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メンテナンス by本郷りりす

 ※お題『メンテナンス』
 ※本郷りりす(Angel of Death)
 
続き
 

 メンテナンス――整備・手入れ。

 武器・防具・はては人間さえ、これをおこたると大変なしっぺ返しを食らって泣きを見ることになる。

 え? どんなしっぺ返しかって?

 それを知りたければ、刃の欠けた剣と持ち手の取れかけた盾を持って、そうさな・・・ゲフェン塔の地下にでも飛び込んでみるといい。きっとその意味を身体で痛いほど感じられるだろうよ。

――ある老練な鍛冶屋の言葉

「メンテナンス」
by 本郷りりす

「またなの?!」

 人込みでごった返す首都の片隅の小さな工房に、素っ頓狂な女の金切り声がとどろいた。

「・・・うん・・・ごめん」

「こないだはファイアーやっちゃって、その前はアイス、今度は何?」

 ぽんぽんと威勢よく畳みかけるのは、鍛冶師の女だった。淡い青の長い髪を、邪魔にならないよう後ろで三つ編みにまとめて下げている。肌はこんな仕事をしているにもかかわらず抜けるように白く、整った小作りな顔立ちは、無骨な鍛冶師とは思えないほど愛らしい。

 しかし、その剥き出しの両腕には、鍛冶仕事で飛び散った火花による火傷の痕が数知れず散見された。そう、彼女は冒険に出るよりも街に定住して武器製造を請け負う「魔法鍛冶師」なのだ。

 申し訳なさげな顔をした騎士の男が、よく使い込まれたツーハンドソードを差し出す。

 大型の敵とやりあうのにもっとも都合のいい大剣は、サイズのやや小さな相手にはその大きさが災いし、思ったようなダメージを与えることが出来ないというデメリットがある。

 そのデメリットを消すカードが、このツーハンドソードには2枚嵌められていた。銘は「ダブルボーンド」――本来苦手とするやや小ぶりのモンスターを相手取る時、この大剣は無類の強さを発揮する。

 よって、購おうと思えばその値も普通の庶民の家族が1年やそこらはゆうに遊んで暮らせるほどの額になる逸品だ。

 しかし。

「まった、もー・・・ひどくやっちゃったもんねー・・・いったい、何相手にしてきたの?!」

 刃はぼろぼろ、おまけに神の物質・オリデオコンで鍛えられているはずの堅い刀身そのものにまでゆがみを生じていて、ひと目で、使い物にならない状態と見て取れた。

 これでは、せっかくの銘が泣くというものだ。

「その・・・スフィンクスダンジョンで・・・」

「スフィンクスダンジョンで、何?」

「ゼロムを・・・」

 騎士がぼそぼそと言った。さらさらと揺れる明るい金茶色の髪に縁取られた優しげな面立ちは先陣を切る騎士にはちょっと見えないが、たくましく鍛え上げられたその身体は、間違いなく戦士のものだった。

「ゼロムぅ?! あんたの腕とこの剣でゼロムなんて、ダブルボーンドが泣くわよ! あたしはまた、ファラオとでも遣り合ってきたのかと思ったわ!!」

「いや、その・・・」

 とてつもなくばつの悪そうな顔をした騎士は、まくしたてる女鍛冶師を扱いかねているようだ。

「いっぺんその空っぽのアタマ、カートでかち割ってあげましょうか?!」

 彼女の傍らに置かれたカートには、鍛冶のための道具や鉱石類が満載されている。かなり重量のあるこれで轢かれたら、いっかな頑丈な騎士といえどひとたまりもない。

「その・・・ホルグレンのところじゃ怖くて、さあ・・・」

 その一言が、女鍛冶師を一瞬冷静な状態へ引き戻す。が、すぐに別種の怒りが彼女を憤激させた。

「確かにね。あのバカがよくもまああたしらのギルドの重鎮に納まってられると思うわ。あの腕の悪さときたら・・・鍛冶屋の面汚しってもんよ!」

 王都・プロンテラにて精錬を一手に請け負う鍛冶職人・ホルグレン――こいつの不名誉な二つ名『武器折りのホルグレン』は、知らぬものとてないほど有名で。

 失敗した時、照れ隠しなのか、ホルグレンは必ず「クホホホホ」という珍妙な引きつり笑いを漏らす。よって、武器製造・精錬に失敗することが『クホる』と俗称されてしまうほど、ホルグレンの腕は信用ならないのだ。

