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SS~フェアリーテイル・モザイク

「ああ寒い寒い。今日の空模様ときたら僕をほったらかしの誰かさんのよう」
 
 ※バカッポーゥ! 12禁くらい
 
 
続き
 
 

 
 
 雪に降られたのだろう。
 普賢の服が砂糖でもはたかれたように白い。
「ああ寒い寒い。今日の空模様ときたら僕をほったらかしの誰かさんのよう」
 すねた声音に苦笑を誘われ、望は暖炉に薪をくべる。水気をはたくなり、毛布までひとりじめして長椅子に陣取った普賢の隣に腰掛けた。当然のようにもたれてきた細い体を毛布ごと抱きしめる。
「なにかお話をしてよ、僕が温まるまで。冬の夜は暖炉を囲んでおとぎ話をするものだよ」
「さても難儀なやつよの」
 いつもは涼やかな雰囲気をまとう普賢は、望の腕の中でだけ子どもに還る。期待を隠さない瞳に望は薄く笑った。
「そうだのう……」
 木のはぜる音に遠い記憶がよみがえる。それはまだ彼が呂望と呼ばれていた頃のこと。しんしんと身を削ぐような夜気が降る晩は、皆で包の中、囲炉裏を囲んだ。年長のものから順繰りに、大人たちが火かき棒を手に古い話を語って聞かせる。それは望が生まれる前の話であったり、異国の話であったり、むかしむかしのおとぎ話であった。
 夕食後の満ち足りたけだるさそのままに、大人たちの声は穏やかに低い。とつとつと語られる話の数々は謡のようで、拍子を取るように灰をかく音が混じる。羊の毛皮に寝そべり、薄暗い包の中ぬくもりに包まれて声に耳をくすぐられるのは心地よかった。
 この部屋の中に灯りはなく、あるとすれば暖炉であかあかと燃える炎ばかり。あの頃と同じあたたかな闇が、部屋の中をたゆたっている。
「昔わしがいた一族にな、おとぎ話のうまい老婆が居た。手近にあるものをまぜこんで即興で話を作ってしまうのだ。これがまた楽しくてな。続きをせがんで困らせたものだ。今宵はその老婆に、倣うとするかのう」
 そう、と普賢がつぶやく。目尻にあるやわらかな陰影が期待に揺れた。
「……んむー」
 宣言してはみたものの、期待されたほうは首をひねって考えこんでいる。
「お話をしてくれるんじゃなかったの?」
「とっかかりが見つからん」
 普賢はしばらく考えると望を見上げた。すみれ色の瞳は明かりに乏しい室内では夜の藍に見える。
「知ってるおとぎ話をアレンジするってのはどうかな、思いつくままにさ」
「そうだのう」
「デタラメと作り話は得意じゃなかったの?」
「ぬかせ」
 頬をつついてやると髪をひっぱられた。普賢はそのまま望の髪をもてあそびはじめる。
「じゃあ僕がとっかかりを作ろうか。そうだね、道すがら椿が咲いているのを見たよ。赤いものが出てくるといいなあ」
「赤か……」
 望は頭をかくと口を開いた。
「むかしむかし、あるところに赤ずきんという……」
 そこまで口にしたところで視線が横にそれて止まった。
「殺人鬼がいた」
 普賢の体がひくりと揺れてこわばった。笑いを押し殺したのか小さく震えている。望の視線の先には読みさしのまま机上におかれたミステリがあった。普賢が来るまで読んでいたのだろう。
「物騒な輩にしてはずいぶんとかわいらしい名前じゃないかな」
「いやいや、ちゃんと理由があるのだぞ。返り血を頭からかぶった姿が、まるで赤い頭巾をかぶっているかのように見えてだな」
 今度こそ普賢が吹きだした。薪のはぜる音に鈴のような笑い声が重なって響く。
「よくもまあぬけぬけと。立て板に水ってのは望ちゃんのことを言うんだろうね」
「なに、おぬしほどではないさ。
 さて、赤ずきんは森の中、戦利品を詰めたバスケットを持って元気よく逃走しておった。それを追うのが狩人だ」
「狩人が追ってるのはオオカミじゃなかったっけ」
「賞金稼ぎというのもいるだろう。
 で、赤ずきんは押し寄せる狩人の大群をちぎっては投げちぎっては投げ、ついにドラゴンの巣へたどりついた」
「……おばあさんは?というか何故ドラゴン?」
「西洋といえばドラゴンだろう。ちなみに首は3つだ。
 とにかくドラゴンは赤ずきんを見つけるなり襲いかかって来た。身の丈およそ三千丈、角は鋭く、ダイヤのように硬い。左右の口からは炎と毒の息を吐き、中央の首ににらまれると石化してしまう。赤ずきんとドラゴンの戦いは熾烈を極めた」
