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流した血が拭われる時 byフェイ・ロン

 ※お題『血』
 ※フェイ・ロン
 
続き
 

ああ、愛しいあなた、あなたは何故逝ってしまったの?
私はあなたの妻となってこんなにも幸せだったのに・・・・・・
あなたは勇敢で優しくて、アサシンの私を好きになってくれた、愛してくれた。
暮らしは消して楽ではなかったけれど、あなたが居てくれたらそれで良かった・・・・・・のに
ああ、あなたは何故逝ってしまったの・・・・・・・・・・?

―――流した血が、ぬぐわれる時―――

夜のプロンテラ。月は弓なり、明かりは乏しかった。
真夜中を過ぎて大分経ち、町の酔っぱらいどもも既に夢の中だ。
そんな中を走る影が二つ、有った。
逃げるのはハンター、追うのはアサシン、夜の闇に灯火が生み出す光と影を交錯させながら二人の女が走る。
逃がさない、逃がさない、絶対に逃がさない。オマエが何をしたのか、ワタシから何を奪ったのか理解させてから殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやるっ!!
アサシンの目から殺意が炎となってあふれた。

その話は信じられなかった。彼は夫の友人で、夫が全幅の信頼をおいている人物で、嘘を付くような人間ではなかったけれども(それもこんなタチの悪い嘘を)それでも信じられなかったし、信じたいとも思わなかった。その目の真剣さも、傷ついた姿も、苦しそうに語るその口調と仕草も、嘘だと思いたかった。
「それ、ホ、ントのこと、なの?」
ワタシの声が震えている。彼の言葉を受け入れたくないと、心が悲鳴を上げていた。彼は信じられる人、だ。だから知らずに涙があふれた。
「・・・・・・すまない、本当にすまない・・・・・・あいつを、助けてやることが、出来なかった・・・・・・・」
「君に頼まれていたのにっ、あいつを俺はっ、あいつ俺を守ろうとして・・・・・・・なのに俺・・・・・・」
不思議と彼に恨みは湧かなかった。ただ悲しみがあった。これは真実なのだと、受け入れなければならないのだと。あの人は騎士で、誰であれ守ろうとする人だった。だからその事に恨みなど抱けない。なんてバカな人だろう、でも、あの人らしい最後かもしれない、あの人は最後まで、最後の最後まで「騎士」 で在り通したのだ。
ああ、でも、この不幸は何故?
早すぎる別れと運命を恨まずにはいられない・・・・・・
「俺、どうして詫びたらいいか判らないんだ・・・・・・、この命で償う事も考えた、でも、俺は「神に仕える者」だから・・・・・・」
そうだ、「服仕」である彼は命で償えない。神に仕える彼に自殺は許されない。それは当然のことだ。それでもなお償おうとするならそれ以外のことでなければならない。
「だから・・・・・・どうか、俺の未熟をっ、罪を許してくれっ、君の手で俺を救ってくれ・・・・・・頼む」
「この罪を償う為に一生を掛けると誓うから。命を捧げると誓うから・・・・・・」
そうしてうなだれた彼。ああ、この人は、この人もなんてバカなのだろう。 なんてバカな男達。
自身の誇りとロマンにすべてを捧げるつもりなのかっ!? その為にすべて、家庭も未来も命までも捧げると?
「馬鹿っ!!  あの人が守った、あなたを、捨てようとしないでよっ」
「悪いのはあの人よ、最後まで逃げ出そうとしなかった、生きて帰ってくれなかった、「騎士」であることにこだわったあの人が悪いの」
―――違う、ホントはそうじゃない。あの人は多分悪くない。
そう思いたい、だけ。
「どうして生きて帰ってくれなかったのっ!? 馬鹿よ・・・・・・」
―――違うのに、何かを、誰かを責めずにはいられないだけ。
「あの人を恨むわ・・・・・・ワタシ・・・・・・」
何かに気持ちを向けていなければ気が狂いそうだ。
何かを恨まずにはいられない。
何かが崩れようとした、けど、彼の声がそれを遮った。
「違う、違うんだ、あいつは悪くない、あの時、もう少し踏ん張れれば乗り切れるはずだったんだ」
彼があの人をかばった。ワタシの間違いを正そうとしている。それは当たり前のことだったんだろう。ワタシの想いが別の方向に向きかけているのが耐えられないと言った風だ。
「あの時せめて彼女が逃げ出したりしなければ・・・・・・」
そこまで言って彼の声が止まる、しまったと言わんばかりに。
ワタシの中で誰かが弓に矢をつがえた。
「誰・・・・・・? 何? 何なの? 誰なの? 彼女って誰よっ!? 逃げた? どういう事よっ!?」
「いや・・・・・・それは・・・・・・・」
困惑する彼。弓は引き絞られていく。
「教えて、でないとワタシ夜も寝られないわ、教えてよっ!」
逃げたのだ、仲間を、あの人を見捨てて。そんな女がいたのだ。
「なぜ、あの人が死ななければいけなかったの、何故死んだの、本当のことを教えて、お願いよ・・・・・・」
弓が狙っているのはワタシの心。矢は、憎悪にも近い想い。
彼はよい人だった。嘘が付けない人。諦めたように話してくれる。
「敵に囲まれたときは俺達既に疲れ切っていた。同じような敵の群れを何度か蹴散らした後だったし、騎士と服仕とハンターじゃ一度の戦闘でかなりの力を消耗する。それに腹も減ってた。でも、もう少し踏ん張れば、と、思ってた。その時、彼女は消えたんだ。俺は「転移」の法術があるから普段そんなアイテム持ってなかった。でも術力の尽きたあの時は跳んで逃げることも出来なかった。そんな俺の為にあいつは残ってくれて・・・・・・だから本当に悪いのは俺なんだ、俺にもっと力があればっ、もっと早くに「司祭」になっていれば、もっと上手くやれていれば・・・・・・・・」
後ろの方は聞こえなかった、いえ、聞こえていたけど聞いていなかった
限界まで引き絞られた弓が、ワタシの心を射抜いていた。黒い矢が炎となって、ワタシの心を穿ち、突き抜けていった。
血が流れた。
穿たれた傷口から、どす黒い血が流れていく。それは悲しみと怒りと憎しみが混じり合った物だったと思う。
ああ良かった、ありがとう、話してくれて。これであなたもあの人も恨まずに済むわ、変わりにそれを向ける人がいるから。
彼はワタシを見ていた、何か違う誰かを見るような目だった。ああ、そうだワタシは今この時から変わる。忘れていた自分、いいえ、あの人と出会い愛されるまでの自分に戻るだけだ。記憶の奥にしまい込んでいた技術を引っ張り出して・・・・・・
「何をする・・・・・・つもりなんだ・・・・・・」
意味のない問いかけだった。彼の目を見れば判る。答えは知っているはず。ワタシはアサシンだから。
「止めても無駄よ」
だからこれは答えではなくて宣言だ。
「ワタシに殺らせてよ」

