「つきましたよ、呂くん」
※>>普賢閣下のどうでもいい続き。
※異世界パラレル。ふーたんが宇宙人。
「つきましたよ、呂くん」
長かったのか、それとも短かったのか。ようやく全身にかかっていた不快なGが消えた。
まだくらくらする頭を振って、汗で濡れた額をぬぐうとやっと辺りを見回す余裕が出てくる。思わず声をあげた。
壁という壁がすべてスクリーンに変わっていた。
そこから見えるのはまさに絵に描いたような未来都市。白を基調にした鉱物の植物めいた有機的な連なりが地の果てまで続いている。巨木が絡みあっているかのような橋をくぐり抜け、俺らの乗った宇宙船は都市の上を進んでいく。
そう、宇宙船。宇宙船なのだ。
俺こと呂望、太陽系第三惑星出身の類猿人。高校一年生。実家で祖父と二人暮し。それなりに山あり谷ありとはいえ平凡の範疇をはみ出さない人生を送ってきたつもりだ。
つもりなのだが、おととい家に帰ったら何故か茶の間で宇宙人が俺を待っていた。
「もうすぐ王宮です。星間航行は慣れてないとつらかったでしょう?
愛の巣を用意したからゆっくりしてくださいね!」
語尾にハートマークつけて振り返りやがる目の前のこの宇宙人、普賢は、なんか宇宙8000個くらい?のスッゲー広い帝国の王様で、スッゲーくだらねえ理由で地球を征服に来た、いわゆる悪の帝王だ。
確かに服装だけなら悪人ライクで、水色の髪に紫の目というありえないカラーリングだが、肌は白いし腕は細いし童顔なうえにいつもちょっと眠そうにしている。
身長と来たら、同年代と比べるとやや小柄、だいぶ、小柄な、あれだ、これから伸びるんだ俺は、おいといて、つまりこいつの背丈は、小中学校9年間朝礼の小さいもん順で必ず先頭をはっていた俺とほとんど変わらない。
そんなやつが角やら羽やらがっつりついたびらびら黒マント羽織ってとことこ歩いているのは正直微妙な気分だが、日曜朝8時台の悪の帝王よりは実績があるらしい。
まあそんなことはいいんだ、どーでも。
重要なのはこいつが男だってところだ。
普賢は男。俺も男。
間違いなく男。16年間生きてきて一度も女になったことはない、れっきとした男だ。
なのになにゆえ。
「帰ったら早速、国中にお触れを出さなきゃ。式場も選んで日取りも決めて、そうだ、引き出物も選ばなくちゃね。新婚旅行はやっぱりATA3かなあ」
俺を嫁にする気マンマンなのか。
俺の持つ遺伝子が、よくわからんがすごいから、らしいのだが。宇宙人の考えることはよくわからん。
断ったら征服するぞと暗に脅され、俺は泣く泣く条件を飲んだのだが。
……逃げたい。
何が悲しくて野郎といちゃこらせにゃならんのだ。それが全人類の命と引き換えだと思うとため息が出る。くそう、高校に入ったら彼女のひとりでもと思ってた俺への嫌がらせか。
「着陸しますよ」
すみっこにうずくまって頭をかかえていた俺にうきうきした声がかけられる。宇宙船は巨大なヘリポートの上だった。端には大小取り混ぜた様々な船が行儀よく整列している。あの豆粒みたいなのがずらっと並んでるのは、兵隊だろうか。
エレベーターが降りる時のような感覚がして、宇宙船は中庭へ降りた。
プシュと音がして、壁の一部がひらく。タラップになったそこを普賢につれられて降りると、はたして豆粒だと思っていたのは兵隊だった。しかも身の丈3メートルはあろうかという。
ガチガチに鎧兜を着込んで整列していた彼らが一斉に礼をした。
「お帰りなさいませ、閣下!」
一糸乱れぬその動きに思わずのけぞる。普賢が当然のように片手を挙げて応えると、しずしずとエアカーが近づいてきた。武装した護衛がわんさか取り巻く中、俺は普賢とともにそれに乗り込んだ。
「大丈夫呂くん?顔色が悪いみたいですけど」
「あー、うん、早く休ませてくれ」
これは夢だ、夢に違いない。どっちかというと悪夢だが。
きっとベッドに入って一夜が明ければ俺はまたもとの平々凡々な高校一年生に戻ってるはずだ、そう思いたいそうですよね神様、そうだって言え!
