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SS~恋をしていた、ひどく無自覚に。

 
「好きだ、愛している」
 
 ※暗い 12禁くらい
 ※望普で木普 バッドエンド注意
 
 
続き
 
 

 
 
 倉庫の扉を開ける。普賢はいなかった。
 俺は何度目かもわからない舌打ちをする。腹立ちまぎれに扉を閉めて、広い廊下をうろつく。
 普賢がいない。昨日からずっと。
 そのせいで俺はいらだちを持て余している。
 玉虚宮の廊下はいつもしんと静まり返っていて薄ら寒い。連なる天窓からさしこむ日ざしは真冬のようだ。
 普賢がいない。そのせいで昨日の晩は眠れなかった。寝る前にいつも俺は普賢とまぐわる。灯りのない部屋で無理やり押さえつけて風呂あがりの清潔であたたかな肌に吸いついて舐めまわして、昼間のあれこれを全部普賢にぶつけてすっきりする。そうするとよく眠れる。
 でも昨日の晩は普賢がいなかった。だから眠れなかった。暗闇が俺にのしかかってきて不快な夜を過ごした。浅い眠りはすぐに悪夢に食い破られて、油汗で濡れた寝巻きを着替えて、東の空が白々としてきたころようやく短い睡眠を貪った。
 納戸を開ける。広間を通る。厨房ものぞいてみる。普賢はいない。胸の内がささくれだっていく。
 どうせいつもの脱走なんだ。普賢は俺のことが嫌いだから俺に抱かれるのを嫌がる。いつもは我慢してるけど限界を越すとこうやって逃げ出す。
 どうせ戻ってくるしかないくせに。この空の孤島から逃げだすことなんて吹けば飛ぶような道士風情には不可能、普賢はジジイにきつく叱られて戻ってくるしかなくて俺はただ修行をこなして部屋で待ってればよくて、結末はわかりきってるのに。
 誰もいない廊下。ひとつきりの靴音だけが奇妙に高く響く。磨き上げられた床は鏡のようで俺は唾を吐き捨てたくなる。
 普賢は俺が嫌いだ。俺が無理やり普賢を犯すから俺を嫌いだ。当然だ。かまわない。俺はただ単にぐっすり眠りたいだけだ、夢も見ずに。だからそれはかまわない。
 普賢はいつも俺とするときに声を殺す。俺が嫌でたまらないから必死に我慢してる。かまわない。俺だって普賢のことはどうでもいい。
 ただ眠りに落ちるその前に誰かとまぐわらないと体の中のどす黒い熱をもてあましてしまう。普賢はそれをぶつけるのにちょうどいい。ジジイの差し金であてがわれた親友サマは、俺に何をされても受け入れるしかない。
 俺の脳は勝手に普賢の体を思い描いてく。やせっぽっちのトリガラみたいな体。貧相な顔。くせだらけの変な色の髪。おびえた目、俺を見て。いいとこなんてひとつもない。俺が普賢を思い描いて体を熱くするのはたびかさなる快楽の記憶のせいだ。
 部屋に戻る。誰もいない。4回目のからっぽの部屋が俺を迎える。
 クソッタレ、どうしてだ。いつもなら日が傾く頃には普賢は戻ってきてるのに。暗く沈んだ面持ちで部屋の前で立ちつくしてるのに。あとは普賢の腕をつかんで寝台に連れて行けばいつもどおりになるのに。
 低いうなり声が聞こえる。自分の声だと気づいて床を蹴った。焼け落ちそうな太陽が西の山の端にこびりついている。