結局のところ彼は、一人暗い気持ちで自分に割り当てられた部屋へと戻るところだ。
事実として彼は失敗したのだ、悲しみに沈む未亡人でいてくれるならそれはそれでもまだマシな方だ、と思う。悲しみは避けられるならそれに越したことはないが、生きていく上で誰かとの死別は普通に待ちかまえていることだ。それは、ほとんどの人が経験し、また、経験していくことなのだから。
そして一人ごちた。
「ああ、君は、君は罪を犯そうとしてる。あいつはそんなこと望んじゃいないはずなのに・・・・・・・」
自分のミスは認める。犯した罪も。俺がもっとしっかりとしていればあんなことには成らなかったかもしれない。
「話さなければ良かった。どんなに問われたとしても沈黙を守るべきだった」
今更後悔しても遅い。俺になにができる? 俺の言葉は君に届かない・・・・・・そして君のやろうとしていることを阻止する力も足りなさすぎる。聖堂の力を借りて無理矢理止めても、それは解決にならない。結果を先延ばしにするだけだろう。聖人か君の心を蝕む悪魔の手でも借りられるなら別だろうが。
「?」
何か引っかかった。
悪魔?
「ああ、一人、何とか出来そうな人がいる」
教会の教えを良しとせず、聖堂の権威を唾棄した男が、居た。
ある私設騎士団が有った。
ちっとも、有名でもなければ、猛者揃いというわけでもない、タダのはぐれ者の集まり。
ただ、そこの団長は変わり者の司祭で、聖堂から放逐された今でも懲りるでもなく「聖堂の権威に、後ろ蹴りを食らわしている」、という噂だ。そして何より、彼はその司祭とはちょっとした縁があった。司祭が聖堂から出て行くまでの話、ではあったが。
聖堂に刃向かう不埒者。自分の奉じる神の正義とは相容れぬ男。なれど、だからこそ、彼女の闇をなんとかしてくれるかもしれない男。これは賭だが、決して分の悪い賭ではないように思えた。僅かとは言えぬ不安があったとしても。
「常宿は、確かモロクだったな」
何を好きこのんで、砂漠の町などに。と、思う。それこそ異端であるが故、なのだろうが。
「ワープポータル!」
異端であろうが構うものか。選り好みしているヒマはない。あの男に頭を下げるのは躊躇われるだろうが、君の為になるのならばどうということもない。君に人殺しはさせない、それがあいつに対してのせめてもの手向けになるはずだと信じる。なにより俺が君にして上げられることはこれくらいしかないのだから・・・・・・・
迷いは無い。モロクへ―――

その女を見つけるのは難しくない。夫は最後に冒険者帳に記録しているはずだ。
誰とどこに行くのか。それを宿屋やカプラで、記入してから冒険や狩りに出かける。それだけのことだ。それは、万が一の事態に備えてのモノだ。記入さえしておけば後で助けが来るかもしれないし、そこで果てたとしても遺品の回収が容易になるからである。だから、家庭を持つものや、依頼で動く冒険者達は記入していくことが多いのだ。あの人もそうしている、いや、いた。ワタシが勧めたからだ。
それは簡単に見つかった、あの人と彼の名前に続く女の名前、職業欄にハンターとある。間違いない。後は―――
後は、女の人種、髪の色など必要な情報を拾い上げる。住所は書いてなかった。でも、フェイヨンのハンターギルドにいけば調べられるに違いない。今もそこに住んでいる保証はないけれど、あの人と組めるのならそう高い技量というわけでもないはず。ならばハンターになってから何年も経っていないだろう。引っ越しの可能性は低い。ああ、弁解させてもらうと、あの人も彼も冒険者としての生活よりも他に優先させた生活があった為に、そう高い技量を持っていたわけでもなかったのだ。ワタシはそれよりさらに低い技量しか持たないのだけれど・・・・・・
まあ、まともにやっては勝ち目はない、状況を伺うことだ。確実に勝てて、逃げようのない状況を狙う。あるいは作る。それさえ出来れば技量の差など問題にならない、ワタシはそれが出来るアサシンなのだから・・・・・・
あの女のことを調べ始めて数日経った。調べれば調べるほどに、復讐心は燃えるような憎悪へと姿を変えた。複数の愛人の家に上がり込んでは泊まってくるような女だ。慎ましやかさとか思慮深さなどとは無縁。目先の快楽を追い求めるのみの底の浅い女。
こんな女のせいであの人は死んだのだっ、こいつに殺されたのだっ、この女が殺したっ。絶対に殺してやるっ!このカタールで体中切り刻んで死の恐怖を、いいえ、死そのものをじっくり味わわせてやる。地獄へ堕ちろっ!!
それはまるで自分自身への呪詛そのものだった。弓で穿たれた破孔から流れ出た血が乾くことなく変じた怨嗟の膿。それは抗われることもなく彼女の全てを、心身全てを染め上げていくのだ。