「今僕の頭の中にはすごくマッチョな赤ずきんがだね」
「戦いは陸・海・空におよび、死闘はいつ果てるとも知れないように見えた。しかし最後には伝説の手斧で赤ずきんは見事ドラゴンの首を切り落としたのだ」
 ドラゴンが出たとたんなにやらいきいきとしだした望に、普賢はあきれとほほえましさを絶妙にブレンドした無表情でこたえた。視線が生ぬるい。
「あー、倒したドラゴンの巣には地下に続く階段があった。赤ずきんがそこを降りていくと、奥には一匹のオオカミが幽閉されていた」
 人差し指を軽く振りながら、望は次の展開にうつる。さすがに軌道修正を図ったらしい。
「いまさら赤ずきんに戻されてもね」
「おのれ、人がせっかくそれっぽくしようと努力しているというのに」
「初期設定の時点で外宇宙だよ」
 普賢はずり落ちかけた毛布にくるまりなおそうとしてやめてしまった。望がうなじに触れると、肌は本来のぬくもりを取り戻している。
 望は声を立てずに笑って指先で普賢の首をなぞった。なめらかな肌触りを楽しみながら、ゆっくりと上へのぼっていく。耳たぶにたどりついたところで普賢が小さく息をのんだ。
「お話の続きは?」
「おぬしの体があたたかくなるまでではなかったか?」
「……まだ冷えてるもの」
「それはよくない。確かめてやろう」
 毛布を剥ぎとり、望は普賢を長椅子に押し倒した。ふくふくした長椅子がふたり分の体重をおっとりと受け止める。
「ここかの?それともこっちか?」
 望の手袋がはずされ、素手が普賢の肌を這う。耳にそそぐ吐息で煽っておきながら肝心な部分には触れない。じらすような動きに普賢が切なげに眉を寄せた。
「どこもぬくもっているようだが?」
「……バカ」
 普賢は望の手をかるくつねると体を起こした。乱れた服を直し床に落ちた毛布をひざにかける。
「おしまいまでちゃんと話してよ」
「どうでもよい話だ。途中で切れてもよいではないか」
「やだよ。落ちつかない」
 そっぽをむいた普賢の頬が上気しているのを見とめ、望は細い体を抱き寄せた。今度は自分が下になるように長椅子に横になる。猫のように望の胸に頭をすりつけ、普賢は甘えた声でおとぎ話の続きをねだった。
「そうだな、こんなのはどうだ。赤ずきんがオオカミを助けてやろうとすると、オオカミはそれを拒んだ」
 思っていない展開だったようだ。普賢の瞳が興味を浮かべ、望をのぞきこむ。
「オオカミは呪いをかけられた異星人だった。仲間達と離れ、長い長い時をオオカミになって寒い檻の中で過ごしてきたのだ。呪いが解ければ仲間達のところへいける。しかしこの星の者に心を許してしまえば、もう二度と元には戻れない」
 ぱちぱちと薪のはぜる音が聞こえる。暖炉の灰に刺された香木が、炎の洗礼を受けて穏やかに薫っていた。普賢の静かな眼差しを受け止めて、望は半身を起こした。
「だがしかし、オオカミは既に赤ずきんに心奪われていた。一目見たその時から、ずっと。そのうえ赤ずきんは檻の中にするりと入りこんできた。理性は彼に檻の中を選ばせようとしたが、オオカミはつい赤ずきんにたずねてしまった」
 望の両の手がかすかに朱へ染まった普賢の頬を包みこんだ。
「どうしておぬしの瞳はこんなに美しいのだ」
 短い沈黙の後、それはね、と普賢が続けた。
「オオカミに僕を見つめてほしいからだよ」
「どうしておぬしの髪は空と同じ色なのだ」
「それはね、どこにいてもオオカミが僕を見つけられるようにだよ」
「どうしておぬしの肌はそんなにも白いのだ」
「それはね」
 はにかむように目を伏せたまま、普賢は唇の端をもちあげた。
「オオカミに食べてもらうためだよ」
 のどを鳴らして笑う望に、普賢が頬をすり寄せる。そのあごを捕らえて口づけた。短くも貪るような激しいキスを交わすと、ふたりは鼻先が触れ合うほどの距離で目をあわせる。
「……かくして赤ずきんはオオカミにぺろりと食べられ、ふたりは末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
「投げやりにもほどがある」
 普賢がくつくつ笑った、望もまた。
 いまひとたび望は普賢を押し倒した。今度は抵抗を見せず、普賢はされるがまま彼の下に引きこまれる。吐息が交わるたびに、普賢の肌がさらされていく。重なり合う忍び笑いがたゆたう暗闇に広がり溶けていった。