うつろな目のまま王宮の入り口についた。
広い。つか、でかい。なにもかも無駄にでかい。柱は石油タンクみたいな太さだし、天井は高すぎて見えん。広間(だと思ったら廊下だった)には、これまた侍女がずらりとかしづき、笑顔で俺らを迎え入れる。
「呂くんのために部屋をひとつ作らせておきましたから、まずはそこに案内しますね。
本当なら宮殿をひとつ建てるところなのですが、なにぶん今回は急な話だったものですから準備が間に合わなくて」
普賢は俺を振りかえり振りかえり、しゃべりながら先に進んでいく。
「その代わりと言ってはなんですけど、部屋は呂くんの故郷の文化データを基に作らせました。
……新しい宮殿ができるまで、僕たちふたりで暮らす場所になるわけだから……気に入ってほしくて……」
頬を赤らめるな!ぶりっ子ポーズをとるな!上目遣いで見るな!
ぷつぷつと鳥肌が立つのを感じながら、俺は必死で普賢から目をそらしたまま歩く。
「さあ、ここが僕たちの愛の巣です!」
普賢が高々と手をかかげた。重々しい音を立てて目の前の扉が開かれる。
豪奢な観音開きの大扉が開かれた先は……6畳間だった。
畳におざぶに押入れ、ちゃぶ台。ごていねいにみかんと湯飲みまで置いてあるよ、テレビはもちろん14インチだヒャッホウ。
「気に入ってもらえましたか?わあ、泣くほど喜んでくれるなんて、うれしいなあ!」
父上、母上、今だけ望に涙を許してください。
この望、事故で家族をなくして以来、男として恥じることのないよう努力してきたつもりですが、ちょっとつらいです。
つかここに布団敷いて寝るのか?どーすんだよこのちゃぶ台。けっこうでかいぞ。
「と、ところでさ」
普賢は頬を赤らめ、両手をもじもじさせながら俺の様子をうかがった。
「あのね、望ちゃんって呼んでいい?」
「はあ?」
総毛立った。”ちゃん”なんてしゃらくさい呼び方されたのは生まれてこの方初めてだ。
普賢はちっちゃい肩をさらにせばめて真っ赤になりながら続けた。
「だ、だってね、僕たちこれから夫婦になるんだから、その、ね?くだけた呼び方のほうがいいかなあって……えっと……」
普賢は上目遣いでいっしょうけんめい俺を見つめてくる。
……涙目だ……男のくせに!男のくせに!許せん!キモイ!殴りてぇ!
俺は思わず握り締めた拳をとっさに隠した。こいつの機嫌を損ねたら、下手すりゃ地球が消し飛ぶ。そのていどのことは鼻歌交じりにやってのける文明だってことはここにたどりつくまでに痛感させられた。
べつにクソジジイがどうなろうと知ったこっちゃないが、いつも俺に晩御飯のおすそわけをくれる3丁目の李さんや、中学以来の腐れ縁な発やら天化やら、そのちっちゃい弟たちのことを思うとやっぱり気がひけた。
「ぼ、僕、同じくらいの精神年代の子ってはじめてで……そりゃ、遺伝子目当ての、政略結婚みたいなものだけど……でも、それとは別に僕は、その、キミのことを初めて見たときから……だからその、できたら、僕と仲良くしてほしいなあって……」
語尾が小さくなって消えた。普賢は今にも泣き出しそうな目で俺を見つめている。
雨に降られてみーみー鳴いてる子猫inダンボールを見てしまったときのような後ろめたい気分が俺の胸に広がった。
うう……。
ずっと感じていたが、どうもこいつは俺に気があるらしい。
はっきり言って俺はムチムチバインで髪が長いおねーちゃんが好みであって間違っても野郎には興味の欠片も沸いてこないのだが、でも機嫌損ねたら故郷に何されるかわかったもんじゃないし、まーでもここまで来たんだからもーしょーがねーじゃん?流される人生もそれはそれでありじゃん?みたいな気分も無きにしも非ず、あるいはここでそこそこ気に入られるように振舞っといたほうが今後の結婚生活(……)において有利にこそなりはすれど不利にはならないだろうなあとぞおもふ。
打算のそろばんを高速で弾くと、俺は引きつった笑みを貼りつけてうなづいた。
「……かまわないけど?」
「ほんと!?」
「ああ」
「うわーい、やったあ!よろしくね、望ちゃん!」
普賢は満面の笑みを浮かべて俺に抱きついてきた。
うっかりそのツラにカウンターでぐーぱんを入れながら、俺はこれからの未来を想像して暗澹たる気分になった。
■ノヒト ... 2007/08/02(木)00:39 [編集・削除]
ATA3=アーターミ