「邪魔しゃったら蹴殺すぞ」
※暗い、18禁。>>やまない雨のそのまた続き。
↓
どうしよう、どうしたらいい?ベッドの中で普賢は熱っぽい息を吐く。
伏義はもう去ったというのに、情欲におさまりがつかず、つらい。
最近はずっとこんな調子で、寝ても覚めても体の芯がじりじりと燃えつづけている。たすけて望ちゃん、たすけて。
ここに来てよ、いつも触れててよ。溺れたいよ。
僕を楽にできるのは君だけなのに、どうしてそばにいてくれないの?
これも罰なのかな。
わかんないよ、おねがい望ちゃんたすけて。「望ちゃん……!」
せっぱつまった呼び声が普賢の口からもれる。
その唇はしっとりと濡れて接吻をほしがっている。
彼のいないこの部屋ではどんなに求めても望みはかなえられない。
普賢の両手が下肢に伸ばされる。
何度もまどい、悩みながらもゆるゆると下におりていく。
「……ぁ……」
ついに指先がそこにたどりついて、普賢はのけぞった。
そこはすでに事後のように濡れていた。
「ぼ……ちゃん……たすけ……」
涙目で気配を探しても、どこにも彼は見当たらない。
指だけが別の生き物のように動いて自身を追い立てていく。
彼の人がくれるような悦楽も高揚もない。
ただ熟した肉を開放するためだけの愛撫。
「……ん……くぅ……」
普賢の指先がそこをつまみあげた。
いつも彼がしてくれているように。
「……あ、あああ!」
何かがはじけた感覚がして快楽が襲ってきた。
肉を食み血を狂わせて怒涛のように普賢の神経を冒す。
「ふ……ふぇ……望ちゃん、望ちゃん……」
両の手は自分の愛液でぬめっていた。
つらいのか悲しいのか情けないのかむなしいのか、それすらもわからない。
涙が勝手にこぼれていく。どうしよう、どうしたらいいんだろう。
僕が僕でなくなっていく。打ち捨てられた人形のようにベッドでぐったりしていると、かすかに足音が聞こえた。
彼の来訪を告げる足音だった。
うずく体を押して普賢は起き上がった。
なにもない白壁に扉が開き、彼が姿を見せる。
「望ちゃん……!」
普賢はその腕に飛び込んだ。
「どうした普賢?」
おだやかな声が聞こえ、やさしく抱擁される。
胸をこみ上げるものが愛しい人に会えた喜びなのか、それともおさまらない欲望なのか、普賢にはもはや区別がつかなかったが、いまこの腕を失ったら死んでしまう、それは確かだった。
普賢は伏義を見上げる。
涙で汚れた視界でも伏義の姿だけはよく見える。
「望ちゃん、抱いて」普賢の体は足りるということ知らないようだった。
何度達しても際限なく肌をすり寄せてくる。
伏義はそのすべてに応じた。
白い体を愛撫し、欲するままに果てさせた。
腕の中の普賢は、唇が離れる一寸の間すらも惜しいかのように伏義の肌をねだってくる。
肉欲とはまた違ったなにかが普賢を突き動かしている気がした。
幾度目か知れない和合のさなか、ふと普賢が彼を呼んだ。
「……?」
伏義は動きを止めた。
果てのない情事のさなかにあって、その声は奇妙に透明だった。
「望ちゃん」
また普賢が彼を呼ぶ。
普賢は今にも泣き出しそうな、笑い出しそうな、ふしぎな表情で伏義を見つめた。
「僕もうダメだよ」
意味を図りかねて伏義が首をかしげると、普賢はふしぎな表情のまま歌うように言った。
