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SS~片恋(螺旋状)

 

「黙れ」

 ※望普ベースで望乙、18禁。
 ※ふーたん・乙ともに女の子注意。
 ※男らしさのカケラもない望注意。

 ↓

続き

 いつもひっそり笑ってた。

 * * *

「ねえ」
 私の声に太公望はようやく目をあけた。
 ……返事もしやしない。
「どうして私が君の上で動かなきゃいけないのさ。
 夜中に、呼び出されて、わざわざ」
「めんどくさい」
 ほっぺたをつねってやった。
 人に奉仕させといてうたた寝なんてふざけてる。
 鼻もつまんでやろうとしたけれど、あくびして目元をこすりながら彼が上体を起こしたから、より深く貫かれるはめになってあられもない声が漏れる。
 私の体に腕をまわし、やわやわと抱きすくめながら睦言のように太公望がささやく。
「だいたいのう、おぬし重いのだ」
「……あ、ひゃ」
「太りすぎというやつだな。肥満は好かんぞ」
「ん、ん、んぅ」
 自分の頭が私の胸にくるのをいいことに、しゃべりながら舌先で触れるか触れないかぎりぎりの愛撫。
 ちゅっと音を立てて吸われたら背をそらすしかなくなる。
「背も高すぎる。手足が長いと邪魔だからのう」
「んひ、あ、ああ、は……あ……」
「髪も瞳も黒くて凡庸なうえに肌もちと浅黒いな、黒い服ばかり着ておるからか?」
「わ、私だって……君みたいなもやしと……ふ……寝るのは、好きじゃない、ん、だけど、あん!」
「とどめに口も悪い」
 いきなり突き上げられた。
 きっと達するためじゃなくてだまらせるため、奥の一番イイところだけ狙ってくる。
「や!ああっ!はぁ!」
「声を殺せ、うるさい」
「君だっ、て、うるさ、んん、ん、ふっ……!」
 悪態をつきながら彼に抱きついて体を振るわせる自分は、傍目からはどう見えるんだろう。
 仙界大戦が終わって独りで泣く彼の背を見つけて、その肩に触れたときからだらだら続く関係。
 彼が呼び出し、私が応える。
『あの人』を失くして眠れない太公望と、【あの人】がいなくて眠れない私。
 つまりまあ、いわゆる、傷のなめあい。
 乱れた息もそのままに余韻にひたる私の中から彼がずるりと出て行く。
「あれ……もうおしまい?」
「んむ」
「君まだ終わってないじゃない」
「眠い」
 太公望が私に背中を向けてごろりと転がる。
 しょうがないからため息をついて寝台から降りようとしたら、とたんに腕をつかまれた。
「……行くな」
 枕に顔を押し付けて、彼は表情を隠している。
 だけどその声音は、通信具の向こうから聞こえてくるのと同じだった。
『……来てくれ』
 呼び出しはいつもたった一言なのに、その短い言葉の中に今にも暗闇に押しつぶされて消えてしまいそうな彼の姿が見えるから。
 結局私って太公望に甘いんだよね。
 もそもそと寝台にもぐりこみながら、私はあえてなにもかも太公望のせいにした。
 薄い背に抱きついて手を伸ばし、えいとばかりに鼻をつまむ。
「何をする」
「しかえし。さっきはよくも言いたい放題言ってくれたね」
「本当のことではないか」
「サイテーだね。普通は思ってても言わないものだよ。女あしらいはうまいんじゃなかったの?」
「おぬしは女とは思えん」
「女と思えない相手を抱く君はなんなの?ホモ?」
「やかましい、叩きだすぞ」
 耳をひっぱる、うなじもひっぱる、肩をつねる。うざったそうに舌打ちする君が楽しい。
「いいかげんにせんとこうするぞ」
「ひゃん!」
 急に向き直って腰を抱かれて、わき腹をなであげられた。
「や、ちょっと、くすぐった……や、あぁ……ん……」
 隙をついて伸ばされた両手が全身を撫でまわす。
 さっき終わったばかりなのにもう火がつきそう。
「ふふ、ほん……と……セックス、だけ、は上手……だね……」
 太公望はふんと鼻を鳴らした。
「当然。女の数は男の甲斐性だ」
「手も握れなかったくせに?」
 太公望の手が止まった。
 あらゆる感情をたたんでしまいこんだみたいな無表情になる。
「ごめんごめん今のナシ、あはは」
 嫌味っぽく(嫌味だけど)取り繕うと背を向けてしまった。
 全身から不機嫌オーラまんべんなく放出中、測定できたらすごい数字になりそうだ。
「ナシだってばー。もう、怒んないでよ太公望~」
 背中に胸をすり寄せて耳に息を吹きかける。
 振りはらわれた、楽しい。
「ひどーい。他の女の子にはやさしいのに、私にはやさしくなーい、サイテー」
「……」
「フクシューしちゃうよ、私。崑崙中の君の恋人に言いふらしてやるんだから」
「好きにせい」
「かわいくない!年下の男の子なのにかわいくないっ!」
「黙れ」
 長いため息が聞こえる。
 低気圧は去ったらしいけどまだまだお天気は斜めですか、そうこなくっちゃ。
「そういえばさー、君、下では恋人いないんだって?」
「それがどうした」
「ええ?意外だよ、驚きだよ、大スクープだよ。
 あれだけさんざんかわいい子とっかえひっかえよりどりみどり千円均一してた君が、君が!まるっきりの禁欲生活!何事?
 どうしたの?いきなり愛と平和の仙道にクラスチェンジしちゃったの?」
「忙しいだけだ」
「うっそだあー。独り寝なぞ甲斐性ナシのすることとか豪語してたくせに」
「えらくからむのう、今日は」
「だって人のこと散々言ってくれちゃってさ。私怒ってるんだよ、これでも」
 ほっぺたふくらませて、私はもう一度太公望の鼻をつまんでやった。
 太公望が崑崙で流した浮名は数知れず、というか数えるのもイヤになる。
 100にも満たない若造に御執心の美女を狙い撃ちされて泣いてる仙人たちはちょっと笑えたけど。
 どうだかなあと思ってた。
 手が早いうえに飽きるのも早いし、ぶっちゃけ元始天尊の一番弟子って立場にふんぞりかえってるように見えなくもなかったし。
 でも一番どうだかなあって思ったのは。
『それでな、その花冠は太公望様にならすべてを捧げますとかなんとか言ってくれてだな。
 あのうるんだ瞳での上目遣いがなんと愛らしかったことか!』
 語っちゃうんである。
 全部。
 報告するんである。
 逐一。
 どこそこの誰々が告白してきたとか、何々がどうこうでどうしてきたとか。
 いかに自分がもてるか、いかに自分が女たちの目に魅力的に映るか、多少えげつないところまで。
 語るんである、報告するんである、全部、逐一、なにもかも。
 彼女に。
 同期で、友人で、彼の監視役で、いつもそばにいてくれる彼女に。
(それでもいいとすりよっていく花冠たちのなんと多かったこと!)