 来た道を引き返す。普賢はどこかに隠れてるんだ。あいつはどんくさいから探せばきっと見つけられる。さっき探したところも全部のぞく。入れ違いになっているかもしれないから。何度も見たところもくまなく全部、ぐるぐる回る。普賢はいない。
 なんでいないんだチクショウ。どこ行ったんだ。また夜が来るよ。おまえのいない夜が来るよ。まぐわらなきゃ、俺はおまえとまぐわらなきゃ。おまえとつながってすべて吐き出して、一番近く密着して一番奥でひとつになっておまえの肌白い肌闇の中でも見失わない白さしがみつくとほっとするもう戻ってこないのかなあ。
 気がつくと走っていた。普賢がいない。いないよ。いない。どこにもいない。ほんとにいないのか?いるはずだよどこかに。いてくれよ。
 駆けるのは久しぶりだったからすぐに息が切れた。みっともなくゼイゼイのどを鳴らして走りまわる。呼気が追いつかないのに頭が痛いのに、胸の内を針で引っかくような焦燥感が足を緩めることを許さない。
 玉虚宮はもう夕暮れ一色、くすんだ橙色どこもかしこも。斜陽に色が吸われて灰色になっていく。宵を告げる星がひとつふたつちかちかと。部屋につづく廊下の角を曲がった、5回目。
 普賢がいた。
 部屋の前に立ち尽くしている。窓の奥に爪の痕のような三日月を背負ったまま、色のない顔で俺を見た。
 俺は普賢の腕をつかんで部屋に引きずりこんだ。扉を蹴り飛ばし、抵抗する普賢の体を押さえつけて奥に引きずっていく。寝台に放り込み覆いかぶさって、帯をむしりとった。前をムリにはだけると布の裂ける音が立つ。
「……もういやだ」
 普賢がぽつんとつぶやいた。
「もういやだ。もういやだ。こんなのいやだ。もういやだ。いやだよ。いやだ」
 袖口で目元を覆って、普賢はいやだとくりかえす。ようやく、俺は普賢の右頬が腫れあがっていることに気づいた。
「なんで僕なの。もういやだよ。やめてよ。僕もういやだよ!」
 叫んで、普賢は俺を押しのけようとした。押さえつけるその端から抜け出そうとする。こんな強い抵抗は初めてで俺は泡を食う。
 普賢は細い体のすべてを使ってもがいた。ほとんど背丈の変わらない相手が全力であがけば、上にいる俺を振り落としかねない。
 どうしてだ、なんでそんなにいやがるんだ。こんなことは何度もあった。そのたびにおまえは連れ戻され諦めて俺を受け入れたじゃないか。どうして今日に限ってこんな。
 普賢が俺から離れようとしている。 
 背筋を冷たいものが滑り落ちた。暴れる普賢を死に物狂いで押さえつける。逃がしてしまえばおしまいだ、そんな気がした。細い腕が脚が体が、俺の下でもがく。とらえてもとらえても普賢は抵抗を止めず、手当たりしだいに敷布を、布団をつかんで、寝台から、俺の下から、出て行こうとする。
 どこにそんな力を隠してたのか、普賢はじりじりと寝台の端に近づいていく。走りづめだった俺は普賢をおさえきれず、細い右手が寝台の手すりをわしづかみにした。そこを手がかりに俺の下から体を引きずりだそうとする。俺は普賢の指を離そうとしたけれど、普賢の手は万力みたいにがっちりと手すりをとらえていて引き剥がせない。
