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SS~僕と望ちゃん×2

 
 「許可する!やってしまえい!」

  ※あまあま。伏義と望が別人だったらネタ。

  ↓

続き

 
「頭イタイ……寝る……」
 ここ数日、具合悪そうにしていた彼が、とうとう音をあげた。
 マントも脱がずにベッドに倒れこみ、青い顔でウンウンうなっている。
 普賢はあわてて掛布をかけてやり、台所に走った。
 戸棚の中から薬箱を引っ張り出したところではっと気づく。
 宇宙人にふつうの薬が効くだろうか?
「雲中子!雲中子ー!」
 通信宝貝を手にとって、コール音がやむと同時に叫んだ。
「なんだい、大声をあげるなんて君らしくもないねえ。師叔になにかあったのかい?」
 ふつうにしゃべっても皮肉っぽい声が回線を通じて聞こえてくる。
 仙界医学の大家、スプーキーこと雲中子だ。
「ぼぼぼぼぼぼ、望ちゃんが!風邪なの!どうしよう!」
「風邪?始祖が風邪ねえ。それは研究のしがいが、いやいや、症状は?」
「頭痛がするって言って寝込んじゃった。こんなのはじめてで……どうすればいいか……。
 君ならきっと望ちゃんのわけわかんない体質にあった、ちゃらんぽらんな薬を作ってくれるって思って……!」
「まかせてくれたまえ!ちょうどひまつぶしに作った生体兵器がいるから鼻から流し込めば……」
 ぎにゃー。どたんばたん、がしゃんぱりんばたばた。
「ん?どうしたんだい、普賢。普賢?」
「ごめん雲中子!あとでかけなおすから!」
 通信は一方的に切られた。
 雲中子は宝貝をもとに戻すと、うきうきしながら生体兵器テトロドトキシンXくんのもとへ向かった。

