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go over by紫苑

 
 ※お題『血』
 ※紫苑
 
続き
 

『go over』

目の前に広がるのは、夕日に照らされた赤茶けた台地とまばらに生えた緑。定期巡礼を終えた俺は現在いるプロンテラ西から大聖堂へと向かっていた
後ろから背の低い銀髪の修道士がついてきていた、こいつの名前はアンジェリカ。大聖堂に従事するアコライトには教育・監督役として先輩のプリーストが付くことが多い、俺とアンジェの場合もそうだった
「はうっ!」
奇声と共に共にアンジェの体が地面に倒れた。
「・・・どうしたアンジェ、お昼寝の時間はもう過ぎたぞ」
「あぅぅ・・寝てるんじゃなくて転んだんです・・・」
顔面から地面に激突したアンジェは、半分泣きながらもなんとか上体を起こす。アンジェは頭は悪くないし、修道士としての心構えや才能は人並み以上だったが、今一つどこか抜けている所があった
まぁ、俺はそんな人間は嫌いじゃない。完璧で絶対である存在は我らが神様だけで十分だ
痛そうに顔をさすりながら地面の上に座っているアンジェに手を貸して立たせてやる
アンジェはすぐさま恥ずかしそうに服の前に付いている土を払ったが、アイボリー色のアコライトの制服は茶色い土の汚れを目立たせていた
「心配するなアンジェ、おまえは元々可愛いから泥だらけの姿も素敵だぞ」
「うぅ・・・フィルさん今まで一度も可愛いなんて言ってくれたことないのに・・・」
「思ってたが言わなかったんだよ」
しゃがみこんでアンジェの顔を正面に向かせると、制服の袖でアンジェのほほについた土を拭ってやる。アンジェは自分で出来るとばかりに必死で抵抗したが構わず続けた
「むぅ、落ちないな・・・その辺の川で洗うか」
俺は立ち上がると、アンジェの手を取って川があるだろう方向に向かって歩き出した
「あっと・・フィルさん、手、手離してください!私子供じゃないんだから一人で歩けますって!」
アンジェは非難の声を上げて繋がれた手を必死に振りほどこうとする。
プロンテラ西の街道近くには、俺達以外にもたくさんの冒険者や旅人がいた、その中でもう16にもなろうというアンジェが手を引かれて歩くのはさぞや恥ずかしいことだろう
「また転んで服を泥だらけにされても迷惑だからな、それともお姫様ダッコにするか?」
「・・・・うぅ・・わかりました・・・」
迷惑、という言葉が効いたのだろう一瞬の間の後俺の手から逃れようとする力が抜け、アンジェは恥ずかしそうにしながらも大人しく手を引かれてついてくる。
よろしい、俺は笑顔でアンジェに囁いた。
ほどなくして夕日の光が反射する川原に辿り着いたとき、急に後ろのアンジェが声を上げた
「フィルさん・・・あれ、誰か倒れてませんか?」
その指さす先に顔を向ける、川のほとりに夕日に輝く金髪の髪が見えた。すぐさま段になっている川の斜面を滑り、近くに駆け寄った
うつ伏せで倒れている少女を抱き起こす。白いワンピースを着た少女の体は小さかったが、全身ぐっしょりと濡れていた
「おい、大丈夫か!?」
抱き起こして少女の体を揺らすと、少女の小さく呻く声が聞こえた。少女の瞼が動いて、ちぢれた金髪の奥の綺麗な赤い目が俺を見つめる。
少女は俺の膝の上からゆっくりと起きあがって辺りを見回した
「・・・ここは・・・いや、そんなことはどうでも・・・・」
少女は落ち着いた口調で何かを呟いていた。
「ふぅ・・・良かった。無事そうだし、目立った外傷もないですね」
横に立つアンジェが安堵の息を漏らす。やがて少女はこちらに向き直ると、俺の両肩を掴んでいきなり声を上げた
「・・・お願い、私を殺して!早く!」
いきなりの少女の発言に、俺は目を丸くした。それでも少女は俺の体を必死に前後に揺らしながら言葉を続ける
「殺して、今私を殺さないと大変なことになる!だから早く、私を殺して!」
ようやく少女の言葉を理解し始めた俺は、少女の口に制止の手を当てる。苦笑いを浮かべるとアンジェに向き直って言った
「アンジェ、この子の相手は俺がしておくからお前その辺で顔洗ってこい」
「え、でも・・・」
「いいから」
アンジェは困惑の表情を浮かべたが、俺が手で追い払う動作をするとおずおと側の川に向かった。
