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Night Molech by紫苑

 ※お題『酒場』
 ※紫苑
 
続き
 

『Night Molech』

「・・・さい、ロルフ起きなさい」

呼ばれた気がしてゆっくり目を開けると、瞳に差し込む日差しが眩しかった
それでもゆっくりベッドから体を起こすと、傍らに母さんが立っていた

「もう昼よ、ロルフ。まったくこの調子だと、昨日の夜も夜更かししてたのね」

頭が重くて、なんとも意識がはっきりしなかった
時計を見ると母さんの言うとおり、もう朝の時間ではなかった

気付くと、母さんは足下に包帯を持って移動していた

「包帯を換えるから、足をあげて頂戴」

添え木をして動かないよう固定してある右足を、両手の力を使ってなんとか浮かせると
母さんは手際よく巻いてある包帯を外していった

僕がベッドから動けなくなる原因のケガをしたのはおよそ一ヶ月前のこと

父さんはモロクでも有数の凄腕ハンターだった
僕もそんな父さんに憧れて、ハンターになろうと決めたんだ

そしてそれは父さんに付き添って貰って、モロクから転職所のあるフェイヨンまで移動しているときのこと

父さんに数匹の砂漠狼が同時に襲いかかってきた
普通よりちょっと数が多かったけど、父さんには余裕の狩りだったんだ

父さんの放つ矢が、次々と砂漠狼達に傷を負わせていった
それを見て僕は安心しきって、油断していたんだ

だから後ろから襲われたときも、何がなんだかわからなかった
たぶん、奴等の狙いは最初っから僕だったんだ

気付いた時には僕は逆さまになって、砂の地面の上を引きずられていた
その時僕は何がなんだかわからなくて、痛みもなにもなかった

見上げたら空が動いていて、そこに狼の顔があって僕の右足を銜えていた
声を出そうと思ったけど、怖くてなにも出来なった

そして急に狼の動きが止まったんだ、そのまま僕の体も地面に落ちた
砂漠狼の頭の茶色い獣毛の中で綺麗な銀の鏃が光ってたのを覚えてる

それで父さんは僕に駆け寄って、もの凄く謝ってた「ごめんな・・俺のせいで・・」って
でも、僕は父さんをちっとも恨んじゃいない

だって、悪いのは僕なんだ。弱い僕。何も出来ない僕。
そんな事があって、僕はこの一ヶ月ずっとベッドの上で過ごしてる

窓の向こうには暗闇が広がっていた
昼は熱帯夜に包まれる砂漠の街モロクが、夜に見せるまったく別の顔

熱気と活気に溢れて日光の降り注ぐモロクも好きだけど、静寂とひんやりとした夜風も同じくらい好きだった

ケガをしてベッドに寝たきりの生活になってからというもの
僕はこうして窓から見える夜のモロクを静かに眺めることが日課になっていた

こうやって無為に過ごす時間も、寝たきりの生活の中では楽しいと感じれた

そんな感じでいつものように窓の外を眺めていると、家の前の街道の向こうから人がくるのが見えた
暗闇でよくわからないけど、背は僕と同じくらいで子供だと見えた

その子が丁度窓の前まで歩いてきたので、僕は声をかけた

「こんばんは」

相手は一瞬驚いて動きを止めてから、こっちに向き直った

「・・・驚いた、こんな時間に起きてる人がいるなんて」

暗闇で相手の姿はわからないが、声から目の前の人は女性だとわかった
そしてその子はゆっくりと移動してきて、窓際に立った

窓の向こうに立っていたのは、綺麗な女の子だった

