※望普エロ話。ショタ要素あり。女の子ふーたん注意。の、予定。
※激しく書きかけ。
※立ったー!フラグが立ったー!
初めての相手を覚えていない。
年上だった気もするが、思い出そうとするほどにミルク色の霧が立ち込めて、なにもかもあやふやなまま。
ひりつくような快感だけがこの身に残った。* * *
普賢はため息をついた。
重くもない、長くもない。
かろやかで満足げな吐息だった。
浴室から寝室へ、鼻歌交じりに歩を進める。
やるべきことは済ませた、木咤も使いに出した。
髪は洗った、体も磨きあげた。
湯上がりの肌に薄い夜着をまとい、濡れた髪をまっしろなタオルで拭く。
仕上げにうなじに香油をひと塗り。
今宵は久々の逢瀬。
この肌が冷めないうちに、黒いマントの恋人が彼の部屋へ招待してくれる。
朝告げ鳥のいない所で、しっぽりたっぷりゆるゆると。
寝台に体を投げ出せば、予感が胸ときめかせ、体を妖しく潤す。
待つのは嫌いでない、こんな日は特に。
開いたままの扉をちらりとながめ、氷室にあった酒を思い出す。
とろりとした桃のカクテル。
酒も好きなら甘いものも好きな彼のために、あれも持っていこう。
普賢が立ちあがったそのとき、ゆらりと部屋が揺らぐ。
空間使いな彼の来訪かと喜色を表したが、様子がおかしい。
遠雷じみた耳障りな音が四方からせりあがり、壁が歪む、天井が波打つ。
「望ちゃん?」
想い人の名を口にした瞬間、普賢は強烈な浮遊感に襲われた。「…………」
始祖と呼ばれし莫大な力を持つ人。
鵬のような黒いマントに身を包み、とこしえに世を見守る放浪神、伏義は、今、どーしよーもなく冷や汗たらしていた。
広い寝台の上で歪曲した空間が収束し、紫の稲妻が歪みとともに消えていく。
あとに残ったのは、彼が恋うてたまらない存在、普賢。
普賢なのだが。
「…………」
きょとんとひらいたあどけない瞳。
抱き慣れた姿からひとまわりもふたまわりも小さな体。
とどめに、なつかしの道士服。
「…………ここ、どこ?」
「しくじった――――ッ!」
目の前で突然頭を抱えて絶叫され、幼い普賢はびくりとふるえた。
「ふふふ、はははははは、しくじった……しくじったぞ、わしとしたことが……。
座標がずれておることにも気づかんとは……ははは、はーはーはーはー」
青い顔でうつろに笑いながら伏義はくらくらする頭を押さえた。
ひさしぶりに長期休暇がとれた普賢をお手製亜空間に招待し、イチャイチャパラダイスして過ごそうと一ヶ月前から計画を練っていたというのに、呼び出したのは出会った頃、道士時代の、暦で言うなら5000年前の、普賢だった。
召喚の陣に不具合があったらしい、いや、ある、確実に。
しかし陣はすでに役目を終え、消失してしまった。
1から組みなおすしかない。
伏義はがりがりと頭をかくと、卓上の桃をひとつ取って面食らったまま固まっている小さな普賢に押しつけた。
「すぐもとの時代に戻してやるからの。これでも食って待っておれ」
目も口もぽかんとあけたままの普賢に背を向け、伏義は打神鞭を取りだし中空に文字を書きはじめた。* * *
「…………」
「…………」
呆然と、普賢は彼を見ていた。
彼もまた、呆然と、普賢を見ていた。
夜もふけた部屋の中、二人は同じ寝台の上で、横になったまま抱きあっていた。
閉ざした窓の向こうから、涼やかな虫の音が聞こえる。
嗚呼きれいな声だと、普賢は現実から逃避しかける。
先に正気を取り戻したのは彼のほうだった。
「誰だおまえー!」
「痛っ!いたいいたい!いたーい!」
飛び起きた彼から両手両足で殴られ蹴飛ばされ、普賢はなすすべもなく寝台から落とされる。
硬くて冷たい床でしたたかに腰を打った。
「……いったぁ……」
涙目で体を起こした普賢は、ようやく部屋を見回した。
目が慣れてくると、闇の中から様々な姿かたちが浮かび上がってくる。
