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SS~雨降ってもコンクリならびくともしないよ

 
「えへへ~でへへへ~」
 
 ※サルベージ品 18禁
 
 
続き
 
 

 
 
みどりのもりの奥には、ちいさなほら穴があります。
そこには大きな黒いケモノとしろくてふくふくしたいきものがいっしょに暮らしています。
ケモノの名前はガブ。このみどりのもりに1匹しかいないオオカミです。
しろいほうはメイ。このみどりのもりに1匹しかいないヤギです。
2匹は青い山を越えてやってきた仲のいい友達同士でした。
……が。

「うぐぐぐぐ……」
メイは干し草のおふとんに埋もれたままうなりました。
ぎゅうぎゅうと壁に押し付けられて息をするのもひと苦労です。
寝苦しさに目が覚めたときにはすでに、メイは身動きできないほど追いこまれていました。
「えへへ~でへへへ~」
頭の上からなんだかやたらとうれしそうな寝ボケ声が聞こえてきます。
ガブです。
何度もねがえりをうつうちに、いつのまにかメイを自分と壁の間に挟みこんでしまったのです。
ふだんはそんなことにならないように、ガブが壁際で眠るのですけど
昨日春の陽気にうかれて遠出をした2匹は、ねぐらに帰るなり眠り込んでしまったのです。
「むぐぐ……。ガブ、ガブ、起きてください。ねえ、わたしつぶれてしまいます」
「うへ、うへへへ、メイー……」
「ガブ、ガブったら。ガ、ブ!」
メイはガブの背中をひづめでぐいぐい押しました。
「にひひ、くすぐったい。だめでやんすよ、そんなにされたらおいらもう……」
ごろり。
ガブがまたねがえりをうちました。壁に向かって。
メイはもう息もたえだえです。
「ああーんメイ。だいすきでやんす~うへうひうひゃにへへへへ」
ガブは干し草をかかえてほおずりしています。
メイのつもりなのでしょう。
自分の夢を見てくれるなんてうれしいことです。
ほんものの自分を背中の下にしきこんで、まくら相手にうひうひ笑ってるのでなければ。

「……お、お、起きなさーい!」
後ろ足で思いっきりけっとばされたガブは、向かいの壁にぶつかって目をぱちくりさせました。
「このバカオオカミ!すこしは自分の図体考えなさい!」
ガブは口をあけたままかたまっています。無理もありません。
夢のなかではあんなにやさしかったメイが烈火のごとく怒っているのですから。
「ご、ごめんでやんす、おいらがわるかったでやんす!」
どうやらメイを怒らせたようだと気づいたガブは、反射的に土下座してあやまりました。
・よくわからないがわるいことをしたらしい
・よくわからないがとりあえずあやまろう
寝起きのあたまにあったのはこの2つだけでした。
怖くてメイの顔がまともにみれないというのもありましたけど。
「ほんとにわるいと思ってます?口先だけじゃないですよね?」
こういうときだけ勘の鋭いメイです。
「も、もちろんでやんす!」
「じゃあどうしてわたしが怒ってるか言ってみて」
「え、それは……えーと……」
わかるわけありません。
いい気分で眠っていたところを叩き起こされたのですから。
ガブの背中に冷や汗がにじんできました。
「ひどい。やっぱりいまのは、うそだったんですね」
メイが顔をおおってさめざめと泣き出したものだから、ガブはまっさおになりました。
「ああ、うそでごまかされてしまうなんて。
 わたしがこんなに悲しいのに、
 ガブにとってわたしはそのていどなんだ」
「そ、そんなことないっすよ!
 おいらはいつだってメイのことをいちばんにおもってるでやんす!」
「……ほんとうですか?」
「ほんとうでやんす!」
ガブはもげそうな勢いで首をたてにふりました。
「じゃあ、金色クローバーとってきて」
「は?」

泣いていたはずのメイが、顔を上げるなりにんまりと笑いました。
「金色クローバー、とってきてください」
「きんいろくろーばー、でやんすか?」
初耳です。ガブは草や花にくわしくありませんけど、
クローバーはふつう緑色、ということくらいは知っていました。
「そうです、金色のクローバーです」
ガブの疑問をみすかしたようにメイは語り始めました。
「うららかな春の日にしか姿を見せない
ぴかぴか輝くとってもきれいなクローバーです。
もちろん味は天下一品、
甘くてやわらかくて1度食べたら忘れられないくらいで
なんでもヤギの長老のほおがこけてるのは
金色クローバーを食べてほっぺたが落ちちゃったからと
もっぱらのうわさなんです」
「はあ……」
「あーあ、食べたいなあ、金色クローバー。
 今日はとっても天気がいいから
 きっと森のどこかに顔を出してると思うんです。
 食べたいなあ。食べたいなあ。
 金色クローバーさえ食べられれば、
 この悲しい気持ちもどこかに行っちゃうのに、ねえ?」
大げさにため息をついて、メイはちらりとガブを見やります。
冷や汗をたらしながら、ガブは胸をドンと叩きました。
「わかったっす、おいらにまかせるでやんすよ!」
だってそう言うしかなかったのですもの。