「僕はいよいよ壊れちゃったみたいだ。
だってこんなにうれしいんだもの。
僕は望ちゃんに罰を受けてるはずなのに、うれしいんだよ。
望ちゃんがこうしてそばにいて抱っこしてくれてることがうれしくてたまらないんだ。
もう望ちゃんが僕のことをどう思ってても気にならない。
こうして抱っこしてくれてたらそれでいいって。
うれしいんだ。
うれしい。
望ちゃん、ごめんね。
もう罰になってないよ。
僕を僕たらしめていたクサビがどんどん溶けてくずれてゆるくなっていってる。
もうすぐ僕は僕でなくなるよ。
望ちゃんに抱かれることしか考えない肉虫になるよ。
僕がそうなりたいと願っているから、きっとそうなってしまうよ。
ごめんね、望ちゃん。
僕はもうダメだよ。
僕はもうダメになりたい。
いますぐに最後のクサビも抜き捨てて、君が僕を置いて去ってしまっても、気づかずにいつまでも待ってる愚鈍な犬になりたい」
伏義はすこしだけ驚いたように目を見開いて、それからまばたきをして普賢の頬をなでた。
「それで、わしはどうすればいい。
最後のクサビを、わしにはずしてほしいのであろう?」
普賢がうなづく。泣きそうな顔で微笑みながら。
「僕だけだって、言って」
大事な秘密を打ち明けるように、普賢は声をひそめた。
「望ちゃんには僕だけだって、言って」
「……嘘かもしれんぞ」
「嘘でいいよ、嘘でいい。言って。君が言ってくれることが大事なんだ」
伏義は普賢を抱きしめた。
その髪に口付け、耳に舌を這わせ、耳たぶを甘噛みする。
「…………」
普賢にだけ聞こえるように、伏義はそっとささやいた。
すみれ色の両目がとじられ、涙がこぼれ落ちた。
その体から力が抜けて、吐息がゆるやかになっていく。
「壊れてしまえ……ここで見ていてやるから」
甘く甘くつぶやいて、伏義は普賢の額に口付けて動き始めた。
仙人界の教主、楊ゼンは扉を開いたとたん眉根にしわを寄せた。
応接室のソファには、自分が呼び出した黒いマントの客人だ。
彼を見とめてかるく手をあげる。
「遅かったのう、調整が難航しておるのか?」
「ええまあ。師叔、それはなんですか?」
「普賢だ」
伏義のとなりには、彼にもたれかかるもうひとりの人物がいた。
童女のような笑みを浮かべ、卓上の花瓶から失敬したとおぼしき花をいじっている。
「こういうことになったでのう、用事がてら報告しにきた」
「……見せびらかしに来たのかと思いましたよ」
「そうとも言うな。こら普賢、それは菓子ではない。食うならこっちだ」
伏義は元普賢真人らしき人物の口元から花を取り上げ、かわりに月餅を渡す。
袋のままかじりつこうとした手を止めて、伏義は中身を取り出し、食べやすい大きさにちぎってもたせてやった。
「甲斐甲斐しいことで」
ため息交じりに皮肉を言うと、楊ゼンはデスクの上の通信宝貝に手を伸ばした。
「もしもし。ああ木咤くん、いまどこにいる?
そう、もう玉虚宮の前かい。
悪いんだけどさ。いまからすぐ雲中子のところにいってくれないか。
神界の維持に関するデータのね、報告書があるはずだからそれをとってきてくれる?
いや、こっちはいいよ。
すぐ行ってくれないか。急な用事なんだ」
一度通信を切ってすぐに楊ゼンは新しい人物に回線をつなげた。
「もしもし、雲中子?
