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Last Days by紫苑

 
 ※お題『メンテナンス』
 ※紫苑
 
続き
 

『Last Days』

 別に、何がしたかったわけじゃない

 むしろ何もしたくなかったんだ。

 ソヒーの卵 一個獲得

 リアルの引っ越しが決まって、それに伴ってこのゲームの引退も決まった

 チケットが切れるのは二日後、メンテナンスの行われる午前10時をもってwizardの俺はこの世界から消える

 始まりは、ギルドメンバーから引退祝いとして貰ったティミングアイテムだった

 そもそもペットなんて面倒臭そうな物いらなかったが、他にこれといってすることもないので使ってみた訳だ・・・

「・・・まさか本当に捕まるとは思わなんだ」

 フェイヨンダンジョンから街に戻った俺の目の前には藍色の和服を着た少女が浮いていた

「あ、えっと・・・始めましてっ」

 そのソヒーは、現れるなりおずおずと頭を下げた。

 少女は恥ずかしそうに着物の両袖を口元に当て、照れたように笑いながらじっとこちらを見上げている

「ふ、フツツカモノですが・・どうぞよろしくお願いしますっ、ご主人様」

 またペコリと丁寧に頭を下げるソヒー、その顔はなんとも嬉しそうだった

「・・・・何がそんなに嬉しいんだ?」

 言うと、俺の淡々とした口調にソヒーはちょっと臆した様子だった

「私は、昔からずっと誰かに仕えたいって思ってて、夢だったんです・・・

 だから、ご主人様にペットとして選んで貰えた事がとても嬉しい・・ですっ」

 実際、適当に一番最初に目に入ったソヒーを選んだだけなのだが・・・まぁ、どうでもいいことだ。

 俺はもう明後日には引退を控える身、だから正直ペットなんて飼う気は毛頭ない

 ペットだって、すぐに別れることになる飼い主など望んでいないだろう

 下手に思い出が出来ても、ただ別れが辛くなるだけだ。

「ご主人様、何か・・私に出来ることがあったら何でも命令してください

 私、ご主人様の命令だったらどんなことでもしてみせますからっ」

 そんな俺の考えとは裏腹に、ソヒーは無邪気に喜んでいた

 なにが何でも命令してください、だ。そんな他人に依存した生き方で何を手に入れようとしているのだろう

 自分が安心して休める生暖かい温室が欲しいだけじゃないのか?

 自分の居場所を得るためだけの、従順なんじゃないのか?