俺は少女の口に当てていた手を外すと、少女の顔をじっと見つめた。その顔はとても幼かった、おそらくアンジェよりも年下であろう
「私は正気です、だから・・・早く、私を殺して」
少女は今にも倒れそうな顔色だったが、まっすぐと俺を見つめながら訴えかけていた
「えーっと・・・随分聞きにくいんだが、君は自殺するために川に入ったの?」
少女はふるふると首を左右に振った
「自分の意志で川に入ったわけじゃない・・・ううん、今はそんなことはどうでもいいの、とにかく私を殺して!」
少女が真剣なのも、何か随分焦っている様子なのも十分伝わってきた。何か事情があるのは確かだろう
俺は思わず笑みをこぼす。しかし、よりによって助けたのが俺達だったとは
「えっと・・・俺の服装、見えてる?」
少女ははっとなったように視線を下に落とす。
「・・・聖職者?」
やっと気付いてくれた少女に向かって、俺は笑いかける。だが、それでも少女は退かなかった
「十字架でも聖書でも人は殺せるわ、お願い・・これはみんなのためなの、私を殺して!」
変わらぬ少女の剣幕に、俺はため息を漏らす。どうやら意志は固いらしい
「あなた、名前は?」
声のした方に振り返ると、いつの間にか横に顔の汚れの落ちたアンジェが立っていた。少女はアンジェを無言で見つめていたが、ポツリと漏らした
「・・・・リコ。お願い、私を、殺して」
少女の赤い目には力がこもってる。アンジェは中腰になってリコと視線を合わせると優しい口調で話し始めた
「ねぇリコ、なんで死にたいなんて思うの?」
「私は危険なの。それに・・・そう、罪がある。決して許されることのない罪が・・たくさん・・・・・」
言いながら何を思い出したのか、リコは目から涙を流してポロポロと泣き出した。だが、すぐさまきびすをかえすと厳しい顔で俺の膝の上から立ち上がった。
「いいわ、あなたたちが殺してくれないのなら他の人に頼むから・・・私のことは忘れて」
そう言って立ち去ろうとするリコの腕を、俺はおもわず掴んでしまう。少女の赤い瞳が俺を睨み付けた。
「・・・離して」
短く言い切るリコ。見かねたアンジェが懐から茶色いグラブを取り出した。
「よいしょっと」
間抜けた気合いと共にアンジェがグラブを軽くリコに当てる。すると、掴んだ腕の力がふっと抜けた、地面に倒れ込むリコの体をなんとか支える。
「・・・・何だそれ」
「フィルさんに襲われたときに使えって、巡礼の前にジェシカさんから渡された睡眠グラブです。以外な所で役に立ちましたね」
自慢げに応えるアンジェ、その説明の通り腕の中の少女は泥のように眠っていた。
「・・・本当に睡眠グラブだから良かったものの、あいつの場合猛毒グラブとか渡しても不思議じゃなかったぞ・・・ってヤバイ、大司祭様のお説教の時間までもう時間ない」
言いながら、空を見上げた。もう太陽は森の向こうに半分沈んでいた。
アンジェは思い出したように俺の顔を見返す、この後の説教の予定の事などすっかり忘れていたのだろう
「・・・で、この自殺志願者はどうする?」
「置いていくわけにはいかないじゃないですか」
「そう言うと思った・・・」
きっぱりとした反応、アンジェは修道士の中でも人一倍人命や道徳心については厳しかった。アンジェに手伝わせて、眠っているリコを背に乗せる。
まぁ、さっきの状況からすれば仕方ないだろう。このまま放っておけばリコは間違いなく死んでしまう、それを黙って見逃すほど聖職者は甘くない。
「俺は両手使えないから、おまえが速度の魔法切らすなよアンジェ。聖堂まで10分でいくぞ」
「ええっ!?それなら私がリコを背負いますって!」
「お前はもうプリースト転職試験が間近だろう?その訓練だよ」
「・・・フィルさん私が魔法あんまり得意じゃないの知ってるくせに・・・ひどい・・・」
俺はアンジェの反論を体を反転させて黙殺すると、少女を背負って勢いよく目の前の斜面を駆け上った。

「ふぅ、なんとか到着」
俺の視界にはすでに大聖堂が見えていた。後ろのリコもなんとか起こさずに移動できたらしく、俺の背中で心地よい寝息を立てて眠っている。まぁ無理もない、リコは川に流されていて随分疲れていたのだろう。
「ぜー・・ぜー・・全速力で走りながら速度2人分なんて・・・リコもいるし・・・し、死ぬかと思いました・・・」
