「さ、視聴するぞ!」
※現代 シモネタ バカッポーゥ
※ふーたん男の子注意
※んふ?
「おやすみなさいやし、師匠、師叔」
「おやすみなさい木咤」
「おう、早く寝ろ」
僕が木咤の髪に最後の櫛を通し終わると、彼は上機嫌で立ち上がって一礼した。
久しぶりだもんね。髪を洗ってあげるのも、ドライヤーをかけてくしけずるのも。250年ぶりくらいかなあ。くるぶしまで届く長い金髪は、あいかわらずのふわふわさらさらで僕は心底弟子をうらやましく思う。
木咤はリビングの扉をぱたりと閉めた。廊下から僕の部屋のほうへ足音が遠ざかっていく。
「まったく、届いた当日に遊びに来るとは間の悪いヤツめ」
「遊びに来たのじゃなくて、報告に来てくれたんだよ。望ちゃんだって神界のみんなの様子教えてもらって楽しそうにしてたじゃない」
「それはそれ、これはこれだ。まあよい、うるさいのもいなくなったところで」
「もう望ちゃんたら。木咤をうるさいの呼ばわりしないで」
「似たようなもんであろうが。さりげに小言も多いし、いらんとこばっかり師匠に似おって」
「小言は望ちゃんにだけだよ」
唇をとがらせた僕をよそに望ちゃんが戸棚から取りいだしましたるは……アダルトビデオ。安っぽいパッケージの上できわどい格好の男女が絡み合っている。先日ネット通販で手に入れたシロモノだ。僕の太極符印をそんなことに使わないでほしい。
「さ、視聴するぞ!」
「……せめて木咤が帰ってからにしようよ」
「何を言う。あやつが戻るまで待っていたら3日はお預けを食らうではないか。ただでさえ2日も待っておるのだぞ!」
憤懣やるかたない感じで望ちゃんは拳を握り締めた。怒ってる望ちゃんは眉毛がきりりとあがってなかなか男前なんだけど、その理由が手に持ったAVじゃあねえ。
「そんなの片手に熱弁ふるわれても、正直困るよ」
「何をう?おぬしとて興味あるのであろう?わしと一緒にディスプレイのぞきこんで緊縛物がいいとか抜かしおったではないか」
「え、いや、あれはほら、もののはずみって言うか、ほら、後学のために、ね?」
痛いところを突かれてひきつった僕を見上げ、望ちゃんはニヤリと笑った。ソファに座る僕に体をすり寄せ、耳元に唇を寄せた。
「そうだのう、おぬしは縛られてされるのが大好きだからのう。この間の開脚長棒固定縛りはずいぶんとお気に召していただけたようだしのう」
ごすっ。
「……いつも思うのだが、精密機械で殴るのはいかがなものかと思うのだ」
「キミが殴らせてるんだよ!!」
引き続き太極符印で望ちゃんの頭をどつきながら、僕は数日前の夜のことを思い出していた。
世に映画が生まれて100年超。映画からテレビ、ビデオ、DVD、動画などなど、飛躍的に進化した技術の裏では、つまりその、男女の営みの映像記録も大量発生してたわけで。
人類が壁画を描いたのはポルノのためと言われるくらいだからしようのない流れだとは思うのだけれど、問題は望ちゃんがそれを見てみたい見てみたいとねだってくることだった。しかも僕と一緒に。
これまでは言ってくるそのたびに僕の強硬な反対にあって諦めていた。しかしうんざりするほど便利になった情報技術の時流に乗り、望ちゃんがネット通販にはまったのがここ1~2年。ふと気がつくと納戸の奥やクローゼットの下の段になにやら怪しげな品々が。深夜のお楽しみはバリエーションが増え……、まあその、僕も楽しんだのは確かだ。否定しない。
認めよう。根負けした(ということにさせてほしい)僕が望ちゃんと一緒にAVサイトを物色したのは事実だ。リクエストしたのも最終的に購入ボタンを押したのは僕だということも認めよう。
しかしゲイ専用サイトはあまりの濃さに速攻逃げ帰ったことは付け加えておく。
「この部屋には鍵がかかるし、なんならイヤホンもあるであろうが!」
「だから木咤が帰ってからって言ってるでしょ!」