ねぐらを出たガブはもりを前にして思わずへの字口になりました。
あらためて見るとここにもそこにもあそこにも、とどめに野原の向こうまで、
どこもかしこも緑色、まるでクローバーのじゅうたんです。
「こ、これ全部探すでやんすか?」
なさけない顔でメイを振り返ると、とってもいい笑顔が見えました。
「いってらっしゃいガブ、わたしはここで待ってますから。
 金色クローバー、楽しみにしてますね」
メイは春草のうえにねそべりました。
動く気はなさそうです。
『これだけの量をおいら1匹で……いや、でも
 ぴかぴかなら見つけるのはきっと簡単でやんす』
ガブは思い直すと短く吼えて走り出しました。
黒い尻尾をなびかせて、飛ぶように行くさまは矢のようです。
瞬く間にガブの姿は木立の中に消えてしまいました。
「金色クローバーですって」
「奥さま、御存知?」
枝の上の小鳥たちが首をかしげています。
「あるわけないじゃないですか。
 クローバーは緑色と相場が決まってます」
メイはひとりごちると鼻先のクローバーをかじりました。

「…………おそい」
お日さまが傾いていました。
あたりはすっかりあかね色です。
春草のうえで、メイは何度目かわからない寝返りをうちました。
ちょっといじわるをしてみただけでした。
ガブのことだからみどりのもりをふたまわりはんしたところで
しょんぼりしながら戻ってくるだろうと、メイはたかをくくっていたのです。
ところがガブは帰ってきません。
おひるを食べてもおやつを食べても、ガブは帰ってきませんでした。
すでに2回も昼寝をしていました。
さすがに3度目をする気にはなれません。
のどがすこしかわいていました。
小川の清水が恋しくなりました。
だけど、出かけてしまったそのすきに、ガブが帰ってくるかもしれません。
メイはうずくまったままお日さまを見つめました。
地平線の裏側へ焼け落ちていくような赤い赤い夕日でした。
メイはぴくりとも動かずに沈んでいくそれを見つめ続けました。
口はとんがらかっていて、眉間には縦じわがありました。
それからもういちど、おそい、とつぶやきました。

同じ夕日を、ガブも見ていました。
丘も野原も川辺も広場も、何度もまわってていねいに探したのに
金色クローバーは見つかりません。
そのうえ夕日のせいでなにもかもがあかね色でした。
「弱っちまったなあ。これじゃどれが金色かわからねえでやんすよ」
ガブはためいきをつきながら、しげみをのぞきました。
朝と昼に見たとおり、普通のクローバーしかありません。
もうみどりのもりのなかは探しつくしてしまいました。
「今日は、はずれの日だったんでやんすかね」
1日走り回って、さすがのガブも疲れていました。
木陰にごろりと横になります。
「そもそも本当に、金色クローバーなんかあるんすかね……」
ぽつりとつぶやいて、いやいやと首をふります。
「メイがあると言ったからにはあるでやんす。
 まだ探してないところに、きっと」
ガブはふと、みどりのもりのはずれに岩山があるのを思い出しました。
岩山はガブがむかし住んでいたバクバク谷に似ていました。
草のほとんどはえていない荒れた地だから、
いままで素通りしていたのです。
「よーし、あそこに行くでやんす。
かならず金色クローバーを持って帰るっすよ!」
ガブは立ち上がってぶるぶると体を振るわせ、
岩山に向けて駆け出しました。