けして広くはない簡素な房、横長の文机、読みかけの書物、おそろいの椅子、その奥には戸棚。
それからベッドがふたつ、ひとつには歯をきしらせて警戒している彼がのっている。
肩で息をしながらも、両の眼で普賢の一挙一投足を注視する彼の、敵意をむきだしにした獣のような眼光。
「……」
普賢の心臓がはねあがる、なにもかもすべて見覚えがあった。
「……うそ……」
そんなまさかと、胸がざわめく。
我知らず握りしめた拳はふるえていた。
そうだ灯りを。
こんなに暗くてはわからない、灯りはたしか……。
暗い部屋の中、普賢は惑いもせず机に歩み寄り、その端にあるランプに手を触れた。
淡い光がともる。
だが闇をはらうには充分だった。
斜陽のごとき灯りに寝台の上の姿があぶり出される。
「望ちゃん……!」
口をついて出た名前に、壁に背を預けた彼の相貌にとまどいが走った。
「……誰だ?」
押し殺した声が発せられる。
短い問いの中にじわりとにじむ疑問符。
灯りの中であらためて見つめた自分の姿は、彼にどう映ったのだろう。
「普賢だよ、望ちゃん」
意を決して、普賢は告げた。彼の瞳が大きく見開かれる。
「普賢だよ。キミと同期で、この部屋で一緒に寝起きしてる、元・元始天尊様の一番弟子」
彼の喉からかすれた声がもれた。
否定は言葉にすらならなかったらしい。
普賢が一歩踏み出す。彼が壁伝いに下がる。
もう一歩、さらに一歩。
そのたびに彼は下がり続け、ついに部屋のすみに追い込まれた。
逃げ場がないとわかりながらも、毛を逆立てて威嚇する様は手負いの獣のよう。
「そんなに怖がらないでよ。傷ついちゃうなあ」
普賢は寝台に腰かけ、優しくほほえんだ。
やわらかな微笑が彼の戸惑いをさらに深いものにしていく。
「おまえが」
長い沈黙の末に、彼が声をあげた。
「おまえが本当に普賢なら、俺の問いに答えてみろ」
「いいよ」
さらりと普賢は答えた。
彼らしいやり口だと目元をゆるませたまま。
「この寝台の下には何がある?」
「おもちゃ箱がひとつ」
「俺とお前が出会ったのはいつだ?」
「春、玉虚宮中庭にある優曇華の木の下」
「午後に一緒に修行する場所は?」
普賢が笑みを深くする。
「ひっかけだね。午後は個別のカリキュラムだったはずだよ」
黙りこんだ彼を、普賢は笑みをたやさず見つめ続けた。
やがて長いため息が聞こえた。
部屋の空気がかすかに軽くなる。
「……本当に普賢なのか」
「そうだよ、望ちゃん」
抱えていた布団を抱きなおして、彼はあらためて普賢を見た。
ぱちぱちとまばたきする瞳はまるで黒曜石、なつかしい色。
疑いを隠しもしない無遠慮なまなざしが愛らしくて、普賢はつい笑みをこぼす。
「なに笑ってるんだ」
「ん?ああ、ごめん。望ちゃんって、ああ見えてけっこう成長してるんだなって思ってさ」
「……ああ見えてってどういう意味だ」
「小さい小さいって思ってたけど、もっと小さかったんだなあって」
自分の知る彼なら、もっと上手にウソとホントを見透かすから。
なんて言っても、きっとわからない。
だから普賢は他の言葉を舌にのせた。
だが、からかいは想像以上に効果が高かったらしい。
彼はかんたんに頬を引きつらせた。
「何が言いたいんだよ!」
「やだなあ。キミ、身長で僕に勝ったことないじゃない。
僕が覚えてるかぎり、この5000年で一度たりとも抜かされたことなかったよ」
「ご……!」
彼ががっくりと肩を落とす。
「お、俺は、5000年後も普賢よりチビなままなのか……」
「そういえば」
いまさらながら普賢は思い出す。
「キミ、僕がヒールのある靴をはくといつも不機嫌になったっけ」
「はあ?」
「5度目のデートでハイヒールはいて行ったらへそまげて帰っちゃったんだよね。
あの時は何を怒ってるのかわからなくてすごく悩んだなー」
「……はあ」
