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空と君と僕と… byまなか陸

 
 ※お題『ギルド+一人称』
 ※まなか陸 (Ridiculus
 
続き
 
 

 
 
1 木蘭

カピトーリナ修道院の朝は早い。
だけどその日、私の朝はもっと早かった。昨夜なぜか寝つけなくて、結局空がうっすら明るくなってきた頃に起きてしまったのだ。
周りの人はまだもうすこし夢の中にいるだろう。起こさないようにそっと外へ滑り出る。早春の大気は、山麓の谷間で
磨かれた清水の如く肺と喉を潤してくれる。
することも無いので、軽く足踏みしてから日課の走り込みを始めた。静まりかえった中庭にかすかに響く自分の足音。徐々に薄紅へ
色を変える紺青の天蓋。そこかしこに残る雪とかすかに膨らみかけた木々の芽が徐々に影の色から生の色へ転じる。
やがて修道院の裏手にある舞台の前に来た。ここからは海が見える。3回往復したところで水平線の色が金色に染まったので足を止める。
物心ついたときからここで暮らしていた私にとって、何より愛する景色だった。嫌なことや辛いこと、苦しいことがあって寝付けないとき、いつもここにきては涙を流し癒されていた。このときも一筋頬に涙が伝う。
それは余りに美しくて荘厳で壊れやすくて。瞬きをするほんのわずかな間にもその姿を変えてゆく景色がいとおしくて。

修道院助祭長の話が来ていた私には、この景色は永遠のものだと思えていた。
この世の「永遠」など、とても儚く脆いものだということにも気づかずに。

「転属……ですか」
「そう。とあるギルドに入ってもらうことになるんだけれど……同時に司祭の修練も積んでもらうことになるわ。だから大聖堂の司祭ギルドにも所属してもらうことになるわね」
カピトーリナ修道院は主に修行僧、肉体鍛錬をメインとした僧侶が集う。逆にプロンテラ大聖堂のほうは信仰心を形にするほうがメイン。
修道院のほうは比較的誰でも入れるが、大聖堂のほうは素質がないと入れない。
「レピトリア様、お言葉ですが私は司祭になれると思えないのですが……」
「司祭じゃありませんよ」
銀髪の、法衣がとても良く似合う彼女は、穏やかに言葉を続ける。
「あなたには、司教(ビショップ)になっていただく予定です」
絶句する私にはお構いなしで話は続く。
「司教に必要とされるのは高い教養と知識、そしていざというときは軍に混じって行動してもへこたれることのない強靭な精神力と体力です。修道院の中でも群を抜いて技量の優れているあなたに向いているかと思いまして」
穏やかな菫色の瞳と銀の髪を持つ教区大司祭レピトリア様は、10代にしてその地位に就いたと誉れ高い方だ。ちょっとこの職に就けておくには惜しいと思えるほどの美貌と才覚は、ルーンミッドガルツのみならず、隣国シュヴァルツヴァルトにも知れ渡っているらしい。元はとある大貴族の姫という話だけれど、真相は誰も知らないし、ご自身も語ろうとはしない。
「ですが……、ですが、私はアコライトの基礎であるヒールすら使えないのですが!?」
「練習で何とでもなるでしょう。転属は一月後ですし、今からでも練習して御覧なさい?」
穏やかな中でどこか有無を言わせない口調に、私は口をつぐむよりなかった。

