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SS~桜下非止恋心~あるいは出会いなおす2人の話~

『探さないでください。僕は大丈夫です。今までありがとう、さようなら』

 ※さくらのしたやまずのこいごころ
 ※『LOVEノンストップ~あるいはキスもまだな2人の話~』の別Ver
 ※現代パラレル お耽美 12禁くらいで
 ※ふーたん男の子注意
 ※うや?

続き

 帰り際、初めて口付けた。
 途端、紫紺の瞳に大粒の涙が盛り上がった。
 突き飛ばされる。
 顔をあげると糸が切れたように泣きじゃくる普賢がそこにいた。
「帰って、お願い、帰って」
 それだけをくりかえす普賢をどうしていいのかわからず肩を抱く。
 一層激しくなった泣き声にまた明日も来るからとささやいて体を離した。
 後ろ髪を引かれながら帰路につく。
 翌日、普賢は失踪した。
『探さないでください。僕は大丈夫です。今までありがとう、さようなら』
 誰にあてたとも知れない手紙一つ残して。

 桜の舞う季節だった。

 タタン。タタン。
 終電が走る、春の夜を。
 すいた車両には自分と居眠りするOL、それから泥酔したサラリーマンが一人。くたびれた顔がガラスに映る。
 夜ともなればまだ肌寒く、古ぼけたトレンチコートが手放せない。疲労の色が濃い普賢の横顔は、今夜少しだけ明るかった。腕の中の紙袋を大事に抱えなおす。
『へえー、そんなの読むんですか』
 年下の同僚の意外そうな声がよみがえる。
『うん、つきあいでね』
 あいまいに笑ってごまかし、普賢はそれをさっさと袋に入れた。社員割引をきかせて支払いを済ませる。書店店員の数少ない特典だ。
 眠たげな車内放送が目的の駅名を告げた。普賢は回想を打ち切り、電車を降りて改札を抜ける。いい夜だった。風はひんやりとして、時折薄紅の花びらを運んでくる。古くから住宅街だったこの町は、そこここに桜の木があった。
 右手に夜桜を見上げながら、普賢はアパートの階段を登る。廊下を照らす裸電球の頼りない明かりが、老木の妖しいまでの美しさを引き立てていた。さびの浮いた階段の途中で普賢は足を止め、しばし桜に見惚れる。
 冷えてきた体に気づいて歩を進め、3階の一室に入る。扉に鍵をかけて電灯のスイッチを入れると、無機質な蛍光灯の光が6畳間を照らし出す。ちゃぶ台の上に紙袋を置いた。
 冷蔵庫から昨日の残り物と買い置きの惣菜を出して食事にする。普段ならテレビを見ながら食べるところだが、今日はさっさとかきこんでおしまいにした。茶碗と皿を流しに置いて、正座などしながら紙袋をあける。中には薄い冊子がひとつ入っていた。
 瀟洒なタイトルがつけられた冊子は2ヶ月に一度発行される会報だった。発行元は由緒正しい茶道の一派。だが普賢に茶を嗜む趣味はない。目的は。
「……元気そうだね、望ちゃん」
 普賢は表紙を指先でなぞる。闊達な笑みを見せる当主の姿がそこにあった。