「それ以来僕はローファーにするようになったんだ、もともと好きじゃなかったしね。
まあ最近の、といってもここ4~5000年くらいだけど、キミはそんなの気にしてないみたいだけど。
僕がなに着てもかわいいとか言ってるくれるし、うん。
そうそう、それがうれしくて一時期、500年くらい、おしゃれに凝ってみたこともあったんけど、毎度毎度かわいいの一点張りだからバカバカしくなって結局やめになったんだ、あー、なつかしいなー」
ほんのり頬を染めて昔を懐かしむ自分を彼はジト目で見て、あきらめたようにつぶやいた。
「本当に未来の普賢みたいだな」
ようやく目の前の事実を受け取める気になったらしい。
ベッドのきしむ音がする。
彼が壁に預けた背をずらして座りなおした。
普賢が改めて彼を見つめると、見知った姿よりもずっと小さかった。
大粒の瞳と身を包む道士服が幼さを際立たせている。
『子どものころはキミが大きく見えたのにね』
記憶の中の姿と見比べて、普賢の胸にあまずっぱい想いがあふれた。
それにしても久しぶりの逢瀬がとんだことになったものだ。
目の前の彼は道士服を着ているから、まだ呂望を名乗っていた頃だろう。
何が起きたのかは知らないが、望ちゃんのことだからくだらないポカをやらかしたに違いない。
『ツメが甘いんだよねえ。
こればっかりはいくら説教してもなおりそうにないや』
彼を不安がらせないように、普賢はそっとため息をついた。
「というか、なんだ、その……」
呂望が言いにくげにぼそぼそとしゃべる。
「なに?」
「……」
「聞こえないよ」
「……るのか?」
「ん?」
「だ、だから、その」
わざとらしく咳払いをして、呂望は普賢をにらみつけた。
「未来の俺は、おまえと、つ、つきあってるのか?」
「そんなこと聞いてどうするの?」
普賢はいじわるく微笑んで問い返した。
「そ、そりゃ五千年後の自分がどうしてるか、知りたいだろ!ふつう!」
「たしかにね」
普賢は居住まいを正して彼に向き直った。
自然、呂望も背筋を伸ばす。
「そうだよ。僕は、望ちゃんの恋人」
「……」
「未来の僕は、キミと幸せに暮らしてる。
キミが僕を幸せにしてくれてる」
静かな声に、かすかに頬を赤らめながら、呂望はへえとつぶやいた。
「……そっか。普賢は、ずっと俺のなんだ」
そらされた漆黒の瞳が隠しきれない喜びに輝いている。
普賢は彼の顔をのぞきこんだ。
夜空のような瞳の中に自分が映っているのが見えて、鼓動がわずかに早くなる。
「うれしい?」
彼の顔に朱がのぼった。
「ぜんぜん!」
叫ぶと同時に呂望は普賢に背を向け、布団の中にもぐりこんでしまった。
「おまえみたいなどんくさいのとつきあうなんて絶対イヤだ!」
「そう」
どんくさい。
そういえばよく言われていた。
昔は何をするにもとろくて彼をいらいらさせていたっけ。
怒っている彼が怖くて、動きがよけいぎこちなくなったり。
なつかしくも苦い記憶に普賢は肩をすくめて苦笑したが、次いで呂望が繰り出した言葉は心臓をつらぬいた。
「とろいしすぐだまされるし、大人になっても乳ねーし!
普賢なんか俺の好みじゃないんだからな!」
「……」
吸い込みすぎた空気を肺から押し出しながら、そう、と返すのがやっとだった。
たとえこの暴言が照れ隠しから来るものだとしても、普賢には見過ごせないものがあった。
成熟さとも豊満さからもほどとおいこの体。
細身過ぎて出るとこも出ていない自分のどこを、黒いマントの彼が気に入ったのか。
自分が彼の好みからはずれていることには、うすうす気づいていた。
その事実を突きつけられた気がして。
「まあね、ずっと一緒だったってわけじゃないし……」
独り言のようにつぶやくと普賢は立ち上がり、向かいの寝台へ行ってしまった。
「考えてみればもう深夜だよね。明日も5時起きでしょう?