「…………おそい!」
星空に向かってメイは声を荒げました。
「おそい、おそい!おそいにもほどがある!」
メイはいらいらとねぐらの前を歩き回りました。
ねそべっていた春草は踏み荒らされてしんなりしています。
「こんなにおそくなるなんて、おそくなるなんて……」
メイは眉を寄せました。
ガブはどこなのでしょう。
ガブはどうしたのでしょう。
ガブに、何かあったのでしょうか。
こんなにも長いあいだ、ガブがメイをひとりぼっちにしたことなんて
いままでなかったのですから。
ひゅるりと風が吹きました。
しげみがざわめき、木々が鳴りました。
メイの胸を内側から、なにかわるいものが
とがった爪でカリカリとひっかいてきます。
ガブはどこなのでしょう、
ガブはどうしたのでしょう。
ガブに……
そのとき、そばのしげみが揺れました。
「ガブ!?」
メイは振りかえりました。
しかしそこにガブの姿はありません。
イタチのしっぽがちらりと見えただけでした。
「ガブ……」
肩を落としたメイの耳に、ムササビたちのひそひそ声が届きました。
「あれあれ、今日はあのヤギだけなの。珍しいこともあるものだね」
「いつもいるオオカミはどうしたのかしら」
「さあ?夕方、岩山のほうへ駆けていくのは見たけれど」
メイは自分の血の気が引く音を聞きました。
岩山。
切り立ったがけや深い谷がたくさんある、あの場所。
メイの脳裏に灰色の絵がうつります。
岩山を走るガブの姿です。
険しい山肌をガブが進みます。
黒い足が岩をつかみそこねました。
そしてガブは谷底へ吸い込まれるように……。
「ガブー!」
メイははじかれたように走り出しました。
毬のようにはずみ、弾丸のような早さで
丘を越え、切り株を飛び越え、広場を突き抜けて岩山を目指します。
あいにくの新月で、星明かり以外光はありませんでした。
そのせいか夜空を貫くようにそびえたつ岩山は
いつもよりずっと大きく険しく見えます。
しかしメイはそんなことにかまっていられませんでした。
休みもせず、一直線に山を登り始めます。
道らしい道はなく、大きな岩や小さな岩がごろごろしているうえに
あいだにつまった砂礫が足を捕らえようと狙っています。
闇に沈んだ岩山の中で、メイの姿はちっぽけで真綿のように頼りありません。
それでもメイは岩から岩へとびうつりながら、何度もガブを呼びました。
返事は、ありませんでした。

「ガブ、どこにいるの?」
メイは走りつかれて足を止めました。
肩で息をしながら、岩の上にうずくまります。胸が破れそうでした。
遠くでちらちらと星が瞬いています。
しかしメイのいる岩山の影は、鼻をつままれてもわからない暗闇でした。
「どこに行ったんだろう。
 帰ってしまったのかな。
 ここにはいないのかな。
 それとも……」
また灰色の絵が忍びこんできそうで、メイはあわてて頭を振りました。
「だいじょうぶ、ガブはだいじょうぶ。
 わたしをおいて、いってしまうはずがない。
 ガブはそんなことしない、絶対にしない」
そう自分に言い聞かせながら、メイは頭をふり続けました。
「もっと登ろう。まだ探してないところはたくさんある……」
メイは立ち上がります。
踏み出した足が空を切りました。
あっと思ったときには、メイは崖を転げ落ちていました。
細い悲鳴が風にのまれて消えました。

メイの声を聞いた気がして、ガブは顔をあげました。
視線の先には黒々とした岩山があります。
遅くまで探したのに、結局金色クローバーはありませんでした。
うなだれながら山を降りて、メイにどう言おうかと悩んでいたところでした。
「メイ?」
あれだけ怒っていたメイが、ガブを追いかけて来るとは思えません。
きっとねぐらの入り口でガブの帰りを待っていることでしょう。
けれど、なぜかひどく胸騒ぎがして、ガブは急ぎ足で岩山へ戻りました。
もしメイが来たのなら、ふもとのどこかにメイのにおいがあるはずです。
ガブは鼻をひくひくさせながら岩山の周りをまわりました。
すると、ある岩の陰にふんわりやわらかな香りが残っているではありませんか。
間違いありません、メイのにおいです。
においは上に続いていました。
岩が増えていくにつれて、においはとぎれがちになりました。
「岩を飛び移っていったでやんすね。
 そのうえ、はて、ずいぶん急いでいるような?」
ガブはにおいを探りながら岩山を登っていきました。

「……くしゅん」
夜風に吹かれて、メイはくしゃみをしました。
崖の途中にはえていた木が、メイの体を受け止めてくれていました。
命は助かりましたが、体中が痛くてたまりません。
メイは木に寄りかかって、夜空を見ていることしかできませんでした。
自分があんなうそをついたから、罰があたったのかもしれない。
そうメイは思いました。
濁流渦巻く川に飛び込んだのも、吹雪の吹き荒れる青い山を越えたのも
ガブといっしょにいたい、一心にそう願い続けてきたからでした。
それなのに、つまらないことでへそを曲げて、ガブを岩山に追いやってしまった。
さみしい夜空を見あげていると、涙があふれてきました。
ガブは生きているのでしょうか。
ガブは元気なのでしょうか。
怪我はないでしょうか、おなかはすいていないでしょうか。
だいすきなガブ。
どうか、どうか、無事でいてほしい。
メイは見えないお月さまに向けて一生懸命祈りました。
動けないほどの体の痛みも頭にありませんでした。
ただ、ガブだけが気がかりでした。
だから、崖のふちからガブがひょっこり顔を出したとき、
メイはうれしくて心臓が止まってしまいそうでした。

