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To the last drop of my blood byVaritra

 
 ※お題『血』
 ※Varitra(Dragon Academy)
 
続き
 

『To the last drop of my blood』

 悔しくて涙が出てきそうだった。自分が役立たずだということをラッドは自覚しているつもりだったが、そこまで信頼されていなかっただなんて思いもよらなかった。
 疎外感が毒のように身体に回っていき、ラッドはベッドに寝転んだまま瞼を閉じた。
 仲間はずれにしないでよ、と一人呟き、腕を交差して顔を覆う。
 嗚咽が部屋から漏れないように、小さく小さく泣き始めた。

 人里離れた山奥の一軒家に、ラッド達兄弟は住んでいる。交通の便は最悪で、一番近いフェイヨンの町まで下りるのにすら、何時間もかかるという道程だ。しかも家と町の間には、モンスターの跋扈する深い森が広がっており、戦いの修練を積んだ者以外、まともに行き来もままならない。行商人が通りかかるのも稀で、自給自足にも限界があり、だから週の半分以上は、家から町まで出稼ぎに行く必要があった。
 商人のアルバは商いに、シーフのウェインは傭兵に、朝日も昇らぬ暗いうちから山を下りて出掛けていく。群がるポイズンスポアを殲滅しつつ町に着くと、まだ人影まばらな朝の空気の中、それぞれの持ち場に入って客を待つ。武器の行商も傭兵稼業も競争は苛烈で、稼ごうと思えば、相応の時間と労力をかけなければならない。夜遅くなって家に帰ってきたときには、いつも二人は疲れきった顔をしているのだった。
 二人が仕事をしに出掛けているとき、ラッドはいつも家で留守番をしていた。商才があるとは言い難いし、戦闘能力があるとはもっと言い難い。金を稼ぐだけの力もなければ、そもそも魔物を倒しつつ町まで下りていくことすらできなかった。たまに町まで下りていくときには、アルバとウェインに厳重に身を護られて。二人が働いている中、一人で町を散策し、帰りはいつでも蝶の羽。自分が二人の手を煩わせていることが、ラッドはいつも申し訳なくてならなかった。
 自分は信頼されていないんだな、と、ラッドはいつも感じていた。
 アルバもウェインも、決してラッドを狩りへは連れ出さない。一緒に行きたいと何度か言ったこともあるが、怪我したらどうするんだよと、優しげに、でも強い調子で言い渡されて、いつもラッドは留守番になった。
 足手まといにならないように強くなろうと、剣の修行を始めたこともあった。だが素振りと称してソードを振り回す彼に、ウェインはにべもなくおまえには向いてないなと言った。翌日ソードは捨てられていて、ラッドは修行を断念せざるを得なくなった。あんまり危なっかしかったからさ、とウェインは笑ったが、瞳の奥に何か別の感情がよぎるのを、ラッドは見逃さなかった。
 迷惑なのだろうと、ラッドは思う。
 自分は何かの役に立つには力も要領もなさすぎて、何かをしようとする行為そのものが、逆に兄達を煩わせてしまうのだろう。
 魔物に親を殺され、ひとりぼっちで逃げていた自分を、通りかかっただけのアルバとウェインは拾ってくれた。本当の弟でもない自分に良くしてくれる二人に、なんとか恩返しをしたかった。けれどラッドが何かをしようとすれば、おまえはしなくていいんだよと、優しい膜に跳ね返される。これ以上負担を増やすなと、それは遠慮に包まれた拒絶に思えた。
 目に見えない、二人との壁。
 それでもラッドは何か自分が役に立てることはないかと、アルバの料理の本を手にとってみた。疲れて町から帰ってくる二人に、料理くらいは用意しようと思った。
 それくらいは自分でもできる仕事だと、そう思ったのだ。
(いいんだよラッド、おまえはこんなことしなくても)
 町から帰ってきたアルバはそう言って、ラッドの手の中のニンジンとナイフをさっと奪い取った。皮剥き途中のニンジンはボロボロで、アルバはそれを一瞥すると、すうっと器用に皮を剥ぎ取った。ラッドとは比べ物にならない、上手な手捌きだった。
(料理は俺とウェインがやるから、おまえはやらなくていいよ。本でも読んでな)
 アルバが作ったカレーを食べる間、ラッドはじっと我慢していた。
 食事を終えて二階の自室に入り、ベッドに倒れ込んでから、胸の奥に押し込めていた言葉が溢れ出した。
 役に立ちたいだけなんだよ。恩返しがしたいんだよ。
 疎ましく思われたくないよ――。