 寝室から猫の鳴き声と物をひっくり返す音、それからぐあー!ひっかくなこの畜生が!と怒鳴る声がして、急に静かになる。
「望ちゃん?」
 普賢はおそるおそる寝室のドアを開けた。
「ふーげーん!」
 半開きの扉がなかから強引に開かれ、普賢は何者かに抱きすくめられた。
「普賢!会いたかったぞー!」
 わしわしとほおをすり寄せてくるのは、まごうことなく。
「望ちゃん!?」
 在りし日の太公望その人であった。
 なぜか猫耳と猫尻尾がついている。
 視線を走らせた先、ベッドの上にはげんなりした顔の伏義。
「ぼ、望ちゃんがふたり?なんで?どうして?」
 混乱する普賢から視線をはずすと、伏義はつかれきった表情でため息をついた。
「……ここのところ、そやつがわしの中で暴れまわってのう。
 いたしかたなく迷い込んできた猫に、な」
「そういうことだ!」
「へ?」
「感動の再会だというのに反応がうすいのう。
 わしはおぬし会いたさにこやつから飛び出してきたのだぞ」
「出してやった、だ。アホウめ」
「なんだと、わしがおってやらねば存在が揺らぐハンパ者のくせに」
「それはおぬしとて同じことよ。はよ戻ってこんかい、ダアホが」
「なにを!」
「なんだと!」
「やめてよー!」
 拳握りしめてリアルファイトになだれこもうとするふたりを必死になってとめた。
 よく見れば太公望も顔色が悪い。
 本来ひとつであるはずの魂魄を二つに分けてしまったせいだろう。
 借り物の体も具合がよいとは言えないようだ。
 伏義の額にも脂汗が浮いたまま。
 ここは太公望をなだめすかして、元に戻ってもらうしか手はない、普賢はそう考えた。
 あいかわらず抱きついたままの太公望のほほを、両手で包んで目を合わせる。
「望ちゃん、どうして、えーと、あっちの望ちゃんから離れたりしたの?」
「よくぞ聞いてくれた」
 太公望はもったいぶってうなづくと、はっきりきっぱりこう言った。
「おぬしがほしいからだ!」
「……え?」
 硬直した普賢の向かいで伏義がベッドからずり落ちている。
「おぬしそんな理由でわしからはがれおったのかー!」
「そんな理由とはなんだ、そんな理由とは!十分すぎるくらいだわい!」
「うむ!それに関しては異議を認めよう!
 だが普賢はわしの嫁だ!くれてやるわけにはいかん!」
「なんだとう!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてふたりとも!」
 伏義に殴りかかろうとする太公望を羽交い絞めして止めた。
 どうにか腕を下ろした太公望と、普賢はもう一度目をあわせる。
「あのさ、望ちゃんは、あっちの望ちゃんと同じ人間なんだよね?」
「うむ」
「あのさ、僕、いつも望ちゃんと、その……いっぱい……してるんだけど……」
「問題はそこだ」
 太公望は普賢の両肩をつかんだ。
 嘆かわしげに首を振る。
「たしかにわしらは今でこそラブラブのヤリヤリであるがな。
 わしがまだ太公望と呼ばれていた頃のことを思い出してみよ。
 心は通い合っていたかもしれんが、泣けるほど清い関係であっただろうが」
「……そうだね」
 太公望の言うとおりだった。
 まだふたりが道士だったころから、接吻も抱擁も数え切れないほどくりかえしてきたが、結局太公望は普賢に手を出さなかったのだ。
 出せなかった、というほうが正しいのだが、それはこの際置いておこうと普賢は決心した。
「それで?」
「一度でいいから太公望としておぬしを抱いてみたいのだ!」
 ゴスッ。
 にぶい音がしたと思ったら、太公望の頭に打神鞭がめりこんでいた。
 そよりとふいた風が普賢の髪を揺らす。
「……ええかげんにせいよ、いかにわしが相手であろうと普賢はやらぬ」
「……それはこっちのセリフだ。人のものを横からかっさらいおって。
 普賢!おぬしならわかるであろう、本物の望はわしだと!」
「え?」
 問われてだらだらと普賢は汗を流す。
 伏義と太公望(ネコミミ付)を何度も見比べるが、答えは出ない。
「僕にはどっちも望ちゃんに思える……」
「何故だ!猫の体を借りているとはいえ、わしは太公望だぞ?おぬしの望なのだぞ!
 わしが還ってきた以上、もうあやつに義理立てする必要などないのだぞ!?」
 泣きそうな目ですがりつかれて、普賢は困ってしまう。
 たしかにこの腕もぬくもりも声も、無茶なワガママもいやになるくらいきれいな瞳も『望ちゃん』のものだ。
 だが、うしろでむっつりと押し黙っている黒いマントの彼もまた『望ちゃん』なのだと、普賢にはわかっていた。
「ごめん、やっぱり僕には、望ちゃんが二人いるようにしか見えないよ」
 理由はわからない。
 だが普賢はそう確信していた。
 王天君風に言うなら、魂がそう言っている、というところか。
『ん、王天くん?』
 普賢は目をしばたかせてもういちど太公望を見た。
「ねえ、望ちゃんって、太公望だよね?」
「そのとおりだ、やっとわかってくれたか!」
「そして伏義は望ちゃんと王天くんの融合体なんだよね?」
「う、うむ。そうだが?」
「じゃあなんで望ちゃんがはがれちゃったのに、あっちの望ちゃんは始祖のままなの?」
 太公望は固まった。
 うしろで伏義がぽんと手を打つ。
「言われてみればそのとおりだのう。
 おぬしが本当にそっくりそのまま太公望なら、わしはわしを維持できずに王天君に戻ってしまうはずだ。
 つまりおぬしは太公望ではないということになる」
「う、うむむ……」
「それはちょっと違うよ、望ちゃん。
 こっちの望ちゃんからも、ちゃんと望ちゃんのにおいがするもの」
「普賢、わかってくれるか……!」
「うーむ、だとしたらどういうことなのだ」
「シャドウじゃないかな」
 ぎょっとして3人が振り向くと、開いたままの扉から雲中子がのぞいていた。
 手には怪しげな液体の入ったフラスコを持っている。
「お、おぬしいつからそこに」
「抱いてみたいのだー!あたりからかな。
 取り込み中みたいなんでここで待ってたんだけどね」
「……お気遣いありがとう」
 雲中子は部屋に入ってドアをしめると、普賢と太公望の物言いたげな目線を受けて説明を始めた。
 伏義は今のひと言でわかってしまったらしく、1人でうなづいている。
「心理学用語のひとつでね。
 抑圧された欲望と考えてくれて間違いじゃない。
 師叔のなかにあった、太公望だった頃に普賢とヤりたかったという思いが暴走したってのが今回の顛末じゃないかな」
「魂魄分割はわしの体質であるからのう。
 強まりすぎた欲望が自我を持って飛び出しても不思議はない」
「ヤな体質だね……」
 普賢は腕の中の太公望を見た。
 半べそで上目づかいをされて、苦笑しつつも頭をなでてしまう。
「望ちゃんが望ちゃんのままふたりに分裂しちゃったんだね。
 だから僕にも見分けがつかなかったんだ」
 普賢は太公望の背にまわした腕にちからをこめる。
「望ちゃん、たしかにあの頃ひとつになれなかったのは残念だけど。
 でもあの頃があったから、今の僕たちがいるんだよ。
 悲しいことや、悔しいことや、どうしようもなくて泣けてくることが、僕らには本当に、本当にたくさんあったけど、今はもう笑い話だよ」
 普賢は太公望の目をのぞきこんで、少なくとも僕はね、とつけくわえた。
「それより今ここにいる僕を見て、僕と遊んでよ。ね、望ちゃん?」
 太公望は普賢にぎゅっと抱きついて、その胸に顔をうずめた。
 甘えた仕草に普賢は笑みを深くしてその背を優しく撫でる。
 ふたりの姿に伏義はやれやれと首をふりながらも微笑んだ。
「遠いところをすまんかったな、雲中子」
「まったくだよ、せっかくこのテトロドトキシンXくんを実戦投入できると思ったのに」
「それはまたの機会にしてくれ……。
 さあ、望よ。戻って来い」
 伏義が太公望の背に手をかける。
「いやだー!普賢と一発ヤるまで絶対に元にもどらぬぅ!」
「待てコラ!ちょっといい話になりかけておったというのに!」
 せっかくほのぼのしていた雰囲気をもののみごとに吹き飛ばし、太公望は首をぶんぶんふりながらなおも普賢にしがみつく。
「一回くらいいいんじゃないかい?同一人物だから浮気にはならないよ」
「アホぬかせ!わしの影だぞ?一発で満足するわけなかろうが!」
「……それ自慢かい?」
「普賢、閨に行こう!いますぐ行こう!」
「ちょ、ちょっと望ちゃんったら。勘弁してよ!」
「いやったらいーやーだー!」
「でぇい、もう猫から追い出すしかないわ!雲中子!」
「はいはい?」
「許可する!やってしまえい!」
「はいはーい」
 ニヤリと笑った雲中子は、太公望の口元へフラスコをつきつけ、蓋をあけた。
「ぐっ!」
「うわっ!」
「なにこれ!」
 とたんに異臭が広がる。
 異臭というか腐臭というか鼻が曲がるどころかもげてしまいそうな強烈な臭気だった。
 雲中子はいつのまにかガスマスクを装着している。
「このテトロドトキシンXくんは臭いこそあれだが、口にすると夢見心地で楽になれる最強の鎮静剤さ!さあ飲むんだ太公望!」
「ぼ、ぼうちゃん、まど、まどを……」
 伏義が部屋中の窓を全開にし、普賢は新鮮な空気を求め、窓から身を乗り出して深呼吸した。
 始祖でさえ頭痛を感じる臭気をもろにかがされた太公望はというと、気絶していた。
「ありゃ、飲ませる前に落ちちゃったか。もうちょっと改良しなきゃなあ」
「……動物は臭いに弱いからのう」
 伏義は床に倒れた太公望に手を伸ばし、べりべりと音を立てて影を引き剥がす。
 後に残っているのは目を回した猫が一匹。