あの、ここに来てから本当に愛していたあの景色と、あと一月しか一緒に居られないことが切ないと思った。

「ヒール」
小さな擦り傷に手をかざしても、全くの変化なし。
「うーん……普通の人でも使えることは使える魔法なんだから、できないことは無いと思うんだけどなぁ」
目の前にいる友人が同じ呪を唱えると、淡い緑のオーラが傷を包み、瞬時に癒してしまう。
「木蘭、きっとできるようになるよ?」
「だと、いいんだけど」
私は肩をすくめる。
「なんでだろうね?ヒール"だけ"できないのは……」
「私が聞きたいよ」
「だよねぇ」
なぜか私は、聖職者なら使えない方がおかしいヒールだけができない。
「速度上昇はできるんでしょ?」
友人の問いに、おもむろに立ち上がって唱える。
「風よ集え、私の足に息吹を」
ふわりと体が軽くなる感覚。その場で私は友人が見えなくなるまで走り、戻ってくる。
「ばっちりだね」
「でしょ?」
慣れてくれば、詠唱せずとも「速度上昇」と掛け声をかけるだけで良いのだけど、わざともったいぶってみせた。
「アンゼルスだって、シグナムクルシスだって使えるよ」
彼女も分かっているのだろう。苦笑している。
「お姉様たちにいじめられないといいねぇ」
「実力主義の世界だし、それはないんじゃない?」
私は肩をすくめる。
「木蘭は強いねぇ。あの司祭服をきたお姉様たちを見てると、私気後れしちゃう。やっぱりモンク僧なだけはあるねぇ」
無邪気に笑う友人はまだアコライトの制服だ。
「私は私で、あのお姉様たちとは違う修行積んでるんだし、なんとかなるよ」
虚勢を張ってみせる。

でも、その頃大聖堂の裏でこんな会話がされていたことを私が知っていたら、多分ここまで胸は張れなかったと思う。
知るのはもっとずっと後のことだけれど。

2 レピトリア

「ヒールが使えない……また変わったお嬢さんだこと」
ゴシック調に整えられた調度。臙脂色のびろうどで張られたソファに、銀糸で刺繍された修道服を着てゆったりと沈むのは、銀糸よりなお輝く巻き毛と白い肌、真っ青な瞳のうら若い女性。ぱさりとテーブルの上に私が持ってきた紙を置いた。紙には一人のモンク僧の、詳細なステータスと顔が印刷されている。
「でも、ほかの技能は修道院一です」
「そうでなくては困るわ」
ころころと笑いながら、手にした磁器から湯気の立つ紅茶を優雅にすする。
「ヒールが使えないなら、再度アコライトからの方が良いのかしら」
「それはお姉様にお任せ致します」

ルーンミッドガルツ公国首都プロンテラ。その北東に位置する大聖堂の、司教控え室の一つ。
私の向かいに座っているのは、教区大司祭ヘリアーラ。私の実の姉である。
"ビショップ"を育成しようと言い出したのは彼女だった。
昨今の司祭……プリーストは、己の技術に溺れ、ろくな支援魔法も使えなくなりつつあると。
ましてや、アコライトの時代に、強い他職の力を借りて分不相応なほどの強い敵を狩り、あっという間に修練を積んで転職してしまうものが増えているのだと、彼女は憂いの混ざったため息をつく。
「真の技能は一月二月で身につくものではないわ。とりあえずみっちり仕込みましょうか」
「……よろしくお願いします」
お飲みなさい、と進められ、ほのかにオレンジの香りがする紅茶を口に運ぶ。摘む菓子は口に入れるとほろりと崩れる焼き菓子。
「実践訓練が必要と思って、もう騎士ギルド、商工組合、ハンターギルドには依頼を出してあるの」
私が茶器を受け皿に戻したのを見計らったかのように、歌うような呟きが耳に入る。
「もう、ですか?ずいぶんと早いですね」
「シュヴァルツヴァルトの方がねぇ……」
「戦争、ですか?」
まさか、とヘリアーラは微笑む。
「最近ジュノーの周辺で、モンスターが増えてきているんですって。だから調査隊を派遣して欲しい、という依頼は来ていたそうよ」
「じゃあ、今回の司教の話も、トリスタン様からですか?」
「いえ、それはわたくしの思いつき」
「お姉様……」
ため息をつく私に、にこりと微笑んで彼女は続けた。
「レピトリア、考えて御覧なさい?神の癒しを自在に扱えて、それでいて前衛の足手まといになることなく立ち回ることが出きる……そんな回復支援役がパーティに居たらどれほど心強いことか」
「それはそうですが、それなら既存の司祭で腕力のあるものを」
「違うのよ」
「え?」
いつも泰然と構えている姉の、驚くほど真剣な表情。
「元々司祭では、ダメなの。自分が支援できることがわかりすぎていてはダメなのよ」
一瞬、何を言っているのか理解できない。
「……それは、どういう……」
「そのうちわかるわ」
すっかりさめてしまった紅茶を飲み干し、テーブルチャイムを鳴らす。入ってきたのはアコライトの少女。
「お呼びですか」
「もう一杯お願いしたいわ」
「はい」
一緒に押してきたワゴンに茶器を載せて下がっていく。白いレースの前掛けが可愛らしかった。
「丁寧ね」
「まぁ、本当ならこういう使い方はいけないんでしょうけどね。でも元々こういうのが好きな子みたいだから起用したの」
「カピトーリナではありえない光景ですね」
「修道院は質素堅実を絵に描いた生活じゃないと修行にならないんでしょ?」
「まぁ、そうです」
昔私が、この大聖堂を出る頃に姉に向かって言った文句を繰り返され苦笑する。嫌いではないのだが、どこか重厚なこの内装は、未だに性にあわない。
「まだ時間はあるし、もう一杯くらいお茶に付き合っていただけるかしら?」
その言葉と同時に扉がノックされ、もう一度お茶が運ばれてくる。
「オレンジペコと、シトロンをグランマニエに漬けて砂糖で固めたものです」
「……グランマニエって……お姉様!?」
「ふふふ、たまにはいいでしょ」
「聖職者はー」
「まぁ、固いこと言わないの。美味しいものは美味しい。いけない?これ、好きなのよ」
運んできたアコライトも、美味しいですよ、と微笑む。
「……そんなに美味しいの?」
「ええ、おひとつどうぞ。言っておくけど、ちゃんと火にかけてアルコールは飛ばしてあるから風味だけよ」
「それを早く言ってください。……ではお相伴します」
「固いわねぇ。まぁいいわ。あなたも少し持ってお行きなさい」

