※お題『酒場』
※Luke(しおられないバラ）
【好きだといえない。】
砂漠の町の酒場。いつもと同じような喧騒に包まれて。そんな喧騒の中、カウンターで赤い髪を逆立てた一人の鍛治師が、ぼんやりと放心していた。
「マリアさん……」
誰に言うともなく呟いた彼の視線の先には、金色の髪を一つにまとめた女性の司祭。彼女の談笑する様子を眺めて、鍛治師はほんのりと頬を染めた。
「エッジさん？」
（あー。マリアさんなんて綺麗なんだ……。あの笑顔なんてもーなんてゆーか俺もう俺もう）
「エッジさん……」
呼びかける声にまったく気づかずに、自分の世界へと入り込んでいく鍛治師。
「エルリック＝ダマスカス＝ジニアス＝エバーラスティングさん！」
あきれたような困ったような声で自分のフルネームを呼ばれたのを聞いて、鍛治師はびくっと振り返る。彼を本名で呼ぶ人間はあまりいない。なぜなら名前が長いからだ。
振り返った視線の先では、一人の暗殺者が困った顔をしてグラスを傾けていた。
「……なんだフェザーか」
一瞬その困り顔に鍛治師はドキッとしつつ、そっけない風を保って返した。
（ったく、この男は綺麗過ぎんだよ。でもマリアさんのほうが綺麗だけどな！ 綺麗って言うか、かわいい？ あーもうあーもう）
「なんだじゃないですよ。わかりやすい人ですね。いいからこっちの世界に帰ってきてください」
「よ、よその世界になど行っていない！」
髪の色に負けぬほどに顔を赤く染めあげて反論をする鍛治師。フェザーと呼ばれた暗殺者は軽く肩をすくめて。
「大体俺のことはエッジかエルでいいっつってんだろ」
エッジは、照れ隠しなのか、そばかすの浮かんだ頬を真っ赤に染めてぶっきらぼうにこぼす。
「何度も呼んでたんですけど返事が無かったんですよ」
フェザーは女性と見まごう美貌に微笑を浮かべて答えた。エッジはほんの一瞬くらっとし。
「で、なんだ？」
フェザーはぽん、と両手を打ち合わせて答える。
「そうそう、そうでした。ひまな時にでも露店においてほしいものがあったんですよ」
エッジはフェザーが取り出して渡したものへと一瞥をくれ、溜息をつく。
「またとんでもないもの持ってきたなあ」
「売れませんかね？」
エッジは肩をすくめて答える。
「即売れじゃね？ 俺が取り扱える金額の上限でもさ」
「ではそれでお願いしますね」
「まーいいけど。どうしたんだよこれ」
その問いにフェザーは柔らかな笑みを浮かべて答える。
「クリムゾンがスティルした箱からでたんですよ」
「あー……。青いの？」
「紫ですね」
「それをためらいもなく開けるか……」
古く青い箱と古い紫色の箱。開ければ何らかのアイテムがでてくるびっくり箱のようなもので、紫の方がいいものも出る可能性があるゆえに高値で取引されている。売れば確実に儲けになるものであるが、開けてしまえばゴミのようなアイテムが手元に残る確率がとても高い代物である。
「だって盗んだり拾ったりしたものは元手ただですから。こんな面白いもの、開けないと損でしょう」
「まあそこは同意……でも俺紫なら売るな、きっと……。で、そのクリムゾンは？｣
「いつものとおりです」
「なるほど」
フェザーの言葉にあっさりとうなずくエッジ。
「ふっふっふー。聞いたでー」
背後のテーブルから看護帽を頭に載せた司祭がゆらりと立ち上がった。帽子とは裏腹に、着崩した服装とくわえ煙草がどうにも不良っぽさをかもし出す。
「チェスター。いたのか」
「うわひどい言われよう。まあええ……そこやあ！！」
エッジの言葉に一瞬へこんだチェスターは、すぐに立ち直ると叫びを詠唱として、チェスターはルアフの呪文を唱えた。聖なる光が酒場の中をまばゆく照らし出す。
「！！」
その光の中に、ハイディングで隠れていた一人のローグが照らし出された。柔らかな金色の髪を短く切りそろえた彼女は、あわてて逃げ出す。
「ほんとにいつものとおりだな」
「でしょ」
顔を見合わせてうなずきあうエッジとフェザー。
「……！」
聖なる光が消えると同時に、クリムゾンは再びハイディングを使い姿をかき消す。チェスターはいぢわるな笑みを浮かべると、再びルアフを唱えた。