「あいつやあいつの弟子に、こいつを任せたくないんだよ。俺がもっとも信頼する職人は、ミッドガルドでただ一人、君だけなんだから」

 この騎士の持つ他の剣――炎・氷・風・地の四大元素の力を宿した4本はすべて彼女の手によるもので、柄には彼女の名が入っていた。

「なあ、頼むよアイラ・・・何とか、ならないかなあ。4本のクレイモアを一気に打ち上げて、その全てに星の護符を入れることができた職人なんて、王都広しといえど君ぐらいしか俺は知らないんだから・・・」

「ああもう・・・判ったわよ。よこしなさい」

 アイラと呼ばれた女鍛冶師は、騎士の差し出すツーハンドソードをひったくった。騎士が苦もなく振り回すそれはしかしずしりと重く、彼女の手にはいささか余る。

 手にとって仔細に検分していけばいくほど、その傷み具合がいかにひどいかが見えてきて、修復できるかしら・・・と、それなりに腕利きと呼ばれるはずの彼女の眉がひそめられる。

「・・・ナイアード、あんまり期待しないでね。あたしたち鍛冶師は、決して万能ではないのよ」

 騎士は、穏やかに微笑んでうなずいた。

「君が試してダメだった、っていうなら諦めもつくよ。修理に使うかと思って鋼鉄とオリデオコンも持ってきた」

 傍らの作業台の上に、ナイアードは鋼鉄の塊とオリデオコンの結晶を並べた。並べられたその数に、アイラが目を見張る――神の物質と呼ばれるだけあって、結晶化したオリデオコンがけっこうな値で取引されていることを彼女はよく知っている。

「ねえ・・・あんたさあ、そんだけ稼ぎがあるんなら、別の剣買ったほうがよくない?」

 ナイアードは、静かに首を横に振った。

「この剣でなきゃダメなんだ。確かに、君の鍛えてくれた4本の剣もあるし、集めた装備やなんかを手放せば、同じ銘を持つ剣を手に入れることも不可能じゃないと思う。だけどその剣は――」

 何気なく、「ダブルボーンド」の柄元に目を落としたアイラは、思わずあっと声をあげそうになった。

 そこにぎこちなく刻まれていたのは、戦いの神・テュールの加護をあらわす上向きの矢のしるし。柄尻にあるポメル(拳留め)の手前には、魔力を秘めるといわれる「イチイの枝」のしるし――決して折れぬ頑丈さと魔術からの防御をあらわし、そして敵の死を意味する。

 それは、アイラがまだ駆け出しの鍛冶師で自分の手では剣を鍛えることが出来なかった頃、ナイアードの無事を祈って精一杯の思いを込めて彫り込んだものだった。

「・・・これ・・・」

 そうだよ、とナイアードは微笑んだ。

「その剣と一緒なら、俺は躊躇うことなく敵のど真ん中へ突っ込んでいくことができる。アイラが、護ってくれるからね」

「莫迦」

 アイラの顔が、歪んだ。

「その剣が直ったら、アイラ」

「・・・なに?」

 ナイアードが、真剣な光を双眸にたたえて彼女を見つめていた。

「俺とまた、冒険に出ないか。あの頃みたいに」

「無理よ。あなたとあたしでは、もう技量が違いすぎる・・・あの頃のようにはいかないわ」

 幼馴染のふたり――魔法鍛冶師を目指していたアイラと、騎士叙勲を夢見ていた剣士のナイアードは、かつて互いの夢をかなえるために一緒に旅を続けていた仲だった。

 やがてナイアードは念願かなって騎士叙勲を受け、アイラもそこそこ名の知られた魔法鍛冶師となった。手先は器用だけれど非力な彼女は、今となっては自分の身を護ることさえおぼつかない。もしも一緒に旅に出れば、ナイアードの足手まといになることは判りきっていた。