固い話をしていたんだからしかたないんだけれど。
なぜか急に和やかになった一室に、優雅なオレンジの香りがふわりと広がった。
(木蘭、うまくやっていけるといいけれど)

3 カナン

野宿はオアシスだった。
とりあえず真っ先にやるのは火を起こすこと。ここらへんには襲い掛かってくる獰猛なものはいないけれど、やはり人は明かりのそばで生きる生き物なのだろう。暗がりでは無性に恐怖が増幅されてろくなことがない。
火が程よい大きさになったので、平行して飯を作る。
スパイダーに油を引き、熱して塩づけ豚を放り込む。スパイダーの足の高さを調節して、弱い火でゆっくりと油を炒めて出しつつサイフォンで湯を沸かす。
塩豚がこんがりと焼けたら、水で軽く磨いでおいた米を加えて軽く混ぜ、さらに玉葱を細かく刻んだものを放り込む。ゆっくりと混ぜて米が透明になったところで、サイフォンで沸いた湯を挿し、ぐつぐつ言わせながらゆっくりとかき混ぜてゆく。
のんびりとゆっくりと、時間をかけて煮込む。こそりとも風が吹かない、静かなオアシス。
加える湯がなくなったところでスパイダーを火から外し、サイフォンに水を満たすためオアシスに下りる。戻ってくると焚き火の傍に人影があった。
「誰だ?」
誰何すると人影は顔を上げた。息を呑む。
焚き火の火にほんのりと染まる白い肌とすんなりした肢体。フードを被っているせいで髪と目の色は分からない。
分からないが美しいと思えたのは何故なのか。そしてなんて場違いなんだろうと思う。
つかの間の沈黙。もう一度誰何しようと口を開こうとしたら

