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Flower byまなか陸

 
 ※お題『固有名詞、禁止』
 ※まなか陸 (Ridiculus
 
続き
 
 

 
 
私は魔法士という職業についている。年はまぁ、娘と言われる頃合じゃないかと思う。
先日魔法都市にある魔法士連盟において免許をもらったばかりの、新米だ。

我が家は代々魔法士家系である。父も母も兄3人もみんな魔法士、魔術師、賢者の出。
家は首都の北西、騎士連合本部のそばにある。
毎日、城の中央通路を通って防衛砦の中を突っ切り、北側の湿地帯で赤い芋虫や大きな蜘蛛を相手に火柱魔法の練習をしている。
まだそれほど上手くないので、時々ぼこぼこに伸されてへろへろになりつつ家に帰る。そうすると母のやさしい笑顔と温かなお茶、料理にありついて、心身ともに癒されるという日々を送っている。

容姿……は、どうだろう。美人と言われたことはない。母に言わせると十人並みということらしいが、親馬鹿という言葉もあるから信用しないほうがいいと思う。
顔色はまぁ普通。若干ピンクがかった肌色かもしれない。髪は青みがかった銀。服装は魔法士のアレ。なんであんなに露出が高いのか常々疑問だったんだけれど、魔法を発動させると男女で体への作用が違うらしく、男は急に体温を奪われて、女は逆に体温があがるんだそうな。
だから男魔法士は極端に厚着で、女魔法士は逆に極端に薄着、ということなんだそうだ。実際自分もなってみると激しく納得がいった。確かに暑くてとてもじゃないけど長袖なんて身につけられない。先人の知恵は偉大だと思った次第である。ちなみに修練を積み上位職業に転職すると、その作用が多少緩和されて露出も変化する、という寸法になっている。

その日もいつもと同じように、火柱の練習へ向かおうというところだった。装備は全部兄のお下がり。魔術師帽子に、器用さの上がるカードを2枚挿した魔力の杖。精神力を高める作用のあるカードを挿した靴。てくてくと城砦部分を抜けると、目の前に森が開ける。
ここにいるツインテールのサービスレディとは既に顔見知りだ。気をつけてね、といつも送り出してくれる。そばにはここらを溜まり場にしているらしき団体が、がやがやと騒いでいたりして、首都とはまた違った趣のある別世界だと、いつも思う。
てくてく、と樹木が翡翠のアーチを分厚く形作る中、柔らかな下草を踏んで歩くのは気持ちがいい。天気のいい日は黄金色をした木漏れ日が、緑の絨毯に豪華な縫い取りを施すのが見られる。今日はちょっと曇り空だったのであいにくと見られなかったけれど。

向こうに人影が見える。多分男。でも私とそれほど背丈は変わらない気がする。私は女性としてはそこそこ背が高いほうだ。
目深にかぶった皮帽子で表情は伺えない。森の木々と同じ色をした髪が綺麗だと思った。

「あの!」

すれ違いざま、いきなり声をかけられて心臓が跳ね上がる。とっさに振り返らないでいられるほど私は肝が据わっていない。飛びのくようにして振り返る。
「これ!」
いきなり目の前に差し出されたのは一厘の花。赤くて綺麗なつぼみがついている。
「受け取ってください!」
強引に手の中に押し込まれる。ほわりといい香り。思わずそっちに気を取られて目線を下に落とした瞬間、相手は脱兎のごとく走り去って行った。
(……)
魔法が掛かっているのか、ほのかに光を帯びている。仕方がないのでかばんの中から手布を取り出し、包んでそっとしまい込む。
多分兄の誰かがこれの正体を知っているだろう、そう思いながら。

「萎れない魔法が掛かってる薔薇じゃないか。お前もそーゆーの貰う年になったんだなぁ」
夜、そっと一番上の兄を自室に招いて、件の花を見せたら即返事が返ってきた。
「萎れない魔法?」
「そう。切花とか、枯れちゃうともったいないだろ?だからこう言う魔法をかけておくと長持ちするんだ。特に赤い薔薇にこの魔法をかけたものは、永遠の愛を告げる花として使われるなぁ」
どうしても花が長持ちしない砂漠地方でよく使われる魔法で、修練さえすれば誰でも使える類のものらしい。
「その人と、会ったことなかったですよ?」
「あれだろ、格好から察するに、そいつ楽師か賢者だろ。奥ゆかしい愛の告白ってやつだろーさ、一目惚れの」
……一目惚れ。自分にかかわりある言葉だとは思ってもいなかった。
「わたし、一目惚れされるほど美人だとは、どう見ても思えないんですけど」
「いやー、可愛いよ。多分日々のお前の鍛錬を草葉の陰から見守ってたんじゃないか?」
「……それはストーカーって言いませんかお兄様」
「まぁ、それは言葉も使いようって奴だね」
よくわからないフォローが入る。
「明日から周りを良く注意してみることだな。多分会えるさ」
「……会っていいものか悪いものか微妙な会い方ですねそれ」
「気にしない気にしない」

