無事でいますように、と。
「だからなんで望ちゃんが僕の修行を見に来るのさ」
「だからなんど言えばわかるのだおぬしは、監督が必要なのだ監督が」
「いらないよ、ひとりでできるし。だいたい水垢離なんか見てどうするのさ」
「かー!わかっておらぬのう、そこが大事だというに!」
仙気を練る修行の前に僕は必ず水垢離をする。
清冽な流れに身を浸して、日常生活で濁った気を洗い流すためだ。
冷たい水の中で神経を研ぎ澄まし、己の心と対話する大事な時間なのに、望ちゃんときたら先日水場にいる僕を見たとたん、眉をつりあげて叫んだんだ。
「いますぐそこからあがってこい!」って。
その後の彼のマシンガントークを分析するに、僕が望ちゃん的になにかとてつもなく許せないことをしてたらしいんだけど、何度思い返してもさっぱり見当がつかない。
水に入って瞑想することのどこが許せないんだろう。
一歩上の段階に行った道士なら誰でもやってる修行なのに。
ひと悶着あって、結局僕が水垢離をするときは必ず望ちゃんが付き添うということで落ち着いた。
望ちゃんのサボリの口実にされるのはまっぴらだから、何度もイヤだって言ったけど、相談した白鶴童子にまで「……太公望のいうことはもっともだと思いますよ」なんて言われては無下にできない。
望ちゃんも白鶴童子も肝心な理由についてはあからさまにだんまりを決め込むし、なんとも不愉快だ。
白黒つかないまま、今日も望ちゃんは僕についてくる。
「やれやれ、自分の修行にもこのぐらい熱心に打ち込めばいいのに」
「やかましい。人のことなどどうでもよかろう、さっさと水垢離を済ませてしまえ」
「白鶴童子から聞いたよ、また懲罰房に入れられたんだってね。
昼寝ばっかりしてるから、元始様がお怒りになられたんだって?」
「ぬぐ、白鶴のやつめ。いらぬことを吹き込みおって」
「とにかく、これが終わったらすぐ自分の修行に戻ってね。
いっしょに仙人になるって約束したでしょ」
「わかっておる」
望ちゃんはふくれっつらで岩の上にあぐらをかいた。
「……まったく人の気も知らんで」
ぶつぶつ言ってるけど、無視無視。++++++++++++++
思い出に、僕は吐息をこぼした。
真冬の水は身を切るように冷たい。あの頃はあんなに、穏やかだったね。
つまらないことでケンカして、むくれて口もきかなかったり。
だけどやっぱり落ち着かなくて、どうでもいいことをわざわざ話しかけにいったりして。
仲直りの話題は、いつも夕飯のことだっけ。戦地にいる彼は、無事だろうか。
眠れぬ夜を過ごしていると聞いた。
水は容赦なくぬくもりを奪い去り、手足の感覚がなくなっていく。
でも曇る心は変わらないまま。無事でいてほしい、どうか。
届くだろうか。
祈りよりも切実に、僕は空を見上げた。