ぐきゅるるるるるるる……

人影と俺との間には軽く2メートルは距離があったんだが、かなり良く響く腹の音だった。

「すいません……」
荷物の底からブリキの深皿を一枚引っ張り出し、鍋の中身をよそってやる。
「あの、あなたのぶんが」
「いいよ、また作る」
俺は再びゆっくりと塩豚を炒めた。じんわり香ばしい匂いが満ちる。
「材料とか……本当に」
「普段からプラス2日分は持ち歩くようにしてるから心配するな。いいから黙って食え」
彼女(そう、彼女だった)はぺこりと頭を下げ、匙で皿の中身をすくい始めた。
「美味しい……」
「俺の実家は料理屋でな」
よく親父が作ってくれたおじや。洒落た名前で言うと「リゾット」とか言うらしいがよく知らん。米と塩豚と玉葱さえあれば調味料いらずで
つくれるお手軽さから、これだけは覚えていけと徹底的に仕込まれた。おかげさまでそこそこ食えるものが出来上がる。
相当おなかが空いていたのだろう彼女。瞬く間に皿が空になった。
「足りるか?」
「え?ええ、充分です」
「足りなさそうだな」
「え!?」
頬を染める彼女にはお構いなしに、塩豚を追加で放り込んだ。じゅぅっと食欲をそそる音がする。
「これ、できるには20分くらいかかるから、そのつなぎにでも食っててくれ」
カートから林檎を引っ張り出して放った。彼女は器用に受け止め、しばし逡巡したあとかぶりついた。
再びできあがった鍋の中身を、彼女に分からないように気をつけつつ多めによそってやり、俺の皿に残りをいれた。
「紅茶、飲めるか?」
「え?あ、はい」
三度湯を沸かしたサイフォンで手早く飲み物を造り、渡してやる。
「いただきます」
ほっこりと温かいおじやを匙で口に運ぶ。口一杯に広がるうまみ。至福だ。瞬く間に皿が空になる。
「んー……まだなにかあったかな」
がさがさとカートの中をあさり、運良く鶏肉の残りを見つけたので金串に刺して焙る。岩塩をパラパラと振ると香ばしい臭いが立ち込めて。
「いい匂い、ですねぇ……」
向かいの彼女がなんともいえない調子で呟く。
「いったいそこまで腹減らしてなにやってたんだい?」
「え!?……えーと、そんな切羽詰って見えますか?」
「かなり凄く」
「う……修行が足りないですね……」
フードを脱ぐのも忘れるほどおなか空いてたんですね私、と呟きながらぱさりと落とす。
途端、焚き火の赤に揺らめいて見える漆黒の髪が渦を巻いて零れ落ちた。さっきは見えなかった目も、黒いと分かる。
「あら、髪留めまで外れちゃった」
ゆったり、というよりはだぶだぶな外套からのぞくしなやかな細い足、華奢な手。焚き火の明かりでも明らかに判別できる綺麗な顔。
その足はおそらく長いドレスに包まれてつつましく椅子の下に引っ込められているのが似合うだろうし、その手は花でも摘んでるか、茶器を優雅に手に持ったり、刺繍をしている方が似合う手だ。そしてその顔は化粧っ気がないけれど、白粉をはたき紅を刺せば数多の男を魅惑するに足る顔だろう。改めて、なんと場違いなお嬢さんだ。
「……こんな夜に一人歩きは物騒だぞ」
彼女は苦笑する。
「出たのは早朝なんですけど……神聖魔法をこっそり使いましたが思ったより時間が掛かっちゃって」
「神聖……て、アコライトかい?」
「いえ、モンクです。見えませんか?」
見えません。とはまさか言えない。
「あー、暗いから良く分からなかったな」
「……自分でも見えないのは承知していますし、気を使っていただかなくて良いですよ」
と、肩をすくめる。見れば見るほどモンクには見えない。
「とりあえず寝るか」
そのまま話を続けていくとどつぼにはまりそうだったので切り上げることにした。
明日は王宮にでなきゃいけないし、早めに起きないとなぁ。

