「今年もまたこうなったのう」
※道士時代 バレンタインデー
※時代考証?知らん知らん!
2月15日、朝。
玉虚宮道士房で、太公望と普賢は食卓を挟んで座っていた。
机の上には朝食の代わりに、きらびやかな包装の菓子包みの山、大きいのと小さいの、ふたつ。二人の男は沈鬱な表情でそれを眺めると、首を落としてため息をついた。
「今年もまたこうなったのう」
「今年もまたこうなったねえ」
ため息をくりかえしながら太公望は天井を向き、普賢は肘をついた。
包の中身はチョコレート。菓子といっしょに想いを告げる祝祭の話題を持ち込んだのは誰だったか。異国の習俗はしとやかと物静かを装う女仙らの格好の餌食となり、数年待たずにあっさり定着した。だが、贈って楽しい、もらってうれしい、そんなたわいないお祭りのはずが、ふたりにとっては頭痛の種だった。
「僕……甘いの苦手だって、言ってるはずなんだけどなあ……」
大きいほうのチョコの山を前にする男、普賢が肩を落とす。あまったるい香りがただよう菓子の山は、気を利かせたつもりかビターが多い。それはつまり目の前の甘党の親友に処理を頼めないということで、ついでに言うと普賢は食べ物を粗末にするなど言語道断であるとの考えの持ち主であり。
崑崙山教主の一番弟子、次期12仙との呼び声も高い。そのうえ仙界では貴重な、見た目でなく真実、若い男で独り身、あまつさえ柔和で愛想もよく容姿もなかなかとくれば、もうこれは娘らがはりきるに十分すぎる。恋に恋するお年頃(仙人は不死なのでわりと長い間)の女仙たちから、一発逆転を狙う上昇志向の強い花冠ら、そして落ち着いた女官が配るおかんチョコまで。じつに様々な菓子包みが毎年大量に普賢のもとへ届けられる。
それらはすべて、義理、の一言でくくることができた。
普賢だって、グラスハートじゃないにしても年頃の男だ。
ま、とりあえずあの人なら。ま、とにかくあの人なら。エビで鯛、つれるかな?安全牌バンザイ。そんな打算と思惑でできた菓子が集まる自分はいったいなんなのだと、自問自答したくもなる。
「……とうがらしせんべいでもくれる人がいたら、僕、恋に落ちるかもしれない」
遠い目をする彼の前に山と積まれたチョコレートには、ひとつひとつ付箋がはってある。几帳面な字で贈り主の名前が記されていた。一ヶ月以内にこれらをリストアップ、それなりに見栄えがよく、ある程度日持ちがして、崑崙山教主の一番弟子の肩書きに恥じぬお返しの品を考えて購入、3月14日になったら人づて、あるいは郵送、世話になった人には直接に。考えるだけでげんなりする作業が普賢を待っている。
「しかしだな、きっちり返礼するおぬしにも多少責任はあると思うぞ。しかも上から下までほぼグレードの変わらぬシロモノを送るなど。そんなだから3倍返し目当ての不埒な娘っこが増えるのだ」
「だってもー、めんどくさいもん。いちいち考えて選ぶ手間がいやだよ。そりゃもらい始めの、つい張り切っちゃってた頃と同じことをずるずるつづけてる僕も悪いけどさ。いまさらやっぱ面倒だからやめますとか言い出せないしさー、ほんと望ちゃんが……」
うらやましいと言いそうになって、普賢はあわてて口を閉じた。太公望がものすごい眼でにらんでくる。
「なら代わるか?わしと」
どす黒いオーラを背負った太公望の前には、普賢とは対照的に片手で数えられるほどの包しかない。恩恵にあぶれる木っ端道士から見れば十分多いだろうが、やはり教主の直弟子という立場からすれば少ないと言える。
普賢と同じ身分と言えど、こちらはちゃらんぽらんな性格と日々の怠惰が知れ渡っている。その分体面に気を使う必要もない気楽な身分だ。だがしかし、それゆえの落とし穴が彼を待ち受けていた。
「何故だ……何故わしのところに嫁に来たがるのだ……!」
太公望は机に突っ伏し、頭を抱えた。彼の前に並ぶのは見るからに気合入りまくりの本命チョコ。もちろんすべて手作りで、熱い想いがしたためられた書状が添えられている。
「ええい毎年毎年毎年毎年、好きだの愛してるのだお慕いしておりますだの、雨後のタケノコのようにわらわらわらわら!わしは所帯を持つ気はなーい!」
そう、彼はもてた。真の意味で女性にもてた。
太公望は甘党だ。菓子の類に目がない。もらえるものならそりゃ欲しい。けれど菓子といっしょに人生の墓場行き切符まで受け取るのはごめんだ。そんなわけで断固受け取らないのが通例なのだが、中には固いガードをかいくぐって彼の机にチョコを忍ばせる者も居る。
そういう輩はかなり真剣で、大概なりふりかまわなくなっていて、断るのが面倒だった。泣くのわめくのはまだかわいいほうで、自殺未遂なんて起こされた日にはこっちが首をくくりたくなる。もともと女嫌いの気がある彼の性向に、拍車もかかるというもの。
大体太公望だって鬼ではないのだ。娘らの真剣で純粋な想いはわかるし、わかるからこそ断ち切るのはつらいし、目の前で泣き崩れられれば心が痛む。甘いはずの菓子が、苦い。
「……どうしようかのう、これ」
「……どうしようかなあ、これ」
天井仰いでため息ふたつ。
「どうすれば減るんだろうね」
「どうすれば減るのだろうな」
「もういっそのこと見合い結婚でもしちゃおうかなあ」
「おぬし、わしをこの無間地獄にひとり置いていくつもりだな?そうはさせんぞ」
「ヤな親友。どうすりゃいいのさ」
「もういっそのことつきあうか。わしらホモでーすとか言って」
「え?」
普賢の動きが止まった。まじまじと太公望を見つめる。心なしか頬が赤い。
そのままふたりは見つめあった。
「なんてなー」
「なんてねー」
ふたりは同時に肩をすくめた。
「それはいくらなんでも切羽詰りすぎだよ望ちゃーん」
「まーなー。ありえんよなー」
「いつだったか望ちゃん、わしは男色家ではないってはっきり言ってたじゃん」
「100年後にまだ独り身だったら宗旨替えすることも考えよう」
「本気ー?」
「ンなわけなかろうがー」
「だよねー」
「だのー」
「あーお返しだるーい」
「あー断るのだるいー」
どうでもいい話題でお茶を濁しつつ、お互いそっぽをむく。
ちょっとドキドキしてて、大分残念で、もういっそ本当に100年待とうかなんて、もういっそ本当にとうがらしせんべいでも贈ろうかなんて、思ってることはまだ内緒。