「今日は珍しく客が多い日だな」
話は少し前後して、モロクのとある私設騎士団でこんな会話がされていた。
今日は多い、とはいえこれで二組目という事になる。先ほど丁重にお帰り願ったのは二十歳過ぎのプロンテラ大聖堂付きの服仕であった。私設騎士団とはいえ辺境警備や、特定の人物、組織に属する為に有るという訳でもない。つまるところ個人の寄り集まりとしての集団と言ったものなのでそうそう客足がある訳でもなく、ましてや、団長が趣味と実益を兼ねて行う何でも屋稼業も、先ほどの服仕のように仕事を断るケースもある為に仕事の依頼など減るばかり。まさに「商売あがったり、人も来なかったり」の状態であった。
被依頼者としては別に気まぐれで仕事の依頼を断った訳ではない。ただ、このことに関しては依頼者本人が何とかすることが最良だと思えたからだ。友人に対してのことならば丸投げは後悔の元となるだろうし、これから先も聖職者として歩んでいく彼には必要なことだろう。知己ゆえに良い司祭になって欲しいと思う。
「客なんぞ、さっきの服仕しか来とらへんやろ?」
白毛の司祭が問うと銀髪の騎士は、そこにいると答えた。司祭はやれやれといった体で、
「つまり、エンシー、お前さんには見える客ってワケや。んで、なんて言うてる?」
この騎士は目に見えないモノを見ることが出来る。それは、通常目に見えるモノが見えないことの代償として手に入れることが出来た能力だ。この騎士には肉体的な視力はほとんどない。故に「魔術的な見る力」を獲得せざるを得なかったのである。その為の訓練は魔術におけるそれであり、結果として物質のレベルにとどまらず視聞きすることが出来るようになった。
「要約するなら、さっきのアコライトと同じ内容だ」
何ら興味も面白味もない、と言った返答。この騎士には、これに始まったことではない。身も心も鋼で覆った騎士の心を動かすのは容易なことではないからだ。ここは本職が聴くべきだろう。魔術の修行をしたのは何もこの騎士だけではない。司祭もまた魔術を知っていた。「真の魔術師」であった養父から基礎の手ほどきは受けたのだ。精神体との意思疎通くらいならばそう難しくない。もっとも、この騎士のように常時見聞きすることは出来ない。その時に応じてスイッチを入れてやる必要がある。
「そうか、ならワシが直接聞こう」
そうしてしばらくして、珍客は帰っていった。辺りには死者の残した死の名残が臭気の如く漂っている。
「で、本当に受けるのか、マスター?」
聞かれて司祭は言い訳がましくべらべらと話し始めた。
「まぁ、しゃあないな。服仕の話、断ったっちゅうても、どのみち人死にが出えへんようにはするつもりやったし、それは神様の意志にそぐわん事やし。・・・・・・」
騎士は話の途中で、アンタが司祭らしく振る舞うのには無理がある。などと、鉄面皮を崩しながらくつくつと笑う。
「コラ、ソレを言うなや。それになぁ、遺志は大事に汲んだらなアカンやないか・・・・・・」
「で、その報酬はどこからもらえるんだ? マスター?」
これは意地の悪い質問だ。相手が幽霊では報酬など欠片ほども期待できないのは目に見えている。それを知っていてこの騎士は自らの主をからかって遊ぶ癖がある。この手の質問に返す言葉は決まっている。
「ツイてなかったな?エン?」
「くっくく、タダ働きか? 団長殿? アンタも報われないな。くくく」
いやいや、報われとるよ、十分や。と思う。このお節介焼きは、オヤジの血だ。あの砂漠の中、乾涸らび掛けた自分を助けてくれ、育てて、色々と教えてくれた養父の血だ。肉の血に繋がりはなくとも受け継がれた血脈。それを自覚できるのだ。オヤジ、ワシはアンタの息子や、と。これは否定と疑念の念を差し挟む必要もなく喜ぶべき事だった。だから、うれしさを殺しきれず呟いた。
「血やなぁ、これは。あのオヤジの」

鐘の音が鳴っている。近く、遠く。蒼空を飛び去り、町並みの中を響き、送葬を声高に叫ぶのだ、鐘楼の鐘は。
どんなに復讐に駆り立てられようとも、あの人の葬儀だけは済ましておきたかった。親類縁者、知人達に混じって知らない顔の騎士が数名、あの人に世話になった、という人たちも来てくれた。これがあの人が残してきたものだ。悲しみは深いけれども安堵する。あの人はこんなにも多くの人に送られる。それは、町の名士なんて人たちと比べれば少ない人々なのだろう。それでも、素直に嬉しい。今は悲しみに沈もう。今日はそんな日、なんだから・・・・・・

そうして復讐の機会はやってきた―――
今日の為に調べた。男の家に泊まるのがいつか、その時の服装は? 武器は持っていくのか?
結果から言えば、女は丸腰だった。逃走用のアイテムは持ち歩いているようだがそれだけだ。事前にすり替えるなど簡単だった。

深夜のプロンテラ、石畳の路地裏を走る、追う。直にあの女を追いつめる。
途中、あの女を助けようとする者も居たけれどそのほとんどが酔っぱらいだ。大概の者は右手のカタールで一閃すれば躊躇って誰も追っては来ない。見ず知らずの者の為に命を張る必要もないからだろうがそれは有り難かった。例外はいつでも有るものだけれど。
案の定。後もう少し、というところで邪魔が入った。
「およしなさいっ!」
それは可愛い少年。服仕さん。年の頃なら14~5歳くらいか。両手を広げて立ち塞がる。
ああ、邪魔だこいつ。先ず右。
「うわぁっっ!?」
右のカタールを一閃。胴を袈裟に切って落とす。驚愕の声と鮮血が飛び散る。
が、まだ足りない。まだ立ってる。続いて左。
「っ!?」
少年は声も出ない。いや出せない。水平に薙いだ切っ先が少年の首に食い込み、裂いた。新しい血が吹き出て、その血がワタシを汚した。少年は崩れて落ちた。
死んだ? 死んだのか? あ、逃げられる。逃がすかっ!
再び追う、追う。それから考える。
「死んでしまったか、な」
死んだかな?
死んだかな?ですって?
死んだかな?じゃないっ!死んだに決まっている! あれで生きていられるはずなんか無い・・・・・・。殺した。殺した。ワタシが殺した。ワタシがっ! ワタシが殺した! ワタシが殺したんだ!!
そう考えると頭の芯がアツくなる。心の奥が軋んだ音を立てたような気がする。心の破孔からあの黒い血とは別の血が噴き出したような気がした。
それもこれもアンタのせいよ。何の罪もない少年を殺してしまった。何故? 決まってる。アンタが往生際悪く逃げ回るからよ。刹那主義者の一員のくせに生汚い女め!!
―――違う、それはすり替えだ。殺したのはワタシ。復讐の為に邪魔だから殺した。
解ってる。それはワタシが望んだ復讐の一つの過程。
―――ならそれで良いじゃない? 一人殺せば二人も三人も同じよ。あの女を殺すんだから服仕の犠牲は気にしないでもいいわよ。
そうかもしれない、その通りかもしれない。
あの女をこれから殺す。それはホントのことだ。
ほら?追いついた。
追いついた背中に右手を振るった―――

