「つか、征服って、具体的にどうするわけ?」
※現代パラレル ジャポン
※ふーたんが宇宙人
※楊ゼンがちょびっとしか出てこない……
「最初からもう一度言ってくれ」
望は、思わずそう返した。
「だからな、望よ」
卓の右手に座っていた祖父、元始は、上座にちんまりと正座している少年に手を向けた。
「こちらがK063星雲からお越しの普賢閣下。このたび地球を征服に来たそうじゃ」ぺーちゅんちゅん、ぺーちゅんちゅん。
庭先から聞こえる小鳥の声がすがすがしい。
開いた障子の向こうには、小さいながらも整った日本庭園が見えた。
雄雄しい枝ぶりを誇る庭木や、こんもりした古い生垣は、自然の息吹を感じさせる。手前には苔むした石灯籠、足元の池には見事な錦鯉が4匹。
望が子どもの頃から慣れ親しんだ光景だ。ガキの頃はよく池に入りこんで悪さしては、ジジイの雷を食らったもんだっけか。
「戻って来い望よ。じいちゃんをひとりにするでない」
ああせっかくイイカンジに逃避していたというのに。
望は泳いでいた視線をしかたなく正面に向ける。
向かいに座っていた少年は、望と目があうとにっこり笑った。
年のころは望と同じくらいか。ほっそりした輪郭に形のいい薄桃色の唇、どこか眠たげな瞳が抜群に愛くるしい。
彼こそが外宇宙から飛来した悪の帝王なのだそうだ。まあ確かに水色の髪と紫の瞳は人外カラーだ。
隣に控える(控えるという言い回しが実にふさわしい)お付の青年の腰まであるロンゲときたら、硫酸銅水溶液かってくらい真っ青だ。
祖父の話によると、現在8192の宇宙が少年の帝国の傘下にあるのだそうだ。地球は5702番目の宇宙内に在るのだが、あまりにちっこいから今まで見過ごされてきたらしい。
しかし『地図の中にぽつんと空白があるのは気になるから』という理由で征服に来たそうだ。
「ほら、ぷちぷちで一個だけつぶせんと腹立つじゃろ?あんな感じではないかとわしは思うのじゃ」
「あ、はい、そうなんです。おわかりいただけてうれしいです」
ひとなつっこい笑みを浮かべる彼からは邪気の欠片も感じられない。全体的にぽやぽやした雰囲気で、先日3丁目の李さんとこに生まれた子猫を思い出させる。
マントの肩部分から突き出している ねじくれた角飾りがおそろしく不釣合いだ。
「つか、征服って、具体的にどうするわけ?」
望はこめかみを押さえながらとりあえず変化球を投げた。
この癒し系オーラ全開の少年のことだ、幼稚園バス乗っ取りくらいが関の山だろう。
まだ現実を認めきれない望は、そう考えることによってたかをくくろうとした。
「はい、まずは光科学兵器でポイント022.513.614を破壊します。
つづいて幹線道路を分断、交通を混乱させると同時に、この恣意行動をメディアを通じて全世界に放映します。
さらに各国が対策を講じている隙に通信網から金融機関を押さえ、電子化されたマネーを掌握して経済を麻痺させ、交渉の質にする予定です」
あれ、けっこう本格的?
「……ポイント022うんたらってどこだよ」
「あちらです」
少年がつと手をあげて、窓の外を指差した。垣根の向こう、そのまた向こう、青空の下で威容を誇るのは、わが国のシンボルにして3,776メートルの標高を誇るマウント富士。
『やべぇ、本気だあああああああああああ!』
望の背中に冷や汗が吹きだす。
「当初はその予定だったのですがね」
隣の青年が憮然とした表情で口をはさむ。
「僕は認めませんよ。こんな下等な猿を伴侶になさるなんて」
少年は柔和な顔をちょっぴりしかめ、楊ゼン、と尖った声を出した。
「ごめんなさい。躾ができてなくて」
「いや、いいけど……その……」
望はこめかみを揉んだ。
眉根を寄せ、最大の疑問をおそるおそる俎上にのせる。
「なんで俺がお前とケッコンせにゃならんのだ?」
「それはあなたが我々を凌ぐ遺伝子の持ち主だからです」
少年は、にっこりと笑った。
ことの次第はこうだ。
地球は、当初さっくりと征服される予定だった。彼らにとって、辺境なうえに短命種ばかりで資源もイマイチな魅力に乏しい未開の星でしかなかったからだ。
しかし、惑星スキャンの結果、地球上に大量に生息する類猿人の中に、きらめくような才能の持ち主が存在することがわかった。
ほかでもない、望である。
少年の一族は長命であるが故に婚姻相手をこれでもかと言わんばかりの勢いで選び倒す。ましてや帝国の主となればなおのこと。
種族や爵位は関係ない。選び抜かれた最高の遺伝子の持ち主が伴侶になるべきなのだ。
「僕とあなたの遺伝子を受け継いだ子が生まれれば、全宇宙を統一することも夢ではありません。一緒に平和な世界を築く礎になりましょう!」
「盛り上がってるところ悪いが、俺は男だ」
「ご安心ください。我々は同性間で子孫を残す方法を確立しています。ちなみに僕の父は女性です」
安心できるかボケ。
「俺に拒否権は?」
「もちろんあります。無理強いは紳士的でないですし……」
と言いつつ少年は窓の外に目をやった。視線の先にはマウント富・士。
してんじゃねーかよ無理強いをよ!思いっきりよ!
ああこれが砲艦外交ってやつか。きっとペリーを迎えた阿部正弘もこんな気分だったに違いない。
「というわけで地球の代わりにあなたを征服したいと思ってます。
これからよろしくお願いします、奥さん」
「だから待て、俺は男だ」
「大丈夫です。帝国暦672*10*8乗に同性結婚の許認可が降りて以来偏見は払拭されています」
「そういう問題じゃなーい!何が悲しくて野郎と刺しつ刺されつの間柄にならにゃならんのだ!俺はまだ女の子とちゅーもしたことないんだぞ!」
「学習装置でシミュレーションがんばりますから!」
「がんばるなああああああああああああ!」
恐慌状態の望をながめ、ひげをしごきながら祖父がひとりうなづく。
「望よ、確かにつらい受験勉強を終え、高校生活を始めたばかりのおぬしにこの話は酷かもしれん。
しかしな、おぬしの一言にこの星の全人類の命がかかっておるのじゃぞ?」
「わかっとるわジジイ!!!」
いやに余裕綽々の祖父が気に障る。ふと見ると元始の背後には桐の小箱が置かれていた。
蓋の上に表書きがある。『B726惑星支配権利書』。
……俺を売りやがったなジジイ……。
とはいえ悔しいが言ってることはもっともだ。進むも退くも待つのは地獄。かくなるうえは……。
「……いいだろう……よろしくな、だ・ん・な・さ・ま」
「う、うん!じゃなかった、はい!」
普賢の顔がぱっと輝く。
「僕は認めませんからね」
もうこうなったら、せめて刺されるのだけは断固阻止するしかない。
舌打ちする楊ゼンを無視し、望は凄惨な笑みを見せた。
■ノヒト ... 2007/07/26(木)01:42 [編集・削除]
楊とふーたんが望を取り合う話はすんなりおもいつくのですが、ふーたんを取り合う話は思いつかなくて四苦八苦しました。