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酒とBOTと男と女  by秋月ゆゆ

 ※お題『酒場』
 ※秋月ゆゆ(言の葉堂本舗)
 
続き
 

【酒とBOTと男と女】

「だ――――――っ!!どいつもこいつも俺をBOT扱いしやがってぇ!」

威勢のいい声が響くはある日のゲフェンの酒場。
酒場のカウンターにドッカと座り、騎士の青年は一人水割りを飲んでいた。
「俺が行く先行く先で[BOTイラネ]とか[BOTウゼー]とか言いやがって!!俺はBOT使ってねぇ!!俺がいけねぇのか?!俺が騎士だからいけねぇのかよォ!!」
そう言ってヨヨヨと泣き出す騎士に、酒場の主人は黙ってブランデーのグラスを差し出した。

BOT…それは一部の冒険者に出回っている向精神薬。
[Bad Owner Tranquilizer]の頭文字を取ってBOTと呼ばれている。
BOTを投与した人間は肉体疲労を起こさずに戦うことが出来る。
その代償は精神と意識の鈍化。最低限の意志しか持たず、生ける人形になってしまう。
延々とレア狩りを続ける冒険者の中でも、体力に自信のある騎士がBOTを服用する事が多く、その為に騎士は狩り場で疎ましい存在にすらなり始めていたのだ。

「全く、何で俺のよーな騎士ばっかそんな槍玉に上げられるんだよー!それもこれも[リアル]の[御使い]がBOTを一斉摘発しねーからだろがー!」
オヤジィありがとなとブランデーをかっくらい、騎士は吠える。
その時だった、騎士の隣から声が聞こえたのは。

「そんなコト言ったってこっちだって規制すんの難しィのよぉ…BOTも亜種でるしぃ」

「あー!?オマエ御使いに加勢スンのかー?」
自分の意見を否定された騎士は勢いをつけて声の方を見る。
その直後、騎士の動きがピタリと止まった。
そこにはカクテルを片手にとろーんとした目つきをした女性が腰掛けていた。
肩までの金髪に紅い瞳、それらを引き立てる純白の聖衣。
「み…みみみ…御使い!?」
彼女が何者であるかを知った騎士の口からすっとんきょうな声が上がる。
騎士の声に御使いの女性は「ハァイ♪」と笑って手を振った。

御使い…それはミッドガルドの民が[リアル(ミッドガルド語で神の地)]と呼ぶ場所に住まう住人。
別名は[ゲームマスター]
[リアル]はまたの名を[オフライン]と呼ばれ、絶対的な権力を持つ神が主導権を持つと言う。
御使いは[リアル]の住人がミッドガルドの民の姿を模して現れる姿であり、白い聖衣を纏って現れる。
御使いの想い一つでこの世界は変化し、その口から紡がれる言葉は真実となる。

そんなレアな…もとい高貴な民がすぐ側にいる。
騎士の手が汗ばみ、グラスとの摩擦が少なくなった。

ガシャーン。

騎士の手からグラスが滑り落ち、床に落ちて砕け散った。
「あー、だいじょぶぅ?」
砕けたグラスの音に御使いはヘラヘラ笑い、そっとグラスの欠片に触れた。
するとどうだろうか。そのグラスが再生を始めたではないか。
くるくると巻き戻しをするようにグラスは原型を取り戻し、カタンと騎士の前に置かれた。
その中には並々とブランデーも注がれている。
「このグラスの回りだけ時間をロールバックさせたの。今度は落としちゃダメダゾー」
凍ったように自分を凝視する騎士に、御使いはピースサインをした。

「騎士クン。アタシ達だってBOTを全て取り締まりたいのよぉ」
騎士のとなりに再び彼女は席を陣取ると、新たなカクテルを注文した。
「でもねぇ、さっきも言ったけどBOTはどんどん亜種が増えてるの。一般の冒険者では区別できないくらい精巧な疑似人格を作る効果を持つのも出たの。アタシ達だって人の子よぉ。神の目を使っても見分けつかなくなるのぉ…」
「でもソレを見つけて取り締まるのがオメーら御使いの…リアルのやることじゃんか」
御使いの言葉に騎士はムッとし、手にしたブランデーを一気に飲み干した。
「おかげで騎士=BOTって公式も出来上がるしよぉ!何とかしろぉ御使い!!」
ある意味暴言にも値する言葉を騎士は吐き捨てる。
それに対してお咎めが無いのは彼女が酔っているからに他ならないのだが。
「何とかしてわよぉ!BOT常習者捕まえて、流通ルート探って、ボスから根絶やしにして…御使いとリアル~~~頑張ってま~す!!」
彼女の気楽な声が響く。
直後。

ガンッ!