 封神計画なるもののどこまでを彼女が知っていたかはわからない。
 ただ、彼女の務めは監視だった。
 太公望を監視し、その動向を元始天尊へ報告する。
 十二仙となってからも、それが彼女の主な務めだった。

 彼女はよく私の洞府に来てくれた。
 訪れるのはいつも太陽が中天から少し傾いたくらい、つまり太公望が昼寝してるあいだ。
 昇山してすぐに彼女は、空間検索能力をかわれて太公望の監視役にあてがわれた。
 以来、彼女は忠実に職務をこなした。
 いつも、太公望のそばにいた。
 だからこうして彼女が1人でいるのは、彼が眠ったときくらいなもの。
 私は彼女と、いつもおしゃべりをして過ごした。
 話題はなるべくたわいないものにするよう心がけた。
 彼女が口をはさめるように。
 たまにでいい、ぽつりと、濁った内心をこぼせるように。
『ねえ太乙』
『なに?』
『僕ね、わからないんだ』
『太公望のこと?』
 うん、と彼女がうなづく。
『望ちゃんね、僕がきらいって言うんだ。僕より他の女の人のほうがずっといいって』
『あんな男の言うこと真に受けちゃダメだよ、口から先に生まれてきたようなヤツなんだしさ』
『……わからないんだ』
『……』
『望ちゃんね、僕を抱くの』
『うそ、だって君たち、指一本触れてないはずじゃ』
『夢の中で』
『……』
『夢の中でね、望ちゃんは僕を抱いてるんだ。
 気持ちよさそうな顔してね、僕の名まえ呼ぶんだ、うれしそうに』
『……そう』
『それがね』
 本当にうれしそうなんだと、彼女はうつむく。
『となりでそれを聞いてると、わからなくなる……』
『……』
『……もう少し美人に生まれてたら……僕も望ちゃんに相手してもらえたかな……』
 そう言って、彼女は、いつもひっそり笑った。
『君はじゅーぶんきれいだしかわいいから!私が保証するからっ!
 太公望の言うことなんか真に受けちゃいけないったら!』
『ありがとう太乙』
 彼女は、いつも笑っていた、きっともう涙も出なかったんだと思う。
 常に冷静さを失わない彼女が、その実誰よりも一途に彼を慕っていると知っているのは、私とその友人たちくらいなものだった。
 同性の気安さゆえか、誰にも言えない本心を彼女は私にだけ教えてくれた。
 突然、洞府の扉が勢いよく開けられた。
 廊下の向こうからばたばたと足音がして、誰かが息せききって走ってくる。
『望ちゃん』
『やあ太公望』
 彼女がちらりと時計を見る。
 いつもの時刻にはまだ早い、けどこういう時もあるだろう。
 肩で息をしながら、太公望は彼女をにらみつける。
 あの、ここ私の洞府なんですけど、ガン無視?まあ、いつものことだけどさ。
 そして彼はいつものセリフを叫ぶんだ。
『おぬしの務めは何だ!?』
 彼女もいつもと同じ返事をする。
『キミのそばにいること』
 その次にくるセリフもお決まり。
『ならばそれをせい!』
 それからは、呼んでもこぬとは何事だとか、最低限の務めも果たせぬとは役立たずめとか、おぬしのような無能が十二仙とは世も末だとか、不愉快なたわ言が続いて。
 ようはお昼寝から目が覚めたら彼女の姿がなくて泡食って探しまわっただけのことでしょ、それで隠せてるつもりなの?
 チラチラと私のほうを見て様子を伺ってるのがしゃらくさい。
 嫉妬丸出し。独占欲丸出し。
 これで策士らしいよ、手も握れないくせに。
 わがまま言ってつきまとってわめいて怒鳴って駄々こねて相手してもらって、それでほっとしてる君が。
 世界を変えるんだそうです。
 ぎゃあぎゃあとまだ何かわめいてる彼に相槌を打ちながら、彼女は視線で詫びてきた。
『いいよ、気にしないで。またおいで。このどーしよーもない男はほっといてさ』
 困ったように、彼女は、普賢は、いつもひっそり笑ってた。

