『初恋無残』
「……おまえも年頃なのだな」
※望普←楊 18禁
※楊ゼン乙女&不幸注意
楊ゼンは一目で恋に落ちました。
風に舞った書類が散らばる玉虚宮の廊下、出会い頭にぶつかった曲がり角で、楊ゼンは一歩も動けずにいました。頭がぼうっとして、心臓はドキドキして、なんだか息のしかたも忘れてしまった気がします。
その人は書類を拾いながら、小首を傾げてたずねます。
「大丈夫?」
それだけで楊ゼンは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまいました。
足元に落ちた書類を拾う、その人の手が視界に入ります。白くて細くて、だけど指は長く、骨ばっていて男の人を感じさせます。背丈は楊ゼンよりも頭ひとつ分低いけれど、その分頭上で輝く明るい金の輪がよく見えます。その下の空色の髪や、無防備なうなじ、どうかすると痩せた背中に浮いた肩甲骨まで見えてしまうので、楊ゼンはやはりうつむいてそっぽを向くしかありませんでした。
何より、自分を見上げてくるすみれ色の眼差しのやわらかさと言ったら、一度目をあわせてしまうともう二度とそらすことができなくなりそうでちょっぴり怖かったのです。
「はい、どうぞ。ぶつかってしまってごめんね。それじゃ、また」
その人は楊ゼンの手に書類を渡し、にっこり微笑むと廊下の奥へ去っていきます。お礼のひとつも言えないまま、楊ゼンは彼の背中の羽衣がゆらゆら揺れる様を見つめることしかできませんでした。
ゆらゆら、ゆらゆら。
風に舞う鳥の翼に似た羽衣の面影が、あの日から楊ゼンの脳裏を離れません。心もまた、ゆらゆらと甘く甘く揺れていて、胸の内をとんと叩くごとに唇からやわらかなため息がこぼれるのです。
「楊ゼン」
耳を深みのある声が撫でました。ふりかえると師匠である玉鼎真人が心配そうに自分を見つめています。
「どうしたというのだ。ここ数日つらそうにして。熱でもあるのか?」
玉鼎はそう言って楊ゼンの額に触れました。数日前玉虚宮への使いから戻ったきり、潤んだ瞳で吐息をこぼす弟子に玉鼎は気を揉んでたのです。
「師匠……」
心から信頼する師匠の気持ちに触れて、楊ゼンははりつめた思いがぱちんとはじけてしまうのを感じました。それは涙になって蒼い両の瞳からぽろぽろとあふれだしてしまったので、玉鼎は内心おおいにうろたえました。
「し、師匠、僕、僕変なんです。おかしくなっちゃったんです……」
わっと泣き出した楊ゼンをあわてふためき抱きしめて、ようよう落ち着いてきたその背中を撫でながらことの顛末を聞いた玉鼎は深いため息をつきました。
「……おまえも年頃なのだな」
ひきとってからずっと一番近くで見守ってきただけに、少しさみしい気もしましたが、ここはひとつどんと胸を張って楊ゼンの思いをかなえてあげることにしました。
「光輪に翼のような羽衣と言えば、それは普賢真人に違いない」
「ふげん、しんじんさまですか?」
くしゅんと鼻を鳴らして楊ゼンはハンカチで腫れた目元をぬぐいました。
「そうだ。私と同じく崑崙十二仙の身だ。まだ百にも満たぬが目覚ましい活躍で、我々も舌を巻いている」
一目惚れの相手が気鋭の新人と知り、玉鼎はさすが我が愛弟子目が高いとひとり悦に入ります。
悪い虫のつかぬよう大事に育ててきた楊ゼンは、色の道にはとんと縁がありません。けれどあのおっとりした普賢真人ならば、安心して初心な弟子を預けることができるでしょう。きっと清く正しい交際をしてくれると玉鼎は考えます。
「よし、私が会席の場を設けて彼を呼ぼう。そこで私のほうから普賢におまえを紹介することにしよう。そうだな、日取りは今週末でどうだ」
