「……おまえは兵器なのにあたたかいんだな」
※パラレル。暗い。最終兵器ふーたん。
↓
遠くでサイレンが鳴っている。
一面の瓦礫、焼け跡。
そこかしこで鉄骨がくすぶり、夕焼けの空にひと筋ふた筋、黒い煙をたちのぼらせている。
ここが昨日まで町だったなどと、誰が信じるだろう。
サイレンが鳴る前は、あんなにも平穏だったのに。
戦争は望にとって遠いものだった。
それはテレビの中の出来事だった。
威勢のいい音楽とやすっぽい3D映像、そして仮面じみた笑顔のリポーターが読み上げる絶望的なニュースは、どうしても夢物語のようで。
くしの歯が欠けるように減っていく同級生たちだけが、現実を教えてくれた。
空襲は突然だった。
昨夜、耳をつんざくようなサイレンとともに飛来した兵器が、豪雨のようにこの町へ光をふりそそがせた。
光は家を薙ぎ、コンクリをうがち、鉄骨を溶かし、人を灼いた。
無垢な幼子も温かい目の老人も、もうここにはいない。小学校の頃引っ越してきたこの町が、望は気にいっていた。
海が近く、ふりかえれば山も見える。
都会とは呼べなかったが、田舎とも言い切れず、そこそこなんでもそろっていて、適度に不便。
駅前には現役の商店街があり、裏通りには駄菓子屋と古本屋があり、電車で4駅先には大きな街があって、遊びに行こうと思えばいつでもいけた。
今、夕焼けの下に広がるのは、焦土。
遠くでサイレンが鳴っている。
望はいつもの道を歩く。
家から学校へつづく通学路、昨日までは。
道の先には地元の高校、おとなりさんのクラスメートといっしょに、あと半年で卒業できるはずだった。
同じ大学を受けようと約束して、雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、望は友とこの道を歩いた。
焼け爛れたアスファルトが冷え固まって不規則な凹凸をなしている。
足を引きずると砂利が音を立てた。
サイレンが近づいてくる。望は立ち止まった。
赤い空の下、かたむいた電柱をかすめるように何かが飛んでいる。
ふらふらとたよりない動きは、飛んでいるというよりも風に流されているかのようだ。
サイレンの音がまたすこし近づく。
望がそれをながめていると、サイレンがやんだ。
それは動きを止め、しばらくただよっていたが、こちらに向かってスピードをあげる。
瞬く間にそれは望に近づき、目と鼻の先でふわりと止まった。
人の姿をしているが、人でないことはすぐにわかった。
人間ならこんな風な、水色の髪や紫の目などありえないし、背中に羽根みたいなひらひらしたものがはえてないし、第一空を飛ばない。
だが異様な風体にも関わらず、望はそれから目を離せなかった。
「生存者発見、民間人です。どうぞ」
それは手にしていたバスケットボールくらいの黒い球体に向かって報告した。
ピッと甲高い電子音がして、表面に瓦礫の中に立つ望の姿が映る。
映像にかぶさるように、転送の文字が球体に浮いた。
『スキャン終了、敵国民間人と判断。火器非所持。問題なし。どうぞ』
「了解。どうぞ」
『以上』
球体の表面から光が消える。
それはぱちぱちとまばたきをして、空中でぺこりとおじぎをした。
「はじめまして、僕は自律型大量破壊兵器F5012です。この国を滅ぼしに来ました」
望はなんと答えてよいかわからずだまっていた。
「この地域は僕らによって汚染されています。
ここから東に三日歩いたところに国連による難民キャンプが設けられる予定なので、ひとまずそちらに向かってください。質問はありますか?」
「……名前は?」
「F5012-Unattended-Geo-Extirpate-Nuclearです。シリアルナンバーは……」
「そうじゃなくて、ほら、呼び名みたいな」
「略称でしょうか?それならFUGENです」
「フゲン……」
変わった名前だと思った。
フゲンは微笑みに似た表情のままふわふわと浮いている。
「おまえが、この町を燃やしたのか?」
「はい、そうです。正確には別部隊に所属する僕らです」
「どうして?」
「軍事機密です、お答えできません」
「そうか」
「そうです。他に質問は?」
フゲンはおだやかな瞳で望を見ている。
そのまなざしに触れて、望はようやく気づいた。
フゲンは似ている。
この町に越してきたときからの、一番の友に。
いっしょにこの道を歩いた、あの人に。