「あまーい！！」
「っ」
消えたところからわずかに移動した場所で再びその姿を浮かび上がらされるクリムゾン。彼女はほんのり泣きそうな顔をしていた。
「トンネルドライブで逃げたって無駄やて」
くつくつとおおよそ聖職者らしくない笑みをチェスターは浮かべて。
「……くろぉ」
クリムゾンはフェザーの背後にささっと逃げ込む。服の裾を思いっきり握り締めているようだ。フェザーはクリムゾンの頭を優しく撫でる。
「お、しゃべりよった。くろってなんやくろって」
「ああ。私のことです」
「ブラックフェザーだもんな」
「ええ。彼女もクリムゾンフェザーですから、互いにややこしくないようにと……大丈夫ですよ、くれない」
「いとこ同士でなかようしとんなぁ自分ら。俺も遊んだるちゅうとんのや。ほら、こわないでぇ」
微笑というよりはにやりと笑っているように見えるチェスターの笑顔に、クリムゾンは更に覚えて。
「あぐぁ」
そして、どこからともなく矢が飛んできてチェスターを吹っ飛ばした。テーブルの間を壁までごろごろ転がってゆく。
「いいかげんにしなさいよ。怖がってるじゃない」
矢を放った狩人は、弓を下ろしながら言った。マリアとそっくりな顔立ち。違う点といえば、ややきつく見える表情と銀色の髪ぐらいだろうか。
「アリア姉さん！ 大丈夫ですか、先輩」
マリアはチェスターの元へとぱたぱたと駆け寄ると癒しの術を施す。
「だぁ！ なにさらすこのアマぁ」
ばね仕掛けのおもちゃのように、チェスターは一気に立ち上がった。
「マリア。退魔師っつったってヒールぐらい自分で出来るんだからほっとけばいいよ」
「でも……」
おろおろとするマリア。司祭にはいくつかの種類がある。支援を得意とするもの、打撃を得意とするもの、退魔を得意とするもの。マリアは支援を得意とし、チェスターはターンアンデッドを始めとする退魔を得意としていた。
「人の話を聞けっちゅーねん！」
叫ぶと同時に光弾を打ち出すチェスター。本来ならば打ち出すまでにそれなりの時間を要するはずであるが、詠唱時間は異様とも言えるほどに短かった。
「うわっちゃっちゃっちゃっちゃ！」
それなりの威力。もろに浴びたアリアはぴょんぴょんと飛び回る。マリアはあわててヒールをかけた。
「ホーリーライトときたか！」
「じゃかぁしい！ おどれだっていきなりチャージアローかましたやろが！」
チェスターはずかずかと歩みより、バイブルの角でアリアをどついた。
「ったぁ……なにすんのよ！ 角でやったわね！」
涙目になって叫ぶアリア。この騒ぎの原因とも言うべきクリムゾンは、怯えた目で彼らを見つめている。
「だいたいなあ、俺はお前のことがずっと気にいらへんかったんや！」
「なによ！ 文句あるなら勝負つけようじゃないの」
カウンターをばんっと叩くチェスター。腕まくりをしながら答えるアリア。店の親父はまた化、という顔で彼らを眺めて。
「やったろやないけぇ。で、勝負の方法は？｣
「お・と・な、の勝負っつったらあれしかないでしょうが」
「あれ？」
アリアはチェスターの耳元でごにょごにょと何事かを囁く。彼の顔にわずかに朱がさした。
「阿呆。そないなことできるか！」
「そっかー。腐っても聖職者、まだ未経験なのね」
はたから見てもはっきりとわかるほどにチェスターはうろたえる。アリアはいぢわるな笑みを浮かべて追い討ちをかけた。
「あ、あるわいそのぐらい」
「そんなら別に……あー。自信ないんだぁ～♪」
「違うわぼけ！」
「んーんー、隠さなくてもいいよ。テクに自信がないのか武器がお粗末なのか知らないけど、私の不戦勝ってことでいいわよね～♪」
どんどん畳み掛けていくアリア。おろおろしているマリア。
「……んな」
「ふふーん」
「舐めくさっておんどれぁ。ええやろ、勝負したろやないけ。ひーひーいわせたるからな！ おらこい！」
言うが早いか、チェスターはアリアの首根っこを掴み、ずるずる引きずって階上の部屋へと歩き出す。
「もー、自分で歩ける、歩けるったら！｣