おやすみ望ちゃん、目が覚める頃にはキミの普賢が還ってきてるよ」
言い捨てて普賢は灯りを消し、布団をかぶった。
狭い暗闇の中でそっとため息をつく。
『なにしてるんだろう、僕……。
あの子にあたったってしょうがないのに』
全部未来の望ちゃんのせいなんだからと、八つ当たり気味な気分で普賢は眉根を寄せた。
夜具は大人のこの身にも重く冷たく、思い出したくないことまで思い出させる。
身震いとともによみがえるのは、毛布にくるまり声を殺して泣いた日々。
すれ違い続けた過去がつぎつぎとよみがえって、普賢の胸を痛めた。* * *
気まずい空気に、呂望は唇をかんだ。
照れ隠しの軽口のつもりだったのに、逆鱗に触れてしまったらしい。
寝ろといわれたけれど、胸がざわついてとても眠れそうになかった。
あと数刻もすればいつもの普賢がかえってくるようだ。
夜明けにはまだあるけれども、まんじりとしていられるほど時間があるわけでもない。
『このまま、さよならになるのかな……』
不用意な軽口で二人のあいだに傷を作ったたまま。
たしかに普賢はとろくさいけど、でもそれは普賢が思慮深いからで、何をするにもじっくり考えてからするから決められた時間内に動けないこともある。
しょうがないななんて言いながら、そんな普賢に兄貴風を吹かせるたびに内心ほっとしていた。
普賢が頼ってくれてるうちは、普賢のそばにいていい気がして。
羌族の再興を夢見る自分と仙人を目指す普賢のあいだには埋めようのないへだたりがある。
その距離が別れを予感させて、普賢が笑うたびに胸を痛くしていた。
だから、自分よりずっと背の高い普賢の、気後れするぐらいきれいで大人びたその人の口からキミの恋人だよと告げられて、ほんとは飛びあがりたいくらいうれしかったのに。
のどの奥がごつごつしてきて、呂望は短く息を吸い込んだ。
謝ろう。
心を決めて起き上がると、呂望は向かいの寝台に近づいた。
薄い掛け布団にすっぽりとくるまっているから、普賢の顔色はうかがえない。
それに向かって、おそるおそる声をかけた。
「普賢……」
返事はない、相当怒っているのだろうか。
ごめん、とうなだれながらつぶやいた。
「さっき言ったの、ぜんぶうそだから。
ひどいこと言ってごめん。怒るのあたりまえだよな。
でもうそだから、本音じゃないから。……それだけはわかって」
語尾が震えて闇に溶けた。
良いほうにも悪いほうにも反応がなくて、胸の奥から不安がせりあがってくる。
最後にもう一度謝って、呂望は手を伸ばした。
掛け布団の上に手をやって、そっとなでる。
小さい普賢は、なでてやるといつもとても喜んだから。
布団の下で、かすかに身じろぎした気配がする。
そっと夜具がずらされて、普賢が顔を出した。
とぼしい月明かりでも、その瞳が濡れていることは見てとれた。>今回ココカラ
「ご、ごめん!ほんとにごめん!
ウソだから、さっきの、な?な?」
「だいじょうぶ、違うんだ。昔のこと思い出して、ちょっとね……」
冷や汗たらして再度謝りだした呂望に、普賢は体を起こすと力なく微笑みかけた。
その微笑の儚さが呂望の胸を突いて考えるよりも先に体が動いた。
腕を伸ばしてきつく抱きしめれば、やわらかいぬくもりと息を呑んだ気配まで布越しに伝わってくる。
「……ごめん」
腕の中のこの人を、守りたくてなぐさめたくて安心させたくて、でもどう言えばいいのかわからなくて、結局口を突いて出たのは凡庸なセリフ。
それでも想いは届いたらしい。
普賢は細い腕を呂望の背に回して抱きしめかえしてくれた。
呂望は安堵のため息をついて普賢の肩口に顔をうずめる。
普賢の匂いがした。
清潔で甘くて、ちょっと眠たくなる普賢の匂い。
ああ普賢なのだと、呂望は小さく笑った。
頭だけで理解してた何かがすとんと胸の中に落ちてくる。
抱きしめた腕に力をこめると、細い体がくすぐったげにふるえる。
自分の背に回された腕が、背筋をつたって上にのぼりよしよしと頭をなでてくれる。
心地よさに目を細めた。
いつもはする側なのに、今はされる側だ。
そんな違いもなんだかうれしくて、呂望は普賢の肌に頬をすりよせる。
甘えた仕草に普賢は目元をゆるませた。
「体、冷たくなってるよ望ちゃん」
夜気に冷えた背をなでてやると、呂望はなごりおしげに体を離した。
普賢は軽く微笑んで彼の袖をつまむ。
「こっちおいでよ。いっしょに寝よう?」
ぱちぱちとまばたきをした彼の頬がほんのりと紅に染まる。
「……いいのか?」
「いいよ」
普賢は寝台の中に呂望を招き入れた。
とまどいつつも呂望が掛布の中に入ってくる。
少年の体を普賢は優しく抱きとめた。冷えた夜着の奥にある心臓が破裂しそうなほど高鳴っていて、のぞきこむと恥ずかしいのか顔を伏せた。
指先で髪をすいて抱きしめる腕に少しだけ力をこめる。
望ちゃんと、口に出さずに呼んでみた。それだけで胸が温かくなった。
さっきまでこぼれそうだった涙がうそのようにひいていく。