少女は整った真っ白い顔に、肩まで夕焼け色の綺麗な髪を伸ばして
髪と一緒の色をした大きな赤い瞳を輝かせ、唇に薄い笑みを浮かべていた

模様の書いてある半袖の服は胸の辺りで大きく膨らんでいて
半袖の裾から顔と同じ真っ白な二の腕が出ていた

「あなた、この家に住んでる人なの?」

闇夜に栄える白い顔に、人好きのする笑顔を浮かべて少女は聞いてきた

「・・・そうだよ。初めまして、僕はロルフっていうんだ」

「私はアシリア、ロルフはこんな時間に何をしてたの?」

興味津々といった感じで僕の顔をのぞき込むアシリアの瞳を見ると、自分の心臓が高鳴るのがわかった

「うーん・・話相手になってくれそうな可愛い女の子が通るのを待ってたの・・かな?」

そう言って僕はニコっと笑ってみせた

「そういうアシリアは何をしてたのかな?泥棒だったら、ウチの家より隣のウィックさんの家が狙い目だと思うよ」

手振りを交えて話すと、少女はフフッと笑ってみせた

「両方の家に盗みに入るっていうのはダメかしら?」

「止めておいたほうがいいと思けどね、ウチに盗みに入るとモロクで1番のハンターの父さんの矢とそれより強い母さんの箒の両方が飛んでくるから」

アシリアは両手を窓の枠にかけて可笑しそうにクスクス笑った

「モロクで一番って、ロルフのお父さんってそんなに凄いんだ」

「そりゃ凄いよ、父さんはアルフ・フレイザーっていうんだけどね。そうだねー、右目の下にある大きな傷の話から・・・」

それから僕は父さんの武勇伝を延々語った、アシリアは飽きもせずに楽しそうに僕の父さんの話を聞いてくれた

「・・っと、もうこんな時間か」

そして気付いたときには、空が明るくなり初めていた

「ねぇロルフ、それでどうなったの?森の主の巨大虎にお父さん殺されちゃったの?変なソヒーは結局どうなったのよー」

真夜中からずっと話し込んでいたのに、アシリアはまだ興味津々といった感じで窓枠に両腕を乗せて僕の顔を覗き込んでいた

「アシリア・・さすがに僕ももう寝たいんだけど・・・」

そう言って僕は口の前に手を当ててあくびをする

「お願いロルフ、この話の終わりまで聞いたら帰るから~」

「それさっきも言ったじゃないか・・というかアシリア、本当にもう帰らないとこの話に出てくる父さんよりもっと怖い母さんが来ちゃうよ」

言うとアシリアは部屋中に視線を巡らせて困惑した

「う~・・・じゃあロルフ、また今夜会える?」

「まだ当分は寝たきりだから、僕の寝室に足が生えて動き出さない限りはずっとここにいるよ」

「・・・もし本当に部屋に足が生えて動き始めたら、お父さんに言ってその足を打ち抜いて貰ってね」

「頼んでみるよ、僕もせっかく出来た話相手と離れるのは嫌だからね。今日は会えて良かったよ、アシリア」

「楽しかった、ありがとうロルフ。また今夜絶対来るから」

そう言ったアシリアの姿は明るくなり始めた窓枠の外に消えた
僕はやっと眠れるとばかりにベッドに潜り込んで目を閉じる

目を瞑って始めに思い浮かぶのは、話を聞いているアシリアの楽しそうな顔
おそらく自分より数歳年上であろう彼女、見知らぬ女性と話すのは久しぶりだった

眠ろうと思っても、思い浮かぶのは夜に栄えるアシリアの整った白い顔や赤い髪
そして白い二の腕や膨らんだ胸元・・・

彼女が去った後も、自分の胸が高鳴っているのがわかった
今夜また会えると思うと、とてもじゃないが眠れる気分じゃない