横のアンジェは荒い息づかいで膝に手を当てて肩で息をしていた
「死んだらちゃんと供養してやるさ」
「・・・出来れば供養じゃなくてちゃんと蘇生してくれると嬉しいです」
大聖堂に近づいて行くと、門の前に女プリーストの制服を着た人が立っているのが見えた。そいつは金の髪を腰まで伸ばし、その髪の色と同じ巨大な黄金の十字架を華奢な体でありながら軽々と肩に乗せている。
俺はその禍々しい鈍器の持ち主を知っていた、ジェシカだ。
「おっっそーーーい!!あんた今までどこ・・・」
「うるさい、後ろのが起きるだろ」
ジェシカの罵声に対し、背負ったリコを見せる
「何その子、もしかしてあんたの隠し子?・・・ああ・・残念だわフィル・・忍びないけど、姦淫したとあってはもうあんたは聖職者でいられない・・アンジェのことは私に任せて、安心して辞職するといいわ」
そう言って、満点の笑みを浮かべるジェシカ。こいつは自分がアンジェの監督役になれなかった事を怨んでいるらしく、事あるごとに俺に突っかかってくる
「残念だな、こいつはアンジェの子だ」
「ええっ!?」
横から奇声が上がる。ジェシカは満足そうな笑みを浮かべたままアンジェに近づくと、肩に手をおいて言った
「そう・・・なら仕方ないわ。アンジェリカ、一緒に引退して幸せな家庭を築きましょうね」
「・・・・あうぅ・・もうどう反応していいのか・・・」
「わざわざ相手にしなくていいぞ、アンジェ」
俺はジェシカを無視して聖堂に入ろうとしたが、横から黄金の十字架が目の前に突き出されそれを阻んだ
「なんだ、結婚式の仲人なら他の奴に頼んでくれ」
「それは後々話し合うとして・・・一応私今日の警護担当だから、身元がわからないような輩を気軽に中に入れるわけにはいかなくてね」
俺は後ろを振り返ると、アンジェに顔を向けた
「ええっと・・・ジェシカさん、その子は・・・すいません、今は説明できません。でも、説教の間は私が責任を持って世話をしますから、なんとか宜しくお願いします」
ジェシカは首をかしげると、俺を睨み付けた。説明を求めているのだろうが、残念ながら背負った少女については俺が説明を聞きたいほどだった。
「・・・いいわ。その変わりその子が説教中に暴れ出したりしたらフィルに責任を取ってもらうからね」
「おいおい、なんで俺なんだよ・・・」
「あんたアンジェの監督役でしょ」
目の前に突き出されていたグランドクロスが降ろされる。ふぅ、俺はため息をつくと大聖堂の中に歩を進めた。
幸いさっきのやりとりの中でもリコは寝たままだ、このまま説教中もおとなしく寝ていてくれると助かるのだが・・・
講堂に向かっていると、転職試験担当のセシルさん部屋に入ろうとしていた。思わず身を反らして後ろの少女を隠してしまう、目が合ったので笑顔で会釈。セシルさんは何事もなく部屋へと入っていった。
アンジェが心配そうに話しかけてくる。
「ごめんなさいフィルさん、私のわがままで・・・」
「気にするな、あの様子だとリコが落ち着くまで面倒見るのは仕方無さそうだしな」
「はい・・・こんな小さな子供が自分のことを殺してくれだなんて・・・どんな理由があるにせよ、放っておけません」
「そうだな・・・それより、さっき自分で言った通り説教の間ちゃんとリコの面倒見てろよ」
通路を抜けると、香ばしい松脂の匂いのする講堂についた。席はほとんどが埋まっていたが、幸い最後尾の列が空いていた
アンジェに手伝って貰いリコを降ろすと、長く伸びる椅子の上に寝かせた
「ったく・・・後で大司祭様に怒られても俺は知らんぞ」
「大丈夫、大司祭様もわかってくれるはずですよ」
そう言ってアンジェは自信ありげにニッコリと笑う。本当に大司祭様を慕っているのだ。ふと見ると、リコの白のワンピースの胸の上に銀の装飾が付いた紫の玉を見つけた。
「フィルさん、どうかしましたか?」
「いや、この銀のブローチさ。おぶってるときなんか背中が痛いと思ったら・・・」
「ああ、これですか・・・ってこれ、本で見たつけると動きが早くなるっていう不思議な装備にそっくり・・・」
「アホ、あんな高価な物付けたガキが自殺したいなんて言い出すかよ。これはただのガラス細工さ」
「・・・それもそうですね」
列の間を移動して寝かせたリコを挟んでアンジェとは反対側に座る。時間を見ると、まだ説教が始まるまでにはだいぶ時間があった。