4 ナティレス

「ギルド……ですか?」
昼前にいきなり呼び出され、俺はイズルード海底洞窟4階から戻った所だった。
「ちょっと断れないところから要請が来てな。すまんが受けて欲しい」
断言する口調。ってことは断るって選択肢はないのかな。
「えーと」
「断る選択肢はないぞ」
ビンゴ。
「あーはい、わかりました。どんな依頼ですか?」
「ギルド所属だ」
「……………………マジですか。俺、団体行動苦手なの、団長も知ってるじゃぁないですか」
「悪いなぁ。お前が一番適任だと思うから任せる。まぁがんばれ」
「いやちょっと団長!」
「これ、詳細。明後日に集合だそうだから遅れるなよ」
「え、あ、落とすってちょっと、団長っ」
ぱさっと紙束を渡されて、一瞬目を落とした隙に団長はあっという間に姿を消していた。こりゃよほどアレな依頼なんだな?
「あー……ギルド名は See the Sky ……ありきたりだな。リーダーは…………え?」
見直す。目をこする。もう一度目を近づける。あれ、俺の目は馬鹿になったのか??
「……カーレン、なにやってんだ?」
通りすがりの同僚が声をかけてくる。
「なぁ。ここ、誰の名前書いてある?」
「はぁ?」
訝りつつも近寄ってきた同僚は俺の指差したところを覗き込んで律儀に答えてくれる。
「ナティレス=カーレン。お前の名前だなぁ」
「だよなぁ」
「ロイヤルギルドマスター……お前出世したな」
「出世なのか?」
「出世だろ。ホワイトエンペリウムがないと作れない、王宮直指名首都護衛ギルドの証じゃん」
「へー、ってちがーう!」
「何がだよ」
この同僚、俺と同期で今はプロンテラ警備団の団長をしている。リーナス=ガルドラというのが本名だけど、淡い水色の髪を長く伸ばして、ちょっと女っぽい顔をしてるせいで皆にはレナスと呼ばれてたりする。
「レナス」
「リーナス。」
「悪い、リーナス。お願いがあるんだけど聞いてくれるか?」
「なんだよ」
「俺と変わってくれ」
と紙を突き出すもあっさりとつき返された。
「あほう。トリスタン様直々のサインが入ってる正式文書に逆らえるかよ」
「そこをなんとか」
「やだ」
「3日くらい食事奢るから」
「そこまで金に困ってない」
「んじゃー」
「くどい」
「俺にギルマスなんて勤まらんって!」
「そうか?」
「そうだとも!」

少し息切れするほどの勢いで断言する俺に向かって、リーナスは思わず見とれるような微笑を返した。
「お前ならなんとかなるさ。てか、むしろ何とかしろ?」
「何だよその疑問系は」
「細かいことを気にすると大人になれないぞ」
「意味不明だぞコラ」
「あー、団長に呼ばれてたんだ俺。んじゃなー」
そしてさささっと居なくなった。
周りを見回しても、気配は感じるが人が誰一人通ろうとしない。まぁ、通りかかった奴に紙切れ押し付けて逃げようと考えてるし、当然といえば当然か。
仕方がないのでテラスへ出て椅子に腰を下ろし、改めて紙切れに目を落とす。
メンバーはモンク、セージ、バード、ダンサー、アルケミスト。ちなみに俺はクルセイダー。
「騎士、ハンター、ブラックスミス……アサシン……計10名、か。大体被らないように構成されてるなぁ」
通常、一般で作られるギルドは、ギルドマスターにすべての権限が渡されるけれど、ホワイトエンペで作られる特殊ギルドはギルドマスターに一切の権限がない。上納の設定とか、処罰権限、加入権限。告知権限とかギルドスキル配分権限とかが一切ない。弄れるのはせいぜい役職程度。それも時々意図せず変わることがある。
違う点は、スキルの習得とか戦闘の技量が普通より早くなる特別措置が取られること。まぁ、速攻で強い面子を作らなきゃいけないんだから当然なんだけども。

俺は、それが好きじゃない。

アジトに備え付けられた、強力なモンスターが出てくるダンジョン。
バランスが取れるよう、誰と組んでも効率が出せるように組まれたメンバー。
潤沢な資金、望めば何でも手に入れられる環境。どんな武器でも防具でも、思いのままに。