結局その日寝付いたのは、昼を過ぎてからだった
そしてその夜、またアシリアと朝まで語り明かした

そんな昼と夜が逆転した日が数日続くと
もはや僕の中で、アシリアと過ごす夜の時間は生活の主軸になっていた

そんなある日いつものように窓際に立ったアシリアの両手には赤褐色の液体の入った小瓶とグラスが2個握られていた
僕は指を指して質問してみる

「それは何?」

「お酒よ、お酒。いつも楽しいお話を聞かせて貰ってるお礼にと思って」

言いながらアシリアは手際よくグラスを並べて、赤い液体を注ぎ始める

「・・・まだ僕お酒飲めないんだけど」

一応の抗議をしてみたが、アシリアはグラスに注ぐ手を休めない
何故だかは知らないけど、母さんと父さんから酒は飲んではダメだと教えられていた

それでも興味本位で一口だけ飲んだことがあるが、味なんて全然なくておいしいとは微塵も思えなかった思い出がある

「大丈夫よ、ロルフでも大丈夫なように甘めでなるだけ軽いのを持ってきたから」

そう言って赤い液体の入ったグラスを持った腕をぐっと伸ばしてベッドの上に差し出す、とりあえず僕は体を前のめりに倒してグラスに手を伸ばす

酒が零れないようにグラスを慎重に受け取ると、指が軽く触れた
アシリアの白く細長い指は、ひんやりとして冷たかった

僕はグラスを受け取った後もアシリアの指の感触が気になって仕方がなかったが、アシリアはまったく気にしていないようだった

「それじゃカンパーイ」

アシリアは手に持ったグラスを軽く上げると、そのまま口に持っていった
グラスの液体が吸い込まれていくのと一緒に白い喉が動いていた

はっとアシリアの酒を飲む姿に見とれている自分が恥ずかしくなって、自分もグラスに入った液体を控えめに一口喉に流し込む

「どう、おいしい?」

もう一杯目を空にして次の酒をグラスに注いでいるアシリアが聞いてきた

「味良くわかんない・・でも僕が前飲んだのよりは全然おいしいよ」

それを聞いたアシリアはニッと笑って、注ぎ終わった二杯目を飲み始める
それを見た僕も残っている一杯目を口に含む

「さ、ロルフ昨日の話の続きを話してよ」

「え、今日はアシリアが話をしてくれる約束なんじゃ?」

「お酒持ってきてあげたんだから、それくらいサービスしてよ」

媚びるような笑みを浮かべながら、アシリアは自分のグラスに三杯目を注ぎ始める
自分が飲む為に酒を持って来たのではないか、そう思ったが口には出さなかった

三口目を口に含む、慣れてくれば結構飲める代物だ
今日話す分くらいは飲んで取り替えさなければ、そんな事を考える

「しょうがない、んじゃ父さんが不死者に取り憑かれたアルケミストと戦った時の話でも・・・」

「・・・さい、ロルフ起きなさい」

聞き慣れた声で目が覚めるとそこはいつもの寝室だった
いつも以上に頭が重く、それに加え頭痛もするようだった

昨日の事を思いだそうとする・・たしかアシリアが来て・・そうだ酒を飲んで僕は・・・

「まったく、あと二週間もすれば歩けるようになるんだから・・そろそろ夜更かしは控えましょうね」

言いながら、母さんがいつもよりきつく包帯を巻くのがわかった
いつも以上に寝起きの悪い僕に対しての無言の重圧だとわかった

そうだ、昨日は酒を飲んでそのまま寝ちゃったんだ・・今日アシリアが来たら謝らないと・・・
そう思いつつも記憶があやふやで考えが頭の中でまとまらず、なにやら吐き気までする

