「『俺』が、本当に『王天君』なら、なんであんたを抱くんだい?」
※暗い、18禁。わるいふっきー、略してわるっき。
↓
コツン、コツン。
足音が近づいてくる。
甘い煙の充満した室内、ベッドの中で普賢は身を硬くする。
ともすれば忘我におちいりそうな意識をたたき起こして暗闇をにらむ。
コツン、コツン。
足音が近づいてくる。
重い音を立ててカギがあけられ、扉が開く。
鵬のような黒いマントの立ち姿が現れた。
逆光のせいで顔はよく見えないが、いつものように薄ら笑いを浮かべているのだろう。
「望ちゃんを返して」
何度めかもわからないセリフを普賢が吐く。
もういねえよ、と影は嘯いた。「つらいか?」
指先でゆっくりと普賢の体をなぞりながら、伏義がつぶやく。
声には笑いがにじんでいた。
普賢は顔を背ける。
「つらいんだろ?いいんだぜ、無理しなくて」
頬をなでる伏義の手を、普賢は邪険に払いのけた。
じゃりん、鎖が鳴る。
普賢の手足には枷がはめられ、細い鎖でベッドにつながれていた。
「まだそんな元気があるのか、さすがは崑崙12仙サマだな!」
高笑いしながら、伏義は普賢をねじふせ、のしかかった。
空間を操る彼によって編まれたこの部屋は、それ自体が巨大な宝貝だった。
普賢の法力を減退させ、知力も体力も蝕んでいく。
くわえて部屋の中では、そこかしこで香が炊かれていた。
情欲を誘い、理性を萎えさせて人を獣に戻す、そんな香が。
いまの普賢を思うがままにすることは、赤子の手をひねるよりもたやすい。
「……望ちゃんを返して」
そう、それでも普賢は踏みとどまっていた。
いまにも陥落しそうな風情でありながら、なお瞳には強い光があった。
伏義はくつくつと笑う。
「あんたホント物分りが悪ぃな。
『太公望』はもういねぇって何度も言ってるだろ。
やっこさん、封神計画を終えてすっかり御満悦さ。
安心して眠りこんでらぁ」
「眠ってるなら起きるはずだ。
女禍との戦いでは、たしかに君は望ちゃんだった。
なかにいるんでしょう? 望ちゃんを返して」
「やれやれ」
見せ付けるように伏義は肩をすくめる。
「だからな、もうその『太公望』とか『王天君』とか、そういう区別は意味をなさねぇんだよ。
融合したてのあの頃はともかく、今の俺は完璧に『伏義』だからな。
俺の魂魄を何度分割したって俺ができるだけさぁ」
「そんなことない、信じてる」
「強情だねぇ」
伏義は普賢の首筋をぞるんとなめあげた。
普賢の唇から殺しきれなかった声がもれる。
「ムツカシイこと考えてねぇでたのしくやろうぜ。 いつもみたいによぉ」
逃げようと普賢がもがく。
もがくというにはあまりにも力ない動きは、かえって伏義の熱をあおるだけだった。
慣れた手つきで、普賢の肌を侵していく。
「く……う……望ちゃん……ぼうちゃん……」
きつくとじられた普賢の瞳に涙がにじむ。
それすらも伏義にとっては娯楽だった。
涙と一緒に汗をなめとり、伏義は耳元でささやく。
「なあ、もうあきらめちまえよ。楽になれるぜぇ?」
「……いやだ」
返事は完結で明瞭だった。
深い菫色の瞳が見開かれ、侮蔑をこめて伏義をにらむ。
ホントそそるよなおまえ。
伏義はのどで笑うとうなじに口付けた。
「あんたの体はすっかりあきらめちまってるみたいだけどな。
毎晩俺を受け入れてさ。今だってほしくてたまらないんだろ、すなおになれよ」
「おまえなんかにひれ伏したりしない」
「おまえなんか、だって。ひでぇなぁ」
急に伏義が体を起こした。
息苦しさから開放された普賢は警戒を強める。
「あんたさ、こうは考えないわけ?『俺』は『太公望』だって」
「戯言を……ぐっ!」