 沸々と湧いてくる、嫌悪感。

「・・・ソヒー、なんでも命令を聞くって言ったよな?」

「はい、ご主人様。私に出来ることだったら何でも言って下さって結構ですっ」

「じゃあ、ちょっとアルベルタまで行ってポーション作ってきてくれ」

 俺が要りもしない適当な材料アイテムとアルベルタまでの道順のメモを差し出すと

 ソヒーは満点の笑みを浮かべて受け取った。

「その間ご主人様はどうなさるんですか?」

「あー・・・適当にフェイヨンの周りで狩りしてるよ」

「了解しました。では、行ってまいりますねっ」

 そう言うと、ソヒーは喜々としてフェイヨンの南門に向かってフワフワと移動していった

 俺はソヒーの後ろ姿が消えたのを確認すると、アイテムから蝶の羽を選択して使った

 移動先は、ギルドの溜まり場のある首都プロンテラ

 戻ってきたソヒーは、俺がいなくなったのに気付くだろう
 
そしてどんなに探しても俺がいないことがわかれば、諦めるしかない。

 これでいいんだ、俺なんかに関わる必要はない。

 次の日ログインすると、溜まり場にはいつもの馴染みの顔がそこにいた

「こんにちは~」「ちわ~」など、これまたいつもの挨拶が繰り出される

 うわっつらだけの付き合い、なんの変化も、面白いことがあるわけでもない。

 それでもここにきてしまうのは、習慣というより中毒なんだと思う

 二十分ぐらい経ってからだろうかその話題が溜まり場に上がったのは

「そういやさ、昨日の昼頃変なモンスター見たぜ」

 ギルメンの一人の騎士が口を開いた

「へえ、どんな?」

「昨日俺フェイヨンにいたんだが、ソヒーがさ、いないはずのMAPを一匹で彷徨いてたんだよ」

「何それ?枝か何かで出たんじゃないのか?」

「さぁー、攻撃してこなかったからな、たぶん枝じゃなくて誰かのペットだったんじゃないかな・・」

 俺はその話を黙って聞いていたが、おそらくほぼ確実に昨日の俺が捨ててきたソヒーのことだろう

「でさ、今日の昼フェイヨンに行ったらまだいたんだよ、ソヒーが」

「なんだそれ?そのMAPに新しくソヒー湧くようになったんじゃないのか?」

「そんな変更聞かないけどなぁ・・あ、それずっと潜って隠れてるローグとかだっりしてな」

「はは、昨日の昼から今日まで丸一日ずっと隠れて遊んでるなんてただの阿呆だな」

 そこで一度、溜まり場に笑いが起こった。なんてことはない、他愛ないギルドの会話

 俺はしばらく考えた後、「倉庫」とだけ言い残すとその輪から外れた

「・・・Fire bolt」

 呟くと、襲ってきた大きな口のついた紫のキノコ4体が一瞬にして燃え上がった

 まだ火の燻る灰となったモンスターを無視して、それを踏み付けて進む

 その奥にそいつはボロ雑巾みたいにして地面に転がっていた

 青い髪はバサバサになって散らばっており、着ていた着物は泥だらけで所々が裂けていた

「・・おい」

 呼びかけると、か細い呻き声のようなものの後に、そいつは力無く顔を上げた

 今にも死にそうな顔をしていたそいつの表情が、俺を見た瞬間かすかに微笑んだ

「ご主人様・・これ・・・」

 絞り出すような声と一緒に、ソヒーがボロボロになった体をぐっと起こす

 そこに抱きかかえるようにしてあったのは、汚れていない新品同様の買い物袋に入ったポーション数個

「・・・何・・やってんだよ!」

 突然大声をだした俺を、ソヒーはポカンとして見上げている

 いきなりはっと気が付いたかと思うと

「え、えっと・・・遅れてしまって本当にすいませんでしたっ!

