あの日から普賢の首には、白いリボンが巻かれたままだ。
※18禁。ふーたんが敬語でバスタオル。おんなのこ注意。
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花冠の人は目印として、素肌にリボンを巻く。赤いリボンは「お相手します」
青いリボンは「禁欲中、手出し無用」
白いリボンは「先約有り」あの日から普賢の首には、白いリボンが巻かれたままだ。
夕暮れの中、太公望は崑崙山を降りていた。
近づく冬を感じせる冷気の中、空を焦がすように壮麗な夕焼けには目もくれず、入り組んだ浮島を次々に飛び降りていく。
ほどなくして草原を抱く島に出た。
枯れ草の中央には、鈴なりに実をつけたクヌギの木があり、その足元にこじんまりした庵がある。
息を整えて、太公望は声をあげた。
「頼もう」
なかから応えがあった。
太公望は扉を開ける。
鍵は、かかっていなかった。「よくいらしてくださいました、太公望様。
楽になさってください。
すぐにそちらに参りますので」
壁の向こうから声がして、湯を使う音がする。
主は風呂のようだった。
太公望は返事をすると卓についた。
見た目は粗末な庵だが、室内は清潔で居心地がいい。
食卓の上にはすでに菜が並べられ、火鉢には炭がおこされていた。
所在無い時間に箸を手に取ったはいいが、太公望は湯船の中の庵主を思って気もそぞろ。
皿の上が半分ほど空いた頃、浴室への扉が開いた。
手を止める太公望の前に、ようやく主が姿を現す。
「お待たせいたしました。
……はしたない格好で申し訳ございません」
太公望の手からぽろりと箸が落ちる。
裸身にバスタオルをまいたままの姿で、普賢が立っていた。
常より早い太公望の来訪にあわてたのだろう、空色の髪からはまだしずくが落ちている。
ほおが朱に染まっているのは、湯からあがったばかりだからとも言えまい。
「あの、奥の部屋に着替えがあるので、その、もうしばらくお待ちいただいてもよろしいですか?」
「う、うむ」
ぎこちなくうなづいた太公望は、箸をひろって食事を続けるふりをする。
味もわからず手当たりしだい口に詰め込んだ。花冠相手に何を照れているのか。
これは修行の一環だ、なにもやましいことはない。
そうだ、特殊な骨を持って生まれたがゆえに、仙界へスカウトされてきた者にとって、まずは仙気をまとうことが重要なのだ。
太公望のように鳴り物入りで入山したのは特例もいいところ。
本来なら自学して修練を積み、仙気を磨いてあるていど自分の方向性をつかまなくてはならない。
認めてもらい選議にかけられ、師をつけてもらってはじめて道士を名乗ることが出来る。
そのために、体を鍛え武勇を磨く、古書に耽溺し知恵を磨く。
俗人から仙人へ成るのは、なかなかに厳しく大変なのだ。
一方で愚直な修行に嫌気がさし、まずは道士になることが先決と、手っ取り早い方法にはしる者もいる。
肌をあわせ仙気を分けてもらうかわりに、いまだ清い身になりきれない道士らの欲を満たす。
彼女らは、花冠の人と呼ばれていた。「あの、太公望様。それは飾りで……」
言われてはっと我に返る。
太公望は笹の葉をかじっていた。
青臭さで舌がしびれそうだ。
皿の上は既にカラ、全身からどっと汗が吹きだす。
「い、いや、これはその、別の味で舌を清めて料理を更に美味しくいただくという高等テクでだな!」
全力で言い訳を試みると、普賢は不思議そうに太公望に寄り添い、別な皿から笹の葉を取った。
一口かじって困ったように眉を寄せる。
「仙人様は霞を、道士様は露を召し上がるのでしたね」
湯あがりの肌の香が、太公望の鼻をくすぐる。
「私も道士になれば、笹の葉をおいしく食べられるようになりますか?」
あどけなく小首をかしげて問う姿に、太公望の中で何かがプチンと切れた。
細い手首をつかんで、勢いよく立ち上がる。
「うむ、その通りだ。だからもっと修行を積もう!」
「あの、お食事は?」
「あとでよい!」
引きずらんばかりの勢いで、太公望は普賢を寝室に連れていく。
整えられたシーツの上に花冠を押し倒し、薄い胸に吸いついた。
「んん……太公望様……」
臓腑を焼く欲望のままに白い肌を撫でまわし、舌先で追い上げていく。
細い体はそのたびにはねた。
「あ……ああ……望さま……ぼうさま……」
せっぱつまってくると、普賢はいつも名を呼んでくれる。
それがたまらなく太公望を煽った。ことの起こりはつい先日。
太公望はその日も修行に打ち込んでいた。
原始天尊に連れられ昇山して、まだ1年弱。
