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sweet red by苔

 ※お題『酒場』
 ※苔。(Vergissmein!)
 
続き
 

【sweet red】

 西の空にまだ若干の朱が残る時分である。
 街の片隅にあるパブ、「Lion」にはこの店の酒を目当てにした人々が既に集まり始めていた。

「だから……と思いませんか?」
「そうよね。どういう訳かうちのギルドの男どもは鈍いのばかりよねぇ」
 ワイングラスを弄びながら、プリーストは同じギルドに所属する商人の言葉に相づちをうった。
「何か欲しいものがありますか? って聞いたら『青ジェムの代講頼める?』って言ったんですよ、あの人!」
 わたしはそんな意味で言ったんじゃないのに……、と商人は寂しそうに付け足した。
「『誕生日プレゼントに』、って訊いたほうが良かったんじゃない?」
「でも……、それじゃぁこっそり用意して驚かせないじゃないですか」
 ぷぅと商人は頬を膨らませた。
「そして、それと一緒に告白する予定なんでしょう?」
 プリーストの指摘に、商人の顔が瞬く間に赤くなった。そして赤いままの顔で両手で包んでいたコップに口をつける。ちなみに、ノンアルコールである。
 その初々しい様子に、プリーストは口元を綻ばせる。
「そうね、確か……。彼の杖、結構傷んできているのよね」
 そういうの、考えてみれば? とアドバイス。
 杖については不得手な商人のために、簡単に説明してやると。
「さっそくプロンテラの街に探しに行ってみます!」
 そう言って立ち上がった可愛い妹分に、
「それじゃ、がんばってね」
と、月並みな励ましの言葉を投げかけてやる。
 商人の背中を見送ってから、プリーストはまたワイングラスを傾ける。
 この店でしか味わえない甘い甘い酒。
 一人の男のために一生懸命になれるあの可愛い妹分を、プリーストは正直羨ましいと思ったし、同時に愚かだとも思った。
 この世界で恋愛に真剣に期待するなんて野暮。
 ゲーム感覚で楽しむのがちょうどいい。

――また失うのはごめんだから

 そう気づいたのはいつだったか。

 プリーストにも本気で好きになった人物がいた。
 彼女がアコライトの頃に知り合い、それから半年以上共に生活した人物。
 深い緑の瞳が印象的な、何事につけても少し不器用だった、騎士。
「たまに喧嘩して、仲直りして、一緒に狩りをして、あちこち行ったものね……」
――そして、
「あいつはこの世界に残らなかった」
 大きく世界が変革したその時に、彼はこの世界に留まることを選ばなかった。
 目が潰れるかと思うほど泣いたのはあの時限りだ。

「カーツェ、久しぶり」
 突然、名を呼ばれてプリーストは後ろを振り返った。
 そこにいたのは、この世界に生まれ落ちて初めて恋をした相手で。
 もう二度と会えないと思った人間だった。
 呆然と彼の名を呟いた。
「ゲールノート」
「良かった。覚えていてくれたんだ」
 少し気まずそうに黒髪の騎士は安堵の溜息をつく。
 ともかく黙って深呼吸を一つ。
 そしてプリーストはワイングラスを傾ける。
 笑顔で「お帰りなさい」と言うか、それとも無言で殴りつけるか。
 それはこの赤く甘いアルコールを飲み干してから考えよう、と彼女は思った。


  とりあえず舞台が酒場、ということでむりやりお題にこじつけ(汗
 やはりもっと精進が必要なようです。
 アイリッシュパブとかイングランドのパブとかに憧れます。
2004.04.17 苔。(Vergissmein!)