 パジャマの袖で目元を拭うと、ラッドはベッドから起き上がった。枕に涙の跡がついているのを裏返しにして隠すと、ドアを開けて部屋を出た。忍び足で暗い階段を下り、そのままキッチンに向かう。泣きすぎたせいか、喉がからからに渇いていた。
 明かりの落ちたキッチンに、アルバ達の姿はなかった。ラッドは蛇口からコップに水を注ぎ、ごくごくと飲んだ。これもまた涙に変わるんだろうかと、思った瞬間にまた涙が出てきそうになる。歯を噛んで堪え、空になったグラスを流しに起き、部屋へ戻ろうと踵を返し――そして血痕を見つけた。
 窓から射し込んでくる月明かりに浮かび上がるように、床に血痕がついていた。赤黒い血の痕はぽつ、ぽつ、と小さく、気付かずに踏み越えてしまったとしてもおかしくないものだ。だが、一度気付いてしまうと、自然、目が吸い寄せられていってしまう。
(アルバかウェイン、怪我したのかな……。たいしたことはなさそうだけど……)
 血には人を惹きつける魔力でもあるのだろうか。鮮烈な深紅の色が、おいでおいでと手招きしているように見える。ラッドはなにか導かれるような気分になって、ぽつり、ぽつりと落ちている血痕を辿っていった。
 血の痕は、キッチンを出て、廊下を抜け、談話室として設えられた部屋のドアの前まで続いていた。
 部屋の中からアルバとウェインの話し声が聞こえてきて、ラッドは耳をすました。