いまから木咤くんがそっちにいくから、しばらく足止めしててくれないか。
彼には神界の維持に関する報告書をとりにいくよう言ってある。
うん、長引けば長引くほどいいよ。午後いっぱいはお願いしたいな。
あ、いや、再起不能にはしちゃダメだよ。
それじゃよろしく」
宝貝を置くと、チンと音を立てて回線は切れた。
楊ゼンはニヤニヤ笑う客人を見やる。
「そちらもよく気のつくことだのう」
「師匠のそんな姿を弟子に見せるわけにはいかないでしょう」
「見せてやればいい、おぬしの師匠はこの程度の人物だったのだと」
「木咤くんによけいなトラウマを植え付けてどうするんです」
おおげさにため息をついて、楊ゼンは向かいのソファに座った。
「太極符印の調子はどうだ。前回の様子だとLP-7002あたりに不具合が出てると思うのだが」
「……おかげさまで順調ですよ。いまおっしゃったところの調整を済ませてきたところです」
「ほう、わしの手を借りずに。
ではいよいよ完成してきたということか。
わしが呼び出される必要もそろそろなくなりそうだのう」
「あなたが普賢様をさらっていったときはどうしようかと思いましたけどね」
楊ゼンは眉間を押さえる。
あの日、なんの前触れもなく普賢の姿が神界から消えた。
証拠一つ残さないやり口は、逆に誰が犯人かを如実に明かし、すぐに伏義が呼び出された。
神としてあるいは菩薩として、人間たちからあつい信仰を集める普賢の消失は、神界にとって大きな痛手になる。
楊ゼンは懇々と説教したが、伏義はしらを切り続けた。
『ようは願いをかなえる装置が必要なのであろう?』
彼は面倒くさそうに嘯くと緻密で複雑な陣を敷き、あとに残された太極符印をその中央に据えた。
かくして信仰の網から人々の願いをすくい上げ、全自動で恵みを与える機械仕掛けの神が出来上がった。
とりあえずの解決によって神界は安定を取り戻したが、あいかわらず伏義は知らぬ存ぜぬを突き通し、普賢の行方はようとして知れなかった。
その伏義がしれっとした顔で、普賢を伴い現れたのだ。
そのうえ、なにがあったのか知りたくもないが、普賢は完璧に神として用をなさなくなっている。
楊ゼンは頭痛を感じていた。
「普賢様を神界に戻す気は……さらさらないですよね」
「うむ、ない」
「……」
「特に問題は無かろう。恩寵システムはもうできあがっておる。
普賢がいようといまいと神界の動向に支障はきたさぬ。
いまは後進の育成のほうに力を注ぐべきだ」
「そりゃまあ、そうですがね……」
おまえが言うなと心の中で毒づいた。
口に出すのは怖くてできない。
月餅を食べきった普賢が、伏義の肩に頭をあずける。
甘えた声でもうひとつとねだっている。
往時の気品も気高さも失った無残な姿に楊ゼンは頭を抱えたくなる。
なるほど、太極符印が安定するわけだ。
あのシステムの動力は、まちがいなく普賢の力だ。
まだ動作が不安定だった頃、陣を調査していると、どこからか法力が送り込まれていることがわかった。
その時はてっきり伏義のものだと思っていたのだが、あれは普賢の力だったのだ。
搾り取られたすべての法力を得ることで、太極符印は慈悲と恩寵の化身として完成した。
今、楊ゼンの目の前にいるのは神の抜け殻。
「ひとつ聞かせてください、太公ぼ……」
伏義が楊ゼンをにらむ。
「何度も言わせるな、わしをそう呼んでいいのはもはや普賢だけだ」
「失礼、伏義」
肩をそびやかせて、楊ゼンは聞いた。
「こんなことが、本当にあなたたちの願いだったのですか?」
伏義は口元を笑いの形にゆがめた。
芝居がかった仕草で普賢を抱き寄せる。
抱き寄せられたほうは喜んで笑い声をたてた。
「まともなやり口だとは思っておらんよ、だがな」
うれしげに胸元に顔を寄せる普賢の頭をなで、楊ゼンを見返す。
「わしらは、ようやっと安心できたのだ」
伏義の言葉は静かだったが、有無を言わせぬ迫力があった。
背筋に冷たいものを感じた楊ゼンは、せめて一矢報おうと古い詩の一節を口ずさむ。
「恋路の闇に迷うた我が身、道も法も聞く耳持たぬ、ですか」
「おう、それだそれだ。さすが楊ゼン、学があるのう」
伏義はからからと笑い、続きを謳った。
「邪魔しゃったら蹴殺すぞ」