「いーやーだー!見る!見るったら見るのだッ!」
「あんまり叫ばないでよ、夜更けなんだからさあ。木咤が起きてきちゃうじゃない」
子どもっぽくだだをこねる望ちゃんがむくれて見えるのはきっと気のせいじゃない。僕が木咤の髪を洗ってあげたのが相当御不満みたいだ。そりゃたしかに望ちゃんかまってなかったのはわるかったけどさ。
「もうよい、ひとりで見るわい」
望ちゃんは僕に背を向けて床の上にどすんと座り込んだ。こうなったらてこでも動かない。
僕はぷいと横を向いて。
でもやっぱりさみしげな背中はほっとけなかった。しゃがんでる望ちゃんにうしろからそっと腕を回す。
「さみしかった?ごめんね」
望ちゃんは仏頂面のまま、こくんとうなづいた。
細身で硬い背中をぎゅっと抱きしめて、僕は肩口に顔をうずめる。僕の頭が何かでこつんと叩かれた。視線をあげると黒背景のパッケージ。望ちゃんがにやりと笑う。
「一緒に見るのだ」
「……はいはい、でも音は小さくしてね」15分後。
『あ、あん、あっ、あっ、あー、あはーん』
『そりゃ!せや!ほりゃ!どうや!』
『ああーん、いいー、すってきい~、いっちゃうー』
僕と望ちゃんはリビングのソファにひざを抱えて座ったまま黄昏ていた。
「……もう少しおもしろいものだと思っていたのだが」
ため息とともに吐かれた言葉が正直な感想だった。諸手をあげて賛成したくなる。
なんだろう、この果てしなくどうでもいい感。裸の男女が絡み合ってせっせと動いてるだけで、いや、そういうものなんだけど。ところでこの女優さん顔だけだとかわいいけど肌たるんでるよね、ニキビみっけ、とかどうでもいいことに気がついてしまう自分がイヤ。
『あふん、はっふはっふ、はほおーん』
『おりゃ!おりゃ!おりゃ!ほいやー!とうっ!』
やる気のないあえぎ声が冷めた空気に拍車をかける。
あ、望ちゃんの目がうつろ。僕につきあって教養番組を見てるときの顔だ。
「……飽きた」
「んむ……」
望ちゃんがリモコンに手を伸ばし、電源ボタンを押した。ぷつんと画面が消え、静寂が訪れる。どちらからともなく長い長いため息をついた。徒労感と疲労感と、むやみやたらに強い開放感があった。
「損したのう……」
「だよね……」
小遣い銭程度とはいえ、こんなものに払ってしまったのかと思うと渋い顔になる。
先に動画のほうを視聴しておくべきだったか。でも個人情報登録するのもイヤだしなあ。
もう一度ため息をついて、僕は望ちゃんの肩にもたれかかる。望ちゃんもまた、僕に重みを預けてきた。
静かな夜。冷房を切るとじっとりと汗ばんでくるけれど、お互いの体温は心地いい。
「他の人はああいうので喜ぶのかなあ」
「かのう……。全然ぐっとこんかったが」
「生きもの地球奇行で繁殖シーン見た時と同じくらいぐっとこなかったよね」
「スープーの言うとおりわしらは春の過ぎたジジイということか」
「そのわりには望ちゃんいつも……」
続きを口にしようとして、はたと気づく。
なんとも面映い事実。
視線をすべらせた先にある望ちゃんの、折り曲げられた手足。引き締まったそれは、細いように見えて抱きしめると硬く、確かな存在を感じさせると僕は知っている。
男同士のからみはそもそも受け付けず、かといって男女のまぐわりにもため息が出る。AV見て喜ぶような年でもない。なのに僕はキミに微熱を感じる。今この時も。
つまり僕はもうすっかり、男にではなく女にでもなく、キミにしかぐっとこないそんな風になっちゃってる。
憮然とした顔の望ちゃんと目があった。への字に曲がった口が、同じことを考えていたと教えてくれる。
「終わってるね、僕ら」
「相当な」
肩をぶつけあって、僕らは苦笑いした。
■ノヒト ... 2007/08/25(土)19:15 [編集・削除]
オーディオとかのことをAV機器と表現されるとちょっと動揺しませんか?