 お探したんですけど、ご主人様の姿が見えなかったもので・・・」

 違う、俺は遅れたことなんてまったく気にしちゃいない

 その時間は俺はログインすらしていなかったんだ、見つかるはずがない。

「お探しする途中、ポイズンスポアさんの集団に襲われてしまって・・

 でも、なんとか・・お使いの品は死守いたしましたっ」

 そう言って、座った姿勢のまま満足そうに袋を前につきだして笑うソヒー

 俺は袋の中からポーションを一個取り出すと無言でソヒーに手渡した

「え・・・あ、ありがとうございます」

 ソヒーはちょこんと座ったまま瓶に入った黄色い液体を控えめに口に含む

 そして半分ぐらい飲んだところで瓶から口を外して

「・・捨てられちゃったかと、思ってました」

 とポツリと呟くと、また俯いてポーションを飲み始めた。

「・・・そう思ったんなら、なんでそんなボロボロになってまで、なんで未だにこんなとこいるんだよ・・

 元居た場所にでも、フェイヨンダンジョンにでも戻っていつも通りに暮らせばいいだろ」

 俺が吐き捨てるように言うと、ソヒーはゆっくりと顔を上げた

 その表情は、初めて見る物寂しそうな顔をしていた

「・・・私、ずっとひとりぼっちだったんです」

「・・は?」

 突拍子もないソヒーの一言に、思わず聞き返す

「私はずっと・・何しても上手く出来なくて・・ドジで・・ノロマで・・・

 だから仲間のソヒーからも・・蔑まされて・・仲間はずれにされて・・いじめられていて・・・」

 言いながら、ソヒーの瞳には涙が滲んでいた

「ご主人様にペットにして貰って、やっと、やっと自分の居場所が出来たような気がして・・・

 とっても・・嬉しくて・・ずっと・・ずっとご主人様と一緒にいたくて・・・」

 それだけ言うと、ソヒーは俯いて・・泣き始めてしまった

 最後のほうの言葉は静かな森の中でなければ消え入りそうなほど小さな声だった。

 フェイヨンの街は、今日も活気づいていた。大勢の人々が石畳の上を行き交っている

 その中でもソヒーを連れているWizardといえばなかなか珍しいものがあるのか、好奇の視線をあちこちから感じる

 立ち止まって後ろを振り返ると、あのソヒーが薄汚れた着物の格好で浮いていた

「・・・ソヒー」

「はいっ」

 呼びかけるとさっきの涙はどこに行ったのか、いつもの嬉しそうな声で返事が返ってきた

「命令だ、服を脱いで裸になれ」

「・・・・え?」

 言われたソヒーは言われた言葉を理解出来ずにいるのか、驚いた表情を浮かべたまま固まってしまっている

「出来ないか、ではここでお別れだ。また会うこともないだろう」

 予想通りの反応が帰ってきたところで、俺は反転してソヒーに背中を向けて歩き出した

 ・・・出来れば、こんな手は使いたくなかった。

 少し荒っぽいかもしれないが、こうでもしないとこのソヒーは俺から離れないだろうから仕方がない

 ソヒーというモンスターはとても羞恥心が強いと聞く、人に醜態を晒すくらいなら自決するほどだとか

 たとえソヒーでなくとも、こんな大勢の人の前で服を脱ぐなどは誰も出来ないだろう

売るという手もあったが、飼い主を丸一日探し回るとか馬鹿をするこいつだ

タチの悪い飼い主に当たってしまえば、どんな酷い目にあうかわかったものではない

 いじめられているのだって、逃げ出す機会がなかっただけだ

 ここで別れてしまえば、どこへでも逃げ出せるだろう

 結局このソヒーは、自分のことをもっと考えるべきなのだ

 あんな他人の言うことをホイホイ聞いて、損しているとか思わないのだろうか?