   *

「大丈夫かウェイン。包帯あったぞ」
「さんきゅーアルバ。貸してくれい」
「いいよ、おまえ応急手当の講習受けてないだろ、俺が巻いてやる」
「おう、さんきゅー」
「……それにしても、おまえもドジだな。皿洗いで手なんか切るなと」
「ぼうっとしてたら、ナイフの刃先掴んじまってよう。皿洗いって、結構デンジャラスな家事だったのな」
「おまえだけだ」
「いや、皿洗いで命を落とした人間って、過去にもたくさんいると思う。……ちときつい」
「うい。緩く、と……」
「……それはちと緩すぎるような」
「文句言うな。応急手当、習ったけど滅多に使わないからな。忘れちまった。まあすぐ止まるだろうし、大丈夫だろ」
「適当だなおい」
「シーフの皿洗い傷の心配している暇なんてあるか。こちとら毎日の営業のことで、頭一杯だってのに」
「出たな金の亡者め。店の方、うまくいってないの?」
「いや……商品の品質や値段には自信があるんだが。ただ……立地が悪くてな」
「結構奥まったところにあるもんな、おまえの店」
「そ。って俺の店じゃなくて出資者の店な。俺は販売を任されてるだけだ。でも、ほんと立地が悪くてなあ。露店だったら場所変えたりもできるんだが、ほれ、小屋借りてやってるだろ? 動けんから」
「だなあ」
「そのくせ給料歩合制でな、売れなきゃ金は入ってこないし。転職のために出来るだけ早急に資金が欲しいってのに、この調子じゃな。いつになることやら」
「大変そうだねえ商人さん」
「シーフさんは悩みなさそうでいいねえ」
「なにおう。オレだって悩みくらいあるんだぞ」
「ほう。伺おうか」
「…………」
「どうしたウェイン。何故固まる。黙秘権行使か。だがそれだけ赤面してると意味がないぞ」
「うるせー」
「で、おまえに惚れられた可哀想な御仁はどなただ」
「……マリアさん」
「どう考えてもアコライトかプリーストって感じの名前だな。実際そうか?」
「でなかったら好きにならないぜ」
「まあこの際おまえのフェチ嗜好はどうでもいいが」
「町外れの小屋に住んでる人なんだけどさ、毎朝通りかかるときに、おはようございますって声かけてくれてるんだよ。もうあの笑顔に、オレのハートはやられたね」
「おまえのハートはポリン並の戦闘力しかないからな」
「ともかくさ、あの人のことを考えるたび、オレってば胸が張り裂けそうになるわけですよ」
「裂けてろ。デートとか、誘ってみたのか」
「いやいやいやいやそんなこと」
「…………」
「そんな間柄じゃねえしよう」
「……うぶシーフ。略してうぶシー」
「どうやって誘ったらいいかわからねえしよう……」
「もっと略してうシー」
「神様、オレにきっかけをください……」
「やれやれだ。ってこらウェイン。動き回るから、血垂れてる垂れてる」
「あうち」
「貸せ。やっぱりきつめに巻いておく」
「……オレときどき思うんだけどさ」
「ん?」
「この血も、なんか役に立てばいいのにな」
「……あ?」
「いや、魔物なんかと戦ってると、流血なんてしょっちゅうだろ? なんか……もったいねえなって思うんだ」
「そんなこと言っても、仕方ないだろ」
「でもさ、生きて飯食ってる限り、血なんていくらでも作れるものだろ? 生きること自体が、血を無限に生産してるみたいなもんでさ。だったら、せっかく作ってるものを、なにか上手いこと役立てられないもんかなって、思うわけ。だらだら流れるだけじゃなくてさ」
「だらだら流れてるのはおまえの生き方だ。馬鹿なこと言ってないでそろそろ寝るぞ。明日も早いんだ」
「ふぁーい。あ、ラッドは連れてくか? 暇してるみたいだから、そろそろ町に下りさしてやりたいけど」
「む……あまり気乗りはしないが、仕方ないか。訊いてきてくれ」
「ういさ。――あ、廊下にまで血ついてるよ。参ったなあ、拭いておかなきゃ。……おおい、ラッド、ラッドー。明日フェイまで一緒行くかあー?」

   *

 宿屋の食堂で朝食を済ませると、アルバとウェインは外へ出た。地面には霜が降りており、踏みしめると、さくりと小気味良い音がする。アルバは早朝の新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、少しでも眠気を払おうと努めた。だが真冬の冷たい空気は胃の底まで縮みあがらせ、眠気を払うどころか、もっと危険な眠気を誘ってくるのではないかと思う。
 アルバは外套の襟をたくしよせた。横ではウェインが、せわしなく腕をさすりながらその場で足踏みしている。
「ラッドの奴、何処行ったんだろ」
 ウェインが言って方々に顔を巡らせたが、通りに人の姿はまったく見当たらなかった。陽が昇って間もないこの時間、この寒さの中を出歩く物好きもいないのだろう。
 凍える寒風の中、やっとフェイヨンに辿り着くと、アルバとウェインはもう一生外には出ないとばかりに暖炉の前に陣取っていたのだが、ラッドは朝食を済ませると、じゃあ散歩してくると言って、さっさと食堂を出て行ってしまったのだった。
 三人で町へ下りたときは、朝食を済ませた後、しばらく皆でだらだらしたり、散歩をしたりして過ごすのが常だった。その後アルバとウェインはそれぞれの仕事場へ行き、ラッドはアルバが渡したメモを片手に食料品と日用雑貨を買い込んで、一人で蝶で帰還する。アルバやウェインは仕事を終えると、節約のために徒歩帰宅だ。僕だけ蝶なんて使っていいの、とラッドはいつも申し訳なさそうにするのだが、仕事が終わるまでずっと待たせておくわけにもいかないし、ラッドを連れて魔物の徘徊する森を抜ける気苦労に比べれば、蝶の羽の代金も安いものだった。
「久しぶりだから、はしゃいでんのかな」
「まあ気晴らしになるならいいさ。ずっと家に引き籠もらせてばかりじゃ、さすがに可哀想だからな」
「だな。んじゃ、することもなし、早いけど仕事場へ向かうか」
「了解。じゃあ、帰りにな」
 アルバは手をあげてウェインと別れると、仕事場へ向かった。町の西外れに、アルバが経営を委託されている武器屋の小屋がある。鍵を開けて中に入ると、暖炉に薪をくべて火をつけた。開店までまだ充分時間があったので、長椅子をひきずってきて暖炉の前に据えると、そのまま仮眠をとることにした。
 ふと、微かな足音が聞こえ、アルバは眠りに没しかけていた頭を上げた。だが足音は近づいてきて扉の前で止まると、そのまますぐに遠ざかっていく。
(客だったかな? まあ、開店してからまた来るだろ)
 そう考えた数秒後には、アルバはもう眠りに落ちていた。

