>60分以内に7RTされたら後宮パロで頭を撫でる太公望を描きましょう。
の、つづき。
「…おかえりなさい、伏羲」
※18禁 ふーたん女の子注意
※口調変更有り
※ふーたん過去捏造
猫にされたのは、あながち外れではなかったのかもしれない。
獣のような体勢で伏羲とつがうたびに普賢はそう思う。
後ろから深く甘く突かれるたび、唇からもれる声は猫のそれに似ている。
「ん、あ…あうっ…ふあ、あ…」
優しく口付けられ、丹念に愛撫される。事を為すよりも、伏羲は中にいることを好んだ。普賢が何度も気をやり昇りつめてもう無理と哀願するまで、身も心もとろけるような時が続く。
けれども伏羲が無理強いをしたのはあの一度きりだった。夜、寝室に戻ってきた普賢の手を取り、恐怖に強張っているうちはただ抱きしめて眠る。
何故そうするのかを問えば気まぐれだと返ってくる。どこまで本意かはわからない。しかし皇帝と呼ばれる男の寝顔を眺めるうちに、警戒は消えていった。肌を許すようになってからも伏羲は急ぐことはなく、やがて情事の中、普賢は自分が花開いていくのを感じた。
季節が変わる頃には、普賢は伏羲の足音を聞き分けられるようになっていた。待ちわびた足音が耳朶に触れ、普賢は寝台を降りた。入り口の前で正座する。重い扉が開き、皇帝が部屋に入ってくる。
「下がれ」
左手で空をなぐと、従者は皆心得顔で平伏した。扉が閉められ、寝室に伏羲と二人きりになる。そこではじめて普賢は笑みを浮かべた。
「おかえりなさい、伏羲」
「うむ」
伏羲もまた照れくさげに微笑すると、かがみこんで普賢の額に唇を落とした。白粉の匂いが鼻についた。身にまとった夜着の襟首から紅い痕がのぞいている。今宵は誰を抱いてきたのだろう。
皇帝である伏羲には、次代を担う男児をもうける義務がある。しかしいまだ男児はおろか懐妊の報もない。子を宿しさえすれば皇帝に付随する莫大な権力を手にできると、後宮の上位者は皆血まなこになっている。
そんな女たちを相手に過ごしながら、伏羲はこの部屋に帰ってくる。夜更け、時には夜明け近くなることもあったが、目を覚ませば必ず彼の姿が隣にあった。
絨毯の上に横たえられると、視線の先に水槽が見えた。ひらひらと、紅いしっぽが揺れている。水草があるとはいえ、あまりに広いので寂しげだ。
「また金魚を見ているのか」
拗ねたような口調で伏羲は白い頬をなぞり上げた。
「猫のくせに魚を捕らぬとは変わったやつだのう」
「…だって、キミがくれたものだから」
金魚も、部屋も、命も、ここでの生活すべて。
首輪をされて三日目だったか、にわかに廊下が騒がしくなり部屋の隅で震えていると扉を蹴って皇帝陛下が姿を現した。見覚えのある硝子鉢を抱えて。
『ほら、おぬしの金魚だ』
ぶっきらぼうに言うと男は女官たちの制止も聞かずに卓の上に鉢を置いた。
そのときから、紅い魚は普賢のものになった。次の日には、立派な飾りに足までついた水槽が用立てられた。四方を竜で固められ、金魚はひとりぼっちで居る、けれど。
「感謝してるんだ。魚が水の外で息ができないように、僕もきっと、ここでしか生きていけないから」
不意打たれたように、皇帝と崇められる男は息を飲んだ。そして、ふたつとない宝を抱くように細い肢体を抱きしめる。
「誰の命でそのように言うのだ。その手には乗らぬ…」
「そんなつもりじゃ…」
「そう思わせてくれ、さもないとわしは…わしは…」
男は普賢の耳元に唇を寄せて苦しげに囁いた。恋に落ちそうだ、と。
「わしの周りには媚びへつらう者しかおらぬ。仮面の裏で、私腹を肥やすことしか考えておらぬ者ばかりだ。この部屋とて今も誰ぞが聞き耳をたてているのだろうよ。房事でのやり取りも何もかも筒抜けだ。そんな奴らばかりだ、どいつもこいつも腹の中は真っ黒で……わしは……」