「人の話は最後まで聞く、コレ人間関係の基本ね」
片手で普賢の細首をギリギリと締め上げながら、伏義はおおげさな身振りでため息をつく。
「『俺』は、『太公望』と『王天君』の融合体。これはオッケー?」
「……だ……から……どうし……」
「最後まで聞けよ、握りつぶすぞ」
唇を舌で湿して、伏義はしゃべり始めた。
「そして、『王天君』は『太公望』とイコールだ。
ちょいと立場と考え方が違っただけで、その本質は変わらない。
つまりだな。 お?」
普賢が窒息しかけてることに気づくと、伏義はその首から手を離した。
空気を求めて咳き込む普賢をニヤニヤ笑って見つめながら言葉を続ける。
「『太公望』=『王天君』が成立するなら、『太公望』=『俺』も成立する。
何をどうさっぴいても『俺』の思考や行動の根幹は『太公望』によるものだ。
そして実際にそうだ。俺はヤツの記憶を持っているし、ヤツの想いも知っている。
ヤツの願望も、もちろんよくわかってる。つまり」
伏義は普賢を見下ろした。
「あんたのいまの状況は、やっこさんの夢そのものさ」
普賢の瞳が憤怒に燃え上がった。
「ふざけるな、望ちゃんがこんな……!」
「おやおや、原因がなに言ってるんだか」
伏義の表情から笑いが消えた。
氷点下の視線が普賢をねめつける。
「知らなかったのか?
あんたほんとに知らなかったのか?
ヤツはいつだっておまえを欲しがってた。
体をつないでおまえを独占したいと願ってやまなかったんだぜ」
普賢の瞳が、急速にかげっていく。
思い当たる節があるのだろう。
そりゃあるだろうなと伏義は冷めた頭で思った。
「僕は、僕らは……親友だ……」
押し出された言葉には力がなかった。
「そうさ、あんたらは親友だった。
やっこさんはそれでいいと思いつめてた。
ただそばにいて、あんたの笑顔が見れたらそれで充分だと。
泣かせるねぇ。いや我ながら一途だわ」
「……」
普賢は唇をかんでいる。
「ところがその大事な大事な親友さんは、元始のジジイの差し金だった」
「!」
普賢が一気に青ざめた。
伏義は声を立てて笑う。
だが、これっぽっちも愉快そうではなかった。
「あんた封神計画がどういうもんか、ジジイからあるていど吹き込まれてたんだろ?
そしてその計画には太公望が必要不可欠だってことも」
「……」
「ジジイはなにがなんでも計画を成功させるための手ごまを必要としていた。
それが太公望だ。
やっこさんは大事なコマだ。
下手に自由にさせて妙なことを考えるようになっちゃいけねぇ。
だからジジイはヤツを崑崙山にしばりつける枷を用意した。
それがあんただ」
普賢の顔には血の気がない。
視線をあわせようとすると、あわててそらした。
「あんたの役目はヤツを篭絡すること。
計画から外れそうになったら軌道修正すること。
そして自らが12仙に囚われることで、ヤツの心の刃が崑崙に向かわないように仕向けること」
「……」
「望ちゃんが心配だよとか抜かした口で、ジジイに様子を報告してたみてぇじゃねぇか。
他の12仙といっしょに、封神フィールドの設計にも携わったんだろう?
んなややこしいもん、ジジイだけで作れるわけねえしな。
あの太乙とかいう仙人は自責の念を感じて独自に太公望に協力してたみてぇだけど、あんたは崑崙に引きこもったきりだったな」
「……いつから、知っていたの」
「太公望の名を授かった頃かな」
普賢が12仙に昇格した時期だ。
伏義が鼻で笑う。
「うすうす勘付いてたのさ、ヤツは。
ジジイの企みにもあんたの笑顔の薄っぺらさにも。
それがあの異様な昇格で決定的になっただけだ」
「……」
「ヤツと寝なかった理由はひとつだろ?