暗い路地だった、建物の影で月の明かりも満足に届かない。ああ、良い場所に逃げ込んでくれたわ。アンタをなぶり殺すには良い場所ね?
女から抗議の声。自らの非に気付きもしない愚か者。
「判らないの? アンタがワタシから何を奪ったのか。あの人との暮らしは裕福じゃなかったけど今までで一番幸せだった」
「ガキの頃からロクな暮らしじゃなかったわ。スリに盗みに体を売ったこともあった。挙げ句の果てはアサシンになって人殺しの手伝いまでね」
「そんなワタシをあの人は愛してくれたわ。実直そのものの騎士が、こんなスベタを愛してくれたのよ。だから結婚したの。幸せだった・・・・・・」
今、思い返すとなんて充実した日々だっただろう。短い間だったけどなんて幸せだったんだろう・・・・・・・
「その幸せを」
怒りと憎しみと殺意がある。
「アンタが奪ったのよっ!! アンタが逃げなきゃ、あの人は生きていてくれたっ! アンタさえ逃げなきゃ、まだ幸せでいられたっ!! アンタさえっ!!アンタさえっ!!アンタがっ!!アンタが殺したのよっ!!!」
「知らないわっ。私知らない。私誰も殺してなんかっ。ねぇ? 勘違いよ? そうっ誤解よっ、私、こんなだから良く誤解されるけど、ほんと~は案外良い奴だって良く言われるんだから? だから誤解に違いないっ、うん」
女は急に弁解を始めた。まるで友達にでも言い訳するみたいに。
悔しい、悔しい、悔しい。こんな奴の為にあの人が死んだのかと思うと悔しくてたまらない、泣いてしまいそうだ。
「騎士と服仕とアンタとで狩りに行ったことがあったでしょう。その時アンタは途中で逃げ出したわよね」
「え~とぉ、そんなこともあったっけ?」
「どうせ覚えていないでしょうね、今更思い出しても無駄だけどね」
覚えては居なかった。そんなものだろう。罪の自覚など無い者には日常の些細な出来事でしかない。恨まれる者と恨む者との差を埋めがたいのはこんなところにあるのだと思う。
「大体いまどき、マジ死にする奴ってそうは居ないわよ。そんなのよっぽどのバカかドジでなきゃあ」
そう言ってけらけら笑う。自分が何を言ったのか解らないんだ。今の一言がワタシの背中を押した。
「そう? ワタシのあの人は余程のバカかドジだって言いたいのね、アンタ?」
「え? あ~とぅ、え~? いやだっ何よそんなに怒んなくてもっ!? あ~怒ってる? マジに?」
殺す。
「ねぇ? アンタ? ワタシに・・・・・・」
「え? 何?」
「ワタシに、殺らせてよ」
そうして女に近づき、左右一撃。
「ひぁ!?」
それを繰り返す。命乞いなんか聞いてやらない。言わせない。その暇すらもくれてやらない。
「あぁっ!?」
「ふぁあっ!!」
一撃一撃は致命傷じゃない。けれど痛いでしょう? 怖いでしょう?
「やっ!やめっ!ひっ!いっ!?」
「泣きなさいよっ、あの人の辛さはこんなモノじゃなかったっ」
カタールの回転が一撃ごと、皮を削ぎ、肉を切り、骨を削る。血を辺りにまき散らしながら・・・・・・・
「あああっ、やめっ、死、死んじゃうっ、やだ、死! 死んじゃうっ私死んじゃっ!ふぃっ!」
何を今更っ、まだアンタは生きてるっ、あの人は死んだのにっ。
「死ねっ! アンタなんかっ。どうせまた繰り返すっ! ならここで死ねっ、それが人の為よっ!」
もう良いだろう。どこかで声がした。
もう止めを刺してやろう。ワタシの心で声がした。
正直、もういい。と思う。この女を傷つけるたびごとに、恨みは、その炎は小さくなっている。なぜだろう?
この女には心底腹が立つ。殺しても足りないくらいだ。だから殺る。けど、すごく虚ろだと思った。
―――何故?
「もういい。楽にして上げるわ」
止めの一撃。女の喉元めがけてくれてやる。
「そこまでだ」
声がした。男の声、そして巨大な剣。その一撃。それに阻まれて、最後の刃は届かなかった。

「っ!!!」
ワタシはとっさに距離を置いていた。未熟とは言っても危険を回避する術は心得ている。
当たらないと解っていても、いや、当てなかったのか?
それでも体は勝手に反応する。それが元冒険者であり、現アサシンのワタシだった。
そして相手を見た。それは騎士。巨大な剣の一撃は石畳を砕いてプロンテラの大地を垣間見せている。
「~~~!!」
何よっあれは!?
ぞっとする。背筋が凍り付くかと思う。それは、呆れるくらいの破壊力を与えられた武器だった。
刀身だけでも5フィート、身幅は5インチは有るだろうか? 重さに至っては想像も出来ないその刀身は明らかにオリデオコンによって安全限界を超えて強化精錬を受けたものだ。
まさに凶器! 掠っただけでも洒落ですまない。肉は抉られ骨は砕かれる。もし、まともに当たればワタシの躰は骨格ごとバラバラにされ原形をとどめぬ肉塊と化すだろう。あれはそういう武器だ。切るとか刺すとか言うレベルのモノじゃない。
「誰っ!?」
「悪く思うな。団長命令だ。殺させるなと言われてる」
「・・・・・・・・・」
その騎士は冷静な声でそう答えた。サングラスで表情はよく見えないが確たる意志を感じる。この暗闇でサングラスとはおかしな奴だ。見えているのだろうか?とも思うが侮ったら負ける。そう感じた。
そうしてこの騎士と対峙する。あの剣と比べたらワタシのカタールなどオモチャみたいなものだ。上手くやらなければ殺られる! いや、殺られる、じゃなく粉砕される。
無造作にだらりと下げられた剣。しかし隙はない。薄い黄金色に覆われたその躰。それは、超高速の斬撃が可能なことを意味している。この騎士に意識を集中しなければ・・・・・・・
「あ~なんやぁこれ、エライ事なっとるやんけ?!」
「ようまぁ、こんなボロぞーきんみたいになるまで放っとくかぁ?」
あの女の事を言っているのだろうか? その口調は気が抜けそうだ。だけどそっちは見れない。こっちに集中しないと・・・・・・
「!?」
騎士は新たな声の主へと無造作に歩いていた。命の削り合い中にあり得ないことだと思う。
「まだ死んでないだろう? 命令は守ってる」
「いや、あのな、仏さん成ってまう一歩、ちゃう、半歩手前やないか?これ・・・・・・」
「まだ生きてる」
騎士は気にするほどもなく言った。確かにあの女はまだ生きている。ただ単に死に損なってるだけだけれども、それは既に死んでるのと同じ事だ、とも言える。
だから、その声の主である司祭も、
「・・・・・・めっちゃ泣けるわ・・・・・・いや、まぢで」
力無く言った。