「・・・近衛騎士の任から、外してもらった」

「えぇ?!」

 王直属の部隊・近衛騎士。極少数の、技量・人格に優れたものだけがなれるという名誉ある立場を、彼は自ら退いたというのか。

「何故・・・あんたの、夢だったじゃない」

 何でだろうね?と、またナイアードは微笑む。剣士だった昔から変わらない、優しい微笑。アイラは不意に乱れた胸の鼓動を押さえ込むように顔をそむけ、やっと言った。

「そうね、あさって・・・あさって、来てくれる? それまでに出来ていなかったら、この剣はもうだめだと諦めてちょうだい」

「・・・判った、また来るよ」

 ナイアードは手を振って工房を出て行った。残されたアイラは「ダブルボーンド」を鞘に収めようとしたが、酷使された刀身は、七分ほどしか鞘に収まらなかった。

 半端に鞘に収まった剣を、アイラはぎゅっと抱きしめた。こらえきれずにあふれた涙が、彼女の目からぽろぽろと流れ落ちる。

「やっと・・・やっと諦めようって思えるようになったのに・・・!」

 この剣にまじないの刻印をしたのは、はるか昔のことだ。その頃、まだこの剣は何の銘も持たないただの剣だった。

 彼女を護って、いつもナイアードは傷だらけになっていた。それなのに、護られているアイラができることといったら、自分のカートに傷を癒す薬の瓶を満載することだけ。

 モンスターとの戦闘を一度終えるごとに、ナイアードはアイラが手渡す苦い薬を何本も飲み干して座り込んでしまうのが常だった。

 いつかきっと彼のために魔力を宿す剣を打つ、それが彼女の願い。しかしその願いをかなえるために、彼が傷つく――だから。

 ナイアードが騎士叙勲を受けてからしばらく後に、アイラも鍛冶師として仕事を始めた。この剣にまじないの刻印をしたのは、ふたりで最後に出かけた冒険を終えたときだった。

 誇れるほどの武具も財産も技術もない駆け出しの鍛冶師に、他に何が出来ただろう?

 ナイアードは、ひとりならば自分の限界を極める冒険に出ることができる。彼女を護るために神経をとがらせることも、必要以上に傷を負う必要もない。だから。

 鍛冶師となって初めて打ち上げたナイフでアイラはその頃は無銘だったこの剣に祈りを込めたまじないの刻印を入れ、彼に事実上の別れを告げたのだ。

「・・・工房にこもるから、もう一緒に冒険へは出ないわ」

 そうか、とナイアードは絶句し――そして、いつもの微笑を浮かべて。

「じゃあ、俺、一生懸命金貯めるから、俺のために剣を打ってくれな」

「約束するわ。腕を磨いて、いつか必ず、あなたのために風地火水すべての剣を打ってあげる。必中の星の護符をいれて、ね」

 それから数年。

 約束どおり、アイラは星の護符を嵌め込んだ風地火水の力を宿す4振りの大剣を打ち上げ、彼に贈った。そこへいたるまでに彼女がどれほど努力をしたか、アイラは一切口に出さなかった。

 下水道、ホード砂漠、ミョルニール廃鉱・・・たったひとり血のにじむような努力を積み重ねて腕を磨き、材料を集め、寂しさに耐えた彼女が得たものは、魔法鍛冶師としての名声とナイアードの笑顔だった。

『――風地火水、4本のクレイモアを1本もしくじらずに打ち上げた女鍛冶がいるとさ』

『4本連続で、しかもその全部に星の護符を嵌めたって奴かい?』

『そうそう。すげえよなあ』

『でも、魔法鍛冶って奴ぁ強欲だからな』

『それがそうでもないんだとよ。材料費にぽっちり色つけたぐらいなんだと。さすがに、星の護符を入れろって注文のときはそれなりの金取るようだけどな』

 彼女は決して自分の腕に慢心せず、相場から言えば格安の料金で次々に依頼をこなしていった。

「風の力をこめた武器が欲しいんです。彼女にはメイス、ボクにはブレードを・・・お金はこれだけしかありません。あとは、少ないけど、材料・・・お願いします!」

 そう言って、駆け出しらしいアコライトと剣士のふたり組が訪ねてきたこともあった。こつこつ貯めたであろう鉄鉱石や鉄屑と、彼らにとっては大金だろう金子を差し出して必死に頭を下げるその様子に、かつての自分とナイアードの姿が重なった。