重い音が御使いの側から聞こえた。
「ッざけんじゃねぇぞ!!」
音は騎士がカウンターをブッ叩いた音だった。
「何が頑張ってま~すだ!!ぶっちゃけ頑張ってねぇ!今の世の中はどうだ!?BOTだけじゃねぇ!悪徳商法に手を染める商人や、魔物を召喚して楽しむ愉快犯の取り締まりはどうした!!やってんのかよ!」
騎士の言葉に御使いはほえ?と不思議そうな顔をする。
「取り締まりぃ?やってるわよぉ~…こないだたって一斉摘発もしたしぃ」
「その摘発は成功したのか!?なら今何故減らネェ!!誤認逮捕もあったって聞いたぜ!!摘発も取り締まりもできねぇなら、全てをリセットして替えやがれ!!!」
ガーッと騎士は吼えると、大きな声で叫んだ。
その時だった。

「そうよね…替えてしまえばいいのよ」

御使いの口から小さな呟きが漏れた。
先程とは違う口調に騎士は顔を挙げる。
そこには真剣な顔をした御使いがじっと宙を仰いでいた。
「おいおい~、今更ンな真剣な顔すんなよー」
そう言って騎士は手を伸ばす。
と。

ピタ。

その動きがフロストダイバに捕まったように動かなくなった。
騎士だけではない。廻りの人間の時間が一斉に止まったのだ。
「アリガト騎士クン。貴重な一ユーザーからの意見をくれて」
動かない騎士の頭をツンとデコピンし、御使いは微笑む。

「制御できない世界は替えればいい…全ての理を我等の動かしやすいように」

御使いは宙を仰ぎ「メンテナンス入ります」と呟く。
同時に御使いの姿はフッと消え、周囲は闇に染まった。

世界は変わる。
御使いが望みし世界へと。

「っあ…デコ痛ェ~……飲み過ぎたか?」
ほんのり赤くなったデコを押さえ、騎士はうめいた。
「ったく、御使いは御使いでダメなんだか……アレ?」
御使いの方を見た騎士はキョトンとした。
御使いの姿が無かったのだ。
「御使い?」
キョロキョロしながら騎士は周囲を見渡す。
そして酒場の入り口に視線を向けた時、それは起こった。

「オ~~~~~~~~~~~イ!!!ココにプリいねぇか!!」

傷ついたウィザードをだき抱え、ブラックスミスが駆け込んできた。
「相棒がGD2で殺られた!ウィスパーが消えた次の瞬間、魔剣が出てきて相棒を刺しやがった!」
誰か助けてくれとブラックスミスはウィザードを抱え、泣き出した。
「GDに魔剣?…枝か?アブラか?」
騎士がキョトンとした次の瞬間。

「大変!ゲフェンの北西のエリアでコボルトアチャに倒されたノビがー!!」
クルセイダーがペコの背にぐったりしたノービスを連れて現れ。
「GHの騎士団に強力なモンスが!」
あちこち傷だらけのアサシンとプリーストがぞろぞろ集まって来たのだ。
その異様な様子にやっと騎士は気が付く。
側で仲間の耳打ちを頼りにモンスターの名を書き込むセージの狩り場マップを見、騎士は真っ青になった。
「なっ…!!」
そこに書かれていたのは今までとは違うマップだった。
モンスターの生息地が大幅に変わっていたのだ。
直後、騎士の脳裏に御使いの言葉が蘇った。

「そうよね…替えてしまえばいいのよ」

「俺が…俺がいけないのか…?」
自分の一言がこの事態を引き起こしたことに騎士は始めて気が付いた。
「確かに…生息地変わればBOTも対処できるけどよ…狩り場も無くなっちまったじゃねーか…」
酒場に人が集う中、騎士は呆然と立ちつくす。

御使いの「頑張ってま~す!!」の声が何処かで聞こえたような気がした。


 今回はBOTに間違えられる騎士クンと御使い(GM)のお話です。
コンロンマップが実装されたと同時に変更になった狩り場。
主な変更理由は「BOT対策」だった模様で。
BOT間違えられ率が高い騎士と、それをのほほんと取り締まるGMが意見交換していたらこんなカンジだったのかしらと。

今回はゲームシステムをミッドガルド世界に合わせてみたエセ設定(BOT=向精神薬、御使い=GM 御使いの出身地「リアル」=オフライン(現実の)世界)を作るのがとっても楽しかったです。
2004.04.16 秋月ゆゆ(言の葉堂本舗)