父さんから2日酔いの事を聞いたことはあったけど、まさかこんなにツライとは思わなかった・・・

夕方、晩ご飯をいつもは母さんが運んでくるのに、今日は珍しく父さんが運んできたので僕は飛び起きた

「父さん?どうしたの今日は」

「いや、ちょっと話があってな」

そう言って夕飯の乗ったお盆をベッドの脇に置きながら、父さんがベッドに腰掛ける
その間も僕は気が気でなかった

もしかして、アシリアと夜会っていたのがバレたのかも、酔っぱらって記憶が無いうちになにかとんでもないことをしたのかも・・・そんな事を考えていたからだ

「えっと・・僕が何かしたとか?」

恐る恐る聞いてみる

「バカを言え、俺が負わせたその怪我の状態でお前に何が出来る」

その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす、どやらアシリアや僕のことではないらしい

「だから、僕の怪我は僕のせいだ。何度も言うように父さんのせいじゃない」

はっきり言い切ると父さんは右頬に大きな切り傷のあるごつい顔にあきらめの表情を浮かべて話し始めた

「話というのは、最近モロクにイシスという魔物が出没しているのをよく見かけられるらしい」

その魔物の名前には聞き覚えがな無く、僕は聞き返す

「イシス?」

「大蛇の化け物だ、まだ被害者は出ていないが街に出てきた魔物を放っておくわけにはいかない、今夜から街で討伐対を編成して夜通し警戒にあたる」

「・・・父さんもその討伐に参加するの?」

「ああ、俺の場合は特別に呼び出しが無い限り明日からの一日交替だがな。とりあえず今日は家にいるから、何かあったら大声で俺を呼べ」

父さんが戦いに参加する、信頼はしているもののやはり落ち着かない気持ちになる
もし父さんが命を落とすようなことになったら・・・考えられなかった

僕の気弱な心が顔に出ていたのか、父さんの大きなごつごつした手が頭の上に置かれた

「大丈夫だ、俺を誰だと思ってる。俺はお前の母さん以外じゃ誰にも負けないと誓ってんだよ」

父さんは優しく笑いながら、僕の頭に乗せた手を力強く動かす
そうさ、父さんが誰かに負けることなんてあり得ない

「安心しなよ、父さんが蛇に食われるような事があったら、僕は這ってでもそいつに下剤を飲ませに行くから」

「そうだな、それじゃ期待して俺も食べられるときは丸飲みにしてくれと頼んでみるか」

父さんがニッと笑うと、右頬の傷がくの字に折れた

食べ終わった夕飯の乗ったお盆を持って父さんが部屋を出た
考えていたのは、アシリアの事

もし本当にイシスという魔物が街に出るなら、アシリアが夜一人で出歩くのはとても危険だ
昨日はあれだけ酒を飲んでいたんだ、アシリアが僕と同じように2日酔いになっているならおそらく今日はここには来ないだろう

でももし、今日も同じようにここに来ようとして、イシスに出会ったら・・いや、アシリアだってきっとモロクに住んでいるはず、そうすればイシスの話は聞いているはずだから不用意にここに来たりはしない・・・

とにかくアシリアが心配だった、僕はまだ僕がどんなにアシリアのことを思っているか伝えていない
そして、時間は刻々と過ぎていった。いつもアシリアが来る時間になっても、何の物音もしない