そのとっぽいふりも、狙ってる無防備さも、やらしい装束も、すべては太公望を篭絡するための手段。
そして体を許せば、もう誘惑するすべがなくなってしまう」
伏義は普賢から視線をはずし、そっとため息をついた。
「だけどまあ、気づいたところであとの祭り。
その頃にはめでたく太公望はあんたの虜になっちまってた。
わかってて、それでもあんたの笑顔を守ると決めたんだ」
普賢はうつむいている。
両手は骨が浮くほど強くシーツをにぎりしめている。
「そんな悲壮な決意を抱いた相手に、目の前で自爆されちゃ立つ瀬がねぇよなぁ」
普賢の肩がふるえた。
「そうさ、あの時聞仲といっしょに、あんたは太公望の心を吹っ飛ばしたのさ。
王天君は妲己に壊され、太公望はあんたに壊された。
根っこが壊れてたから、別々の道を歩んだ魂魄が簡単に融合できたんだ」
伏義は普賢の肩に腕をまわした。
気味が悪いほどやさしく抱きしめる。
「……やっこさんは思ったよ。こんなことなら、あんたを自分のものにしとくんだった、って」
伏義は普賢のあごを乱暴につかんで上向かせた。
「それがこの空間だ!
絶対安全な場所にあんたを閉じ込めて、なにもかもとりあげて無力さを叩き込んで、自分だけのものにする。
あんたがヤツを篭絡したように、今度は『俺』があんたを篭絡してやる、とな!」
もう普賢は言葉もでない。
蒼白な顔で見開いた両目で呆然と空を見ている。
「と、まあ、これが『太公望』の言い分だ」
急に伏義が普賢から手を離す。
支えを失った体がシーツの上に倒れこんだ。
おびえきった瞳が伏義を見上げる。
「ここまで言っても、まだわかってないかもしれない子リスちゃんに、もう一個絶望をプレゼントしよう」
伏義は剣呑に微笑んで普賢の頬をなでる。
そして睦言のようにささやいた。
「『俺』が、本当に『王天君』なら、なんであんたを抱くんだい?」
今度こそ、普賢は悲鳴を上げた。
恐慌に駆られて、どこにそんな力が残っていたのか伏義自身も驚くほど、強くもがいて腕の中から逃げ出そうとする。
ゲラゲラ笑いながらその髪をつかんで、伏義は普賢をベッドの奥に引き戻す。
「ごめんなさい!ごめんなさい、許して!」
「許してるさ、ちゃーんと許してるさ。
なんたって『俺』はあんたにくびったけな『望ちゃん』だからな!」
「いやああああああ!」
黒いマントの下に、白い裸体が引きずり込まれる。
誰も入り込めない夜の窓辺に、いつまでも悲鳴が響いていた。『今日の出来はどうよ、わりとがんばったぜ?』
『……』
闇に染まった部屋の中で、2人の人物が向かい合っている。
右に立つのは黒服で身を固めた男。
全身に銀製の装飾をつけてジャラジャラさせている。
ソファに体を預けているのは黒髪の男。
闇に溶け込んでよくは見えないが、いまだ幼さを残した顔立ちのようだ。
中央には長いマント。鵬のような。
『てぬるい』
ソファに座る男が抑揚なく言った。
『あれでは足りん。ちと揺らいだに過ぎぬ』
『まだまだってか、いやはや』
『叩き壊せといったはずだぞ。完膚なきまでに破壊し尽くせ、と』
『容赦ねぇなぁ』
『当然だ』
男は唇を歪ませた。
『わしはもう何も我慢せぬことにしたのだ』
黒服の男は肩を揺らして笑う。
『さすが本体サマだな。3つに割られた俺なんか足元にも及ばねぇ』
戯言を無視し、男は立ち上がった。
中央のマントを手に取る。
『次はわしが出る』
御随意に、そうつぶやいて黒服の男は闇に溶けた。
>>やまない雨