周囲になめられないために、なにより強くなるために、彼はがむしゃらに修行に明け暮れた。
その日も朝から玉虚宮の蔵書を読みあさり、簡単な昼食をかき込むと外に飛びだし、拳法の基礎をさらっていた。
日が落ちる頃、道徳に言われて崑崙山の外殻を走り込んでいた太公望は、泉を見つけて足を止めた。
手ですくって顔を洗う、汗まみれの体に冷たい清水が爽快だ。
「む?」
何者かの気配を感じて身がまえると、泉の奥には生まれたままの姿で水浴びをしている娘が居た。
空色の髪に朝露に濡れたスミレの瞳、淡雪のような白い肌。
頬が困惑と羞恥でほんのりとあからんでいる。
そのあとのことはよく覚えていない。
彼女の姿を見た瞬間、太公望の頭は真っ白になったからだ。
気がつくと草のしとねで娘をかき抱いていた。
名を知ったのはすべてが終わった後だった。きっかけがどうであれ、普賢は己のものではない仙気をまとう身となり、花冠と呼ばれることとなった。
花冠の人は目印として、素肌にリボンを巻く。
赤いリボンは「お相手します」
青いリボンは「禁欲中、手出し無用」
白いリボンは「先約有り」
あの日から普賢の首には、白いリボンが巻かれたままだ。
普賢の肌を知った日から、太公望は一日も欠かさず彼女のもとに通ったから。コトを終えると、太公望は重いため息をついた。
『なんなのだわしは、どうしてしまったのだ』
もう何度自問したことだろう。
同じ疑問が今日もぐるぐるまわっている。
となりにはぐったりと横たわる普賢。
全身の赤い印は自分がつけたもの。
新しい痕の下には前日の余韻がまだ残ったままだ。
疲れきった横顔でこんこんと眠る姿に、うしろめたさが降り積もっていく。
いつもそうだ。普賢と寝ると何度も体を開かせてしまう。
『……わしこんなに性欲強かったかのう』
太公望は普賢から視線をはずしてうなだれた。
女の味を知ったのは、普賢ではじめてではない。
元始天尊の一番弟子ともなれば良くも悪くも注目の的だ。
女仙や花冠から媚を売られたことも、誘いを受けたこともある。
感想は、なんだこんなものか。
悪くはないがよくもない、修行のほうがよっぽど刺激的だ。
なのに相手が普賢となると、いきなり調子が狂う。
欲しくて欲しくてたまらない。
会いたくて会いたくてたまらない。
隣にいるとほっとする。
夜明けがうっとおしい。
かなうなら掻っ攫って自室に置きたい。
初めて出会ったときの灼けるような高揚感は今も健在だ。
なのに今まで抱いた女らと比べてみても、いったい何処がいいのかさっぱりわからない。
肉付きの悪い体はやわらかさに欠けるし、変わった色彩の髪と瞳はともすれば異様さを感じさせる。
無表情にも見える薄い微笑みは、やわらかいがどこか近寄りがたい。
そのうえ、彼女の顔が見れないでいる。
おっとりと微笑む普賢には、仙人の才がある。
花冠になどならずとも、順当に行けば今頃、師のもとで勉学に励んでいただろう。
本人いわく、昇山以来書庫にこもりっぱなしで、選議にも気づかなかったかららしいのだが。
自分が手折ったせいで普賢の昇進が遅れた、そんな気がしてならない。
恨んでいるだろうか。
無我夢中だったとはいえ、無理やり体を開かせ、花冠として道士らに欲の混じった視線に晒される身に落としたことを。
普賢はけして本心を口にしない。
人の身はなにくれと気遣ってくるが、心のひだに触れようとすると、うすっぺらいくせに非の打ち所のない建前ではぐらかされる。
『十二仙と並び称される太公望様に、お目をかけていただけるのですから、こんなに光栄なことはございません』
心苦しさを吐露すると、判で押したように同じ返事が戻ってくる。
そのくせ毎晩、食事と寝床を用意して待ってくれている。
淡い微笑みは拒絶なのか諦めなのか?
わからないまま普賢との逢瀬を重ねるたびに、太公望の中で得体の知れない感情が育っていく。
それでも太公望は普賢がよかった。
彼女でなくてはならなかった。
理屈では割り切れないものがあると、太公望は認めざるをえなかった。
眠る普賢の首には、白いリボンが巻かれたままだ。
情事の最中でもはずすことをしない、太公望がそれを喜ぶからだ。
月明かりの中、細い首に巻きつく白さは蛇のよう。
清純な色と裏腹に自分の醜い執着をそのままからませているかのようだ。
胸によどむのは暗い喜び。
きっと明日もここにくる。
あさっても、しあさっても、このリボンは白いままだろう。
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