階段の上へと消えていく声を聞きつつ、エッジとフェザーは軽く溜息をついた。
「あいつらはほんと……仲いいな」
「そうですねえ」
いつのまにかカウンターに座ってミルクを飲んでいるクリムゾンがこくこくとうなずく。マリアだけが意外そうな表情で。
「先輩と姉さんはいつも喧嘩ばかりしているような……」
「……たしかに、しかも強烈なのしてる気がする」
エッジが思わずげっそりと呟く。
「そういえば今度狩りにでも行こうって言ってましたね。どこにしましょうか」
「俺半製造だからあんま役に立たないぞ？」
その言葉にクリムゾンがぶんぶんと首を横に振る。
「そうですね、くれない。役に立つとかたたないとかだけで一緒に出かけたりしませんよ」
クリムゾンに対してうなずきつつ、エッジに対して言葉を返すふぇざー。
「あの、よろしければ私もご一緒させて頂いてよろしいですか？」
エッジの隣の席に腰掛けつつ、マリアが会話に参加する。
「ままマリアさんっ。喜んで！」
誰が見てもはっきりわかるほどに明らかにエッジは喜んで。
「楽しそうな話ししとるのう……。わしもまぜとくれ」
エッジの背中にしなだれかかる赤い髪の魔導師。まだ若く見えるのだが、彼女はまるで年寄りのような口調で語りかける。
「コロナさん！ やめれ！」
「なんじゃいつれないのぅ。年寄りは一人で酒でも飲めということかのう」
あわてて身を引くエッジと、いじけて見せるコロナ。
「明日にでも一緒に狩りにいこうという話をしてたんですよ。コロナさんが来てくださるなら心強いのですが」
フェザーの言葉に、コロナは満面の笑みを浮かべて。
「そうかいそうかい。フェザーはええ男じゃのう。……とらんから安心せい」
ぷぅ、と頬を膨らませたクリムゾンへ苦笑を投げかけつつ、コロナはマリアの横へと座った。
「場所決めかねえ」
「ですね」
「わしはどこでもええのう」
どこへ行こうかという話しに一同が興じているうちに時間が経過していたようで、『勝負』をしに二階へとあがっていった二人が階段を下りてくるのにマリアが気づいた。
「姉さん。おかえ……」
マリアは思わず言葉の終わりを飲み込んで。
「やだぁ、もう……うふふ」
「なんやおまえ照れるやんけ」
あがっていったときとはうって変わった様子で降りてくる二人に、下に残された面々は戸惑った。
「な、なにおまえら……」
ためらいがちなエッジの問いかけに、チェスターとアリアは目を見合わせて笑った。
「俺ら結婚するわ」
「はぁ！？」
エッジは一瞬何をいわれたのか理解できず、素っ頓狂な声をあげる。
「そうなんですか、おめでとうございます」
「いや、フェザー。そんな極自然に……。さっきまで思いっきり喧嘩してたじゃないかおまえら」
「それがねえ……」
「俺等身体の相性ぴったりやってんよ」
思わずがくっとエッジがこける。
「姉さんたら……」
マリアは思わず顔を赤らめて。
「若いのう。青春じゃのう」
コロナがうんうんとうなずく。
「まあなんじゃ。めでたいんじゃろ。ほれかんぱーい」
いつの間にやらコロナが酒のはいったグラスを一同に渡し。
「かんぱーい」
「なんだかすっごくなし崩しな気がするけどまいっか」
うなずきつつ、エッジがグラスを口に運ぶ。
「そうれふね」
いきなりろれつの回らない声にあわてて振り返ると、グラス一杯で真っ赤になったマリアがいた。
「うあ……マリアったら相変わらず壊滅的に酒に弱いのね……」
「双子なのにそういうところはちーとも似てへんのな」
妙な感心の仕方をするアリアとチェスター。
「よわくないれすー。ほんとれすよ……ふにぃ」
ぱたり、とカウンターに伏せるマリア。次の瞬間にはすでに安らかな寝息を立てていた。
「じゃ、わしはこれで」
飲ませた張本人がしゅたっと片手をあげて逃走を図る。
「追いましょうかね……」
フェザーがあとを追うと、クリムゾンもそれに従った。
「んじゃ、俺らさっきの続きでも」
「んもー。えっちぃ」
そう答えながらも、チェスターの腕を取って階段へと向かうアリア。くるっとエッジの方へ振り返ると、びしっと指差した。