 雲中子を礼とともに送り出し、屋敷中の窓を開けて、ついでに部屋の掃除もして、立ち直った猫にお皿いっぱいのミルクをふるまうころには、夜もふけていた。
「普賢」
「なに?」
 床にしゃがんで、うれしそうに皿をなめる猫を見ながら、独り言のように伏義が言った。
「わしを望と呼んでくれて、うれしかったぞ」
「望ちゃん?」
「……正直不安だった」
 普賢の脚に伏義が肩をあずける。
 普賢は片づけをする手を止めて自分も床に座った。
 伏義は普賢の肩に頬を寄せた。
 一緒に猫をぼんやり見つめる。
「わしはもう、おぬしの知る望ではない」
 あいかわらず独り言のように伏義は続ける。
「……たまにそれがひどく哀しくなる。
 影が太公望の姿をしていたのは、そういう理由もあったのやもしれん」
 長い前髪に隠れて、伏義の目は見えない。
 普賢は手を伸ばして、その前髪をはらってやる。
 黒い帳の下から、普賢の大好きな瞳があらわれる。
 まちがいなくこれはあの瞳、色は違えど。
 見つめられるたびにこんなにも胸が高鳴る。
「望ちゃんは望ちゃんだよ。僕が間違えるはずないじゃない」
 宝石のように輝く大粒の瞳に、微笑む自分がうつっている。
 この瞳に映る自分がいつだって最上であるようにと、願っている。
「わがままでいじわるで、生真面目で真正直な、僕の望ちゃん」
 伏義がうすく笑みを浮かべる。
 どこか弱々しい、まだ不安なのだろうか。
 ほんと似たもの同士だね、僕ら。
 普賢も笑う。
 だったら何度でもささやいてあげるから。
 伏義の額にキスを贈って、普賢はにっこりと笑った。
「望ちゃん、あそぼう」
「ん」
「今日はいっぱいしていいよ」
「ほう」
 伏義がにいと笑う。
「覚悟しておいてもらおうか」
「おおこわいこわい。お手柔らかにね」
 くすくす笑いながら、ふれるだけの口付けを繰り返す二人の前で、猫がニャアと鳴いた。