「――いいわ、作ってあげる。明日、取りに来なさい」

 大喜びで帰っていくふたりを振り返りもせずに彼女は無言で金床を用意し、ふいごを押して炉に火をおこした。明々と燃え上がる炉の火を見つめ、彼女はひとりごちる。

「それでもあなたは幸せよ、アコライトさん・・・あなたは彼を癒し、はげまし、別の意味で護ることができるのだから・・・」

 魔法鍛冶の道を選んだことを後悔したことはない。だが、胸が痛まないわけでもない。雑念を振り切って金槌を振り上げ、アイラは一心不乱に炎と向かい合う。

 翌朝、風の力をこめたメイスとブレードは見事に打ちあがっていた。

 すでに限界以上の精錬を施され、しかも星の護符が嵌め込まれた一対の武器を見て、剣士とアコライトは目を丸くした。

「あの、これ・・・?」

「ちょっとしたサービスよ。がんばってね」

 のちに剣士の青年は立派な騎士となり、アコライトは心優しいプリーストとなった。結婚式に是非来て欲しいという招待状がふたりから届けられ、アイラは、晴れがましい席への出席の代わりに祝いの品として炎の力を宿した剣を贈った。

 そのときの、ふたりからの心のこもった礼状は、彼女の宝物として物入れの奥に大切にしまわれている。

 今は、夫の騎士はアイラが自力で得ることの難しい鉱石を時折届けてくれるし、妻となったプリーストは祝福と聖歌を極め、アイラが貴重な武器の作成に挑む時にはいつでも力を貸してくれるという付き合いが続いている。

 寂しくないといえば、それは嘘だ。仲のよい騎士とプリーストの新婚夫婦を見るにつけ、いまだ独り身を貫く自分を思えばため息のひとつも出ようというものだ。

 いつも彼女の心の中にある微笑み、いつも彼女の傍らにいてくれた、今はもう遠い人。

「ナイアード・・・」

 彼のために打った剣が、彼女の名声を高めた。名誉欲も金銭欲もなく、ただひたすらナイアードのためを思って生み出した4振りのクレイモアが。

「・・・」

 追憶を無理やり振り払い、アイラは現実を見据える。ちょこっと剣が傷んだ、友人のための剣が欲しい、何かにつけてナイアードは彼女を訪ねてくるが、幼馴染の気安さを装って必要以上に乱暴な物言いをし、アイラは彼を追い返してしまう。

 ――もうあの頃に戻ることは出来ないのだから。

「そうよ、もうあの人の負担にはなれない」

 アイラはまっすぐ顔を上げ、乱暴に涙を拭って立ち上がった。そして炉に火をおこし、ふいごを乱暴に押して――。

 その夜、彼女の工房からは一晩中、女のすすり泣く声が聞こえた・・・。

「アイラ、どうだい?」

 約束の日の朝一番に、ナイアードはアイラの工房を訪ねてきた。

「・・・できてるわ・・・作業台の上に載ってるから、持っていって」

 工房の奥の薄暗がりから、消え入りそうな返事。

「おい、アイラ?」

「眠らずに作業したから、疲れてるの。剣をもって、さっさと帰って」

 作業台の上には、見事に修復されて新品同様の輝きを放つ「ダブルボーンド」が載っていた。持ち込んだ同じ剣だと知れたのは、柄にあのまじないの刻印があったからだ。

『早く帰って・・・あたしの決心が鈍る前に』

 アイラは寝起きしている奥の間のベッドの中で、堅く両手を組み合わせて祈っていた。

『そして、二度と来ないで』

 本来の修復だけならば、一昼夜も要する作業ではない。この剣を修復するか折るか、その葛藤がアイラを苛み、憔悴させていたのだ。

 叩き折ってしまえば彼との絆は永遠に失われ、思い出だけが残る。

 ある意味では、そうすれば彼女は開放されるだろう。だが、自らの手でこの剣を折ることはどうしてもできなかった。叩き折ってしまおうと何度も鎚を振り上げ、やはりそうすることができずに力なく降ろす、その繰り返し。