横に目をやると、今まで大人しく寝ていたリコが目を擦りながら起き出してきていた
「ん・・・ここは・・・えっ!?」
「静かに」
声を上げそうになったリコを、アンジェが直ぐさま止める。疲れているだろうリコに再度眠るように促すが、リコはゆっくりと起きあがると辺りを見回した
「そんな・・こんなに人がいる場所・・・だめ・・・・あいつ・・・あいつが来ちゃう・・・」
「あいつ?あいつって誰だ?」
リコの顔は絶望に歪み、わなわなと肩を振るわせながら何かを呟いていた。俺は落ち着くようにリコの肩に手を回して声をかけるが、一向に反応がない
それは突然だった、リコの体が急に浮き上がり激しく痙攣したかと思うと、その体が半透明になり反対側の講堂の壁が透けて見えるようになった。
「キシャャャァァァ」
大聖堂に響き渡る奇声、人が発したとは思えないその声は間違いなく上のリコから響いていた。講堂にいた人全員が何事かとばかりにこちらを振り返る
「アンジェ、眠らせろ!」
俺は叫んだ、アンジェはすぐさま頷いて懐からグラブを取り出す。リコに何が起こったかはわからない、しかし尋常な事態じゃないことだけは確かだった。
睡眠グラブを構えたアンジェが、リコに向かってグラブを振り上げる。しかし、グラブはリコの半透明の体を擦り抜けてしまった。
宙に浮いた半透明のリコのだらりと伸びた右手に、青白い光が浮かんだ。青い炎は一瞬にして金で出来た三つ又の燭台に変わる
「っ、リコ!正気に戻って!」
アンジェが叫び、リコの体に触れようとしたがその手は虚しく空を掴んだ。再びリコの半透明の体をアンジェの手が擦り抜ける。
リコの燭台を持った右手が動いた、下からすくい上げるように振りかぶった燭台はアンジェの左肩を直撃し、アンジェの体を軽々と吹き飛ばした
衝突音とともに講堂の後ろの壁にアンジェの体が激しく打ち付けられる。アンジェはずるりと地面に落ち、そのまま項垂れて動かない
リコはその半透明の体をさらに上へと移動させると、その体のまわりに青白い火の玉が無数に現れ始めた。青い炎はその一個一個が次第にナイフの形へと変わっていく。
「・・っ!全員伏せろっ!!」
叫ぶのと同時に座席の影にむかって転がった。刹那、リコの周りに浮いていた無数の青い炎で出来たナイフが激しく四方に飛び散った。
体中を遅う激痛の中、俺は大聖堂に血の雨が降り注ぐのを見た

「・・・ジェ、起きろアンジェ!」
聞き慣れた声とともに、誰かに体を揺さぶられた。朦朧とする意識の中で、かろうじてフィルさんの顔がそこにあるのがわかった。
「フィルさん・・・?っ・・・なんか背中が凄く痛いんですけど・・・」
「ああ、わかってる」
フィルさんの手が私の背中に伸びる、大きな手が背中に触れるとそこが暖かくなって徐々に痛みが引いてくるのがわかった。
私は口に広がる鉄の味と共にやっと思い出してきていた、そうだリコの様子が急におかしくなって・・・
次の瞬間私は急に目眩に襲われた、フィルさんの後ろに見える景色を認識したからだ。いつもの大聖堂にあったのはおびただしい量の血、血、血。
痛そうにお腹から血を流している人がいた、腕を治療されながら泣いている子供がいた、あそこで氷付けになっているのは聖堂勤務のクルセ・・・
「おい、アンジェ!しっかりしろ!」
呼ばれて、自分が気を失いそうになっていたのがわかった。フィルさんが心配そうな目で私を見つめている。そうだ、私は倒れている場合なんかじゃない。
なんとか気を保つと、なるだけフィルさんだけを見るようにして後ろを気にしないようにする。
「・・・何が、あったんですか」
かろうじて声をだす、自分の声が震えているのがわかった。いつもは陽気なフィルさんが真剣な表情で言った。
「リコさ・・・こいつは俺の推測だが、ありゃたぶんマリオネットって魔物だ。見たこともない金髪、意味不明な言動、半透明の体・・・クソッ!俺がもっと早く気付くべきだったんだ」
「マリオネットって・・・?」
「俺も良くは知らないが・・・憑依系の魔物で大体は少女の人形に取り憑くらしい。そもそもこいつはゲフェン方面でしか見つかってないハズなのになんで・・・・ああ、そうだあいつは川で見つけたんだ・・・チィッ、何かの拍子で流されて来たとしても全然不自然じゃない」
