「ちがうの!ちがうの!ちがうんだってばー!」
※シースルーふーたん妄想話
↓
「あ……」
夏物の整理をしていたら、箪笥の奥から見覚えのある服が出てきた。
ろくにたたみもせずに押し込んだせいで、くしゃくしゃになっている。
「しまった、忘れてたな。ダメになってなきゃいいんだけど」
普賢はベッドのうえに服を広げた。
特有の光沢よりも目を引くのは、透けるようなうすさ。
シーツの白さがそのまま浮いて見える。
「よかった、まだ使えるみたい」
細部まで確かめて、普賢はほっと胸をなでおろすと、それを洗濯籠の中にいれた。日が傾き始めた頃、普賢は取り込んだ洗濯物の山から、それをとりだした。
しばらく悩むそぶりを見せた後、いつもの道衣を脱ぎ捨て、服に手をかける。
着終わると、普賢はおそるおそる姿見の前に立った。
「……やっぱり恥ずかしいよ、望ちゃん」
服のデザインは凡庸だ。
全身を包む貫頭衣、道服とさしたる変わりはない。
問題は布。
透明な糸でうすくうすく織られた布は、身を隠すどころか普賢の肌を透かし、薄布下にからだのラインをあやしく浮かび上がらせている。
じつはこの服、昨年、誕生日プレゼントの名目で望ちゃんこと伏義から押し付けられた物だ。
キラキラした子犬のような瞳で「一生のお願い!」(何度聞いたことやら)され、仕方なく袖を通したのが運の尽き。
そのまま押し倒されておいしくいただかれてしまった腹いせに、泣いてすがる本人の目の前で箪笥の奥へ押し込んだと言う曰くつきの一品だった。
その後一ヶ月は口をきかなかったせいか、あれ以来伏義は服のことを話題にださない。
『そのまま忘れちゃってたんだよね』
普賢は腕を組んでため息をついた。
見つけてしまったからには処遇を考えなくては。
一度しか着ていないものを押入れにしまうのも気が引ける、箪笥の肥やしにしておくとだれぞに見つかるかもしれない。
捨ててしまう気にはなれなかった。
下心満載とは言っても、これは愛しい人からの贈り物なのだし。
ちなみに黒いマントの恋人は、ここ数ヶ月姿を見せていない。
またぞろ人間界で面白いものを見つけたのだろう。
夢中になると見境がなくなる悪癖は、誰よりも普賢がよく知っている。
『べつにいいけどね、望ちゃんと違って僕は忙しいし。
木咤はまだまだ半人前だし、神様の仕事はつぎつぎまわってくるし。
……望ちゃんなんかいなくったって、へいきなんだから』
普賢は先ほどよりも長いため息をつくと、自分で自分を抱くように腕を回した。
目を閉じるとさらさらと衣擦れが聞こえる。
きれいだと、言ってくれた。
この服を着てみせたとき、伏義はたしかにそう言ってくれた。
酔ったような熱い息で、何度も何度もささやいてくれた。
普賢はまぶたをひらいて姿見を見る。
痩せぎすでトリガラのようなからだ、てんでに跳ねるくせっ毛。
顔は、まあ、それなりかもしれないが、公主に楊ゼンに華やかな花冠の数々、神界に住まう数多の美貌の持ち主に比べれば貧相なほうだ。
少なくとも、普賢はそう思っていた。
鏡の中の姿を見て、ため息をもうひとつ。
正直、伏義が自分のどこにひかれたのかわからない。
あえて言うならば、太公望と呼ばれていた頃に積み上げた時間のおかげか。
『だけどそれは、身近にたまたま僕がいたからってだけだし……』
信じているし、愛してもいるけれど、今後伏義が心変わりする可能性が、ないとは言い切れない。
彼の前には神たる自分よりもなお莫大な未来が広がっているのだ。
自分を抱く腕に力を込めて、普賢はため息を押し殺した。
その時だった。
「普賢師匠、明日の件でやすけど」
軽いノックのあと、返事もまたずに木咤が扉をあけたのは。
「…………」
沈黙。
あけはなした扉をへだてて、ふたりは硬直した。
停止した頭で、なんとも悩ましい格好のまま固まった師匠をついうっかりまじまじと見てしまった木咤は。
「し、失礼しやした……!」
音がしそうなくらいギクシャクした動きで一礼すると、そのままダッシュで逃げ去った。
全力疾走にもかかわらず、薄布ごしに透けてのぞいた肌の白さが、脳裏から消えるどころかますますつやめいていく。
「ま、待ってもくたく!」
あろうことか師匠があとから追いかけてくる。
「ちがうの!ちがうの!ちがうんだってばー!」
よくわからないことを叫びながら普賢が追いすがる。
いま、師匠につかまったら、自分はとんでもないことをしでかす。
木咤は確信していた。
『……走れ俺!がんばれ俺!』
ひきつった表情のまま木咤はさらにスピードをあげた。知らせを受けた伏義が泡をくって戻ってくるまで、普賢は薄布一枚で神界中を駆けずりまわったという。