「え、そ、そんな急に……」
「善は急げだ。このままではおまえも何も手がつかないだろう?」
「たしかにそうですけど。だ、だって、あの方が僕を好いてくれるか決まってもいないのに……」
「もっと自信を持て楊ゼン。おまえは美しく育った。私は竜吉公主にも勝るとも劣らないと思っている」
師匠に容姿を誉められるのは初めてで、楊ゼンは目を丸くしてしまいました。大きな手が楊ゼンの肩を包みます。暖かな海老茶の瞳が楊ゼンを映して微笑んでいます。不安にかられた時、玉鼎はいつもこんな風に笑ってくれて、それがいつだって楊ゼンを支えてきたのです。大好きな師匠がそう言ってくれるなら、がんばってみようかな。楊ゼンはきゅっと拳を握ります。
だがしかし、ふたりは、いいえ崑崙の誰もが知りませんでした。
普賢は、ガチホモだったのです。
「……ど~しよ……」
自室に戻るなり、普賢は頭を抱えてベッドに倒れこみました。
玉鼎に茶席へ誘われたはずなのに、艶やかに着飾った楊ゼンに出迎えられたときからいやな予感はしていたのですが、まさかいきなりけっこんをぜんてーとしたおつきあいを迫られるとは……。
その場は自分の未熟さを盾にああだこうだと言い逃れてきたのですが、相手は兄弟子、十二仙になる際には助力もしてもらった弱みもあります。その彼が手中の玉とばかりに育ててきた容姿端麗、頭脳明晰、実力万全の究極の箱入り娘を自分にくれるというのです。
絆はより強まり、十二仙内での株もあがるでしょう。まさに逆タマ、順風満帆チケット。老後は安泰まちがいなしです。
けれど。
「どうした普賢」
からかうような声が降ってきます。普賢がのっそりと顔をあげると、ウサミミ頭巾にカラシの長衣、丈の短い青色上着、同期で親友の太公望がにたにた笑いながら彼をのぞきこんでいます。閉じていたはずの窓が開けられていて、風に揺られておりました。
「ああ望ちゃん、どうしよう。僕、困ったことになっちゃったよ」
「玉鼎のところの一番弟子に告られたっちゅー話か?」
「なんで知ってるの!?」
「自分でふれまわっておったぞ。普賢はうちの楊ゼンの婿にするのだとかなんとか」
「おおう……」
普賢は再度痛む頭を抱えました。さすが腐っても崑崙幹部、根回しは済ませている模様です。
「で、どう答えるのだ?」
面白がっていることを隠しもしない声に、普賢はむっとして体を起こしました。
そもそも普賢が十二仙になったのはこの親友兼恋人のためなのです。しつこくしつこくねだられ迫られ泣き落とされて同性である彼の想いを受け入れるまで、普賢は大層悩んだのでした。
初めて自分から口づけたあの時、これからの一生をすべて彼と彼の夢のために捧げると、いっそ悲壮なまでの決意をしたというのに。
「望ちゃんは、僕のことなんだと思ってるのさ」
「恋人だが?」
しれっと言ってのける太公望に、普賢の堪忍袋の緒が切れました。
「ああ、そう!わかったよ!僕がキミを忘れて女の子と結婚しても、そんな風に平気な顔してられる程度の恋人なんだね!」
普賢ののどが痛くなり、目じりで涙の粒がふくれていきます。心に決めたあの時から、普賢は彼の力になりたいと、それだけを願って必死に修行を積んできました。十二仙になったのも、いつか下に降りてしまう腹積もりでいる彼を、せめて背後から支援しようと思ったからで。それを鼻で笑われては、自分は今まで何のためにがんばってきたものやら。
「……望ちゃんのバカ……」
とうとう最初の一粒がおとがいから落ちて、シーツにぽたりと丸を描きました。
