記事一覧

LOVE&ジョイ

 
少女の名は青華と言う。
 
※ホワイトフェスタ寄稿
 
 
続き
 
 
 

 
 少女の名は青華と言う。
 青い華のように類まれな授かりもの、そんな両親の思いが籠められた名だった。
 仙界に入ってまだ300年足らず。未だ正式な道士名を授かることのできない身分ではあったが、真面目な性格と積み重ねた努力を認められ、つい先日二仙山に籍を置く身となった。
 年のわりに遅れた昇進を気にするでもなく真面目にコツコツと勤め上げる姿や、しっとり大人びた雰囲気と対をなすうぶな微笑みは、年若い仙道らの心を惑わすに充分だった。今日も物静かな少女は、心奪われた男たちのため息など知らずに書簡の整理につとめている。もちろん自分に言い寄る男がいるなどとは露ほども思っていない。
 ましてやそれが、九功山洞主だったりするなんてことはカケラほども思っちゃいない。

「で、どれにするのじゃ」
 本日5回目の問いを、竜吉公主は口にした。声音は既に義務感100%。一言で表現すると、げんなり。
 対する普賢は眉間にしわを寄せて、竜吉自慢の花園をにらみつけている。真剣そのものの表情は、親の仇でも探しているかのようだ。痩せぎすな背から立ち上るオーラは、いっそ殺気と呼びたくなる。
「やっぱり青かなあ……名前の由来だし……でも狙いすぎって思われるかな……。
 イメージから行くと白なんだけど……ありきたりかなあ……」
 思考だだ漏れの独り言をつぶやく普賢は、もうかれこれ2時間近く花園をにらんでいた。それが片恋の相手へ告白するために手土産の花を選んでいるというのだから、竜吉でなくともうんざりする。侍女の赤雲碧雲のはりつけた微笑みにも『もう帰れ』と大書してあった。
 普賢は深く息を吸うと花園の一角を鋭く指差した。
「これください!」
 結局一番最初に目をつけた花にするのだから、ため息のひとつも出ようというものだ。竜吉が手を振ると、侍女の二人が指差されたそれを手早くまとめあげる。瞬きほどの間に清楚な青が目を引く可憐な花束ができあがった。
「ありがとう、公主。このお礼はまた日を改めて」
 ぺこりとお辞儀をすると善は急げとばかりに駆け去っていく。翼のような羽衣が揺れるその背中を眺めながら、鳳凰山の頂点に立つ3人の仙女は重いため息をついた。
「今回も長かったですね」
「それなりな対価はもらっておるからのう。無碍にもできぬ」
 3人は澄んだ空を見あげた。今まさに一台の黄布力士が鳳凰山を発ったところだった。向かう方角に目をやれば二仙山が見える。
「うまく行くんでしょうかね」
「こればかりはさすがの私にも読めぬ。あえて言うならば……」
「いつもどおりってとこでしょうか」