「だいじょうぶでやんすか?」
においをたどって崖をのぞき込んだガブは、メイの有様にあんぐりと口をあけました。
メイの体には痛々しいあざがあちこちにできていました。
「ガブ!ああ、無事だったんだ、よかった……」
メイが体を起こそうとします。
はずみで木がぎしりと揺れて、今にもおっこちてしまいそうです。
「ダメ!動いちゃダメでやんす!
 おいらが今行きやすから、ぜったい動いちゃダメでやんすよ!」
ガブは崖をつたって木に近づき、メイを抱きとりました。
そのまま斜面をすべりおりて、安全な場所にたどりつきます。
「メイ、なんでこんなところに……」
小言のひとつでも言おうと、怖い顔をしたガブの耳に
メイのつぶやきがとどきました。
「お月さま、お月さま、ありがとう。ガブ、よかった……ガブ……」
ガブの首に両腕をまわしたまま、メイは泣いているようでした。
ガブの毛皮があたたかな涙でぬれていきます。
怒った気分もどこかへ行ってしまって、
ガブはメイの背中をなでました。
メイが泣きやむまで何度も、何度もなでました。

「……ごめんなさい」
メイがそう言いました。
ガブはメイの背中をなでながら、なにが?と聞き返しました。
「わたし、ガブにうそをつきました。
 金色クローバーなんて、ほんとはどこにもないんです」
「そうでやんしたか」
そりゃ探しても見つからねえでやんすねと、ガブは笑いました。
「いいでやんすよ。そんなことよりも」
ガブは急に真面目な顔になりました。
自分とメイの視線がおなじ高さになるように、小さな体を抱き上げます。
「メイが崖の木に引っかかってるのを見たとき
 おいらは胸がきゅうっとして氷を飲んだようになりやした。
 もうあんなのはごめんっす」
真剣なまなざしを受けて、メイはもういちどごめんなさいと言いました。
「わかればいいでやんす」
ガブはにっこり笑ってメイを抱きしめます。
そしてふさふさの尻尾にメイをくるんでくれました。
「さあさあ山を降りるでやんすよ。ほらもう、お日さんが起きちまう」
ガブは大きなあくびをして、メイを背負うと歩き始めました。
東の空は夜明け前の鮮やかな紫でした。
メイもちいさくあくびをして、ガブの背中に身を預けました。
がっちりした背中にほおを寄せていると、ぬくもりが伝わってきます。
足音が、吐息が、鼓動が聞こえます。
ガブが生きている証でした。
お月さま、ほんとうにありがとう。ガブを守ってくれて。
うとうとしながら、メイは心の中で手を合わせました。

青い山のてっぺんから、お日さまが顔を出しました。
1日のいちばん最初の光が、あらゆるもののうえにベールを投げかけました。
とつぜんガブが立ち止まり、うたた寝をしていたメイは目を開けました。
「どうしたの、ガブ?」
ガブは返事をしません。
目を見開いたまま、無言で岩棚のすみを指差します。
つられて視線をやったメイも、息を呑みました。
金色クローバーです。
つつましく、そしておごそかに、金色のクローバーがすっくと立っておりました。
2匹はあわててクローバーに駆け寄りました。
そして同時に吹きだしました。
「なんだ」
「なあんだ」
それはヒョロヒョロした、ただのクローバーでした。
土も日当たりも悪かったのでしょう、緑がとても薄くて白に近い色でした。
そこに朝日が差し込んだものだから、
うつくしい金色に染まって見えたのです。
「食べるでやんす?」
いたずらっぽくガブが聞いてきたので、メイは苦笑いしながら首をふりました。
「また見に来ましょう。こんどは、いっしょに」

黒くて大きな影とちいさくて白い影が、連れだって岩山をおりていきます。
大きいのの名前はガブ。このみどりのもりに1匹しかいないオオカミです。
ちいさいほうはメイ。このみどりのもりに1匹しかいないヤギです。
2匹は青い山を越えてやってきた仲のいい友達同士です。
ぴかぴかのお日さまがその姿をやさしく照らし出します。
大地をおおうクローバーたちが、エメラルドのように光り輝きながら、
お日さまに向けて背伸びをしています。
みどりのもりは、目覚めをむかえようとしていました。
空は高く澄んで、今日もいい天気です。

                   おしまい
 
 

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■ノヒト ... 2010/06/25(金)09:42 [編集・削除]

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