フィルさんは悔しそうに拳を握りしめたが、やがて顔を落とすといつもの陽気な口調で言った。
「ったく・・・後でジェシカに感謝しとけよ、じゃなきゃお前は今ごろその自慢の銀髪に赤のメッシュが入ってたぞ」
「え・・?」
「マリオネットの野郎が最初に炎のナイフ飛ばして攻撃してきやがったとき、倒れたお前に攻撃遮断壁のニューマの魔法唱えててくれたのはジェシカだからな」
フィルさんは顔を下に向けたまま、ふっと自嘲気味に笑った。
「俺は・・正直自分を助けることに精一杯で、アンジェの事なんて頭になかったよ・・・やっぱり、俺には誰かの面倒を見るなんて事は・・・」
「そんな・・っ!あの時フィルさんはリコの一番近くにいたんだから、当たり前です!そんなのフィルさんが気にすることじゃないです!」
そうだ、悪いのはフィルさんなんかじゃない。本当に悔いるべきなのは・・・
「・・・それより、リコはどうなったんですか?」
「ジェシカが敵さんの出した炎の壁に無理矢理突っ込んで、グランドクロスで一撃くらわせてやったよ。その後すぐに消えたが、あの様子じゃ実際ダメージはなかったろうな・・・ちなみに、我らが勇敢なるジェシカ様は、その無茶のおかげで全身火傷で倒れてる。あのうざったい金髪がチリチリになってて笑えるぞ」
フィルさんはそう言いつつも、顔はまったく笑っていなかった。まるで、何かをすごく悔やんでいるみたいな表情だった。
「それに・・あれはリコじゃない、マリオネットだ。リコはさしずめ媒体、可哀相な操り人形ってとこだろうな」
「マリオネットって魔物、そんなに強いんですか?」
「いや、マリオネット自体はそんなに強い部類じゃないが、確実にあいつは別格だな。おそらくかなり長いこと生きてる奴だろうよ。あんな早く動かれたんじゃ、詠唱も何も出来やしない・・・クソッ、結局俺は何も出来なかったよ」
悔しそうにするフィルさん、でも本当に悪いのは・・・私だ。私の我が侭がリコをここまで連れてきたのだから。
胸が痛かった、吐き気もした、すべて、すべて私のせいで起こってしまったのだ。
「私が・・・私が悪いんですね・・・」
急に目の前のフィルさんの顔がぼやけて見えた。
「人の役に立ちたくて・・・アコライトになったのに・・・こんな・・・許されない失敗をして・・ダメですね、私・・・聖職者なんて、立て前ばっかり・・・本当は何も出来てないのに・・・」
「アンジェ・・・」
涙が止まらなかった、全身から力が抜けてもう何も考えらなかった。どうしてマリオネットは私を殺してくれなかったんだろう、生きる資格なんて私にはありはしないのに。
俯く私の顔に、フィルさんの両手が添えられて私の顔は上に向けられた
「・・・確かに、俺も・・お前も、間違いを犯して失敗したかもしれない」
フィルさんの黒い瞳が、まっすぐ私を見ていた
「でも、今することは泣くことでも自分を責めることでもないだろう?本当の失敗ってのはな・・・転ぶことじゃなくて、そのまま起きあがれないことを言うんだよ」
フィルさんは私の顔から手を離すと、すっと立ち上がった
「幸いまだこの大聖堂では死者は出てないし、俺は出すつもりもない。だから、そのために俺はここにいる全員の救命に全力を尽くす・・・お前に奴を倒せとは言わない。それはお前の仕事じゃないし、無駄に死ぬ必要もない。だが、ケガ人の世話くらい今のおまえにも出来るだろう?」
そう言って背を向けて歩き出すフィルさんの背中を見て、私は息を呑んだ。フィルさんの黒い制服の背の部分には無数の切り傷と大量の血がついていた。見ているこっちが倒れそうな傷だった。
何をやっているのだろう私は、フィルさんだって、ジェシカさんだって、あんなに頑張って必死に戦っているのにこんな所で座っているなんて
私はふらつきながらもなんとか立ち上がった、目の前に広がるのは地獄のような血の狂宴。床にも、椅子にも、壁にも、すべてに血が飛び散っていたが、不思議に血の臭いは消えていた。
いや、ただ単に私の鼻が慣れてしまっただけなのだ、血の臭いに。
不意に、耳に呻き声とは違う奇妙な音が入ってきた
「何の音・・・?」
後ろの壁の向こうから聞こえてくる、聞き慣れない規則正しい音。すぐにはその音が何なのか私にはわからなかった。だが、わかってしまった。そう・・・聞こえてくるのは、肉を引き裂く音。