 左手が俺の腕を逃れた。つかもうと手を伸ばした隙を狙われ顔をひっぱたかれる。ひるんだ途端、寝台の端をつかまれた。歯を食いしばって、体を芋虫みたいにくねらせて、普賢は俺の下から少しづつ抜け出していく。
 暴れる普賢にしがみつく。普賢は躊躇なく俺をぶった。痛みがそこかしこではじける。また顔を打たれ、視界が半分かげる。
 ついに普賢の全身が俺の腕から抜け出した。
「行くな!」
 服の裾をつかんで、俺は叫ぶ。
「なんで僕なのさ!」
 普賢が叫ぶ。
「行くなよ!行くなってば!」
「離してよ!どうして僕なのさ!やめてよ!」
 腰にすがりつく俺を懸命に押し返しながら、普賢は泣いていた。
「好きなんだよ!」
 口をついて飛び出た言葉に、俺は呆然とした。普賢も同じようだった。信じられないものを見てしまったように、俺を見つめる。
 夜気が張りつめていた。辺りをはばかるように小さく長く息をくりかえす。暗闇にふたつの細い呼吸音、壁にかけた時計の針が進む音。秒針にあわせて俺の目も揺れた。右、左、右、左。頬が熱い、頭の中がまとまらない。
「……ほんとに?」
 蚊の鳴くような声が降ってきた。視線を上げると、おずおずと普賢が俺の顔をのぞきこむ。
「ああ」
 生唾を飲み込み、俺はのどから声を押し出した。
「好きだ、愛してる」
 普賢の顔が微かに歪む。口元がかすかにふるえ、声になりそこなった言葉が夜気の中に霧散した。
「ほんとに?」
「好きだよ、愛してる」
「……ほんとに?」
「好きだ」
 ふっと、普賢の体から力が抜けた。
「僕のこと好き?」
「ああ」
「ほんとに?」
「ああ」
「僕だけ好き?」
 俺はうなづいてもう一度すきだあいしてると言い連ねた。
 細い体からこわばりが抜ける。とさりと小さな音をたてて普賢は寝台に横になった。
 両手で顔を覆い、普賢はすすり泣いているようだった。俺はどうしていいかわからず普賢のそばに座り込む。
「……僕のこと好き?」
 普賢はふるえながら同じ問いをつむぐ。俺は鸚鵡みたいに同じことをくりかえす。
「いいよ……」
 妙に鮮やかに色づいた唇が、小さな声で信じられないことをつぶやいた。
「望ちゃんが僕を好きなら……いいよ……」
 初めて、普賢が俺を肯定した。
 なんだ。
 なんだ、そうだったのか。
 こんな薄っぺらい言葉でおまえは俺に股を開いたのかそうだったのか。なんだもっと早くに言えばよかった。こんなに簡単なものだったんだ。
 俺は普賢の名を呼び、両の手をつかんで顔をあらわにする。涙で汚れたすみれ色の瞳が俺を見ていた。
「好きだ、愛してる」
 普賢は泣き笑いに似た表情を浮かべる。目じりにたまった涙がぽとりと落ちた。
 その日から俺は、いつでも欲しいときに欲しいように欲しいだけ普賢を抱けるようになった。
 たった二言。だけどその効果はてきめんで普賢はすぐにおとなしくなる。虫の居所の悪いときは抵抗されることもあったけれど、そういう時はいつもより多めにささやいてやればいい。最後にはいつも、普賢は俺に体を許す。
 俺はその言葉を盾に普賢を思う様もてあそんだ。どんなことを求められても、あの言葉さえ言えば普賢はうなだれて俺に従う。もう無理強いする必要もない。何せ普賢のほうから股を開いてくれるのだから。
 俺は満足していた。
 