   *

「なんなんだろうかねえ、これは」
 男が言ったが、その問いは答えを期待してのものではない。その場にいる誰も、男の疑問に対する答えを持ってはいず、だからこそこうして歩いている。案の定、皆の間から漏れた声は、ほんとになんだろうねえという、疑問の山彦ばかりだった。
 地面の上に、点々と、血の痕が滲んでついていた。
 男達は、ぞろぞろと、連れだってそれを辿っている。別段知り合い同士というわけではないのだが、大通りで血痕を発見し、流れで一緒に辿ることになったのだ。
 血の痕は町の中央大通りを起点にして、ポツリポツリと西の方角へ延びていた。
「誰かが魔物に襲われて怪我して、そのまま逃げ帰ってきたのかなあ」
「カプラサービスが手当てしてくれるだろう。こんな血を流したままにしておかんよ」
「いやはや、テロでもあったのかもしれんな」
「いや殺人事件でしょうこれは。死体が転がってるんですよ。絶対」
 彼らは好き勝手に自分の憶測を口にしながら、地面の上の血痕を辿っていった。みな一様に、不安と懸念と好奇心の入り混じった、なんとも複雑な表情をしている。
 土に垂れ落ちたその滴は、まだ鮮烈な深紅の色彩を帯びていて、朝の光を浴びてきらきらと光る。気付いた町の人間が、一人、また一人と、彼らの中に加わっていく。それはあたかも、零れた糖蜜の筋を辿っていく、大きな蟻の群れのように。
 血の痕は、町の西外れの武器屋の前まで続いていた。
「いらっしゃいませ――」
 ぞろぞろと中へ入ってきた人の群れに、店員が目を丸くした。