「強さを追い求め、手に入れて。その先に何を求めるんだか」

ぱさりと前髪が落ちかかる。日に透けると青い髪。
「明後日かぁ、明日にでも切りに行くかね」

見上げる空は霞が掛かったかのようにけぶり、でも水色じゃない、不思議な青だった。
「もうすぐ春か」

5 カルア

ダンサーギルドから一通の書簡が届いた。とあるギルドに属するように、っていう要請書。
「見えない王様」と有名なトリスタン3世の署名が入ったこの文書は、受け取り拒否権がない。
そして、書かれた事には必ず従わなければならない、という法律になっている。
「かったるいなぁ……」
まもなく春。陽の光に誘われて、木々が命の息吹を一杯に芽吹かせようとしている。宝石のような緑を。
「もうそろそろ行かなきゃだめかな」
商売道具兼、個人の趣味である足輪、腕輪、髪飾り。そしてパンツ。
同僚には「えー、ダンサーなんて露出してなんぼなのにー」とよく言われるけど、私はどうも露出が高すぎる気がして
自分で布地を買ってきて仕立てて履いてる。口の悪い同僚には
「胸もお尻もないからせめてお尻だけはごまかしてるんだよ」
とか言われてるけどこの際気にしない。てゆーか認めてたまるか。これは女の意地なんだけどさ。
結構男には受けがいい。モロクの方の女の人はこういうカッコウしてるんだってさ。なんだったかな。
"モロに見えるより隠れててちらりと見える方がいやらしくていい"
だったかな。
全く男って。

昨日の夜机の上に放ってあった紙切れを持って外に出た。少し寒いけど気持ちのいい風。ショールを巻きつける。
えーと、とりあえずお城に行けばいいのか。

紙に書いてあった通りにお城に行くと、広間に通された。
広間と言ってもダンスパーティができるほど広くはないかな。なんだろ?ちょっと多い団体さんの控え室みたいな。
でもだからといって殺風景に椅子がつみあがってるとかそういうのじゃない。ちゃんと机とか棚とかが用意されてる。周りの装丁と比べて木の感じが新しいから、後から取り付けられたのかな。私は商人じゃないし、詳しくはわかんないけど。
部屋には先客がいた。ごっつい鎧着てる人はクルセイダーかな?わー、となりに立ってるお兄さん、綺麗な人っ。
あの子は……胴着着てるからモンク?……えー・・…見えない……。どっかのお嬢さんって感じだなぁ。隣に居るのは鍛冶屋さんか。なんか仲よさそうだし彼氏?
「こんにちわぁ」
なーんてぱっと見て考えてると声をかけられた。明るい金髪に黒い目で、皮のマント着てるアルケミスト。
「あなたも呼ばれてきたんですかぁ?」
ちょっと間延びした、頭悪そうな喋り方だなぁ。こーゆー子好きじゃないなぁ。でもアルケミストだからきっと頭はいいんだろーな。
「ええ。ここに来いーって」
「そっかぁ。たぶんここにいる人みんなそーだよぉ」
結構通る声。だから集まってた人がみんなこっち見てる。うわー、居心地悪い。
「そうなの?」
「じゃないかなぁ。みんな手におんなじよーな紙持ってるしぃ。あ、私はマリアってゆーの。マリーとでも呼んでねぇ」
「あ……私はカルア。よろしく」
「カルアー!可愛い名前~~」
お酒の名前なんだけどね。親が酒好きでまんま付けられたんだ、とはとても言えない。言いたくもないけど。
「ねーねー、おにーさんはなんていうのぉ?」
「え、僕!?」
驚いて向き直ったお兄さんは、ミルクをいっぱい入れた紅茶色の髪を綺麗に切りそろえてた。ハンターさんみたい。
「え……えっと、僕は、セイランって言います」
「へー、カッコイイ名前ぇ~」
なんだろ。このまんま自己紹介大会?と思ったら、ごっつい鎧の人がぱんっと手を叩いた。

「えーっと、みんな揃ったみたいなんで、始めようと思います」
その言葉にみんな集まってくる。
「お兄さんが呼んだのぉ?」
となりに立つアルケミ……マリアがみんな思ってる疑問をそのまま口に出してくれる。
「いや、俺も呼ばれたんだけどね。みんな今日、一枚の紙を持ってきてると思います。机の上においてください」
みんな言葉に倣う。
「えと、目を通してない人っていないと思うんで単刀直入に言いますけど、今日からここに居るメンバーでギルドを作るらしいです」
「らしいですって」
「てゆーか指示した人だれなのよ」
ひそひそとささやきがかわされる中、クルセのお兄さんは続ける。
「んと、今からプリさんに頼んで移動します。ヴァルキリーレルムの第3砦が僕達の拠点になります」
ぴたりとざわめきが止む。
「その前に、先にギルド作っちゃいますね」