 
 +++++
 
 
 瀟洒な木戸の前に降り立つ。
 冬枯れの草原の中、ぶなの古木に寄りそうようにして建つ簡素な庵だ。わびた佇まいだが清潔さを感じさせるのは、主ゆえか。
 わしは逡巡の後、木戸を叩いた。どうせここまで来て帰れるわけもないなどと己に言訳をしながら。
 奥から軽やかな足音が聞こえ、木戸が開く。
「おかえりなさい」
 主が、普賢が姿を見せる。空色の髪、すみれ色の瞳、ほっそりした体に白い肌。奇異な色合いも、おぬしならば調和が取れて美しい。
「修行疲れたでしょう?ご飯の支度できてるから、まずは食べなさい。そのあいだにお風呂沸かしておくから」
 内にわしを招き入れると、普賢は居間への扉を開ける。そこには既に器に盛られた料理が並んでいた。
「ね、木咤」
 普賢はわしを見つめ、花のように微笑んだ。
 
「どうしたの、箸が進んでないね。おなかすいてないの?
 味付けちょっと薄すぎたかなあ。でもキミも仙人を目指す身なんだからさ、いつまでも下と同じものばかり食べてちゃいけないよ。こっそりなまぐさ食べてるの知ってるんだからね。
 そうだ、ねえ、これどうだった?自信作なんだ。精進だけど、キミ好みになるように油を多めに使ってみたんだ。ふふふ、確かにいま下と同じもの食べちゃダメって言ったけどさあ、やっぱり好きな人には喜んでもらいたいじゃない。それとこれとは別ってやつだよ」
 わしを前に、普賢は楽しげにひとりでしゃべっている。あたかも目の前に愛しい相手がいるかのように。
 弟子の身である木咤が、いつの間に普賢と通じたのかわしは知らぬ。ただわしがそうと知った時には既に普賢の心はあやつのものだった。
 なじるわしを普賢はきっぱりとはねつけ、長く続いた依存に終止符を打った。そして12仙としての本分をまっとうし、誰も、わしすらも、文句のつけようのない見事な死に様を見せて散った。
 だがしかし、何もかもが終わったその後に神界でかりそめの肉体を与えられたおぬしを、わしは諦めきれず……。
 ああ、立派だった。おぬしの弟子は立派だったとも。西の守りを固め、おぬしを追い込んだわしへの恨みを押し込め、己の務めを果たした。
 何より、曇りなくおぬしを愛した。あんなにもまっすぐに愛されては、おぬしがあやつの胸に抱かれ、花のような笑みを、わしには見せたこともない軽やかでうれしげな笑みを、浮かべるのもいたしかたないというものだ。
 わしのエゴと欲望にまみれた独りよがりな押しつけがおぬしを惑わせたのは、ひとえにおぬしが孤独だったからだ。誰もおぬしに味方せぬ状況で、夜毎体を奪いにくる相手を、せめて心が通じていると思い込もうとしたに過ぎぬ。
 わかっているのだ。頭では。
「だいじょうぶ、木咤?」
 普賢が手を伸ばしわしの額に触れる。
「元気がないね。またお熱を出したの?ふふ、キミと来たら時折急に悪い風邪をもらってきてしまうんだから、小さい頃は苦労したよ。キミが倒れるたびに僕の心臓は縮みあがっちゃったのだもの」
 普賢は微笑む。濁った瞳に映るのはわし、だがおぬしが見つめているのはここにおらぬただひとり。
「食欲がないの?無理して食べなくていいからね。さあ、お風呂に入って体をぬくめておいで。それとも僕があたためてあげようか?」
 誘う口ぶりとは裏腹にほんのりと頬を朱に染めて。白いかんばせは恋人と心交わす喜びに息づいている。
「……好きだ」
「うん、僕も好きだよ木咤」
「好きだ、愛している」
「もう、木咤ったら……僕もだよ」
「好きだ、愛している」
「やだなあもう、そんなに言わないで。恥ずかしいよ。続きは寝室でね」
 焦点の合わぬ瞳のまま、普賢が微笑む。花のようだ。
「それにしてもどうして髪を切っちゃったの?あんなにふわふわのさらさらだったのに、もったいない。
 僕は余韻にひたりながらキミの髪を梳くのが好きだったのに」
 普賢はわしの髪を撫でながら軽いため息をつく。
「……好きだ、愛している」 
「ふふ、そんなに言わなくても大丈夫。ちゃんとわかってるよ僕は」
 普賢は席を立ち、椅子に座ったままのわしを抱きしめる。ぬくもりが布越しに伝わってくる。清潔で、ほんのりと甘い香り。陽だまりのような。
「僕もキミを好きだよ、木咤」
 普賢は目を閉じてわしに頬を寄せ耳たぶに口づけた。唇の熱い感触に震えた己の、中心が確かに主張し始めて、わしは泣きたくなる。いっそのこと去勢してしまおうか。そうしたらわしはおぬしを諦めきれるだろうか。
 普賢を見上げる。
 少し不思議そうに首をかしげて、わしに穏やかな眼差しをそそぐ普賢。支えあい、抱きしめあい、心通わせあった者にそそぐ眼差し。わしは。
「普賢」
「なぁに?」
「好きだ」
「僕もだよ木咤」
 ふわりと、普賢が微笑む。ああ花がほころぶようだ。
 身も心も開いて触れあわせて溶けあわせた相手にだけ見せる微笑が、目の前にあって、誰よりも近くで見ることができて、だがそれはわしに向けられたものではない。
 心の平衡を失ったおぬしにつけこみ、愛情のおこぼれに預かる。残飯をあさる犬のように。あの頃と同じだ、何も変わりはせぬ。股を開かせれば、それで満足だ。わしはただ眠りたいのだ。夢も見ずに。
「普賢」
「なぁに?」
「普賢」
「なぁに?」
「好きだ、愛している」
 見上げた視界が歪む。普賢の顔がぼやけて遠くなる。
「僕もキミを好きだよ」
 やさしい声。心通わせた相手にだけ特別な。
 眠るのだ。おぬしを抱きしめて、おぬしに抱きしめられて。口づけて微笑みあって、愛しあって。
 
 わしは、そうなりたかった。
 
  

COMMENT

■ノヒト ... 2007/09/19(水)04:41 [編集・削除]

ヒント:ふーたんは木咤とつきあってません。