「で、アンタ達は何なの?」
用心深く構えながら、聞いてみた。少なくとも味方には見えないから敵なのだろう。なら排除しなければあの人の仇討ちは出来ない。それはかなり困難を極める。
「を? あぁ、頼まれてん。 あんたの復讐を止めたってくれっ、ちゅうてな?」
気が抜ける言葉使いで司祭が答える。
頼まれたというと、やはり彼だろう。同じ聖職者。繋がりがあるんだろう。
「彼ね? 聖職に有る者同士で、罪を見過ごせないってことね?」
冷笑した。
「そんな綺麗事で、教会の教えなんかでワタシが救えるって? 私を救いたいならあの人を帰してよっ!」
騎士は無言で肩をすくめて見せ、司祭は、
「をを? あ~それは無理っ。ちゅ~かワシにも誰にもアンタは救えへん。ワシらにはそんな神様みたいな力は有らへんて。」
は? なによ、このプリ?
「リザレクション! っと、これで死ぬこともないやろ」
あの女をこちらに繋ぎ止める気か、トーストにバターでも塗るかのような気軽さで「蘇生」の術を使う。そうして懐から何か取り出した。それはランプだった。
「まぁ、ぶっちゃけアンタが人殺そうが、それは神様がお与えになった復讐って言う名の摂理やろ。それはそれでかめへん。他のモンに迷惑かけへんかったらな。」
はぁ?何?それでいいのか?
司祭は取り出したランプを置き。マッチを取り出した。
「せやから、アンタの知り合いの服仕さんがワシに頼みに来たときも断ってんやけどな。復讐したいんやったらしたらええ思うてたんや。そこから得られるモンも有るやろ。それで、また生きていけるんやったら、まぁ、やるべきやわな。その代わりっちゃあ、なんやけど覚悟だけはしとけっ。ちゅ~こっちゃ」
なんだこの司祭は・・・・・・その理屈は合ってるのか?それで破門になったりしてないのか?それ以前に本当に司祭なのか?
ちょっと心配になってくる。
「あんた、ホントにプリなの?」
本当に司祭だとしたら余程の腐れプリだ。
司祭はランプに火を点けようとマッチを擦る。
「あぁ、ほんまもんや。多分。いや、あんまり自信はないんやけどな・・・・・・。まぁ、ニセモンでも別にかめへんやろ?」
色々とツッコミどころ満載の発言をしながらもマッチを擦る司祭。なかなか点かないようだ。
「まだ聖堂からも教会からも正式に破門はされとらへんわ。まぁ連中も、しとうて堪らんのやろうけどなぁ、ま、まだ無理やな」
愉快そうに喉を鳴らして笑うその姿は非道く楽しそうだった。
「ああ、やっと点いたわ」
辺りに妙な臭いが漂い始めたのはランプに香油でも仕込んであったんだろう。その意味は解らない。
「んで、話は変わるけどな。どや? もう気ぃ済んだか? アンタの復讐ってヤツのことや、もうええか?こんだけズタボロしよったらもうええやろ?」
!!
「お断りよっ。ワタシに殺らせてよ」
やれやれ。といった風体でこの腐れプリは言った。
「なら、邪魔するだけや」
そして詠唱。
「キリエ・エレイソン!」

