「すごーい!すごいすごい、あれなぁに?」
※捏造エピローグ 強制大団円 四不象とのぞみメイン
ワープゾーンを抜けて、蓬莱島へ。
緑あふれる大地を渡る爽やかな風は、魂魄体のこの身にも心地いい。
「普賢真人ー!」
背後から声が追いかけてくる。
普賢がふりむくと、青い空の中にふたつの影があった。
ひとつはなつかしい霊獣のもの、もうひとつはその背に乗るおんなのこのもの。
ひとりと一匹は猛スピードで普賢に近づくと、キキッと音を立てて止まった。
「おひさしぶりっス、普賢真人!」
『ひさしぶりだね、四不象。
その子が、このあいだ言ってた仙道志望の子?』
「はい!今日入山させたっス。めでたい日っスからね。
ほら、この方が崑崙12仙の筆頭さんっスよ、挨拶して」
みどりの髪のちいさなこどもは、普賢を見て目を丸くしている。
幽霊のように透けて見えるのが不思議なのだろう。
大きく見開かれたその瞳も、草原と同じみどりいろだ。
『はじめまして、僕は普賢真人。崑崙12仙のひとりです。
ここでの暮らしについて、わからないことがあったら何でも聞いてね』
普賢はやわらかく微笑んで、おんなのこに手をさしのべた。
こどもはおずおずと手を伸ばしてくる。
その期待と不安に揺れたひとみが、幼いころの木咤にかさなって、普賢の笑みは深くなる。
ちいさな手を、普賢は両手で包み込んだ。
触れ合うことは出来ないけれど、ぬくもりを伝えることは出来る。
『四不象、この子の仙道名は?』
「まだ決まってないっス。
楊ゼンさんも考えて中って言ってたっスからね」
『そう。どうせなら、あの人につけてもらうほうがいいんじゃないかな。
これから長い永い時を一緒に過ごす名前なのだから』
「そうっスね。それはいい考えっス!」
本人をおいてけぼりにして、霊獣と仙人はほがらかに話を進めていく。
『そうそう、スープーシャン。楊ゼンならもう祭りの会場にいるはずだよ。
直接向かうといいんじゃないかな』
「ありがとうっス。それじゃまたあとで」
普賢は彼らに手を振って、来たときと同じように風に乗って飛んでいく。
その姿を見送ると、こどもは四不象のたてがみをひっぱった。
「スープーしゃん、きょうはおまつりなの?」
四不象は大きくうなづいた。
「そうっス。会場にまっすぐ向かうっスよ。しっかりつかまってるっス」
言うなり霊獣は雲を蹴り、すごい勢いで飛び始めた。
風が、雲が、空が景色が線のように飛んでいく。
あまりの早さにこどもは目をまわし、たてがみにしがみついた。「ほらほら、ついたっスよ」
四不象の声におそるおそる目を開けたおんなのこは、思わず歓声を上げた。
そこかしこに人影の見える花樹の園。
その中央で、天を突くような巨木が、はりめぐらせた枝いっぱいに大輪の花を咲かせていた。
黒々とした木肌と対照的な、すきとおるようになめらかな白い花弁。
その香りはあまくやさしく、心がうきたつようだ。
「すごーい!すごいすごい、あれなぁに?」
「にひひ、すごいっしょ。あれは優曇華っていうっス。
三千年に1度しか花を咲かせない、のんびり屋の霊樹っス」
こどもは目を輝かせてふたたび巨木を見上げた。
見上げているうちにひっくり返ってしまいそうなほど大きな木だった。
上辺にはかすみがかかっていて、その全貌を捉えることは出来ない。
「この花が咲いたら、仙界・神界総出のお祭りがはじまるっス」
「おはなみするの?」
「まあそれもあるっスけど、いちばんの理由は」
四不象は目元をゆるませた。
「この樹みたいに、のんびり屋なあの人が帰ってくるからっス」人の輪が集まる広場に、四不象は舞い降りた。
漆を塗られた円台には酒や珍味が山のように盛られ、既に出来上がっているものもいる。
「楊ゼンさーん!」
「やあスープー、それに……よかった、来てくれたんだね」
青い髪の美丈夫がふたりに走り寄った。
彼、楊ゼンはおんなのこの手を取って四不象の背からおろす。
その姿を椅子に深く腰掛けた老人がほほえましそうにながめている。
「楊ゼン、その子がそうか」
「はい、千年ぶりの新人です。
勧誘はしたものの来てくれるかどうか不安だったんですが、いやよかった」
楊ゼンはこどもを抱き上げて老人のそばへ連れて行った。
ぺこりとおじぎをしたみどりの髪と瞳のこどもを、老人は興味深そうに見つめる。
「楊ゼンが目をかけたというだけあって筋のよい子だ。
精進すればすぐに宝貝を手にできるようになるであろう。
名はなんという?」
「……」
「あ、いや、じつはまだ決めてないんです」
楊ゼンが頭をかいた。
「わたしのおなまえ、まだ決まってなかったの?」
「ごめん。正直来てくれるとは思わなかったから、考えるのを後回しにしてたんだ」
「ひどーい」
「ごめんごめん。名前考えるの苦手でさ」
ぷっと頬を膨らませたこどもに、楊ゼンは苦笑しつつ謝る。
「そうっス。楊ゼンさん。