 茶道姜家流家元嫡男、18代目太公望。それが彼の肩書きだった。
 出会ったのは幼稚園の時。同い年で家の近い彼と普賢はすぐに仲良くなった。
「だいすきだぞ、ふげん」
「うん。ぼくもすきだよ。ぼうちゃん」
 お互いの心がお互いに流れていくことを、当たり前だと思っていた。一緒に居ると楽しくて、一緒に居るとうれしくて、時がたつのも忘れ泥だらけになって遊んだ。
 幼い幸福は儚いもの。
 小学校にあがり、普賢は男同士ですきと言い合うのはおかしいのだと知った。中学高校と世界が広くなるにつれて、禁忌は強さを増し、くりかえし普賢の前にたち現れる。そのたびに普賢の思いは縮んで硬くなっていった。
「大好きだぞ、普賢」
 だけど彼は変わらなかった。
 成長するにつれ、しだいに真剣みを増していく彼の瞳。一緒にいたい、ただそれだけの理由で歴史も格式もある私立学校を蹴り、自分と同じ学校に入ったと知って呆然とした。
「好きだ、普賢」
 いつだってまっすぐに、射抜くように見つめてくる彼が怖かった。だけど一番怖かったのは、ひそかに喜ぶ自分だった。口先では彼を拒みながら、寄せられるささやきに酔いしれていた。
 怖かった。だから逃げた。
 高校を出たらいっしょに暮らそうと言う彼にあいまいな笑顔を返しながら、普賢は県外の大学を受験した。距離を置けば彼の熱も冷める。何の根拠もなく漠然とそう思って。
「何故だ、普賢」
 彼は来た。
 学生向けのワンルームマンション、6階の角部屋の前に彼の姿があった。知らせていなかったはずなのに。
「高校を出たら一緒に暮らそうと、一緒の大学に行こうと言ったではないか」
 多忙なスケジュールの合間を縫ってやってきたのだということはすぐにわかった。見慣れない高級車が駐車場で待機しているのが視界の隅にひっかかる。
「いや、いい。かまわん。これがおぬしの出した答えなら。だが何故一言いってくれなかった。そんなにわしは信用ならんのか」
 怒るでもない責めるでもない、淡々とした声。いつも傲慢なくらい力強い瞳が、寂しげに伏せられていた。彼にそんな表情をさせるのは自分だと、自分だけなのだと、暗い喜びに胸がふるえる。
「教えてくれ」
 彼の顔が見れなくて、何も言えなくて。ともすれば笑いの形に歪みそうになる唇を押さえるのに必死で。
 怖かった。うれしかった。泣きたいくらいの恐怖と歓喜。乱れた思考ごと抱き寄せられた。唇に彼の体温を感じたその瞬間、頭の中でぷつんと糸が切れた。

 あの日も、桜が舞っていた。

 薄い冊子を何度も読み返して、気がつくと日付が変わっていた。明日が休みでよかったと思いながら伸びをする。
 あれから10年。
 置手紙一つ残して蒸発してから、10回目の春。父も母も悲しみにくれているだろう。死んだと思われているかもしれない。いっそそのほうが楽だった。罪の意識を背負いながら、町の片隅でひっそりと生きてきた。
 捨てられない思いを抱えながら。
 写真の中の彼の姿は、年々大人びて精悍になっていく。当主の座を受け継ぎ、妻を娶り、子どもももうけた。彼に似たまなざしの女の子は、この春から幼稚園に通うはずだ。よい友人に恵まれるといい。
 あくびをひとつ。荷物の少ない部屋の中で、そこだけ充実した本棚の中に会報を入れる。ずらりと並んだバックナンバーに苦笑がもれた。
 洗いものを片付け、風呂を沸かすあいだに布団を敷く。汗を流して着替えを終えると電灯を消した。ほの暗い窓の向こうで桜が散っている。
「おやすみなさい」
 つぶやく声が闇に溶ける。眠気に誘われるまま瞼を閉じた瞬間、インターホンが鳴った。
 怪訝に思い体を起こす。しつこく押されるインターホンを不愉快に感じながら、普賢は玄関に向かった。のぞき穴から外をのぞく。誰もいない。にごったレンズのむこうにはぼんやりと明るい廊下があるだけだ。
 またインターホンが鳴る。
 普賢はおそるおそる扉をあけた。待ち構えていた誰かにドアノブをつかまれ、外側から開かれそうになる。
「普賢!」
 扉の隙間に見えたのは、夢にまで見た。
 我を忘れた一瞬。彼が部屋に入ってこようとする。普賢は恐慌にかられて、ドアノブを千切れんばかりに引っ張った。だが隙間に革靴を挟み込まれて思うようにならない。短く濃密な無言の押し問答の末に彼が扉をこじ開けた。
 身を翻そうとして失敗し、腕を捕えられる。
「探したぞ普賢!」
 壁に押し付けられ、間近に迫られる。変わらない真剣さ。熱を帯びた射抜くような瞳にこみあげてくるものを懸命に抑える。
「10年だ、10年探した!会いたかった!」
 連ねられる言葉が短刀のよう。遠慮も酌量もなくまっすぐに魂へ突き刺さる。 
「待っていたのだろう、わしを!わしを待っていたのだろう!?」
 ああどうしてキミは、そんなにも傲慢にひたむきに、真実を突きつけるのか。
 視界がにじむ。熱い涙が頬をつたう。こみあげてくるものをもう抑えられない。
「……待ってたよ」
 ほどけてく。糸が。
 鞠のように幾重にも思いを戒めていた糸がほどけていく。
「待ってたよ。キミを待ってた。待っていたよ……!」
 抱きついた。キスをした。自分から。
 10年ぶりに感じる体温。糸がほどけてく、止まらない。涙があふれる。
「好きだ、普賢」
 あの頃より深みの増した声。変わらない熱。抱きしめてくれる両腕。ずっと欲しかった。
 胸の内いちばん奥にずっと大事に守ってきた言葉が今すべての枷から解き放たれて、ふわり、浮かび上がる。
「……うん。僕も好きだよ。望ちゃん」