それはあの女にかけた呪文。ホントに邪魔するつもりだ、こいつ。
そして騎士が半歩前に出る。警戒しなくてはいけない。あの剣は貰っちゃあダメだ。
「マスター。彼が来るまで時間を稼げばいいんだな?」
だが司祭は騎士を押しとどめた。
「エン、お前さんは、手ぇ出すなや? 洒落にならんし、ワシがやることや」
「団長命令か?それは?」
「いやいや、そんなモンやないて。死者との約束に対する義理と道理が半分」
「後の半分は何だ?」
「まぁ、個人的な感情とかモロモロ。内1割が司祭としての職業意識」
「・・・・・・1割だけってのがアンタらしい。納得した。これはアンタの仕事だ」 
本気か?バカにしてる?司祭ごときがアサシンに勝てるとでも?
「あんた、ワタシに殺らせてよ」
「いや、アンタみたいなナイスバディの美人となら是非ヤリタイっつか、お願いしたいとこやが、エンが観とるしな。それにプロで青姦はちとスリル有り過ぎ・・・」
「何の話よっ!?」
「を? え~と、ヤル話・・・・・・?」
何言ってんだこの変態プリはっ。
「誰がするかっ!!」
「ええっ!? アカンのんかい!?」
「ナメるなっ!」
激昂の声とともに踏み込んだ。呪文くらいしか能のないプリなんか、しかもこんな変態今の装備でも十分だ。確かにワタシのこの武器には何の銘も入っていない。店売りの数打物。つまり安物だ。銘入りの物は他の装備とともに結婚を機に商屋に売ってしまった。だからこれはつい最近仕入れてきた安物。それでも十分。たかがプリなど紙も同然。
左右の連続攻撃。あの服仕をしとめた攻撃はこの腐れプリも容易く死に追いやるだろう。
銀にきらめく軌跡は半円を描いて司祭の躰に吸い込まれて、行かなかった。
「!?」
え? しくじった? くそっ次は外さない。
次の攻撃。
「をっ!?っととと」
回避された!? もう一度っ!
「ををを!?」
また回避される。なんだ?何故っ!?
「を、今のは良いとこ来とったな。グロリアっ」
「「栄光の賛賞」かっ」
それでも「致命の一撃」はワタシには当たらない。それを避けるすべを知っている。
「なんや、まだ血ぃ見んと済まへんか?」
「うるさいっ」
何度もカタールを振り回す、が、そのこと如くを避けられている。おかしい、違和感が有りすぎる。避わされているのもそうだが何かが変だ。
「こいつを殺せばそれで気ぃ済むんかぃ?」
「黙れっ!」
声を払うように両腕を動かした。
「恨みでしか前へ進めへんか。難儀やなぁ」
「あの女が悪いっ!」
連続で叩きつける。
「まぁ、解らへんでもないけどな。っとと」
命がけの戦闘の最中に何を言ってるのっ!?
「知った風な事を言うなっ!」
「ワシにも覚えのある感情や。それでも殺らせる訳には行かへんねん」
プリは右手のソードメイスと左手を使って上手くカタールの刃を受け流している。そして素早い動きと操体で避ける。左手にはおそらくガードを仕込んでいるのだろう、左手の外腕部に固定してあるらしい。
上手い、と素直に賞賛する。そうか、こいつはただのプリじゃない、最近じゃ滅多に見かけないと言われる「戦闘司祭」だ。聖職にあって戦闘を専門にする「修行僧」が台頭する現在では過去の遺物に他ならないが、高位の者は、あの深淵の騎士を直衛の鎧騎士ごと葬り去るという。
でもワタシも無策じゃない。左右同時の攻撃でソードメイスを挟み込み躰を回転。相手の右に回り込みそのまま巻き込む。プリの武器はその手を離れた。武器さえなければこっちの物だ。攻撃されても怖くはない。・・・・・・?
え? 何? なにが゙怖い?
ああ、成る程、解った。違和感の正体。その最大の疑問。簡単だ、何でこんな簡単なことに今の今まで気づかなかったのか?
この外道プリは今まで一度も攻撃をしてきていなかった。
バカだ、ワタシは。
まぁ、防御を削いだだけでも良いとしよう。それにいつ攻撃されるとも解らないのだし、とにかく、この、人を完全に食ってかかっている、くそったれプリを後悔させてやらなければっ。
「何のつもりっ!? 何で攻撃してこないのっ!?」
さらに攻撃。縦と横に刃を払う。
「をや? バレたんかぃ?」
「バカにしないでっ!」
「こっちも必死や」
「なら、何で攻撃してこないのっ!?」
「今の自分をよう見てみぃ傷だらけや。うおっととと、グロリア!」
「そんな奴殴れるかぃ」
攻撃すらされていないのだから傷なんかある訳もない。ワタシは傷ついてなんかいない。傷ついてなんかいないっ。
「黙れぇっ。ワタシは傷ついてなんかいないっ」
防御手段を一つ無くしてもこの余裕か。
「それが本心かぃ?」
「うるさいうるさいっ」
変なこと言うな、解ったみたいに言うなっ!
ワタシはただがむしゃらにカタールを振り回す。
「ほな、何でそんなに苦しそうな眼しとんねん!」
そう吼えると司祭は今までと違う構えを執った。
動きが違う。さっきまではワタシと同じ円の動きだった。
今は、重心は低く、両足で大地をつかみ、半身で正眼。いつか聞いた天津で進歩したという「拳法」というモノだろうか?
司祭服でそれをされると、変な格好だと思ったモノが妙にそれらしく見えるのだ。奇妙な奴だ。
「このっ!」
思い切って斬りつける、が、右の一撃は左上外腕部で腕ごと弾かれる。左の攻撃は同じく左の上内腕部で払われる。
「くっ」
信じられない。たとえ技倆の差があったとしても素手でアサシンに対するプリなど信じられなかった。いくら斬りつけても受けられ払われ、そして流される。あまつさえこちらの体勢が崩される始末。その姿はまるで、まるで―――
柳の木のようだった。
大地に根を張り、いかな風にも折れることがない。しなやかにそして力強く、力を受け、止め、流し、時に返す。
そしてさらに、
「速度上昇」
「エンジェラス!」
「グロリア!」
ああ、まだブーストできるのだ、こいつは。そう、これでもまだ本当の実力からはかけ離れている。
勝てない。
そう悟った。
まともにやって勝てないなら、こっちは捨て身で行くしかない。ああ、そうやってまでしていったい何の意味がある?
でも、振り上げた拳はどこかにおろさなければ、ケリは付かないから、殺る。
動きを止めて対峙した。両手は後ろに。腕を繰り出す、のではダメだ、躰ごと突っ込まなければいなされる。
「? 捨て身かぃ。ワシに勝つ意味があるんか?」
「そんなの知らないっ解ってりゃこんなことっ! それでももうどうしたらいいって言うのよっ!! このヴォケプリっ」
培ってきた技術に一縷の望みをかけて殺るっ!
望み? 何? それ? この戦いに何の望みが? 意味すらも解らない、ただ戦っているだけ。
いいえ。これは戦いですらない。自分はあまりに未熟で、愚かだった。それだけだ。それだけが真実だ。
「ふむ。なら、来いや。受けて立ったる。人の血ぃ流させる覚悟と、自分の血ぃ流す覚悟と、それだけはしとけ」
騎士が口を挟む。
「マスター、アンタが殺られたら、俺はこいつを殺る。その場合、アンタが居なけりゃ、あそこで死にかけてる奴も助からんぞ」
「三人分かぃ。レートは結構高そうやな」
「実際、1:3てところだ」
「ふむ、まぁ大丈夫やろ。肩の力、すこ~ん、と抜いて見とれ」
へらへらと笑いながら、このくそったれな変人プリはそんな言葉を口にした。

