駄目か、消極的に肯定なのか」
「暗殺者というものに抵抗があれば、ちょっと恥ずかしがり屋で人前に出られないウエイター、とでも思っていただければいいかなと思います」
「わかった。思う。努力する。――で、このナイフとフォークはなんだ」
 俺は、テーブルに置かれたやたらと物々しいナイフとフォークを手に取った。
 食器としては鋭利かつ肉厚すぎる刃。柄の部分にはきっちりと銘まで施されている。
「ブラックスミス作のナイフとフォークでございます」
「……やはり」
「オリデオコンを精製して作り、星の欠片も多く混入されております。レイドリックが襲ってきても、これさえあれば大丈夫」
「でも調理済みペコ肉を切り分けるのにオリデオコンとか、どうかと思うなー」
「そこはまあ鍛冶屋の心意気として。旅の途中に食器としても使え、なおかつ戦闘時には武器としても使える。冒険者の皆さんから重宝がられているご自慢の一品なんですよ」
「フォークとナイフ振りかざして魔物と戦うのって、ビジュアル的にどうかと思うなー。ちょっと食欲旺盛すぎる構図じゃないか」
「気のせいです。……あと、ご希望があれば属性付与も承っておりますが」
「属性付与」
「ええ」
「それはつまり、ファイアナイフやファイアフォーク」
「ええ。肉を切り分けるときに切断面がジュッと焼けて、旨味が中へ封じ込められて。一層美味しく召し上がれますよ。属性付与は、セージの分担となっております」
「はあ……」
 なんかもう、とりあえず無理矢理にでも役割を与えておけっていう感じである。感心半分呆れ半分、俺は料理を平らげた。
 なんだかんだいって、料理は美味だった。

   *

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
 青年に送り出され、俺は店を後にした。満たされた腹をさすりつつ、人気のない路地を家路へと向かう。
 話の種としては面白いところだったが、何度も行きたい店ではなかった。内装も雰囲気も料理も酒も、いくらなんでも豪快に過ぎる。接客だけは丁寧だったが、丁寧過ぎて逆にうざったい。ずっと張り付いていなくてもいいのにと思う。
 あんなことで赤字にならないのだろうかと、俺は無用の心配をした。従業員だけはやたらにたくさんいて、ほぼ全種類の二次職が集まっているようだったが――
(あれ?)
 裏路地を抜け、大通りに戻ったあたりで、俺はふと思い当たった。
 ほとんどの二次職が働いている中、一つだけ、名前を聞かなかった職業があったことに。

 騎士、プリースト、ウィザード、ハンター、ブラックスミス、アサシン。
 クルセイダー、モンク、セージ、ダンサー、バード、アルケミスト……。

(あの接客の青年の職業はなんだったんだ……?)

 俺は無意識のうちに懐を探っていた。だがいくら探しても、確かにそこに入れておいたはずの財布が見つからない。
 道を引き返し、店へ戻った。
 店の中には既に誰の姿もなく、床にでっかく白ペンキで『ローグ 盗みのプロ』と落書きがしてあるばかりだった。


 今回は軽量級に仕上げてみました。
 なんてーか、普通にストレートが投げられません。助けてください。
 ということで皆様もこれからはお肉の焼き加減、レアミディアムウェルダンでなく、ボルト1~10で注文してみてください。是非。
2004.04.13 Varitra(Dragon Academy)