おぬしと居るときだけ、心が安らぐのだ。
血を吐くような声音が耳元に注がれた。普賢は壊れ物を扱うように伏羲の背に手を回す。
「伏羲…」
背を撫で、耳に舌を這わせる。しだいに熱くなっていく肌を求めるうちに交わりが深くなっていく。「すまん」
低い声が、夢見心地だった普賢の意識を鮮明にした。
伏羲が寝台から降り、背を向けて夜着を身にまとう。
「どうしたの」
「言えば拒めぬと知っていたのに、わしは…」
続きは聞こえず、絹がすれあう音がした。切ないような思いがこみ上げて、気がつくと普賢はその背に語りかけていた。
「ねえ伏羲、聞いて。僕、キミのこと嫌いじゃない。信じられなくてもかまわない。だって僕はキミの猫だから。キミが好きなときに、好きなように愛したらいい」
伏羲が振り返った。蝋燭の灯りが揺れて表情は定まらない。けれど、ひたむきに自分を見つめる瞳を愛おしく思った。
「だからね、一緒に寝よう。もう僕、独りでは眠れなくなってしまったんだよ」
布団をぽんぽん叩くと、伏羲は苦笑してすべりこんできた。つややかな黒髪を胸元に抱き寄せ、普賢は鼓動を聞かせながら横になる。
「ずいぶんと面倒見のよい猫だの」
唇の両端を持ち上げることで返事をし、普賢はその白い手で伏羲の髪をすく。
「おぬしの……となりは……」
心地よいと、言ったような言わなかったような。眠りについた主人を腕に抱き、普賢もまた意識を沈ませた。
扉の向こうで鈴を鳴らす音がする。
目覚めの合図だ。普賢はこんこんと眠る伏羲の肩を揺する。寝ぼけまなこの頬に軽く口付け、起床を促した。
帯を調え、普賢が合図の鈴を鳴らすと扉が開かれた。
「ごきげんうるわしう、陛下」
廊下の両脇にずらりと女官が並んでいる。大勢の女たちにかしずかれながら二人は廊下を渡る。
湯殿で眠気を飛ばし、新しい衣を纏う。今日は東の角部屋で朝食をとった。見た目だけは豪華だがすべて毒見を通しているので冷めてしまっている。味気ない、腹にものを詰め込むだけの作業だ。普賢が端女であった頃と変わらない。
朝食をとる伏羲の隣にはいつものように官僚の制服を着た三人の男が付いている。頭から女物の薄絹をかぶっているのは、男子禁制の建前を守るためだ。そのせいで顔は見えないが、声からかなりの年だとわかる。真の皇帝はこやつらなのだと、いつか伏羲は自嘲していた。
「陛下、本日の朝見でございますが」
「ん」
「まず西戎の定期討伐の件を護国官が奏上いたします」
「ん」
「先発隊に続き三万の兵が必要とのことですので、徴兵の詔を賜りますようお願い申し上げます」
「ん」
「続きまして執公官が実氏地方の治水工事の件を…」
興味がないのだろう。伏羲は手を止めようともしない。官僚たちも自分たちの予定を聞かせるだけだ。いつからこんな食事をしているのだろう。寝室以外で口を開くのは止められていたから、普賢は黙っていた。
遠くで銅鑼が鳴った。朝見の予鈴だ。伏羲が食器を置き、普賢もそれに倣う。
官僚に先導されて伏羲は部屋を出ていく。今夜は何時に帰って来るのだろう。去り際に頭を撫でられたから、普賢はペコリとお辞儀をした。
昼間の普賢にはすることがない。猫だから。
寝室の掃除と金魚の世話は許可をもらったが、それ以上は他の女官の仕事だ。仕方がないので散歩をする。庭は迷うほど広く御殿は確かに美しいが、それで毎日つぶせるでもなし。話し相手が居るわけでもなし。孤独には慣れていたつもりだが、それは勤めに専念していたからだと知った。
そのうえ豪勢な食事は返って舌に合わず、食べきれない量を出されて困り果てた。余った菜飯で小鳥の餌付けをしたら、古参の女官に皇帝の寝所をなんと心得るかと、眼から火が出る勢いで叱り飛ばされた。