私はすぐさま辺りを見回した、誰かに知らせなくては。しかし、大聖堂では誰もが血まみれで傷を負い、無事な人も怪我人の手当や治療に慌ただしく声を上げ、動き回っていた。ふと見ると、地面に黄金の十字架が落ちていた、ジェシカさんのグランドクロスだ。
私は落ちているグランドクロスにそっと近づくと両手で抱え上げた。ジェシカさんはいつもあんなに軽々と持っているのに、予想以上にそれはずっしりと重かった。
「でも、私がやらなきゃ・・・!」
両手でグランドクロスを抱えたまま、足音を立てないように通路まで移動した。通路の左右にある部屋のうち、片方の部屋のドアは半開きになっていた。
恐る恐る半開きになったドアから中を覗くと、血まみれのマリオネットが誰かににまたがって、血に染まった三つ又の燭台を何度も何度もその体に突き立てていた。肉を突き刺す汚い音が規則的に響いている。
目の前の異様な光景に吐きそうになるが、なんとか堪える。よく見ると、マリオネットの体の四肢に糸のがついていて、その上に操り棒のような物がニコあるのが見えた
リコは操られているとフィルさんは言った、あれを切れば私にもなんとかなるかもしれない。
私はグランドクロスを慎重に地面に置くと、両手をドアの隙間の前に付きだし手の平に魔力を集中させた。光が線になるイメージを頭の中に膨らませる
「我、久遠の絆断たんと欲すれば神託の葉は聖なる光の剣と化し汝を討つだろう・・・Holy Light!」
光線が素早くマリオネットの頭の上を横切る、するとマリオネットの動きは突然止まりそのまま横にゴトリと倒れた。やった、私は小さく呟く。
私はすぐさまドアを空けて部屋の中に入ると、血まみれで倒れている人の脇に座った。そこにいたのは、さっき廊下で会ったセシルさんだった。痛々しく全身に穴の空いたセシルさんの体に手を当てると全力で治癒の魔法をかけた。
体には無数の穴が空いていたが、丁寧に一つ一つ塞いでいく。なんとか大きな出血は止めたが、すでにセシルさんは息をしていなかった。これほどの傷となると私ではだめだ、蘇生の出来るプリーストを連れてこないと。
「・・・逃げて、アンジェ」
はっとして、正面を見ると既にマリオネットは起きあがっていた。だが、様子が何かおかしい
「リコ・・・?」
「そう。でも糸を切ったくらいじゃダメ、あいつはまた私の体を乗っ取る・・・もう糸を切る手は通じない、今逃げないと殺されちゃう」
リコはどこか諦めた感じで語っていが、急に表情を暗くした
「私はもう・・・嫌なの。誰かを殺すのも、血を見るのも。悲鳴を聞くのも・・・もう、うんざり。私ねあいつに操られていても、意識だけははっきりしてるの。何百年も自分じゃない誰かに操られて、終わらない殺戮を繰り返す・・・」
リコの目には涙が浮かんでいた
「逃げて、お願い・・・あなただけは、殺したくないの・・・あなたは生きて、アンジェ・・・」
 次の瞬間リコの体が急に痙攣し出し、目が異様に回転して白目になる。気付いたときには私の体は宙に浮いていた。
 衝撃、ぶつかったドアを突き破り通路に投げ出される。かろうじて治癒の魔法が間に合い、なんとか気を失うのをこらえた。
「ギギギギ・・・・」
 浮きながら近づいてくるマリオネットの半透明の体の上に、再度操り棒と糸がついているのが見えた。私は手元に落ちていたグランドクロスを手に取った、なんとか立ち上がろうとするが力が足りない。
 急に、マリオネットの体の動きが止まった。私とだいぶ距離を残したまま空中に停止する。その体はさっきまでと違い透けておらず、ちぢれた綺麗な金髪がふわふわと漂っていた。
「・・・私は、何百年も操られるだけの人形だった・・・あいつと戦おうともしなかった・・・でも、あなたは違った。あなたはたった一人で、こんな恐ろしい魔物に立ち向かってみせた・・・私が今こうして出てこられたのはあなたの勇気のおかげよ・・・・」
 マリオネットの口は動いていなかったが、何故かはっきりとリコの声が頭の中に響いてきた。
「っ・・!早く私を殺して・・・もうあいつを抑えるのも長くは持たない・・・私は最後にあなたみたいな人と出会えてとっても嬉しかった、アンジェ」
 宙に浮かんだ少女は、目に涙を浮かべながらも穏やかに笑っていた。リコは自分を操る魔物に打ち勝ってみせたのだ。
