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SS~ゆめまくら

 
 「そろそろかな?」

 ※望ちゃんと楊ゼン。ふーたんおんなのこ注意

  ↓

続き

 
「師叔、寝てください」
 楊ゼンの言葉に、太公望は力なく首を振った。
 仙界大戦後、太公望は自分を痛めつけるように仕事に熱中していた。
 本気を出した彼の処理能力はすさまじく、次から次に難題が発生する状況ではじつにありがたかった。
 だが頼もしく思えたのは最初だけ。
 休まず、眠らず、鬼気迫る勢いで机に向かう彼の姿は痛ましい。
「眠ってください、お願いです」
「……まだやるべきことがある」
「僕がやります、だから!」
「夜もふけた。楊ゼン、おぬしはもう休む時間だ」
「師叔!」
 このままでは太公望は倒れてしまうだろう。
 なにより、仕事に逃げ込み続けている限り、本当の意味で前を向いているとはいえない。
 今は一度彼を立ち止まらせ、休息の中で己の心と向き合わせることが必要だ。
 たとえそれがどんなにつらいことであっても……。
 楊ゼンは心を鬼にし、細腕に似合わない怪力で太公望の襟首をつかみあげた。
「な、何をする楊ゼン」
「今から1時間、仮眠室に篭っていただきます」
「馬鹿なことを、おろさんか!」
「抵抗もできないほど疲れきってるくせに何を言うんです?」
 椅子から太公望を引きずりおろし、つかつかと仮眠室に歩み寄る。
 暗くて狭い部屋の中に彼を放り込むと、外から南京錠をかけた。
 念のため三尖刀を呼び出し、楊ゼンは仮眠室の前に腰をおろす。
「出さんかコラ!楊ゼン!」
 内からはどんどんばたばた扉を打つ音が続いていたが、さほどしないうちに聞こえなくなった。
 当然だろう、疲弊しきっているのだから。
「そろそろかな?」
 時計をながめて楊ゼンは立ち上がった。
 物音が聞こえなくなってから15分はたっている。
 今頃太公望は深い眠りに入っているはずだ。
 楊ゼンは額に意識を集中させ、記憶の中の姿を呼び出す。
 その姿、背格好、雰囲気、表情、声、におい、それらが膜のように自分を覆うところを想像する。
 イメージが現実に固着し、楊ゼンはかすかな音とともに変化を終えた。
 扉の前に立っていたのは、今はいない人だった。
 何度か壁にしゃべってみて、声音を確認する。
『師叔、さしでがましいとはわかってます。
 でもこれで少しでも、あなたが楽になれるなら、僕は……』
 きゅっと眉根を寄せ、姿を変えた楊ゼンは仮眠室への扉をあけた。
 明かりのない室内からは、規則正しい寝息が聞こえてくる。
 後ろ手でしずかに扉をしめる。
 隙間からもれてくる執務室の光以外に、明かりはない。
 暗闇の中、手探りで楊ゼンは太公望に近づいた。
 枕元に腰をおろし、その額にくちづける。
「……ん」
 あたたかな刺激に太公望はうっすらとまぶたを開け、驚愕に目を見開いた。
 おそるおそる名前を呼ぶ、普賢、と。
 楊ゼンは微笑んだ。
 彼の人のように、やわらかくやさしく。
 上手く笑えたらしい、太公望の瞳がうるむ。
「夢か?いや夢でいい。夢で……」
 ふるえる声が独り言をつぶやく。
 太公望は両手を伸ばし、楊ゼンに触れる。
 一気に引き寄せ、かき抱いた。
「普賢、普賢……!」

 もに。

 太公望が止まった。
 抱き寄せた体に予想外の感触があった。
 胸のあたりに、ふたつのなだらかなやわらかい感触が……。
 微動だにしなかった彼の肩がやがてぶるぶるとふるえだす。
「ダアホー!普賢がこんなに胸があるかーッ!」
「す、すいませーん!」
 ちからまかせに枕をばふんばふん叩きつけられ、せっかくの変化が解けてしまう。
 楊ゼンはほうほうのていで仮眠室から逃げ出した。
 一人残された太公望はおもむろに寝台に突っ伏す。
「うわーん!普賢!普賢に会いたいー!」
 年甲斐もなくわんわん泣く彼の姿は途方もなくみっともなかったけど。
 泣きつかれて眠りこみ、昼頃になってようやく起きてきた太公望のバツの悪そうな横顔は、すこしだけ明るくなっていて。
『結果オーライかな?』
 楊ゼンはほっとして、胸をなでおろしたのだった。