ちなみに借りた本は、地獄の亡者を哀れに思った若い神様が、
小学生である。
小学生ではあるが、誰かといっしょに暗くて寒いところを歩きまわって帽子と靴と上着を手に入れる。
その3つがあると選ばれし者として不思議な力を得るらしい。
力というヤツはちょっと浮き上がれるという程度で、たいしたことはなく、すぐに興味を失った。
ところが屋敷に連れていかれると、そこには選ばれし者が老若男女ひしめきあっており、それが皆いかに自分の得た力がすばらしいかについて口角泡を飛ばしながら自慢しあっているのであった。
この3つがあれば誰でもつかえる力なのにと思ったが、気分が萎えたので部屋のすみでおとなしくしていた。
すると、同い年くらいの子どもがやはりすみっこでひざを抱えていた。
ぽつぽつと話しているうちにその子と親しくなった。
その子はこの家の子で、お気に入りの文学全集の中から一冊貸してくれた。
多神教系の神話が載っている巻だった。
何度も礼を言って借り、読んでいると、広間のほうで不穏な騒ぎが起こった。
意見のあわない一派が出て行くことになったらしい。
ついていくことにした。
出て行く人々は黒いワゴンと銀色のセダン、それから白いマークツーに分乗するようだった。
黒いワゴンをのぞくと後部座席の人が席を譲ってくれた。
譲ってくれたのはいいのだが、そこはガタイのいいスキンヘッドの兄さんと相席だった。
彼は足に傷を負っており、すえたようなあまったるい臭いがしていた。
正直うーむと思ったのだが、その兄さんが心底申し訳なさそうな顔で「ここでもいいかい?」と聞いてきたのでうなづいた。
仲良くなった子が、道中に食べるといいとエビチリを持ってきてくれたので、本とエビチリの入った箱と筆箱とノートとかそのへんをランドセルに入れて暇を告げた。
車が出るまで少し時間があったので、そのへんをふらふらと歩きまわることにした。
屋敷の前は50メートルほどの石垣になっていた。
こりゃ落ちたら死ぬなあと思いながら石垣をのぞきこむと、ランドセルのふたが開いて本もエビチリも筆箱もノートもみなこぼれて落ちてしまった。
しかたないので石垣をどっこらしょえっこらしょと降りて拾いにいった。
石垣の中腹でひっかかっていた落し物を拾い集める。
借りた本は奇跡的に無事で胸をなでおろした。
筆箱やノートはまあまあ。
傷んではいたが使えないというほどではない。
被害甚大なのはエビチリだった。
ほとんど飛び散ってなくなっている。
これはもうあの子に謝るしかないなと思いつつ、底のほうに残っていた海老を2つ口にした。
ぜんぜん辛くなかったので微妙に憤慨した。
石垣の下に目をやると、ちょうど3台の車が出て行こうとしていた。
置いてけぼりにされたわけだが自分が悪いのでしょうがないと考え、無感動に手を振った。
というところで目が覚めた。
ちなみに借りた本は、地獄の亡者を哀れに思った若い神様が、6匹の餓鬼を更正と称して自分の神殿に住まわせるのだが、庭は荒らすわ動物は殺すわ参拝に来た子どもは丸焼きにして食っちまうわ、ブチ切れた奥さんは出ていっちゃうしでえらいことになるのだが、それは彼らなりに精一杯感謝の気持ちを表そうとした結果だったので神様は怒るに怒れなくしまいにゃノイローゼになる、という話がほのぼのとした挿絵つきで載っていた。