 私はグランドクロスに手をつくと、全身の力を振り絞って立ち上がった。
「そうだよね・・・つらかったよね・・・でも、もう私が終わらせてあげる・・・・」
 グランドクロスに残った魔力をすべて込めると、倒れ込むようにして少女に向けて全力で投げ飛ばした。金色に輝く十字架の柄は少女の体を貫くと、そのままその体を奥の壁に磔にした。
 終わった、そう思った私は通路に座り込んだ。
「ギ・・・ギギギ・・・」
 だが、マリオネットは十字架に体を貫かれ壁に磔にされながらも、手足をばたつかせて奇声をあげていた。やがて二つの青い火の玉がマリオネットの回りに現れた、炎は次第にナイフを形作ってゆく。
 避けなければ、私は立ち上がろうと両手に力を込めるが、魔力を使い果たしてしまって指一本動かせそうにない。
 マリオネットの白い目が私を睨み付ける、浮遊する青い炎のナイフがゆっくりと動いた。もうダメだ、私は目を瞑って身をこわばらせる。
 ブシュ、肉の裂ける音と血の音がした・・・って、あれ?全然痛くない
「・・・ったく、無茶しやがって・・・」
 目を開けると、そこにフィルさんが私に覆い被さるようにして壁に両手をついていた。
「ちゃんと覚悟しとけよ、ジェシカがグランドクロスの使用代金体で払わせてやるって怒鳴ってたぞ」
「え゛・・・」
 フィルさんは上からニコッと笑うと、体を翻した。その無数の切り傷のある背中にさらに真新しい二つの刺し傷がついていた。
 マリオネットに向き直るとポケットから無造作に青い石を取り出す、フィルさんの体が淡い青の光に包まれて膨大な魔力がその場に満ちていくのが私にもわかった。
「我、招く崇高にして神聖なる光に慈悲はなく・・・汝に普く神罰を逃れる術もなし・・・」
 詠唱するフィルさんの輪郭に沿って強い白い光が輝いていた、その黒い髪が魔力の流れに従って美しく上下している。
「彼の者、その魔浄の十字の中で安息を得るだろう・・・永遠に儚く!Magnus Exorcism!!」
 詠唱が終わると同時に、巨大な浄化の光の奔流が部屋の中で弾けた。地面から十字に光が浮かび上がって、轟音と共に強烈な光が部屋から溢れた。たまらず私は目を瞑ったが次の瞬間には光は収まっていた。
 部屋にあったマリオネットの姿は掻き消え、替わりに壁に刺さったグランドクロスの真下で、コツンと音を立てて銀のブローチが床に落ちた。
「ったく・・・部屋からお前が投げ出されてきた時には、もうダメかと思ったぞ」
 言いながら、フィルさんは通路の向こうに手で指示を送った。数人のプリーストとアコライトがバタバタと通路の向こうからやってきて部屋に入ってゆく。
「ほら、手見せろ」
 フィルさんがしゃがんで私の右手を取り上げる。付けていた白の手袋は破れていて、その下の手のひらも赤く張れて火傷をしていた。
「お前にグランドクロスはまだ早すぎだったんだよ」
 その火傷した手の上にフィルさんの手が乗せられる、重ねた手の間から淡い青い光が溢れた。しばらくして、私はさっきからずっと考えていた疑問を小さく呟いた。
「・・・私は、リコを救えたんでしょうか」
 フィルさんは変わらず無言で治癒の魔法をかけていたが、一度後ろを振り返ってから言った。
「残念ながら、それは俺が決める事じゃない・・・でも、お前は確実に一人の命を救ったな」
 フィルさんが親指で後ろを指す、数人の聖職者の間からセシルさんが起きあがっているのが見えた。蘇生が間に合ったのだ。
 良かった、無事だったのだ、本当に良かった。
「・・・・誰かを救ったり守ったりするのって・・・本当に難しい事ですね・・・・」
「・・・そうだな」
 手の間に溢れていた青い光が止まった。私はまだ少し火傷の痕の残る右手をゆっくり握りしめてみる。
「・・・フィルさん、私決めました」
 不思議そうな顔をするフィルさんに、私は微笑んでみせた。

 大聖堂の扉をくぐって、通路を抜ける。しばらく大聖堂には来ていなかったが、最後に見たときとそこは全然変わっていなかった。
 いくつもの長い椅子のある講堂、その最後尾の列に黒髪のプリーストが座っているのが見えた。
「お久しぶりです、フィルさん」
 声をかけると、フィルさんの顔がこちらに向いた。そして私の着ている服を見るとふっといきなり笑った。