   *

 バタンと勢いよく開かれた扉に、ウェインはびくりと身を震わせて眠りから覚めた。
 傭兵達が共同で待合所にしている小屋の中だ。時間が早いので、ウェイン以外の姿はない。クライアントを確実に勝ち取るため、ウェインはいつも一番に来ているのだ。他の奴らがやって来るのは、大抵昼近くになってからのはずである。
 ウェインは仮眠のために床に敷いていた毛布の上で身を捩った。
 あくびを噛み殺しながら、
「いあっしゃいまへー。しーふ一名すたんばいおーけーとなっておりま」
「大丈夫ですか!?」
 声とともに視界に飛び込んできたプリースト一名。ぜえぜえと荒々しい息をつき、強張った顔に目を一杯に見開いている。
「へ?」ウェインは寝転がった体勢のまま固まった。「え? マ、マリアさん?」
「怪我は!」
 彼女はそのままずいずいと歩み寄ってくると、がばりとウェインの傍らに屈み込んだ。強い視線が彼の身体の上を舐めるように這い、そのまま身を乗り出して伸びたその手が、ウェインのこことかそことかあんなとことかを
「ちょっ何っ」
「怪我はどこです!」
「心の準備が……って、え? 怪我?」
「手ですね?」
 左手を巻いた包帯に目を止め、彼女が言う。その気迫に、ウェインは、はあ、と間抜けな声を出して頷いた。彼女はウェインの左手をとると、丁寧に包帯を解し始める。ゴートゥーヘヴンするわけじゃないのか、と、混乱する頭の中で、ウェインはちょっぴり残念に思った。
「あれ……傷口もう固まってる。地面の血、まだ時間経ってないように見えたのに」
 ウェインの手のひらをしげしげと見つめながら、彼女。
 ――そりゃあ昨日の傷なんだから固まってるよ。
 と、言葉にして説明する精神的余裕がウェインにはなかった。
 ウェインの手のひらに、彼女が自分の手のひらを重ねる。ヒール、という声が聞こえて、未だ感じていた鈍い痛みが引いていったが、最早そんなことはどうでもよろしい。心臓が身体を食い破る勢いで収縮し、頭の中で仔バフォとペコペコがラインダンスを踊り始める。手のひらを通して感じる肌の柔らかさに、ウェインはアコライトに転職して神様に百万回ほど感謝の言葉を捧げようかと思った。
「あ……ご、ごめんなさい」
 我に返った様子で手を離し、ぽっと頬を染める彼女の向こう。
 冷たい朝の風の吹き込んでくる、開け放たれた扉の向こう。
 地面の上には、血痕が続いている。