 そんなことを考えている俺の後ろで、シュルリと布の擦れる音がした

 はっとして振り返ると、顔を真っ赤にしたソヒーの服の青い帯が地面に落ちていた

「・・何、やってんだよ」

 ソヒーは顔を真下に向けて、震える手で自分の着ている服に手を掛けていた

「・・命令・・だから・・・これで・・これでご主人様が喜んでくれるなら・・・」

 そしてまたパサリ、と上に着ていた藍色の着物をゆっくりと脱ぎ捨てた

 白い長襦袢姿になったソヒーは、よく見ると足や腕の青白い肌に

 紫の血の滲んだ打撲傷や古い切り傷らしきものがいくつもいくつもついていた

 ポイズンスポアに襲われた傷、そんな生優しい物では無かった

 おそらくそれは長年に渡る、暗く、汚れた、陰湿な、痛々しいいじめの痕

 ・・・・・なんなのだろう、コイツは

 なんでこいつはこんなに人の事ばかり考えるのだろう

 自分はそんな虐められていて、暴行を受けて、仲間から疎外されて

 そんな立場にいながら、何故他人を気にかけることが出来るのだろう

 俺はもうこんなヤツほっておいて引退すると決めたんだ

 もう誰とも関わらないと、悲しさが増すだけだからと。

 それなのに、なんで、なんでこんなに・・守ってやりたいと、愛しいと思うのだろう

 ずっと一緒にいたいと・・・叶うはずのない願いを望むのだろう

 気がつくと俺は、腕の中にソヒーを抱きしめていた。

 ログインすると、ソヒーは相変わらずのあの笑顔でそこに浮いていた

「ご主人様、おはようござますっ」

 空色の髪を漂わせて、藍色の着物の両袖を口元にあてて笑っている

 引退の決まるメンテナンスまで残り三時間、俺は最後の時間をソヒーと過ごすことに決めた

 俺はギルド情報の画面を開くとそのまま「脱退」を選択した

 あんな上辺だけの仲間との生活には、なんの未練もない

 今は、純粋にソヒーと過ごせる最後の時間を大切にしたかった

「・・・行くか」

「はいっ」

 それからソヒーと2人で当てもなく各地をぶらりと観光して回った

 プロンテラで噴水と花を見て、コモドでダンサーの踊りや花火を見て、

 モロクでアイスを一緒に食べて、ルティエで雪で遊んで・・・

 そんな何気ないことでさえ、このソヒーはとても嬉しそうに笑うから

 俺はこのゲームを始めてから、一番素直に楽しいと思える時間を過ごしていた

 ゲフェン西にある、空に浮いている島の上に望遠鏡のある場所

 そこに着いたとき時間は既に時間は9時50分を回っていた

「ご主人様、ここの空ってすごく綺麗ですね~」

 無邪気に喜ぶソヒーに、俺は自然にほほえみ返していた

 しばらく一緒に雲を眺めた後、俺は静かに口を開いた。

「・・・ソヒー、残念だがもうお別れだ」

「へ?」

「引っ越しすることが決まってな・・・もうあと10分もすると、俺はこの世界から消える」

「え?えええっ!?それって本当ですか!?」

 俺がゆっくりと頷くと、ソヒーは黙ってしまった

「・・・・・そうです・・・か」

 呟くように言うと、ソヒーはあの寂しげな表情になって地面に座り込んでしまった

「装備とかアイテムの処理は全部知り合いにまかせてあるから、

 しばらくしてからソヒーは卵として売りに出されることになると思う」

 俺がそう言っても、ソヒーは聞こえているのか聞こえていないのか座ったままボーっとしていた

 しばらくの沈黙の後、空を見上げたまま

「・・・ずっと、なんでご主人様は昨日あんなことを言ったのかなぁって不思議に思ってたんですけど・・

 そうですよね・・会ってすぐお別れなんて・・・悲しい・・・ですよね・・」

 そう、ポツリと独り言のように呟いたかと思うとすっとこっちに向き直って

「・・・ご主人様、私はご主人様と会えたこと・・・とっても嬉しかったです・・・

 ご主人様と見たものは全部もの凄く面白くて、綺麗で・・」

 言いながらソヒーの目には薄く涙が滲んでいた

「あの薄暗い洞窟の中で一生を過ごしていたとしたら、知ることすら出来なかったものばっかりで・・・

 ・・仲間はずれにされて・・・もう本当に生きるのが・・嫌に・・なってたところで・・ご主人様から、救ってもらって・・」

 消え入りそうな声でそうで言うと、ソヒーは顔を下にして俯いた

「・・・ソヒー、それは俺も一緒だよ・・」

 言うと、ソヒーが不思議そうな顔でこちらを見上げた

「俺・・・仕事の仲間に・・なんか馴染め無くって・・元々人付き合いとか、友達とか作るのも苦手でな・・・

 今回の引っ越しも、自分で転勤願い出して・・・そこから逃げ出したかったんだ、俺」

 そこで一区切り付けると、俺は空を仰いでふぅと息を吐き出した

 ソヒーは顔を上げて、俺の方をじっと見つめている

「でも、環境が変わったからって自分が変わるわけじゃない・・

 結局、俺が自分でがんばって積極的に努力していかなきゃ・・ダメなんだ、と思う」

 ふわり、と一際強い風が吹いて、ソヒーの長く青い髪が空になびいた

「俺は転勤した先で・・精一杯、がんばって変わっていこうと思ってる・・

 じゃないと俺が・・人間として、どんどんダメになっていく・・・って感じるから」

 そこまで言うと、俺は懐から拳大の金色の鈴を二つ取り出した

「全然、飼い主らしいこと出来なかったけどな・・・これ」

 俺が鈴を差し出すと、ソヒーがおずおずと両手を差し出した

 鈴を白い手の平に置くと、チリンと心地よい綺麗な音が響いた

「・・・ご主人様・・」

「こんな俺が言えたことじゃないかもしれないけど、新しい飼い主とかの元とかでツライことかあっても・・

 ソヒーも、がんばって欲しいと思う・・俺も、俺もがんばってみるから・・・」

「・・・はい」

 金色の鈴を抱きしめたソヒーの大きな瞳からは、ポロポロと大粒の涙がこぼれていた

 そこでソヒーは着物の袖でぐっと涙を拭うと

「ご主人様も、がんばってくださいっ」

 そう言ってソヒーはいつも通り笑ったー、俺は自然に笑い返すと

 右手を伸ばして、その青色の頭に手を置いて乱暴に撫でてやった

「・・お前に会えて良かったよ、ソヒー」

 ソヒーがおどけるように、手から逃れたその時だった

 突然画面が止まって、画面が真っ暗になった

  サーバーとの接続がキャンセルされました

 見慣れた告知メッセージが表示されて、俺はしばらく画面の前でじっと止まっていた。

 どれくらい静止していただろう、俺は自分がいつの間にか泣いていることに気付いてはっと我に返った

 落ち着くように自分に言い聞かせると、俺は画像加工ソフトを開いた

 今までの俺はメンテナンスが終わるのが待ち遠しかった

 この世界にどんな仕様が追加されるのか、どんな新しいモンスターが増えるのか楽しみだった

 でも、今回は違う。このメンテナンスは終わらない。

 もう二度と、俺はあのソヒーと会わないし、あの世界に入ることはない。

 このメンテナンスで変わるべきなのは、俺なのだ。

 ・・・だから、だから少しだけ勇気を分けて欲しい

 俺の操作と連動して、プリンタが騒々しい機械音を発し始めた

 出てきた用紙には、着物の袖を口元に当て恥ずかしそうに笑うソヒーの姿があった。


 と、いうわけで初めまして自称叶さんを生暖かく見守るの会事務長紫苑です
 ・・・とりあえず最初に謝っておきます、ごめんなさい(ノ∀`)

 軽く読める健気なソヒーたんが可愛い話、というコンセプトの元に書いて見たらば
 なぜかソヒーが町中で急に服を脱ぎ出したり
 楽しい観光が2行の説明文で終わったりしちゃってますよ、あはは(爽

 ・・・もう本当にごめんなさい_| ̄|○

 まぁ、そんな感じで個人的に書きたい雰囲気は書けたので(完成度はともかく)とりあえずOK(´・ω・)
 ではでは、この辺で失礼いたしちゃいます。
2004.03.05 紫苑