「ったく・・・本当にモンクになっちまったんだな」
 言いながらクックックと笑うフィルさん、その笑い方は大聖堂を離れる前と何も変わっていなくて、何故か安心した。
「うー・・・そんなに笑わなくても・・・似合ってないですか?」
「いやいや、そんなことはないぞ・・・それより、お前はてっきり俺の後を継いで魔浄の技を極めてくれると信じていたんだがな」
「それはー・・・」
「おかえり、アンジェー!」
 言いかけて、もの凄い勢いで後ろから急に誰かに抱きつかれた。思わず体が前のめりになる。
 私の体をすごい力で抱きしめながら長い金髪の髪を擦り寄せてくるその人は、ジェシカさんだった。
「く、苦しい・・・」
 その両腕はがっしりと私の胸回りで固められていて、呼吸ができなかった。
「・・・おい、もうそろそろ離してやらないと大聖堂で死人が出るぞ」
「あ、ごめん」
 ジェシカさんの腕がそろそろと外されると、やっと解放された。ジェシカさんは椅子の背もたれに寄りかかると、ポケットからタバコを取り出した。
「あー!だめですよー大聖堂でタバコなんて!」
「何言ってんの、アンジェはもう大聖堂勤務じゃないんだから堅い事言わない」
 ひらひらと手を振ってから、愛嬌のある笑顔を浮かべて慣れた手つきで火を付けるジェシカさん。フィルさんはそれを無視したまま私に向かって言った。
「で、なんでモンクになったんだ?」
「ええっと、私は・・・大聖堂の中でだけじゃなくて、もっと色々な場所を見て、沢山の人に会って・・・そして出来たら、その旅先で色々な人を助けてあげたいなぁ・・と考えまして」
 フィルさんは関心したような顔をしたが、すぐにまたあの意地悪な笑みを浮かべて言った。
「まぁ、アンジェの場合旅先で誰かを助ける事よりも、助けられる事のほうが多そうだがな」
「あぅぅ・・・ひどい・・・・」
 実際そうなりそうなりそうなので、本当に怖い。ジェシカさんが楽しそうに言った
「大丈夫よアンジェ、私がどこまでもついていって助けてあげるから」
「その場合、お前が一番危険な敵だ」
 その言葉に反応して、ジェシカさんはフィルさんを睨み付けると私の肩に手を回した。
「何言ってんのよフィル、私はただこの可愛いアンジェとの愛を体で確認しようとしてるだけよ」
「ええええー!?」
「この同性愛者が・・・てめぇみたいなのが大聖堂の中に存在する時点で間違ってんだよ」
 そう言って、床にツバを吐き捨てるフィルさん。あああ、神聖な聖堂の中でなんて事を・・・
「あら何?私のグランドクロスでケツでも掘ってほしいのかしら、フィルちゃん」
 ジェシカさんは私の肩から手を外すと、乱暴にグランドクロスを振り回して肩に乗せた。それに応えるように、フィルさんも立ち上がって懐からピンク色の本を取り出す。
「言ってろ、俺がこの少女の日記を出した時点でお前の負けは決まったぞ」
 フィルさんは本を左手に構え、右手を突き出し戦闘態勢をとる。
「あんたまだあの淫売の持ち物なんて使ってるの?あんたこそ異教徒じゃない、私の聖なるグランドクロスで神罰を与えてあげるわ」
 ジェシカさんもグランドクロスを両手で持つと、タバコをくわえたまま体を左に開いて構えた。
「俺のムナックを侮辱するとはいい度胸じゃねぇか・・・額でタバコ吸うコツを教えてやるよ」
「わー!2人とも止めてください!」
 今にも死闘が始まりそうな2人の間に、慌てて割って入る。ふと自分の胸元を見ると、銀で装飾された紫の石のブローチがそこにあっった。
 着慣れない修行僧の服はダボダボだし、ブローチを付けるのもまだ戸惑うけど、私は転んでも立ち上がって前へ進んで行こうと思う。願わくば、誰かを守るために。


明るい話を書くぞーってことでお題・・・『血』_| ̄|○
一番自分向きのお題が来たので趣味全快っ
black系マンセー

ちなみに上の他にエンディングの案もありまして ・フィルが一人でマリオネットを倒して辞職の哀愁ルート ・実は全部ジェシカがアンジェを手に入れるための計画でした陰謀ルート などなど。本当はHPで選択でエンディングが変わる~みたいな事したかったけど・・・時間的に無理ぽ(´・ω・)
こっそりHPで前半部分だけ公開してたら、こんなヘタレSSにうりんさんからステキ絵貰いました
ではでは、この辺で。
2004.05.22 紫苑