「じゃ、妹の介抱よろしく！ さ、つづきつづき～♪」
「え、あ、ちょ……」
カウンターに突っ伏して寝息を立てているマリア。気づけば他の客も無く、店主も奥へと引っ込んでしまったようだ。
「あーう……」
困り果てながら、寝息を立てるマリアの顔を眺めるエッジ。その横顔を眺め、一人頬を染める。
「くしゅ……むにゅむにゅ……」
砂漠の夜は冷える。建物の中でもそれは例外ではなく。エッジはマントをマリアの肩へとそっとかけた。むにゃむにゃ言いながらもそれにくるまるようにするマリア。その様子をいとおしそに眺めて。
「マリアさん好きです、付き合ってください……って」
（どうしていえないんだろ）
ずっと心にとめていた台詞を呟くと続きの台詞を心の中にしまいこむ。
「はい、喜んで」
「なぁんていわれたら俺もう舞い上がっちゃ……えぇぇっ！？」
あわてて視線をめぐらすと、目を擦りながら起き上がるマリアの姿。
「いいいいいいいま、なんて……」
しどろもどろになるエッジに対し、マリアは微笑を浮かべて。
「よろこんで……お付き合いさせてください」
深々と頭を下げるマリア。エッジは軽い混乱状態で言葉を返す。
「だ、だって俺半製造で戦闘だっていまいちだし製造だって得意ってわけでもないし！ もっとマリアさんを守れる奴だって……」
言葉を続けようとするエッジの口元へと、マリアはそっと人差し指をつけた。
「私が支援を選んだのは、あなたの製造と狩りを手伝いたいと思ったからなんです」
「え……？」
思わぬ返答に、エッジは思わず動きを止めて。
「おぼえてますか？ 私と姉さんがまだ駆け出しの冒険者だった頃。オークの森に迷い込んでしまって……」
「覚えてる。なんだかつい最近だった気がするなあ」
感慨深げにうなずくエッジ。マリアは柔らかい微笑を浮かべて話を続けた。
「追い詰められて、もうだめだって思ったときにちょうどエルさんが通りかかって、カートで全部倒して私たちを元のバッタのいたところまで送ってくれた」
マリアの口から語られる言葉を、少しくすぐったい思いで聞くエッジ。
「それで、『もう使わなくなったからあげる』って私に水メイスをくれて。すごく嬉しかった」
「ん、まあ、ほんとに使わなくなったから……」
照れくさそうに頭をかきながらエッジは答えて。マリアは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたが初めて作った属性武器だったんですよね？ お守り代わりにもってたって聞きました」
「まあ、そう……だけど」
エッジはますます恥ずかしげに。
「あのメイスをもらったときに、あなたを支援したいって思って……。それでここまでがんばってこれました」
「ありがとう。なんだろ……あげてもいいなって思ったから渡したんだ。大事に使ってくれそうだったから」
マリアはくすっと笑って。
「私もエルさんのことが好きです」
「その……ほんとにありがとう」
思わずエッジはマリアを抱きしめて。マリアはそっと笑った。☆
「お。進展したで」
「ったく、にぶい男よね」
「まあめでたしめでたしでしょう」
「（無言でこくこくとうなずく）」
「若いのはええのう……」
階段の上で様子をうかがっていた五人は、そこまでを見届けるとめいめいの部屋へと散っていった。モロクの夜は今日もふけてゆく。+α
終わったやっと終わったよう。おくるまでは他の人のも見ないって決めてたんで、ネタかぶりしてたらどうしよう。や、もはやどうしようもないか。
酒場というテーマを聞いたときに最初に思いついたものはもっと短いものだったんだけど、気がついたら別の電波が飛んできてこんな感じに。登場人物がやたら多くて困っていたのは秘密です。や、彼ら動いてくれないと進まなくて……。名前も難産だったな。特にチェスター。
なんだかべたべたのラブコメちっく？ いやんはずかしい。読んでる人を置いてきぼりの急展開とかしてないといいなあと思いつつ。
で、どこが酒場かと問われたら舞台がと答えます。ごめんなさいっ（逃走）
2004.03.05 Luke(しおられないバラ）