 まだ、肌寒いから。
 一人用の布団は狭くて、2人くっついて横たわる。裸の体に悦楽の余韻。初めてだというのに触れてもらう喜びに乱れきったことが気恥ずかしい。心地よいけだるさに包まれて瞼が重いけれど、眠ってしまうのがもったいなかった。
「まったく」
 ちゃかすような軽いため息とともに、望が普賢の髪をなでる。
「偽名なんぞ使いおって、おかげで探すのに手間取ったぞ」
「どうしてわかったの、ここにいるって」
「会報の住所をな、あたってみたのだ」
 会員向けの冊子は通常、個人宅へ配送される。書店に卸すことは少ない。数年ごとに名前と住所を変えながら、定期的に書店へ送られる会報の存在に勘付いたのがきっかけだった。
 わしとしたことが気づくのに遅れたと、唇を尖らせる望に笑みを誘われる。
「……きつかったぞ。ある日突然消えられるというのはな。おぬしがわしを避けていると気づいておったから」
「これ以上キミのそばに居ちゃいけないって思ったんだ。キミの、人生を壊してしまうと思ったから」 
「人生か」
 苦味を帯びた笑い声が聞こえた。
「光明のない生活が輝かしい人生に見えるのだろうな。そういう生き方もあるやもしれん。だがわしには無理だ。この10年、おぬしを探し出す、それだけを心の支えに生きてきた」
「……奥さんはどうするの?子どもは?」
「説得する」
「離縁はしちゃだめだよ」
「わかっておる。愛しているし、大事にも思っておるさ。生活も保障する。だがわしの伴侶は、おぬししかおらぬのだ」
 当然のようにつぶやかれたその言葉がもたらす陶酔。普賢はうっとりと笑い、後ろめたさに目を伏せる。
「なに、おぬしが気に病むほどのことではない。なんとかするさ。
 わしはなんだかんだでやりたいようにやってきた。
 今までずっとそうしてきた。これからだってそうするのだ」
 不敵に笑う望に普賢は身を寄せた。あたたかな体が確かな実感を持って普賢を包む。
 ごめんなさい。許してください。
 幸せになりたい。この人でなきゃダメなんです。
「……僕、キミの家には行かないよ」
 驚いてのぞきこんでくる望にとろけるような微笑を見せて、普賢はささやいた。
「ここにいるよ。もうどこにも行かない。だから会いに来て。大好きだよ」
 彼にだけ、聴こえるように。

  桜舞う。春。

 
>後日談『心寄所縁遅桜

COMMENT

■ノヒト ... 2007/04/16(月)01:24 [編集・削除]

 LOVEノンストップのほうを書き上げた直後に、男の子ふーたんだとどうなるんだろう、と思い実験的に書くことにしました。
 反応がちょっと変わるだろうな~まあ一部言い回しを変えるだけだし楽勝楽勝と思ってたら、開始9行目で失踪しやがったー!
 結局まるまる書き直す羽目になりました。
 まったくパラレルふーたんはナイーブで困るぜ!
 そして望のストーカー度がなにげにあがっている件。