急に後頭部をつかまれ、強引に引き寄せられると普賢は太公望に口づけられました。嫌がってもがきますが、頭と肩をがっちりと両腕で抱きこまれて離れることができません。舌を舐められ歯列をなぞられ、巧みな愛撫に流されそうになるのをこらえます。
「いやだ、やめて!」
そのまま普賢を押し倒すと、太公望は普賢の股の間に体を割り込ませました。普賢の両腕はとらえられ、頭上で固定されます。
「ふん、忘れられるものか。おぬしのような淫乱がわしのことを」
「っ……!」
普賢の顔に朱がのぼりました。羞恥と怒りで目がくらみそうです。太公望は普賢の下衣をずらすとそこから腰の下へ手をもぐりこませました。男である普賢のもっとも敏感な部分を探りあてると、きゅうとつかむなり性急にしごきあげます。
「あっ、いやだ、いやだ……あ!」
恋人の体を知り尽くした彼の手は、普賢を的確に追い詰めています。強制的に与えられるしびれるようなむずがゆい感覚は次第に強さを増し、普賢は彼の手の中へ最初の白濁をそそぎました。
「ほれ、見てみろ」
ずるりと引きずり出した彼の手袋は、たった今普賢が吐き出したばかりの粘液で汚れていました。浅い息を繰りかえしながらも、普賢は頬を染めたままそっぽをむきます。
「見ろと言っている」
べちゃりと、音とともになまぬるくねばついたものが普賢の頬に押しつけられます。栗の花の匂いがするそれは間違いなく自分の精で、普賢は唇をかみしめて震えました。
「強情だのう。もう体のほうはできあがっているくせに、おぬしはいつも」
……いつもそうだ。
つぶやかれた言葉はどこか力なく、普賢はつい太公望に目を向けました。
「望ちゃん?」
太公望は彼と目をあわせようとせず、代わりに下衣をさらにずらすと、普賢の腰を抱えあげて一気に貫きました。衝撃と痛みに普賢が苦しげに背をそらします。その白い喉に向かって、太公望は激しく突き上げました。
「う、あ、ああ……あっ、くぅっ!」
奥のいちばん感じるところを狙った動きに加えて、一度萎えた普賢の中心を内に納めてもてあそぶ太公望の手。彼によって開花させられた普賢の体は、心とは裏腹に貪欲に快楽を追い求めます。
彼の言うとおり自分の体はすっかり太公望に降伏していて、忘れることなどきっとできないのだろうと普賢に思わせました。心が痛み、新たな涙がこぼれます。
「……普賢」
きついまじわりの中で、かすかに彼を呼ぶ声が聞こえました。普賢がうっすらと目を開けると、自分を見つめる太公望が見えました。どこか苦しげな表情が気がかりで、普賢は太公望の背に両腕をまわします。
「……普賢、普賢」
瞳を閉じれば、呼ぶ声と荒い息遣いが耳を犯すようです。すがりつくように自分を抱きしめ中を穿つ彼が、体の奥深くではじけたのを感じて、普賢もまた熱をほとばしらせ意識を手放しました。
『こういうのはどうだ?おぬしとわしは恋人ではなく体も重ねる友人。それなら文句はあるまい』
へらへらと笑いながらそう言う太公望の頬を力いっぱい打ったのが今朝のことでした。珍しく不機嫌さを隠そうともしない普賢に、何事かと玉虚宮の者達は噂しあいました。
執務室の机の上には今日も大量の書類が並べられています。普賢は付き人を下がらせて一人きりになると、書類の山の上にうつぶせました。
ひとつひとつに目を通し内容を判じて決済する。退屈で面倒な事務仕事に時間を取られて、本分の研究も最近はなかなか進みません。若くして十二仙になったからには、人の数倍働いて認めてもらうしかないと、覚悟はしていたのですが。その覚悟を支えていた柱がぽっきりと折れてしまって、どうにもやる気が出ないのでありました。
「……望ちゃんのバカ……」
口にするとまた胸が痛くなります。
