「じゃあ車のナンバーを言ってください。持ち主ならわかるはずですね」
まゆみちゃんが買物に行ってしまったので、僕は車の後部座席で本を読んでいた。
するとドヤドヤと人の気配がする。
「やあ、すいませんね、ほんとにすいませんね」
「どうもどうも、どうもどうもどうも」
なんて言いながら家族連れと思しき団体さんが、前後左右のドアをあけてにこやかに乗り込んできた。
鍵はかけていたはずなんだが。
助手席も運転席も、もちろん僕のいる後部座席もたちまち人で埋まった。
特に後部座席は、非常に恰幅のいい女性ふたりにこどもがふたりなので、おしくらまんじゅう状態だ。
彼らはみな一様に日に焼けて体格がよく、ひとなつっこい笑みをうかべていた。
にこにこにこにこ笑いながら、はやく出て行けと僕に無言の圧力をかけるのであった。
あれ、まちがったかな、と腰を浮かせかけて、我に返った。
こいつらこの車をのっとるつもりだ。
「すいません、出て行ってもらえますか」
「何をいっとるんかのう、この兄ちゃんは。
わしゃあ最近耳がとおくてかなわんわ」
「またまたおとうさんたら、冗談ばっかり~」
ドッ、わはははははは。
ダメだ、話にならない。
「じゃあ車のナンバーを言ってください。
持ち主ならわかるはずですね」
「餅山03、への2238」
「残念、2236です」
「すごいなこの兄ちゃん。持ち主のワシらよりよくしっとるわ」
どっ、ワハハハハハハ。
この程度では揺らがないらしい。
そうだ、カバン。僕のカバンはどこだろう。
僕はとなりの主婦らしき人に話しかけた。
「僕のカバンはどこですか。茶色の、肩にかける奴です」
「知らんよそんなん。わたしは見てないけぇね」
「出て行きたいので、ないと困るんです」
「あらこんなところに。ごめんごめん、うっかりしとったいや」
そういって過度に女性的なボディラインの彼女は、足元から僕のカバンを取り出した。
足跡まみれになっている、おのれ。
僕はカバンの中から携帯電話を取り出し、カメラモードにした。
車内がくまなくはいるよう、横にかまえてシャッターを押す。パシャリ。
音が消えるとすべて終わっていた。
車内はシンと静まり返っており、買物帰りのまゆみちゃんがドアの外に立って僕をのぞきこんでいた。
僕はドアをあけて外に出る。
「おかえりなさい、まゆみさん。僕何かしてた?」
「うん、ひとりでブツブツしゃべってた」
さもありなん。
携帯電話の画面には、なにもうつっていなかった。