良かった、イシスの事で外に出れなかったのか、はたまた2日酔いか知らないがイシリアは無事だ

・・・いや、でももしかしたらここに来る途中で襲われたのかも
そんな不安に狩られつつも僕はシーツを引き寄せて眠ろうと努力した

「ルフ・・ロルフ・・・起きて」

突然声がした気がして飛び起きると、彼女はいつもの場所にいつのも笑顔で現れた

「ア、アシリアッ!?」

僕はそんな陳腐な驚きの言葉を口にするのでせいいっぱいだった

「そんなに驚かなくてもいいのに」

アシリアはいつものようにクスクスと笑っていた

「驚くさ、知ってるのかい?最近モロクの街に魔物が出るって事」

「・・・・聞いて、ロルフ。もう私はあなたと会わない」

「大丈夫わかってる、魔物が出なくなったらまたゆっくり会・・」

「違うのロルフ、もう二度と私はここには来れない」

アシリアの顔にはいつの間にか笑顔が消え、真剣な表情だった
そして僕はアシリアの言っている事の意味がわからなかった

「ちょ、え!?なんで!?嫌だよ、僕!アシリアと二度と会えないなんて!」

「お願い、聞いてロルフ・・」

「別の街に引っ越すなら、僕はたとえゲフェンでも毎日通ってみせる!だからもう二度と会えないなんて絶対言うな!」

「違うの、ロルフ・・聞いて、会えないんじゃなくて・・・会わないの」

アシリアの態度は頑なだった

「嫌だ!!僕はアシリアが大好きだ!もう会えないなんて絶対・・」

言葉を続けようとした僕の唇を、何かが塞いだ
柔らかくて、ひんやりと冷たい感触

そして目の前にアシリアの顔があるのがわかった
驚いた僕は、そのまま硬直してしまった

「本当に・・・本当に楽しかったわ、ありがとう。愛してる、ロルフ」

気付いた時、アシリアはいつものように窓際に立っていた
窓際からここまでの距離を考えると、あり得ない出来事だった

しかし、そんな事はいまの僕には些細な事だ

「・・嫌だ・・なんで・・・」

僕は泣いていた。みっともなく涙を流して
その時だった、遠くから誰かの声が窓から響いた

「いたぞ!イシスだ!!」

弾かれるようにして、アシリアが声のほうを向く

「アシリア!部屋の中に入れ!」

僕は叫んでいた、当然の行動だと思った
イシスから逃げるために安全な部屋の中に入るようにと

だがアシリアは声のしたほうと反対に走りだした

「アシリアッ!?」

叫んだが、既に少女の姿は窓の外に無かった
なんとか窓の外に上半身だけでも出そうとするが、それすら叶わない

・・・僕は今ほど、今ほどこの足が動かないことを不便に感じた事はない

結局僕は、弱い僕のままだ。
誰かに助けて貰わなきゃ何も出来ない。

僕は涙をシーツで乱暴に拭くと、大きく息を吸い込んだ。僕に出来る精一杯の事を

「父さんっ!イシスだ!イシスが出た!!」

間もなくしてどたどたという足音と共に、鬼の形相の父さんが入ってきた
おそらく用意は出来ていたのだろう、父さんの姿は狩りに出るそのままの装備だった

目で僕の無事を確認すると、最低限の質問をした

「方向は?」

「わからない、けど声はたぶん街道側からだった」

父さんはそれだけ聞いて頷くと、勢いよく部屋を飛び出した
静かになった部屋で、じっと父さんが出て行ったドアを見つめる

そして、誰もいない窓に向き直る

「・・ずるいよ、アシリアは。自分だけ気持ちを伝えておいて・・・」

一人呟くと、何故だか無償に寂しくなった
まだ唇に残る、冷たく、甘い感触

アシリアは大丈夫だろうか?無事逃げ切れた?
父さんは?この闇夜の中だと不意打ちや奇襲の危険性が・・・

何を考えたとしても結局自分は、安全な場所で何もしていない
これほど情けなく卑怯なこともないだろうと思う

・・・でも、それでも2人とも無事であって欲しいと願う

「神様・・お願いします・・僕はもう一生歩けなくてもいいから・・・だから、だからどうか2人の命だけは助けてあげてください・・・」

2人の為なら、血の涙だって流す、僕の全てを捧げる
だからどうか、無事でいて欲しい-

少女は逃げていた、暗黒に包まれた街を音を立てずに滑るように走る

「ごめんなさい・・ロルフ・・・ごめんなさい・・・・」

少女は泣きながら呟いていた、こうなるであろうことを最初からわかっていたのに
余計に悲しくなるだけだったというのに

唇に残る少年の体温、少年の話を思い出すだけであのピラミッドでの暗い生活を忘れることが出来た
太陽を知らない少女にとっての、唯一の太陽となりうる少年、ロルフ

ギギギ・・・引き絞る音を聞いて、少女は進行を止めると、素早くあたりを見回した
そして見つけた、右斜め後ろに立って弓を構える男を

パシュ、少女に向かって聖なる軌跡が放たれた
正確な狙いで放たれ命中すると思われたその矢は、少女に到達する寸前で少女の尾に阻まれ弾かれた

少女の長い長い胴体の服を着ていない下半身部分は、途中で分厚い鱗で覆われた蛇の半身となっていた
イシス、その魔物の少女はそう呼ばれていた

男は次なる矢を完璧な無駄のない動作で構え直す
そして少女は見つけた、男の右頬の傷を