普賢真人が、この子の仙道名はあの人につけてもらったらどうかって言ってたっス」
それを聞いた楊ゼンはいいねと瞳を輝かせた。
元始天尊が破顔し、骨ばった手でこどもの頭をなでる。
「童女よ。わしが神界の査問役の元始天尊じゃ。
なにかあったら言うてくるがよい」
「はーい」
おんなのこの返事にうむうむとうなづき、元始天尊は卓上の桃を手に取った。
「今宵は祭り、つらい修行はあとまわしにして存分に楽しんでおいで」
こどもに手渡された桃は、あの巨木の花のような爽やかな香りがした。「スープーしゃん、みんなが言ってるあの人ってだぁれ?」
桃をかじりながら見あげてくるこどもに、四不象は笑ってみせる。
「偉大な仙道っス。いまの仙界も神界も人間界も、あの人あってのものっスよ」
「どんな人なの?」
何気ない問いに時間が止まった。
四不象も楊ゼンも元始天尊も固まっている。
「……せ、仙道って感じしないっス」
「性悪」
「とんでもない怠け者、かのう」
深いため息とともに吐き出された答えは、どれもこれもろくなものではなかった。
『やあ』
聞き覚えのある声がしたと思ったら、普賢真人が立っていた。
となりには金髪の青年がいる。
「あ、普賢真人、木咤。ようこそっス」
『ふふ。どうしたの、空気が重いよ。せっかくの祭りなのに』
普賢の問いにふたりと1匹が目をそらす中、こどもが顔をあげた。
「あのね。わたしね。
みんなが言うあの人ってどんな人なのって聞いたの。
そしたらこうなっちゃったのー」
『あー……』
普賢は困った顔をしてとなりの木咤と顔を見合わせた。
「スープーしゃんが言うには、すんごい人らしいんだけど」
『うん、すごい人ではあるけど……ちょーっとわがまま、かな。
あ、頭はいいよ。頭は』
「師匠、あれは悪知恵がはたらくって言うんす」
『ハハハハハハ、なんの話しかね!?』
ドカジャーンと派手な音がして紙ふぶきが舞い散り、七色のレーザーをバックにスパンコールきらめく衣装の金髪の男が3人の乙女らしき物体を従えて現れた。
『騒乱あるところに趙公明あり!
つれないじゃないか、この僕をさしおいて楽しそうな話をしているだなんて』
「う、えと、この人は山百合の妖怪仙人さんっス。
……あんまり仲良くしちゃいけないっス」
『ハーハハハハハ!!』
おんなのこは趙公明に近づき、あいさつをするとさきほどの問いをくりかえした。
『ふむん、彼かね。
僕のトレビア~ンな思想はわからないと言っていたよ。
頭のいい人物と聞いていたが、ハン、期待はずれだったね』
「お兄様、言い過ぎですわ!
たしかに少々女心にうといですけれども!」
「マドンナ、あんたもしつこいわね。
いいかげんふられてるってこと認めなさいよ」
「バフー」
「なんの話だ?」
酒や肴を手に、わらわらと人が集まってくる。
こどもは何度もあいさつをしては同じ問いを繰り返した。
「あいつ?男と男の真剣勝負にセコイ手を使って、勝ちをもぎ取っていきやがった。卑怯なヤツだ!」
「俺の体に勝手に宝貝を埋め込んでだな……」
「まぬけ。すごいまぬけ。ついでに言うとボンクラ」
「人の弱点を見つけたら全力でついてくるの、嫌なやつよねー。
あ、でも五光石あてるとおもしろい!」
「仙道らしからぬ大食いだな。
特に桃とアンマンはあったらあるだけ食うぜ。てか俺の分食われた」
「私の殷はヤツによって滅ぼされたのだ」
出るわ出るわ。
仙道たちの口からは次から次へと彼の悪行があふれだしてくる。
だが罵りながらも、その表情は何故か明るい。
「あー!思い出したら腹立ってきた!」
「まったくだ、一発殴らなきゃおさまりがつきそうにねえ!」
酒瓶を高く掲げて、血の気の多そうな仙道たちが吼えた。
「だから、早く帰って来いよ!」
こどもはきょとんとし、普賢が、楊ゼンが、四不象が笑う。日が傾いていた。
夕闇が空を覆い、藍と茜が溶け合い、混じりあう。
宴たけなわ。
花樹の園ではそこかしこで酒が振舞われ、歌が流れ、舞が舞われ、手拍子が鳴り響いている。
うとうとしているこどもを、四不象がそっと揺り起こす。
「そろそろっスよ」
「う?」
眠い目をこすってこどもが体を起こすと、花樹の園はしずまりかえっていた。
だれもが期待に満ちた目で、優曇華の巨木の天を見つめている。
夕闇がゆがみ、針で突いたようなワープゾーンが現れた。
『おかえり』
誰ともなくつぶやいた言葉が、さざなみにように広がっていく。
『おかえり』
『おかえり』
『おかえり』
遠くで誰かが、細い声で謳っている。
今日はいかなる吉日にて、
日頃逢いたい見たいと、
神仏をせがんだ甲斐あって、
今逢うは優曇華の、花待ち得たる今日の対面。
ゆっくりとワープゾーンが広がっていく。
こどももまた、胸をわくわくさせながら、その人を待つ。
肩のうしろで、四不象がつぶやく。
「おかえりなさいっス、ご主人」満開の花の上には、一番星。