取り出したエンペリウムは、普通のと違って白く綺麗だった。
「これ、エンペ?」
「ええ、ホワイトエンペリウムです」
「うわ、トリスタンから直の命令だったのか」
「ひぇ~」
おいおい、わかってなかったのか。内心突っ込む私をよそに、話は進む。
「とりあえずそーゆーことです。俺は何の因果かマスターやることになっちまったナティレスって言います。ナティとでも呼んでください」
「なぁ」
隅っこから声を上げた男が居た。楽器を持ってるからバードかな?うわー、柄悪そう。
「あんたマスターってことは、マスタールームに入れんだろ。なんかレアとか一杯出るんだろ。分配どうするんだよ」
「そんなのこれから決めます。正直俺も、コレ貰ったの昨日だからまだ何にも考えてないんで」
即答するマスター(仮)。そりゃそうだろうなぁ。私も立場同じなら同じこと言いそう。
「へー、じゃあ持ち逃げの可能性もあるんだァ」
だけど男のほうはそれで済ます気はなかったみたい。あえて不穏にしたかったのだろうか。
さすがにマスター(仮)もむっとして言い返そうとする。
「よしなよラット。困ってるだろ」
止めるのはまだ子供っぽい感じのアサシン。服がだぼだぼ……いいのかなあれで。
「へー、ラット。ネズミがいきがってんじゃねーよ」
「んだとゴルァ」
よせばいいのに言い返すマスター……ナティレスだったかな、呼びにくい名前。あーあ、どんどん空気が嫌な方向になってきたぞ。
「やめなよぉ~~」
マリアが声をあげるけど、火に油を注いだだけだった。
「うるせぇ、ノータリン女。馬鹿はすっこんでろ」
「なんですってぇ~~」
流石にむっとしたのか、マリアの頬が上気する。あーあ、あんまり使いたくなかったんだけどなぁ。この手段。
私は思いっきり息を吸い込んだ。
「やるのか!?」
「てめぇなんて俺が一発……」

「いーかげんにしなさぁぁぁぁぁい!!!!」

ダンサーのスキル、スクリーム。
決まれば回りにいる人全員が叫び声に驚いて硬直。気の弱い人だと失神するくらい、私のは威力がある。
びりびりと空気が振動するほどの叫び声のおかげで、とりあえず無防備だったバードさんとクルセさんは硬直した。
あ、マリアが耳押さえて倒れてる。ハンターさんとアサシンさんも……綺麗なお兄さんは壁に手をついてうずくまってるナァ。
鍛冶屋さんもか。ありゃ、全滅?

「……効きますね、すくりーむ」
あ、生きてる人がいた。おー、あのお嬢様っぽいモンクさんだ。
「さすがにモンクさんは耐えますねぇ」
「ちょっとよろめきましたけどね……」
「あはは、止めるにはこれがいちばんかなーと」
「あはは……でも、どれくらいしたら回復するんでしょ」
「さぁ……」
「……」

結局全員復帰したのは1時間後。思いっきりにらみつけたらバードさんもクルセさんも視線そらしてた。
至極なごやかに色々決まったよ?あー、よかったよかった。

……役職がその後しばらく「恐怖のスクリーム女」にされてたけどね。ふんっ
 
 
 

 
 
 

+α

いざ書いてみたら、最初予想してた分量の倍書いても終わらないほどの分量になりそうなので分割しました。
……決して強引に期限に間に合わせたわけじゃありませんヨ
前回が良い出来すぎたっぽいので今回は物足りないかもしれません。
とりあえず人数分の視点までは構想が出来てますが、その先は未定。第2のamicusになりそうな勢いです(吊
2003.11.16 まなか陸