突然ノックの音が聞こえて、普賢はあわてて体を起こしました。
「失礼します。普賢真人様、玉鼎真人様と楊ゼン様がお見えです」
「お通しして」
扉が開き、長身の剣士と青い髪を高く結い上げた少女が入ってきました。なにやら機嫌がいいようです。重くなった心を押し隠して、普賢は微笑を浮かべました。
「忙しいところをすまないな、普賢」
「お気になさらず、玉鼎師兄。今日はなんの御用ですか?」
「うむ、先日の茶席での返事を改めて聞きに来た」
やっぱりかと、普賢は内心ため息をつきました。笑みは崩さないままです。
何分自分は若輩者でと、先日と同じ言訳を口にしてふと気づきます。断る理由など、もうどこにもないことに。
『……受けてしまおうか』
あんなにも不誠実な彼に操を立てて、一体なんの意味があるのかと、普賢は自嘲します。頬を染めたまま期待に瞳を輝かせている楊ゼンは確かに美しく、整った顔立ちに初々しさが花を添えています。
言いよどんでしまった普賢に気づかない様子で、玉鼎は機嫌よく口を開きました。
「じつは先ほど太公望が私を訪ねてきてくれてな、普賢も楊ゼンを憎からず思っているようだと教えてくれたのだ」
玉鼎の言葉に普賢は動揺しました。一瞬笑みが崩れそうになり、裾の影で拳をにぎってやりすごします。
「親友として頭を下げられたよ。普賢のことをよろしく頼むと、なあ楊ゼン?」
+++++
「望ちゃん!」
背後からの声に、太公望は驚いてふりかえりました。
昨日から腹がからっぽになったようでどうにも落ち着きません。しかもそれは、食べても食べても満たされないのです。瞑想と称して昼寝でもするかと修行場まで来てみたものの、ただぼんやりと雲が流れるのを見ているだけでした。
視線の先には、普賢が、彼の大事な恋人が、息せき切って走ってきます。普賢は彼の目の前までやってくると、両の拳を握り締めて叫びました。
「望ちゃんのバカ!うそつき!なんであんなことするのさ!」
「バ、バカとはなんだ!」
涙のにじんだ目元を見るだけで、太公望はことの次第を飲みこんでしまいました。同時に頬がかっと熱くなります。
「わ、わしとてな!悩んだのだぞ!いっぱい悩んだのだぞ!どっちがおぬしにとって幸福なのか!」
言い返す太公望の目にも涙がたまっていました。
「だからバカだって言ってるんだよ!僕は望ちゃんとならこの世の果てだって行けるのに!」
普賢が太公望に抱きつきます。わあわあと声をあげて、子どものように泣き出した彼を、太公望はぎゅっと抱きしめました。
「ダアホゥ……わしの計画がぜんぶおじゃんではないか……」
細い肩に顔をうずめ、太公望もまたあふれてくる安堵の涙をこらえきれないのでありました。
いつか離れることになっても、心はひとつどこまでも。そう誓ったあの日のことが、昨日のように思い出されます。
今はまだ、もう少しだけ。このやさしい人と共に在りたい。
「普賢、すまぬ……すまぬな、普賢……」
抱きついてくる白い腕が、どんなやわらかな女人の腕よりも、あたたかく自分を包んでくれる。このぬくもりを忘れられないのはきっと自分のほうだと、太公望は強く思いました。
傷心のあまり洞府に篭もってしまった楊ゼンと、怒り心頭の玉鼎真人、ついでにこの一件ですっかり知れ渡ったふたりの関係とで元始のじーさまに雷を落とされたりと。
しばらくはごたごたする羽目になりましたが、それはまた別のお話。
■ノヒト ... 2007/09/20(木)20:08 [編集・削除]
自分で書いておいてなんですが楊ゼンがかわいそすぎます。ごめんよ楊ゼン、ごめんよー!そのうち綿棒持ったすてきな王子様が来るからな!