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SS~14:26

 
 「……酢コンブ食べてたもん」

  ※あまあま

   ↓

続き

 
「望ちゃん、待ってよお」
 ピクニックに行こうだなんて望ちゃんが突然言い出したから、いや望ちゃんはいつでも唐突なんだけどね、今日のおやつは裏山で食べることにしたんだ。
 でも久しぶりの山歩きで、おまけに手入れなんてしてないから、ファミリーサイズの小山なのにそこここに木の根やくぼみのトラップがあって、僕はさっそく靴ずれを起こしてた。
 さっきも草むらだと思って踏み込んだら、その下にとがった岩が顔を出しててさ、アレは痛かったなあ。
 おまけに真夏、摂氏30℃。
 まばらな潅木はぜんぜん日差しをさえぎってくれない。
 直射日光が厳しいよ。額の汗が目にはいる。
「おぬし、ひ弱にもほどがあるぞ」
 僕の分の荷物まで肩にかけて、3歩先を行く望ちゃんはあきれた顔で僕を振り返った。
「ぼ、僕はあ、十二仙になってからは、勉学に打ち込んでたの!」
「つまりほとんど運動しておらんかったというわけだな」
「むぐ……ぼ、望ちゃんこそなんで平気なのさ。
 そんなズルズル長いマント着たままでさ、見てるこっちが暑苦しいよ。
 だいたいね、昼過ぎって一日で一番気温が高い時間帯だよ?
 そんな中を誰のせいで好きこのんで山歩きなんかするはめになったのさ」
「心頭滅却すれば火もまた涼し!」
「物理的にありえないから」
 息が切れる、もうだめ。
「きゅーけいー!」
 僕は傍らの木の根元にどっかり座り込んだ。
 体育座りで膝頭にぐりぐり頭をすりよせる。
 てこでも動かない気満々だけど、細い木は影にもなってくれない。
 暑い。
 背中からじりじり焼かれていく。
 こんなときにかぎって、風はそよとも吹いてくれない。
 暑い暑い、汗がだらだら。
 でも動きたくないよ、ああもう来るんじゃなかったなあ。
 不意に視界が陰って、背中の痛がゆさが消えた。
 顔をあげたら望ちゃんが、僕のそばに立って日差しをさえぎってくれてた。
「ほれ」
 荷物の中から水の入った竹筒を渡される。
 生ぬるくなったそれを、僕は一気に飲み干した。
「あー……生き返るー……」
「親父くさいのう」
「望ちゃんにだけは言われたくなかったな、それ」
「口答えする元気があるなら休憩はいらんな」
「いやん、うそうそ。冗談。いまのノーカン」
 望ちゃんは腰をかがめて僕の顔をのぞきこんだ。
 しげしげとながめられて、僕はちょっと緊張する。
「ふむ、熱中症まではいっておらんようだの。
 念のためこれも口にしておけ」
 そういって望ちゃんがポッケから取り出したのは、酢コンブ。
「コレきらい」
「好き嫌いするな、水だけでなく塩分もとらんと倒れるぞ」
「だって酸っぱいじゃん」
「文句があるならこっちのカリカリ小梅ちゃんを食わせる」
「なんでそんなのばっか持ってきてるのさ、絶対望ちゃんのほうが親父くさいよ」
「……さ、頂上を目指すとするかのう」
 望ちゃんが返事も聞かずに歩き出すから、僕は酢コンブをかじりながらついていくはめになったんだ。
 酢コンブはすっぱくてかたくて、かんでるとじゅわーって無駄につばがあふれてきて、なんでほんとこんなの1箱食べれるんだろう、望ちゃんは。

 前は大の甘党だったよね、こんなの食べなかったよね。

 酢コンブはすっぱくて、涙の味にちょっとだけ似てる。
 かんでるとなんだかのどの奥がごつごつしてきたから、僕は足を速めた。
「うわっ!」
 早歩きしてたらなにかに足を取られた。
 つまづいて見事にすっころ……びませんでした。
 地面にぶつかる直前で、僕の体は宙に静止した。
 僕の意思じゃないから、望ちゃんの力だ。
「おぬしは、ほんとにどんくさいのう」
 望ちゃんが苦笑しながら僕に手を差し出す。
 僕はその手を支えにして身を起こす。
「ふつう転んだらな、体を守ろうと反射的に腕が前に出るものだ」
「……酢コンブ食べてたもん」
「わしのせいか」
「……きみのせいだよ」
 望ちゃんは悪くない。
 わかってるのに僕はきゅっと眉を寄せてむっと唇をとがらせて、こどもみたいにすねた顔をしている。
 急に不安になるのは、自分の中に埋もれて周りが見えなくなるのは。
 君を信じきれない、僕のせいなのに。
 つまづいたのはきっと木の根なんかじゃなくて、石ころなんかじゃなくて。
「いたっ!」
 望ちゃんの手が僕のほっぺをつねった。
 むにーてひっぱってぱっとはなす。
「ほら行くぞ」
 望ちゃんはにっと笑う。
 僕の手をつかんだまま歩き出す。
「ちょ、ちょっと望ちゃん、ペース速いよ」
「おぬしが遅すぎるのだ。
 しゃきしゃき歩け、夜になってしまうわ」
「望ちゃん手が痛いよ」
「聞こえんな」
 そう言って望ちゃんは、つないだ手にぐっと力をこめた。

「離さんぞ」

 さっきとはちがうものが、胸の奥からせり上げてきて、僕は泣き笑いみたいな顔になった。
 何回君にそう言ってもらったら、僕は安心できるのかな。
 胸の奥には薄皮一枚へだてて灰色の想い、どろり。
 君が何度でもそう言ってくれるから、まだあふれずにすんでる。
 暑いね。
 ふたりとも汗でベタベタだね。
 つないだ手は濡れて、気を抜くと離れちゃいそうだね。
 でも君がぎゅっとつかんでいてくれるから、きっと大丈夫だね。
 ねえ、日差しがきついね。
 ねえ、熱気がむっとするね。
 ねえ、暑くてたまらないね。
 でも、この手は離さないでね。
 望ちゃんが僕を振り向く。
「普賢。天辺ついたらでかい木があるから、そこでゆっくり休め」
「うん」
 ねえ、日差しってこんなにキレイだったっけ?
 ねえ、空気ってこんなに澄んでたっけ?
 君と手をつなぐだけで暑いのも気にならない。

 真夏、なにもかもキラキラしてるね。
 頂上についたら、景色に歓声を上げよう。
 木陰に陣取って、いっしょにお菓子を食べよう。
 君といっしょなら何もかもうれしい。

 あ、小梅ちゃんは、パスね。