※お題『血』
※猫木
『Blood』
偉大なる神を称える祝福の言葉。
振り下ろされた生無き刃を手にしたチェインでいなし、死してなお戦いを忘れられぬものの喉元に手を突きつけ祈りの言葉を口にする。
祈る言葉は哀れみか。「我は請う!加護を忘れた愚かなる者に永遠の安寧たる眠りを!」
彼女の掌に現れた神の力は、アンデッドの頭部を自然の力に従わせさらさらと風化させていく。
一体どういう力で動いているのか知らないが、頭部を失ったアンデッドの身体は動く力をも失ったようで、最後の悪あがきなのか彼女の身体に覆い被さるように崩れてゆく。「はあっ!」
断じて細くは無い。だが太くも無い健康的な足がしっかと残るアンデッドの残りの部分を吹き飛ばす勢いで蹴り上げその埃と亡骸を避けた。
「…もーちょっと周りの目ってのを考えてくれんかなー……」
動きやすさか、プリーストの法衣は大きなスリットが入っていて足が露出しやすい。
蹴り上げた健康的な足は太腿まで周囲の目に晒されている。「それは私より、ダンサーの少女たちに言った方がいいだろう。あれはひどく寒そうだ。」
寒い、寒くないの問題じゃねえよ、と呟いたブラックスミスの言葉は新たに沸いたミストの殲滅にかかり始めた彼女には届かなかった。
『女王様と犬。』
回り周辺にいた魔物を手当たり次第ぶちのめし、まだ殴り足りなさそうな彼女を少し引っ張り壁際に連れて行く。
祝福や何やかやで気力を消費しているはずなのに、彼女をこれほどまでに退魔に駆り立てるものはなんなのだろう。「せっかくお前から借りたチェインを試せないではないか」
…元からか。この性格は。
スケルワーカーとミストが山のように沸き、普段は騒がしいほどに魔物が蠢いている廃坑は、いまは鉱石を欲する冒険者たちでいっぱい。
先ほどの山のような沸きは幸運のようで、一山片付けてしまうと魔物よりも人間のほうが多く見えてしまう。
もっと人が少ないところに行こうか、とプリーストの連れであるブラックスミスは手ごろな狩場を考えるが、どれも彼女が却下するだろう。『そこの狩場では鉱石が出ないし、せっかく作ってもらった火チェインも振るえないではないか』
彼女の誕生日にと目論んでいたスタナは残念ながらあきらめ、もう少しランクを落としたチェインを贈った。
思いを込めてレッドブラッドをかき集めて作ったフレイムハートを見て一生分の覚悟を決めた告白を彼女は驚くほどあっさりと受け入れた。
両想いとは言い切れないが、一応思いは通じたのだろう。恋人と名乗るのも、照れはあるが遠慮は要らない。「…もぐらもここは暗いから出てくるのだな」
が、彼女はどう思っているのだろうか。
マーティンにちょっかいをかけている彼女は嫌いなものは歯牙にもかけずきっぱりと拒絶を示す。
拒絶されない分まだ好かれているとは思えるのだが、告白した後もまったく態度が変わらない。
いっそ劇的に何か変わるのではと甘く考えていたブラックスミスにしては辛い試練だ。
あの気の強い冷徹な彼女の機嫌を損ねず、これ以上の良好な関係を築く。
無理かも、と半ばあきらめかけた辺りで、彼女が小さく声を上げたことに気付いた。「!どうした!?」
「いや……少し、噛まれた。」
見ると彼女の手には小さく血がにじんでいる。
常ならばどうというほどの傷でもないが、今はアクティブの活動するダンジョンの中。
どんな些細な傷がどう影響するかわからない。「大丈夫か」
「言っただろう。少し、と。」
少し気恥ずかしそうにむっとする彼女を見てかわいいと思うブラックスミスはすでに彼女に対して重傷だ。
「とりあえず、ヒールかけて、あと血を拭かないとな」
カートの中を探り布を捜す。
ヒールは傷を癒せても、体の外に流れ出した血液まで復活することはできない。
重傷の対処と血流の復活はリザレクションと言う高位の治癒術の範囲。「いや、それには及ばない。拭うよりも…」
彼女の手がブラックスミスの前にゆっくりと翳される。
「お前に癒してもらいたい。」
「……は?」
無論、ブラックスミスは癒しの力を行使できると言う武具ももってはいない。
「拭く、では無く、お前の身体でこの血を何とかしてもらいたい。」
彼女が血のついた手でブラックスミスの口元を辿る。
何を言いたいかは言葉にせずとも伝わった。
その細い指の先から、ぷくりと膨れ上がった血の玉がゆっくりと手のひらへと垂れてゆく。「…ほら、地面に染みればもう拭い去ることは出来ん」
「傷に、ばい菌が入ったら……」
「すでに傷口は癒えている。あとは、血の始末だけだ」
さあ、と言葉には出さぬ思いと共に、血に濡れた手が差し出される。
「早くしないと、血の匂いに誘われるものが感づくぞ」
些細な血の量。その匂いに気付かれれば一気に危険度は上がる。
ブラックスミスもプリーストも、そう強いわけではない。
敵が増えればその分危険度も上がる。
拭ったところで、その拭った物に血が付着してしまうので意味が無い。小さく息を吸い、その指を口に含む。
口の中に広がる鉄錆の味。舌先に感じる僅かな引っかかりは癒えきらなかった傷跡だろうか。
指先から手のひらへ、零れた血を辿り、乾きかけた血の道を唾液で溶かし、丁寧になめとる。壁に背をもたせ、手だけを差し出したプリーストの姿はまるで女王。
跪きその手に口付けるブラックスミスの姿はまるで従者。「……もう、いい」
唇を離した後、漸くブラックスミスは己のした行為の恥ずかしさに周りを見回したが、目に付く範囲に人間は居らず、再び沸きを再現するかのような魔物の気配が強く漂い始めていた。
「休憩は仕舞いだな。お前の体力も十分のようだし。」
唇の端に笑みさえ上らせた彼女は、おそらく回りの状況を把握してあのような無体を言い始めたのだろう。
「安心しろ。お前の怪我も、お前が私にしてくれたのと同じことを返そう」
聞き返す間もなく、彼女はモンハウの中にごく楽しそうに突っ込んでいく。
彼女だけを危険な目に合わせるわけに行くまいとブラックスミスもモンハウに突っ込んでいく。怪我をしても、彼女に癒してもらえるなら悪くないか、と思いつつ。
end?
+α
引き続き二人出張。一応二人とも名前はあるのですが特に必要も無いので表に出さないことにします。
相変わらずの駄文っぷりで申し訳ない
2004.05.22 猫木