「第2ラウンド開始や」
不敵に立つプリ。その目には何を湛えている? 同情? 憐憫? 自分の愚かさも惨めさも解っているわ。だけど、それとこれとは話が違う。高いところからの同情など願い下げだ。そんな物が欲しい訳じゃない。哀れんで貰う為に憎んでる訳じゃないんだからっ!
「ワタシに殺らせてよっ」
「いや、出来ればお断りしたいわぁ。キリエエレイソン!」
そのキリエが合図だった。
真っ直ぐに突っ込む。これなら受けることは出来ても払うことは出来ないはず。
自然と歯を食いしばる。
間合いに達すると同時に両手を突き出し躰を一つの槍と化す。こうでもしないとたとえ当ててもキリエの守りを破ることは出来ない。
「っ!?」
意外だった。確かな手応え。避わされると思っていただけにどうして良いか解らない。
左は突き出したときにぶれて上手く当たらなかったが右の刃は確かにプリの躰に埋め込まれていた。
「うっ痛つつぅ、アイタタタ、めっちゃ痛ええぇ」
至近距離。外れた左を突き立てるのも簡単なはず。
「ふぅ。やっと捕まえたで。アイタタタ」
左腕を押さえ込まれた。これでは動けない。それにアイタタタとか言うレベルの痛みなのか?
「アンタ、わざと受けたわね!?」
何故こんな真似をしたの? 殺せば良かった。殺せたはずでしょう!?
「もう、止めとこうや。これで終わりにしとこうや」
・・・・・・確かにこれ以上は意味なんて無いのかもしれない。じゃあ、ワタシのこの気持ちはどこに行くの?ワタシはどうすればいい?
「止めてどうするの」
暗い声が流れる。ワタシの口から流れている。
「ワタシはどうすればいいの? もう何もないのに? ワタシにどうしろって言うのっ!? 教えてよっ!!」
「もうええ。もうええねん。辛かったやろ。苦しかったやろ。泣け。泣いとけ。今はまだ泣いててもかめへん・・・・・・」
一体何を言うのっ。やめてよ。止めてよ。そんな言葉。泣きたくなってしまうじゃないのっ。
「うるさいっ」
手に力を込めた。悔しかった。涙をこらえる為に歯を食いしばった。
「あ痛つつつつっ、イタイイタイ、力入れんとってくれ、めっちゃ痛いねんて、アカン、ワシが泣いてまいそうや」
そんなの知らない、このお節介。ワザと力を入れて動かしてやる。
「~~~~~~~~~!!」
ああ、ホントに痛そうだ・・・・・・。でも、それでもワタシを放そうとはしない。何故なの?
「イタいっちゅうねん! くそたれぇ。放すかいっ。~~~~!!!」
ああ、ワタシの負けだ。本当にワタシの負けだ。いいえ、勝ち負けじゃなくワタシはもう止めて良いんだ。命がけで止めてくれる人がいる。それならもう止まらなくっちゃ・・・・・・。感謝しなくちゃいけない、最後にこんなバカな人に逢わせてくれたことを。それは神様だろうか?なら、神様に感謝しよう。あの人を奪ったのが神様だったとしたら、この人にしか感謝なんて出来そうにないのだけれど。
体中の力を抜いた。気持ちは何故か穏やかになっている。その気持ちのまま、感謝と敗北を告げた。
「ねぇ、ありがとうね。こんなのの為に命張ってくれて。ワタシの負けね」
「む? こんなのって言うなっ。それになぁこんなん、勝ち負け関係有るかい」
その言葉を聞いて、彼からカタールを抜いた。血が溢れる。胸と脇腹の間は悪くすれば簡単に命を落とす致命傷となるというのに司祭は優しげに微笑むだけだ。
ああ、この人もバカなんだ、ワタシのあの人と同じように。お人好しで命を落とすわよ? なんてバカな男達。
「気が済んだわ、これでお別れね」
さよなら、と挨拶。もう生きていく自信も気力もない。服仕さんを殺した罪もこれで償おう。ワタシは右手の刃を自分の首に突き刺した。刹那のことだ誰にも止められない。痛みと血とが溢れてくる。
え?
血なんて出ないし痛みすらない。そして、どこから沸いて出たのかアサシンが見事としか言いようのない動きでワタシからカタールを奪った。
「副長。ご苦労さん。さっきの服仕君どうやった?」
「ちゃんと話しといたぞ。納得はしてくれたみたいだ。アンタのリザがなかったらお陀仏やったやろうけどなヴォケマスター」
「そうかそうか。後はこのハンターさんやな」
愉快そうに笑う二人。
司祭が騎士より遅れてきたのはそんな訳があったのだ。誰も殺させない為に。
「こんな状態で放ったらかしとくなや、死んでまうぞヴォケマスター」
あの女を指さし非難を浴びせるアサシン。
「大丈夫や、ちゃんとリザだけは掛けてあるわ。まぁ、お花畑は拝んで貰わなアカンやろうけどな。それも自業自得やろ。ええ薬になったんちゃうか?」
二人はワタシが自殺しようとしたことなどお構いなしと言った感じだ。だから当然、疑問を口にした。
「何故ワタシは死ねなかったの?」
「キリエが残ってた」
さっきの騎士だ。キリエっていつ掛けたのよ?
「第2ラウンド、始めるときにマスターが掛けていただろう? あれはアンタに掛けたモンだった」
呆れた。ホントーにバカだ。気づかなかった方もバカなら掛けた方はその数段上をいくバカだ。キリエが必要だったのは自分だっただろうに。
「なぁ、アンタ。アンタはまだ死んだらアカン。アンタはまだやらなアカンことがある」
司祭の言葉。今のワタシにまだそんなモノが残っていただろうか?
「それは・・・・・・いったいなに?」
思わず聞いてしまった。全て、何もかも無くしてしまった。愛も夢も希望も、あの人がいないから。
「生きることや。最後の最後まで、本当の終わりが来るまでアンタは生きて行かなアカン」
それは無理だ。もうそんな気力なんて無くなってしまった。復讐の意味はなかった。執着するモノは失せてしまった。
「それは無理よ」
「その弱音は聞かへん。生きとるモンは神様から与えられたその命を無駄にしたらアカンねん。それが命の責任や。それが神様がお与えにならはった使命や」
腐れプリのくせに、もっともらしいことを言う。と思う。確かにそうなのかもしれない。でも、生きる気になんてなれない。
「それにな、アンタが死んだりしたら、ワシ、アンタの旦那にめっちゃ怒られなアカン。約束してもうたからな」
え? なに?
「アンタの旦那に泣きつかれたわ。妻に悲しみと憎しみしか残してやれなかったのが悲しくて悔しい。ってな」
声が震える。
「嘘よ」
あの人なら言いかねない言葉だ。それでもこの司祭は卑怯者だと思う。あの人をダシに使うなんて。
「ワシはまっとうな賢者様方や司祭共と違うて必要やったらなんぼでも嘘もホラも吐く。そやけどこれはホンマのことや」
そうやって指さす先はさっきのランプ。そこには白く煙るような何かが居た。それは幽霊かと思ったが違う。
それは騎士。忘れもしない愛おしい姿。ワタシを愛してくれたあの人の姿だった。
「ジャス・・・・・・・ジャスティンなのね?」
涙が溢れた。あの人の死を聞いてからどれだけ泣いたか解らないくらい泣いたのにそれでも涙が止まらなかった。
「旦那さんな、ちゃんと生きて欲しい、俺とのことに縛られないで幸せになってくれって言うとるで。答えたってな?」
(スマナイ・・・・・・ヒトリニ、シテ・・・・・・シサイサマノ、イウトオリ・・・・・・シアワセニナッテ・・・・・・・アイシテル)
聞こえた。ワタシにもハッキリと聞こえた。辛そうな顔で、紡がれた言葉が聞こえたような気がした。伝わるだろうか?こちらからの声が。
「ああ、愛してるわジャス。愛してる。愛してる」
(オネガイ、イキテイッテ、ホシイ)
ワタシのことなんかどうでも良いのに、そんなに辛そうにしないでっ。
「解ってる。大丈夫よ、安心して、ワタシ生きていくわ。ちゃんと生きていくからっ。だからあなたもっ」
司祭から謝罪の言葉。
「すまんなぁ。もうリザは効かへん、幽体からの蘇生はワシには無理や。つうか法王様でも無理やけどな。この秘術にしたかて幽体を少しだけこっち側に引き寄せるくらいしか出来ひんねん」
解っていた。もう、お別れなのだと、だからこそあの人を心配させないよう「生きる」と言ったのだ。悲しいけれどこれは多分本当のことだ。
(シサイ、サマ・・・・・・ツマヲ・・・・・・アトノコトヲ・・・・・・オネ・ガイ・シマス)
「解っとる。心配せんでもええ。ワシは守れへん約束はせえへん」
もう本当にさようならなんだ。
(シアワセニナッテ)
そうしてあの人は消えた。最後の言葉を残して・・・・・・。