気にしたほうがいいんじゃなかろうか。

次の日、狩りをしながらよくよくあたりに気をつけてみると、確かに自分の後ろにある木立の中に、昨日見た姿を見つけた。
そぉっと回り込む。目標を見失ったことに気がついたのか、奴はきょろきょろとあたりを見回している。
「ねぇ」
「うわぁっ」
声をかけると、昨日の私のように飛びのいた。ほら、やっぱりびっくりするじゃないねぇ。
「ねぇ、これ……」
「風よ、我が身を汝の思うところへ誘え!」
「え」
青い光とともに、瞬時にして姿が消える。

逃げられた。そう気がついたのは、次の瞬間横沸きした赤芋虫になぎ倒されたときだった。

「あっはっはっは」
「もう、そんなに笑わなくたっていいじゃありませんか」
その夜、私の自室でその話をしたら、兄に大笑いされた。笑いに笑いすぎて目に涙を浮かべてる。そこ、笑いすぎ。
「だってねぇ……いまどき珍しいくらい奥ゆかしい人だね」
「そういうものですか?」
「そういうもの。複雑怪奇で純情な男心だと思ってあげなさい」
「怪奇……?」
兄の笑い声を聞きつけて、あと二人の兄もやってくる。
「あー、じゃあこれ貸してあげるよ。更に裏をかけばいいさ」
「じゃあ俺はコレ」
そして身を隠せる外套に転送アクセサリーをぽいぽい貸してくれた。よし、明日こそは。

対象を発見。逃げられる前によく格好を観察する。楽師だ。今日は帽子を被っておらず、美しい翡翠色の髪が惜しげもなく晒されいてる。
眉目秀麗って訳じゃないけど、人はよさげな顔立ちだと思った。
音を立てないようにして、近くの木に手をつく。脳裏に兄から教わった、外套に挿した呪力カードの開放呪文を思い描く。
(上手くいくかしら……)
しばらく目を閉じて集中し、目を開けると、あたりの景色は一変していた。
(うわー!)
そう、たとえて言うなら。薄手の遮光眼鏡をかけた感じに似ている。日食を見るときに使う、燻したガラスを通してみる景色と言い換えてもいい。辺りの景色が、色を保ったまま灰色がかり、差す光が鈍い。なのに輪郭がとてもはっきりと見える。人の動きも。
(あれ?)
彼の姿だけ見えない。
(あれ?あれあれ??)
思わず辺りを見回す。その拍子に指先が枝へかすり、音を立てた。その瞬間―――
「その光にかけて真実を照らせ」
一瞬にして辺りの景色が元へ戻る。姿隠しの術を解除する呪文を唱えられたのだ。ちなみにこの手の呪法は二通りあり、今のものは魔法士が使うもの。聖職者が使うほうは「その姿見えなきことは我に害を与えたるものなり。悪しきものに制裁を」となっている。
振り返ると、あの翡翠色の人がこちらを見ていた。声をかけようとするけれどなぜか言葉が出ない。声が……あれ?

次の瞬間再び横沸きした赤芋虫に薙ぎ倒された。

「沈黙の魔法かけられたことくらい気づけよ」
その夜、兄が解呪してくれてようやく口がきけるようになった。あいも変わらず声が出ないほど笑われているのが悔しい。
「あれだね、楽師の格好で解呪の魔法が使えるんなら、賢者や楽師じゃないよ、万能者だ」
「万能者?」
「正式な職業名はついてないみたいだけどね。超強い初心者、なんて呼ぶ人もいる。平たく言えば器用貧乏すぎる人たちだし」
万能者(オールマイティーズ)と呼ばれる人たちがいるのは聞いたことがある。ありとあらゆる魔法や技能を使うことができる超能力者達。ただ、器用貧乏過ぎて更なる研鑽を積んだ専門職には多少力が及ばないらしい。
「でも、沈黙の魔法が使える"万能者"なら、相当な修練を積んだ奴だなぁ」
「だねぇ。なかなか素敵な人に好かれたことで」
「素敵ですか……」
もう何を言う気にもなれなかった。

そう、悔しい。激しく悔しい。
ぱっと見、そこらの気のいいあんちゃんと何が違う。……悔しい!

