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SS~リクエスト「ケンカして仲直りする二人」fromA,N,Otherさま

 「烏龍茶の冷たいの」
 
 ※ほのぼの
 
  
続き
 
 

 寝苦しい夜だった。
 普賢は寝台の上で無意味に寝返りをうつ。寝室にはべたべたした夜気が充満して薄掛けの布団ですらうっとおしい。
 隣室から物音が聞こえて、明かりをつける気配がした。扉が細く開けられる。闇に慣れた目には少量の光でも突き刺さるように感じた。
「なに?」
 自分でも気が滅入るような投げやりな声だった。影はひるまず聞いてくる、眠れないのかと。返事の代わりに寝返りをうって、扉の隙間からのぞいた彼に背を向ける。
「眠れぬのなら散歩にでも行かぬか」
 普賢は背を向けたまま布団を抱きなおした。
「烏龍茶の冷たいの」
「んむ」
 彼が身を引いて扉をしめる。再び闇の中に戻った普賢は、体を起こして伸びをした。
 寝汗で湿った夜着を脱いでいつもの道服に替えた。清潔な布は肌に心地よい。普賢は少しだけ機嫌を直して立ち上がり、扉を開ける。
 とたんに網膜に光が染みて、普賢は顔をしかめた。まばたきをくりかえすとようやく目が慣れる。
「できたぞ」
 厨房から彼が戻ってきた。盆の上には汗をかいたグラスがふたつ。臙脂色の液体の中に氷がたっぷりと浮いている。彼に歩み寄り、グラスをとって一気に飲み干すと、濁った体温が洗い流されていく。
 一息ついた普賢が時計を見ると、深夜をとうに過ぎていた。眠れないのは彼も同じらしい。
「散歩に行こうよ」
 ソファに座ってグラスに口をつけていた彼もまた茶を飲み干した。

 夜を歩く。細い道を行く靴音はふたつ。
 眠る森、闇に沈む洞府、木々の呼吸、砂利を踏む音。細い道を抜ければ、往来に出る。冴えた夜気が心地いい。
 からっぽの大通りを横切る。昼間は人でごったがえしまっすぐ進むこともままならないけれど、今は静まりかえっているから、通りの真ん中で立ち止まってみる。普賢が足を止めると彼もまた立ち止まった。
 今日、昼に彼とケンカをした。
 どうということもない口喧嘩だったのに、腹が煮えておさまらなかった。むくれたまま寝台にもぐりこんで、やっぱり眠れなかった。
 だから、そぞろ歩く。
 莫大な力を持つ唯の人である彼と、死と生の狭間をたゆたう神たる自分。齟齬がたまにふたりの間火花を散らすこともあるけれど、こうして夜歩けるなら手をつなぐこともできる。
 誰もいない通りに立ち、ふたりで見つめる。闇の奥へまっすぐに伸びる道、頭上高く燦然と輝く星の渦。
 同じものを見ているとは限らないが、違うものを見ている気はしない。あの頃は隔たりの大きさに苛立っていた、今はふたり似たようなところがあることに驚いている。
 どちらからともなく歩き出した。
 往来からまた路地へ。空き地を通って脇道へ。蓋をされた井戸が眠る横を抜け、水路の上の橋を渡る。
 柳の揺れる小道で、物陰から出てきた猫と行き会った。彼が一歩それて足を止める。普賢も自然と歩みを休めた。猫はニャアと鳴き、満足げにしっぽを振りながらふたりの横を通り過ぎる。
「夜は猫の領分だからな。道を開けねばならぬ」
「何それ」
 まじめくさった顔で言う彼に普賢はふきだした。鈴を振るような笑い声が闇に響く。
 普賢は彼の手を引き、帰りとは違う方へ歩き出した。ぐねぐね曲がる路地を抜けて階段を昇れば、高台へ出る。
 たどりついた狭い広場に花樹が立っていた。満開の白い花が、星明かりに濡れている。
「いいな」
「いいでしょ」
 眼下に眠る町をながめながら、無言のまま白い花を愛でた。
 空の色が薄くなっていく。ぬばたまの闇から漆のような黒、やがて瑠璃より深い藍色へ。世界の中に音が増えていく。隠れていた影が姿を現す。
 朝を予感して、ふたりはつないだ手を離す。
「さて、今日はどこへ行こうかのう」
「さて、一眠りしたらお仕事しなくちゃ」
 あくびをしながら、来た道を戻る。
 その手が重なることはなかったが、ふたつの影は離れなかった。
 

COMMENT

■ノヒト ... 2007/06/27(水)06:27 [編集・削除]

しまった、ケンカしてない。
夜は猫の領分~ってのは大槻ケンヂのエッセイから。