「フゲン」
「はい」
「おまえは兵器なんだよな」
「はい」
「俺を殺してくれないか」
「できません」
フゲンは首を振った。
「あなたは民間人です。作戦外で民間人を害することは禁止されています」
「そっか」
望はうなだれる。静寂が耳に痛い。
「再度言いますが、この地域は僕らによって汚染されています。
あなたの身体は放射線によって大きなダメージを受けています。
早急に難民キャンプ目指して移動を開始してください。
質問はありませんか?」
「……」
暗い瞳で、望はフゲンを見つめた。
沈黙が落ちる。
「質問がないようでしたら、僕はこれで」
フゲンは会釈をすると空へ舞い上がった。
望は反射的に手を伸ばし、ヒラヒラした羽根のようなものをつかんだ。
フゲンが動きをとめ、不思議そうに望をながめる。
「行くな」
「難民キャンプへの案内をご所望ですか?」
「そうじゃない」
「投降し捕虜になることをお望みですか?」
「そうじゃない、ここにいてくれ」
フゲンは困ったように小首を傾げると、球体を抱えなおした。
その表面に光が戻る。
「民間人を1名保護しました。
なんらかの心的外傷を負っている模様です。
指示をお願いします、どうぞ」
『斥候の任務を保留し、民間人の避難を優先するように。
ただし定刻には本隊と合流すること』
「了解。どうぞ」
『以上』
通信は途切れた。
フゲンは望の視線の高さまでおりてくる。
「ええと、あなた」
「呂望だ」
「呂望、もうすぐここに本隊が到着します。
僕はそれに従って行かないといけません。
本隊が着くまではあなたは僕が保護します」
「……」
「キャンプは東です。途中まで同行しますね」
再び舞い上がろうとしたフゲンの腕を、望がきつくつかむ。
「呂望、はなしてください」
「……望ちゃん」
「ぼうちゃん、ですか?それは何でしょうか」
「望ちゃんって呼んでくれ」
「僕がそのようにすれば移動してくれますか?」
「……うん」
「望ちゃん」
「……」
「さあ、行きましょう」
望はフゲンの手をつかんだまま動こうとしない。
「呂望、いそいでください」
「望ちゃん」
「望ちゃん、いそいでください」
「どこにも行くな。そばにいてくれ」
「あなたの言動は支離滅裂です」
望はくしゃりと顔をゆがめてフゲンの腕をひっぱる。
案外細い体を引き寄せ、そのまま強引に抱きしめた。
「……おまえは兵器なのにあたたかいんだな」
「それは僕を構成する組織の72%が生体部品だからです」
「何故だ」
「人に勝る自律型兵器はないからです」
「そっか」
「呂望、時間です」
うながされて顔をあげると、遠くからサイレンの音が聞こえた。
南の空に鳥の群れのような影がある。
しだいに大きくはっきりしてくるそれは、何十何百ものフゲンの群れだった。
「……本隊か?」
「はい」
近づくにつれて、幾重ものサイレンの音が空を貫く轟音に変じていく。
「……ひどい音だな」
「民間人に警戒と逃亡を促すためです。
僕らは、あらゆるものを灼きつくしてしまうから」
フゲンは抱えていた球体を軽く持ち上げた。
その表面が赤く輝き、耳を裂くようなサイレンが発せられる。
思わず両手で耳をふさいだ望の腕から、フゲンがするりと抜け出す。
「行くな!」
叫びは届いたらしい。
フゲンは宙に浮かんだまま望を振りかえる。
「俺を置いていくな!頼む!」
「時間です呂望、僕は本隊に合流しなければ」
「じゃあ殺せ!それができないなら連れて行け!!」
耳をふさいでいても、サイレンの音は押し入ってくる。
鼓膜を殴り、三半規管を狂わせ、脳を叩く。
フゲンは球体を通して本部と言葉を交わしている。
何を言っているのかは聞こえなかったが、通信が終わるとフゲンは降りてきた。
「あなたの身体、特に内臓は深刻なダメージを受けています。
キャンプにたどりついたところで長くは持たないでしょう。
よってあなたの末期の願いを、僕は聞き入れます」
フゲンの背にある羽根のようなものが望にむかってたなびき包み込む。
途端に足元の感覚がなくなり、エレベーターで下降するときのような不快な浮遊感が望を襲った。
気がつくと望は宙に浮いていた。
フゲンが望の手を取る。
「行こう、望ちゃん」
ふわりと笑うその顔は、友にとてもよく似ていて。赤く燃える空に、数え切れないほどの白い天使が舞う。
望はフゲンに手を引かれ、夕焼けにたぎる空を昇っていった。