それから私は、父に頼みに頼み込んでとある宝物を借りた。時の神の靴、と二つ名のついた特別仕立ての靴を借りたのだ。
コレを履いていると、普段の倍の速さで走ることが可能になる。さらに兄から借りた姿隠しの外套と転送アクセサリー。被っていれば絶対に沈黙にかかることのないリボン。氷の魔法だけは絶対に掛からない長衣。さらに薬を20個ほど持って、癒しの魔法を修練なしで行使可能になるアクセサリを借りる。最後に駄目押しで人からの攻撃を弱めてくれる盾を持って完成。

絶対に、捕まえてやる。

そして、本当に一目惚れなのかどうか突き止めてやる。

傍から見ると呆れる執念であることは百も承知。私もなぜこんなに駆り立てられているのか謎だけれども。でもかまわない。何が何でも捕まえてやると誓った。

ところが敵もそう甘くない。これは父も驚いたことだけれど、奴は同じ靴を所持していた。どおりで走るのが速いはずだ。他の装備は買うにしたら多少値は張るけれど不可能な額ではないし、手に入れるにしても強運な人ならばそれほど難しくはない。さらに奴は、魔法を跳ね返す盾なんて、世界に多分3枚もないような珍物を持っていた。これじゃ全く持ってこちらの攻撃は効かない。見るに見かねて兄たちが協力を申し出てくれたけれど断った。

悔 し い !

それから延々2年、奴と私の追いかけっこは続いた。追いかけっこは件の峠から、遠く浮遊都市の彼方、果ては海の向こうの異国までに及んだ。どんなに気配を殺しても、裏をかいても、こちらの気配を察して逃げられる。一度あと少しというところまで近づいたけれど、間が悪いことに上からりんごの実が降ってきて私を直撃、気がついたらもういなかったという凄まじく恥ずかしい事態もあった。
お察しのとおり、兄どもに爆笑されたことは言うまでもない。
その間に私は、当初目標としていた魔術師ではなく、賢者へと転職していた。

そして、その瞬間は唐突に巡ってくる。

思いっきり後ろに飛んだ。これは兄のお友達である暗殺者の人から学んだ必殺技。あいつの移動速度よりほんのわずかに早く前へ回り込む。
「え、うわっ!」
久しぶりに奴の声を聞いた。実に2年半ぶりだ。
どさり、倒れこむ。視界には白く花びらをこぼす異国の木が、青空を背に美しく佇んでいて。
「くぅ」
ちょっと重い……
「うわ……とうとうつかまっちゃった」
うん、捕まえた。ちょっと重い。でもいやな重みじゃない。むしろ嬉しい。私はまだ男を知らないけれど、この固い体の感触はイヤじゃない。
「ねぇ」
「?」
間近に見交わす。髪と同じ、美しい緑の瞳。
「あの花は、何?」
突然渡された、萎れることのないあの赤い花。当時つぼみだったけれど、今はどんな作用なのか花開き良い匂いを放っている。
「賭け」
はい?
「なにそれ」
「追いかけてきてくれそうだと、思ったから。あなたが」
おいおい。凄い理屈だな。
「なによ、じゃあ他にも渡した娘がいるの?」
「いや、あなたが最初で最後……というより、何人か絞っておいてあなたを最初に試したんだ」
「人の悪いこと」
わたしは肩をすくめる。他に対象となる人がいたことを知ってちょっと複雑だったのもある。
「でも、良かった」
「何が」
「ん?理想の人に会えたから」
「理想?
「うん、生涯退屈しない人探してたんだ」
「あー、なるほど」
「あなたとなら、退屈しなくてすみそうだよ」
にこやかに微笑む。空を背景にして、まぶしい笑顔だと思った。

そりゃそうだ。あの花の意味を聞くために2年半も追いかけたんだもの。
この私を妻にしたって退屈なんてしないことうけあいだ。

この後この男は私にプロポーズをして、結婚指輪を渡して、また 逃 げ た 。
待てや。私もお返しをせないかんだろーがっ!!
つーか名前!名前教えなさいよ!
「次に捕まえられたらね」

ええい、待てーーーーっ!

「とりあえず新居ね」
ということで奴がぽんっと買った某所の家には、居間の真ん中に一厘の花が飾ってある。
水がなくても、光が差さなくても、変わらず美しい姿のまま。
だってあいつが一番最初にくれたものだし。これがないと今はなかったわけだしね。記念です。

そうそう、捕まえられるまで教えないというのはあまりに酷だから、ということで名前を教えてもらった。
次に捕まえたら、絶対に名前で呼んでやる。そしてプロポーズのお返しを押し付けてやる。
 
 
 
あいつの名は―――
 
 
 

 
 
 

+α

……すいません、魔が差したとしかいえない話になりました〓■●
てゆーか、こやつら一生追いかけっこするつもりでしょうか。仕事は?てか生活費は?あと、子供とかどーすんだろ。
必死で固有名詞を出さないように画策しましたが、どっか一個くらいぽろっと出てそうです。
見なかったことにしてやってください。
2003.12.07 まなか陸