   *

「……で、デートの約束くらいはとりつけたのか」
 並んで山道を歩きながら、アルバは言った。
 陽はもう沈みきっており、あたりはとっぷりと闇に覆われている。
 横を行くウェインは、弛みっぱなしの口元をなんとか引き締めようと、無駄な努力を続けている。しきりに鼻の下を擦るのは、照れているときの彼の癖だった。
「今度、一緒に狩りにでも行こうかって話になった」
「狩りかよ、ロマンがないな。まあでも、少しは進展があったってことか」
「少しどころの話じゃないぜ。すげえいい雰囲気でさ。なんだか、こう……」
 と胸に手を当てながら考え込み、次の瞬間、言えるか言えるかと手近の木に頭を叩きつけ始めたウェインの後ろ襟首を、アルバはがっしとひっつかむ。
 言う。
「錯誤帰属」
「……あ?」
「興奮・緊張状態にあるときにそばに異性がいると、その興奮をそいつのせいだと無意識に思いこむという心理学用語。高くて不安定な吊り橋の上で告白すると成功しやすいって話が有名だな」
「へえ……」
「物音がして扉を開けると、地面の上に点々と血が続いている。誰か酷く怪我でもしたのか、何かあったのかと、彼女は酷い緊張状態に陥る。で、辿り着いた先におまえが寝ている。これはもう、錯誤帰属効果が充分に期待できるとみた」
「ふうん……そういうもんか。でも、なんかそういう、状況だけで好きになられたりしたら悲しいなあ。やっぱり、なんだ、ほら、こう……俺自身を、見て、さ…………あああああ」
 言えるか言えるかと手近の木に頭を叩きつけ始めたウェインの後ろ襟首を、アルバはがっしとひっつかむ。
「まあ、きっかけに過ぎないしな。あとはおまえの魅力次第だ。だから長続きはしないとみた」
「言ってくれるな、みてろよコンチクショウ。にしても、アルバ物知りな」
「心理学は商売に役立つんでな。家に本あるの、おまえ知らなかったか?」
「知らなかった……」
「少しは読書くらいしろ。ラッドを見習え」
「へいへい。で、おまえの方も、その錯誤帰属? あったのか?」
「阿呆、うちに来たのはほとんど男ばっかだ。でも売り上げは凄い伸びた。ま、もともと安さと品質には自信あったしな」
 あの血はなんだ、と大勢の人間が詰めかけてきたときは何事かと思った。
 心当たりがないと告げると、面白くなさそうに帰ってしまう人が多かったが、折角来たのだからと陳列棚を見ていってくれる人も結構いた。
 普段足を向けない顧客層を獲得できたし、大通り周辺の人が多いようだったから、口コミ効果も期待できるだろう。
「これでようやく転職資金が整いそうだ。やっとアルケミストになれるな」
「あれ?」ウェインが首を傾げた。「アルバ、鍛冶屋志望じゃなかったっけか」
「ああ……前はそうだったんだが、ラッドのことがあってな、考え直したんだ。アルケミなら、何かあったときも対処できるんじゃないかと思ってな」
「そっか。……実はオレもさ、彼女にするならアコプリさんがいいなーって思ってたの、ラッドのこともあったんだよ」
「言い訳せんでも、俺はフェチ嗜好を否定はせんぞ」
「違ぇって。アコプリさんがいれば、狩りのときとか、ラッドも一緒に連れていってやれるだろうって思ってさ」
「……色々我慢させたけど、これからはもう大丈夫か」
 そろそろ言うべきときが来たのかもな、とアルバは思った。
 あの日。魔物に襲われて逃げていたラッドを助けたあの日。気絶したラッドを抱えて連れて行った先の病院で、アルバとウェインはラッドの病気のことを知った。ラッドは自分の病気のことを知らない様子だったし、親を失い悲嘆に暮れている彼に、二重の苦しみを味わわせたくはない。そのまま告げないでいるうちに月日は過ぎ去り、結局言い出せぬまま時は過ぎていった。
 アルケミストになれたら話そう、とアルバは決めていた。ウェインはウェインで、アコプリの相方ができたら話そうと決めていたのかもしれない。
「これからは、一緒に狩りしたり、料理したりもできるな」
 ラッドは、血液中の血小板の数が極端に少ない病気だった。
「デンジャラスな皿洗いも。剣の修行もさせてやれるよな」
 自力で出血を止めることができないから、人里離れた兄弟達の家では、軽い切り傷でも命取りになってしまう。

「誰か知らんが、怪我した人のおかげだな」

 帰ったらラッドに言ってやろう。これからはもう五月蝿く言わないから、好きなだけ外で遊んでもいいのだと。たとえ怪我することがあっても、おまえの血が身体から流れ切ってしまうその前に、止めてやれるようになったから。
 ラッドはどんなに喜ぶだろう。喜ぶラッドに言ってやろう。
 おまえの笑顔を見るために、俺達はやってきたんだぜ。
 だって血は繋がっていなくても、俺達は血より深い絆で結ばれた兄弟なんだから。

「ラッド、ただいま!」
 玄関の扉を開けながらウェインが叫んだが、返事はなかった。
「珍しいな、寝てるのかな。おおい、ラッド! ラッドー!」
 ウェインに続いて玄関をくぐったアルバは、床に血が滴っているのを見つけたが、きっと昨晩ウェインが拭き忘れたのだろうと思った。
「聞いてくれよ! オレ達、今日、すっげえいいことあったんだぜ!」
 二人は駆け足で二階へ上がり、ラッドの部屋の前で立ち止まると、にやにや顔を見合わせて、ドアを引き開けた。


 着想>血→地面に点々と続いているイメージ→赤い糸→辿っていた二人が出会う!
 ということで初めの発想はベタ系話向きだったのに、弄くっているうちにいつのまにやら……。
 ちなみにタイトルは、ヴァルキリープロファイルっていうゲームの曲名からです。なんだか響きがお気に入り。 2004.05.12 Varitra(Dragon Academy)