 最後には葛藤することそのものに疲れ果ててしまい、結局、精魂込めて修復作業に打ち込んだ。最初から判っていたのだ、この剣を自分の手で折ることなど出来ないと。

 ナイアードに思いを寄せる自分が、彼のために祈りを込めた剣を折ることなどどうしてできよう。できるのはただ、職人としてひたすらに修復作業へ打ち込むだけ――。

 ――と。

「アイラ」

 静かな、ナイアードの声がした。

「疲れてるって言ってるでしょ」

 不機嫌を装って、大声を返す。

「少しだけ、起きてこないか」

 ナイアードの声が、いつもとは違う必死さを帯びているような気がした。

「ちょっと待って・・・着替える時間をちょうだい」

 仕事着のままベッドにもぐりこんだのは、今朝の夜明けの頃。梳かずに放置されていた髪はぼさぼさ、炉の炎にさらされつづけた肌はかさかさに荒れ、徹夜続きで目の下にはくっきりと黒ずんだくまが浮いている。

 とても妙齢の女性のものとは思えない自分の姿に、アイラは自嘲の笑みを浮かべた。

『この姿を見せれば、愛想を尽かしてもらえるかもしれない』

 だから、敢えて髪も顔もつくろうことはしなかった。さすがに、よれよれの仕事着から平服に着替えることだけはしたのだが。

 案の定、やつれ果てたアイラの姿を見たナイアードは衝撃を受けたようだった。

「アイラ・・・?!」

「これがあたしよ。仕事の期日に追われてる暮らしで、女らしいことなんか何ひとつできないままここまできたわ。それでもあたしは満足しているの・・・自分の夢を、かなえたのだから」

 憔悴した顔に微笑を浮かべて、アイラはナイアードに言い切った。

 ――嘘。もっと大切な夢があったのではないの?

 アイラの心の奥底で、何かが声をあげる。

 ――無理よ。ナイアードには、彼に相応しい伴侶が必ず現れるはず・・・あたしみたいな女を無理に相手にする必要なんかないんだから。

 内なる声を黙らせようと、アイラは両の拳をぎゅっと握りしめた。掌に食い込んだ爪の痛みに、彼女は思わず顔をしかめてしまう。

「アイラ」

 聞いたことのないほど静かな、ナイアードの声。

「俺がなんでスフィンクスダンジョンにいたか、聞いてくれなかったね」

「・・・聞く必要ないじゃない」

「聞いて、欲しかった」

 ナイアードは作業台を回り込み、アイラの目の前に立った。

「俺は、俺たちは、大事なことを置き去りにしたまま、ここまで来てしまったと思うんだ。だから、修復しようと思った・・・俺と君の、関係を」

「え?」

 ナイアードは懐から何やら小さなものを取り出し、もつれたままの彼女の髪へ留めつけた――ぱち、ぱちっ。

「・・・?」

 新たな力が湧きあがるのが、疲れ果てた身体にもはっきりと判る。

「これ・・・?」

「ニンブルクリップ。一介の騎士にはとても買える値段じゃないから、近衛騎士を辞めてスフィンクスダンジョンにこもったんだ」

「こんな高いもの、もらえないわ!」

 うろたえるアイラをよそに、ナイアードは彼女の足を取り、無骨なブーツを脱がせる。

「ちょ、ちょっと何するの?!」

 ナイアードが次に取り出したのは、華奢なガラスの靴。小さく見えたそれは、魔法でもかかっているのか、アイラの足にぴたりと合った。

「うん、よく似合う」

「こんなの・・・こんなことして、どうしようっていうの!」

 ナイアードは微笑んだ。

「君自身の、メンテナンス」

「はぁ?!」

 彼は、目を伏せて言葉を続けた。

「・・・俺は、自分の弱さが不甲斐なかった。君が、俺とはもう冒険に出ないと宣言したあの日、俺は自分が見捨てられたと思った」

 そこまで言って、ナイアードは腰のベルトに吊るしていた小さなナイフを外してアイラに示した。

「おぼえているだろう、これ」

「ええ、よくおぼえているわ」

 アイラがこの世で一番最初に創り出した作品、何の変哲もないただのナイフ。

「俺の宝物、だ」

 ナイアードは大切そうに、アイラのナイフを腰に吊るしなおした。

「君の噂はいまや王都どころか、ゲフェンやフェイヨン、ジュノーにさえとどろいているんだよ。弟子も取らず、ひたすら工房にこもっている君の姿は、俺にはもう見ていられなかった。だから――こんなにやつれた君の姿は、もう見たくないんだ」