「アンタの流した血ぃ、旦那がぬぐってくれよったなぁ」
ああ、確かにぬぐってくれた。それは完全にでは無いけれど、憎悪も絶望もあの人がぬぐい去ってくれたように思う。まだ、悲しみは満ちていて心には大きな穴が開いているけれど、生きる。どうやれば生きていけるのか、前に進めるのかは解らないけれど、約束してしまった。ちゃんと生きていくから、と。
「まだ、アンタの心は傷残っとるやろうけど、これから直していけばええわ。力は貸したる」
この司祭はこんなことを言うけどワタシはどうやって心を癒やしていけばいいだろう。どうやって生きていけばいいのか? いつか、いつか笑える時が来るのだろうか。生きてきて良かったと、幸せを感じられる日が来るのだろうか。あの人が居なくても。
「力を貸すって? ヒールでも掛けてくれるの?」
「そうしたいのはやまやまやけどヒールは得意やないな。それに、心の傷にヒールは効かへんからな。アンタが自分で直さな」
お人好しの司祭が言い終わると、騒ぎのせいか人の気配が多くなってきた。
「さて、警邏の兵隊さんが来る前にトンズラこくか。副長、エン、モロクに撤収や」
「了解」「アイ・サー」
「シズクに連絡しといてくれ。これから帰るってな。ワシは・・・・・・」
「?」
「モロクのポタどっかいってもたから探す」
アサシンはコケ掛けていた。そして体勢を立て直すと抗議の声を上げた。
「またかいっ」
「いや、ちゃうねんちゃうねん。ここに入れといたはずやねん。あぁ、あったあった」
「早よせいや、ヴォケマスター」
「帰ろか。ワープポータル!」
そうして彼らは私の手を取って。青い光の柱へと入っていった。

―――エピローグ―――

そうしてワタシは今もまだ生きている。ここ、モロクで。
あの後、彼らの、正確には司祭の家で食事をした。そこには既に質素な作りのテーブルに温かい食事が用意されていた。
「とにかく食べようや。腹減っとったら、ロクな事考えへんからな」
「まったくだ。遅めの晩餐としよう。シズク、また腕を上げたみたいだな」
「ふっふふふ、あたりまえだじぇ、人は常に進歩するモンらしいよ? ってか団長。なんでお腹から血、吹き出させてるん?」
「ををっ!? 直すの忘れとった! ヒール! ヒール! ヒール!」
たわいない会話が少し疳に障ったが、喧嘩を売る気にもならなかった。
そうして食事を終えた後、司祭から提案がなされた。それは少し突飛もない提案だったが、他のメンバーは少し驚いたように目を上げ、何事もなかったように食事の片付けなどに手を戻しただけだった。
「なぁ、アンタ、ここでワシの飯の世話とかしてくれへんか?」
「は? ワタシ? なんで?」
「いや、ワシの作る飯はおいしくない、つかマズいねん。今はたま~にシズクが、飯作ってくれたりしてくれてんのやけどな、流石に人妻にいつまでもそんな事させられへんからなぁ」
そりゃあ、そうだろう。いくらフランクだからってそれはダメだろう。
「飯だけでええねん。洗濯とかは、まぁ、やってもらえたら助かるけど、飯だけでもかめへんし」
「なんだってまたワタシなの?」
「いや、別に胸がワシ好みとか、美人やからとか、そう言う理由や有らへんで? アンタにして貰いたいねん」
「アカンかなぁ? どやろ? アカンかなぁ?」
「そんなの、断るに決まってるでしょう!?」
非常識だ。それは間違いない。ワタシがいくら未亡人になったからってそれはダメだ。
「アカンかぁ。ほな、しゃ~ないなぁ。命令や、ここでワシの飯作れ」
「はぁ?」
「拒否権は認めへん。プロでのほとぼりが冷めるまでここで生活して、ついでにワシの飯作れ」
確かに、あんなことの後だとプロには居づらい。だからといって住み込みで食事の世話をしろって言うのか。そもそも命令と言われてもそれに従わなきゃいけないのだろうか、アタシが。
「マスターの命令には逆らわない方が良い。この命令はアンタの為になる」
騎士がこう言った時点でワタシは二の句を告げる機会をなくしてしまっていた。

こうして、何ヶ月か経ち、団長さん以外のメンバーに食事を作ることも多くなった。洗濯もするようになったし掃除だって結局ワタシがしている。おかげで悲しみに暮れるヒマもないくらいだ。
ただ、ここでの暮らしはワタシには必要なモノなのかもしれない。なんて事を思い始めている。
ワタシは今もまだ生きている。ここ、モロクで。流した血を拭いながら。


登場するプリと騎士の髪型はWIZデフォ(ドット)でした。池栖さんのツボにはハマらないようです(何
もっともココマデ腐れてますと、髪型以前のような気もするのですが。
2004.6.20 16:36:31 フェイ・ロン