『好きだって、言いたいな』
 普賢がそうぽつんともらしたのは、太公望に封神計画が降りて2日目のことだった。
『言うの?とうとう』
『とうとうって何さ』
 普賢は苦笑しながら白磁の茶器を手の中でまわした。
 彼女の肌は陶器も恥じ入るような白さだ。 
 すこしだけうらやましさを感じて私は続きを待つ。
 沈黙は長かった、仕方ないと思う。
 60年近く目をそむけ続けてきた想いへ、一歩踏み出そうとしているのだから。
『言ってどうなるってものでもないけど、やっぱり望ちゃんは僕がきらいみたいだし、僕、彼とどうにかなりたいって望んでるわけじゃないんだ。
 でも、望ちゃんが下に降りてしまえば、もう機会はないと思う。
 これが最後のチャンスだから。
 僕は監視者で密告者で、務めでキミのそばにいたけれど……それだけじゃないんだって、伝えたい』
 探しながら、言葉を、一生懸命。
 口にするだけでもう恐れと不安がふくれあがってくるのか、いつもはなめらかに動くくちびるが今はきゅっと引き結ばれている。
『言うといいよ、いや、言うべきだよ。彼だってそれを望んでる。間違いないよ』
『ありがとう太乙』
 普賢は安心したのか、心の底からの微笑みを見せてくれた。
 あんなきれいな顔でとろけそうな目で見つめられたら、間違いなく落ちるね、恋に。
 ましてや相手は、ほんとはすっかり君にメロメロなんだから。
 だから私は胸を張って言ったんだ。
『行っておいでよ、必ずいい結果になるから』
 彼女は微笑んで出かけて。
 で。
 泣きながら帰ってきた。
 まさかこんなことになるなんて思っていなかった私はすっかりあわてふためいて、玄関にうずくまって嗚咽をこらえる彼女に、とりあえず毛布かけてあげたりなんかして。
 なんで毛布なのか自分でもちょっとわかんなかった、うん、それだけ私もパニクってたんだ。
『なに?どうしたの?なにがあったの?いや、言わなくてもいいよ?うん、とにかく落ち着いて?』
『た……太乙……』
『なになに?どうしたの?』
『……ちゃった……』
『ん?』
『ぼ……ちゃん……ぼくの……顔見る……なり……逃げちゃ……た……』
 うわあ。
 もう身も世もなく泣き崩れる彼女を抱っこしてなだめて、その日から太公望は私の中の最低男ランキング不動の1位になったのだった。

「遊ぶのはかまわんが、しゃべるな」
 彼をつついてはしゃぐ私の手をふりはらい、太公望は不機嫌そうに言う。
「やだーやーだー、もっとあそんでーかまってーこっち向いてー、ほらほら」
「やかましい」
 彼はため息をついて体から力を抜いた。
「こっち向いて。ねえねえ、こっち向いて太公望」
「……」
「空色の髪じゃないけどこっち向いて。
 紫の目じゃないけどこっち向いて。
 あんなに色白じゃないけどこっち向いて」
「……おぬしは普賢ではない」
 そうだよ、私は普賢じゃない。
 私は君の普賢なんかじゃないよ。
 つねる。
 ゆっくりと、その肩を。
 跡が残るくらい。
「……おい」
「ふふふ、この程度で済ませてあげるんだから感謝しなよ」
 あの時君が逃げださなけりゃ、きっと普賢は死ななかった、私のあの人も、死なずにすんだ。
 彼の体を乗り越え、無理やり視線をあわせる。
 イラついた黒曜石みたいな瞳に、私の姿を映しこむ。
「ねえ太公望、私怒ってるんだよ、これでも」
 そっとキスした。