 その言葉は、アイラの胸に雷鳴のようにとどろいた。

「あの頃、力が足りなくて行けなかったところを見にいこう。工房はしばらく閉めたっていいじゃないか。俺はあの頃に比べてたいして強くなったわけじゃないが、今の俺には、君の作ってくれた武器がある。のんびり、物見遊山の旅に出ないか・・・俺と一緒に」

「あ・・・あたし、あなたの足手まといにしかなれないよ?! あの頃よりもっと、あんたが傷だらけにならなきゃならないじゃない! そんなの、いやよ!!」

「いいんだよ」

 ふわり。

 ナイアードの胸は、こんなに広かっただろうか。その腕は、こんなにたくましかっただろうか。包まれることは、こんなに心地よかっただろうか・・・?

「大事な人を護ってつく傷なら、名誉の負傷だから、ね。それに、アイラが介抱してくれるんだろう?」

「ぅ・・・」

「アイラ・・・俺の、俺自身のメンテナンス、請け負ってくれないかな。終身契約で」

 あまりの申し出に、アイラはただ口をぱくぱくさせながら呆然と立ち尽くしてしまった。

「あ・・・あたしを専属契約で、雇うっていうの・・・た、高いわよ?」

 承知の上、と穏やかな微笑を浮かべてナイアードは言い切った。

「報酬は・・・ニンブルクリップふたつ、ガラスの靴、それから」

「そ・・・それから?」

 その微笑が、悪戯っぽくなった。

「俺の、愛情・・・一生変わらない、尊敬と愛情と忠誠を。俺が近衛騎士を辞めたのはね、アイラ」

 ――護りたいと願うものがトリスタン王でもこの国でもでなく、ただ君ひとりだったから。

 その言葉と共に彼は片膝をついて跪き、まるで貴婦人にするかのようにアイラの手を取った。

「騎士ナイアードは、アイラ嬢に妻問いを申し上げる・・・お受け、下さるか?」

 ナイアードは、鍛冶仕事に荒れた彼女の掌に金色の指輪を載せた。

「俺が生涯を共にしたいと願うのは、誰でもない、君だけだよ」

 立ち尽くしていたアイラの脳裏に、今までの記憶の断片が降り注ぐ。パズルのピースのように、その断片のひとつひとつがぱちりぱちりとはまり込み、今のナイアードの笑顔になった。

「・・・請け負うわ、あなたのメンテナンス。あたしにできる、最高のメンテナンスを約束するわ――一生分の愛情も、おまけにつけてあげる」

「アイラ!」

 今度こそ、ナイアードは遠慮も呵責もなしにアイラの細い身体を抱きしめた。

「頼りにしてるからね。武器も、俺も・・・君なしじゃ、いられないんだから」

 それからしばらくして、騎士とプリーストの新婚家庭に届いた手紙があった。 

『新婚旅行に出かけます。いつまでか判らないけど留守にしますので、よろしく――アイラ』

「あなた、アイラさんもようやく・・・みたいね」

「そうか、そういうことだったのか」

「え?」

 夫の騎士は、きょとんとした妻に向かって微笑んだ。

「誰もがあこがれる近衛騎士を『俺、辞めます』の一言で蹴っ飛ばした奴がいたのさ」

「まあ・・・」

 片目をつぶって、夫は妻にこう言った。

「きっとアイラさんは幸せになれるさ・・・俺たちと同じぐらいに、ね」

「帰ってきたら、私、神の御前であのふたりを結びつけてあげたいわ・・・」

「そしたら俺は、立会人になってやろう」

「そうね、それがいいと思うわ・・・私たちが今こうしてあるのも、あの人のおかげなのだから」

――神は天にいまし、世は全てこともなし――


 締め切り2日前に構想まるっきり変えるなんて無謀なことやめとけばよかった・・・_| ̄|○
 メンテナンスがテーマというより、単に女BSさん萌えSSになってしまったような(苦笑)
2004.03.05 本郷りりす(Angel of Death)