「あれはロルフの・・!」

驚きで少女の動きが止まる、男はその隙を見逃さなかった
パシュパシュ、乾いた音ともに矢が放たれた

少女は一本目の矢を先ほどと同じように尾で弾き落とす、そして二本目の矢を体を捻って避けようとした
しかし避けきれず、二本目の矢は少女の左肩を貫通し浅くない傷を作る

攻撃の隙を見て、少女はすぐさま駆けだし建物の間に逃げ込む
出来るだけ狭い道を通り、いくつもの路地を曲がる

逃げ切った、少女が安心したその時だった
目の前の建物の脇から剣を構えた青年が飛び出してきた

青年は少女を見つけると、一瞬不思議そうな顔をした

「え?なんでこんな所に女性が・・」

青年が服の下の少女ののたうつ下半身に目が行くより、少女が動くほうが速かった
少女はその鞭のような尾で青年の剣を弾き飛ばすと、そのまま距離を詰めた

「くそっ、おい誰か・・・」

青年は声を上げ背を向けて逃走しようとしたが、既に少女の尾が青年の足を捕らえていた
骨の砕ける鈍い音と共に、そのまま青年の体は背中から建物の壁に叩き付けられる

ずるり、と青年の体が力無く地面に落ちた

「・・・ごめんなさい。でも、約束するから・・もう二度と、人間と・・ロルフと話をしたいなんて望まない・・だから・・・ごめんなさい」

少女は呟くと、再び夜の街を進み始めた
目指すはモロクの街の北側にあるピラミッド入り口

そして数分後、目的地は既に目と鼻の先にあった
ただしモロクのピラミッド方面入り口には三人の男が立っていた

出来れば気付かれずに通りたかったが、三人は入り口を塞ぐようにして立っているのでそれも出来ない

「見張りの中にあの人は・・・良かった、いない」

少女は心底安心した様子で呟く、右目の下に傷のあるあの人
ロルフの話の通りの人物だった、それが嬉しいかどうかは別として

「もっと・・別の形で会いたかったな・・・」

少女は左肩にべっとり血のついた上着をその場に脱ぎ捨てると、上半身を地面にぴたりとつける
そして、そのまま這うようにして入り口に近づく

「・・・っ!来たぞ!」

見張りの一人が近づく魔物に気付いて叫ぶ
少女は這って進むのを止め、上半身をあげて右に左にと翻弄しながら素早く男達近づく

「これでも喰らいやがれ!」

男の一人が腰に構えた短刀を投げる、が少女はするりと簡単に避けてしまう

「どけっ!俺が殺る!!」

槍を構えた男が少女の前に立ちはだかったが、少女は進行を止めない
気合いと共に槍が一直線に突き出される

ギイン、悔しくも槍は少女の分厚い鱗によって阻まれる
少女は突き出された槍に巻き付くようにして男に近づく

少女は右腕を高く振り上げると、男の肩を力一杯はたいた
それだけで、男の体は錐揉み回転しながら後ろの男にぶつかる

残る見張りは一人、しかし無理に倒さなくとも、ピラミッドへの道はすでに開けていた
少女が残った斧を構えた男を無視して滑り出したその時だった

パシュ、乾いた音がしたと思うと少女の上半身を矢が貫いた
悲鳴を上げ、少女はそのまま前のめりに倒れてしまう

「助かった、フレイザーさん!」

残った見張りの男が歓喜の声をあげると、弓を放ったモロク一番のハンターは右手を上げながら近づいた
少女は左肩と胸を矢で貫かれながらも、右腕と尾で這うようにして入り口を目指していた

右ほほに傷のある男は少女に至近距離から胴体に向かってもう一発矢を放つ
矢は肉を裂き、少女は断末魔の叫びをあげてのたうち回る

「・・・斧を貸せ」

男は弓を斧に持ち替えると、その獲物を高々と振り上げた
ざくん、ごろごろと夜のモロクを赤い髪の少女の顔が転がった

少女を助けようとする少年の悲痛な叫びは、残酷なことに少女を死の淵へと追いやった
この時の少年の”選択”が正しいものであったかはわからない

間違っているといえば、最初に人間との関係を持とうとした少女の考えが間違っているのかも知れない
しかし、その好奇心によって得られた”2人の時間”というのは、かけがえのないものであったに違いない

その上で結果だけ見れば、人間が魔物を倒すという”単純に正しい行為”がそこに在る
そしてそれが正しい正しくないに関わらず、終末の世界は今日もその廻を止めはしない


 え、お題?なにそれ食べれる?おいしい?
・・・ごめんなさい_| ̄|○

本当はアルケミとバードの酒場の話があったんだけど、煮詰まっちゃって(´ー`)y-~~
結局これをがんがって一日で仕上げるハメに・・・
ちなみに「変なソヒー~」「不死者に取り憑かれ~」のくだりは私の過去作持ってきてたり

前のソヒーのweb拍手の感想に、狙ってないのに泣けたというのがえらく多くて凹みました
あれだ、ラーメン頼んだのに寿司が来ちゃったよでもまぁおいしいからいいかモグモグ的展開
不完全燃焼を解決するために今回は心底悲しくて救いようのない話に・・・

と、いうか本当に悲しい話ばかりになってしまった・・・
よし、というわけで次回作は『叶さんのドキドキぴくにっく!』ですっ

ではこの辺で、感想一言貰えると部屋をゴロゴロ転がって喜びを表します
2004.03.05 紫苑