「……調子はどうだ?」
 扉の影で、玉鼎真人はおそるおそる道行天尊に聞いた。赤子のような大仙人はくりくりした目をしばたかせ、にんまり笑う。
「大荒れでちゅねー」
 長髪の剣士はそうかとつぶやいて、重々しく首を振った。扉の向こうからはいつになく感情的な普賢と、必死でなだめる同僚達の声が聞こえてくる。
「さすがに、ここまで連続ではな……」
 寄せられた眉が友を襲った不運を物語っていた。玉鼎は長いたもとを引き上げると、たっぷりした布地に隠されていた酒瓶をそっと道行に渡す。
「こんなもので傷心が癒されるとは思ってはいないが、せめてもの慰めになれば幸いだ。不甲斐ない私を許してくれ」
「帰るんでちゅね」
「怖いからな」
 男らしくきっぱり言い放つと玉鼎は背を向ける。
「わかりまちた。この山廃吟醸を大トラ普賢くんに渡して火に油を注ぐとしまちゅ」
「楽しそうだな」
「そりゃそうでちゅ。こんな時でもないと荒れてるとこなんて見れないでちゅからね。楽しませてもらうとするでちゅ」
「鬼め」
「悪魔が来まちたよ」
 言われて振り向いた彼らのうしろには、ウサ耳頭巾にカラシの長衣、せなにかついだ一升瓶。元始天尊が一番弟子太公望の姿があった。太公望はつかつかと歩み寄り扉を開け放つと、居並ぶ十二仙を意に介さず卓につっぷしていた親友に声をかけた。
「よう撃墜王!」
 一瞬にして部屋の空気が凍りつく。
「とうとう8連覇達成か。いやめでたい。なかなかできることではないぞ。うらやましいくらいだ。今夜はとっくりと飲み明かそうではないか」
 暦はそろそろ夏にさしかかる頃で、5月とは思えぬ陽気続き。
 ねっとりした空気が生命の胎動を孕む今宵、ここだけツンドラ地帯。
 長いつきあいの親友は、つっぷしたまま無言でいる。だが硝子のぐい飲みをつかんだその手がぶるぶると震え、それが肩にまで伝わったところで、動いた。
「だああれが撃墜王だコンチクショオオオオオオオオオ!!」
 伏していた小卓を持ち上げ太公望へ投げつけたのを皮切りに、皿、茶碗、水差し、酒瓶、手当たり次第に空を飛ぶ。
「なんだよ8連覇って!8連敗の間違いだろ!?言葉は正しく使おうよ!!」
「わけがわからんぞおぬし」
 飛んでくる小物を顔色ひとつ変えずに避けると、小皿と一緒に襲いくる桃の実をはっしとつかむ。むぐむぐとうまそうに桃にかぶりつく太公望を前に、涙目の普賢が仁王立ちのまま肩で息をしている。固唾を呑んで見守る十二仙。
「……ああそうさ。8連敗さ、そうともさ。しかも今回も同じ理由さ。笑うがいいよ」
「おぬしの人を見る目が確かなのだ。そういうことにしておけ」
「それ、前も聞いた」
「そりゃそうだろう。前と同じ理由なのだからな」
「ええい、面倒だ!表へ出ろ!!」
 返事代わりに桃の種を吐き出し、太公望は舌を出した。小憎らしさ満点の笑顔で。
「望ちゃんのバカー!!」
「ちょっと太公望、何やってるのさ!」
「にゃははは、もっとやれでちゅ」
「かーっかっかっか!」
 がっちゃんぱりんばたばたぐしゃべきめこ。
 皿が舞う、猪口が飛ぶ、白鶴洞洞主の私室は地獄絵図。同僚に取り押さえられ、普賢は絶叫した。
「なんで僕の好きになる子はみんな彼氏持ちなんだよーッ!」

 暴れ疲れたか、はたまた泣き疲れたか。
 ほどなくして普賢は眠りに落ちた。散らかった部屋を片付け、ぐんにょりした十二仙がそれぞれの洞府へ帰っていく。
 太公望は手を振って彼らを送り出すと、お気楽そうな足取りで白鶴洞に戻り門を閉めた。奥へ進み私室の長椅子でこんこんと眠る普賢を抱き上げる。うってかわって穏やかなまなざしで。
「やれやれ、手のかかるヤツだ」
 どうせほっておけば落ち込んだきり、いつまでたっても浮いてこないから、手荒なやり口で外を向かせる。道化役なら得意だから。
 普賢は知らない。太公望が、この恋が実らずに済んで胸をなでおろしているなんて、知らなくていい。
 寝台に普賢を寝かせ、明かりを落とす。まだ涙のあとの残る頬に指先で触れた。くすんと鼻をすすりあげる小さな音が暗闇に響く。
「いつまで『親友』でいられるかのう、わしは……」
 長い吐息とともにつむがれた言葉は、ため息とは裏腹に優しさに満ちていた。