だから書庫を見つけたのは幸運だった。必要最低限の学問しか受けていない普賢にとって、書庫はそびえたつ未知の霊峰だ。辞書を片手に書に耽溺しているうちに日が落ち、見かねた女官が灯りをつけてくれるまで気づかないこともしばしばだった。元の扱いが阿呆の子であったから、そんな普賢の行動をいさめる者など居はしない。
どうしてもわからない所は寝室に持ち込んで伏羲に聞いた。伏羲もそれを喜び、土産と称して物語や手記などやさしい内容の物を普賢に与えた。
「綿が水を吸うようだな」
ある晩、伏羲の膝の上で書を読みふけっているとそう笑われた。
「僕?」
「そうだ。この間までお伽語りに四苦八苦しておったくせに、もう史書に手をつけている。そこまで読めるものは後宮にも数は居まい」
「伏羲が手ほどきしてくれたからだよ」
「大した事はしておらん」
「でもキミが教えてくれたから色んな書が読めるようになったよ。ありがとう、伏羲先生」
「なんだそれは」
そう言いながらも伏羲が笑い声を立てた。満更でもないようだ。その表情がふと郷愁に染まる。
「先生、か……」
「伏羲?」
「ん、いや。昔のことを思い出していたのだ。わしにも先生がいた」
普賢は書を置き、体を伏羲に向けた。
「どんな人だったの?」
「いろいろだのう。怒りっぽかったり、せっかちであったり、温和であったり。わしは世継ぎとしていくつも学問を修めたからな、教師も多かった。誰も皆、根は真面目で熱意を持っておったよ」
伏羲は目を伏せた。
「…一番いい時であったな。知識は喜びで、勉強は楽しかった。自分がこの国をより豊かにするのだと、その力があると信じて疑わなかった。普賢、先帝の評判は知っていよう?」
問われて普賢の言葉を濁らせた。よい噂はなく、漁色すさまじいことで有名であったから。返事を待たず伏羲は続けた。
「先帝、父上はな、息子のわしから見ても無能であったよ。政を放置し美食と女に耽る姿を見て、わしはこうなるまいと思っていたのだ。
ところがどうだ。即位してみれば、わしの修めた学問など実務から万里も離れていた。政務を執り行おうとも、勘案すべき件は官僚たちによって結論が出されている。わしにできるのはうなずくことだけだった。気がつけばわしは父上と同じ暗君になっていたというわけだ」
伏羲は杯を空にし、暗い目で笑った。
「金でできた印鑑と化粧の厚い女、これがわしの学問の成果だ」
「伏羲…」
「くだらん話をしたな。普賢、わしのかわいい猫。おぬしを授かっただけでも僥倖としよう」
普賢の体を抱き寄せ、伏羲は熱い吐息とともに囁いた。うなじをなぞる指先に心臓が踊る。瞳を閉じて触れられる感覚を味わいながら普賢はつぶやいた。
「ねえ、伏羲」
「なんだ」
「皇帝は、樹なんだって」
ほうと伏羲が答える。
「ん、皇帝は、ふっ…大樹となって枝に臣下を留まら、せ…あ…木陰に、民草を休ませる、そんな、んぅ…存在だって、読ん、だ…」
愛撫が止まった。朝焼け色の瞳が興味深そうに普賢を見つめている。息を整えて続きを口にした。
「…樹は自分では動けない。だから鳥を留まらせるのだと、書いてあった。伏羲の周りにも国を思う人がいるはずだよ。そんな人を見出していけばいい。それって、キミにしかできないことだと思う」
「普賢…」
「僕はね、後宮にあがる前、西域にいたんだ。僕の一族は森に住み、森を崇め、森から糧を得て暮らしていた。貧しかったし、飢えることも多かったけれど、つらくはなかった。
麓には町があってね。小さいけれど交易の盛んな町だった。十のつく日には市が立って、とてもきらびやかだった。僕の一族も、森で得たものを布や糸やビーズなんかと交換していた。
望ちゃんはさ、町の子だったんだ。森のはずれで一人で遊んでいた僕に声をかけてくれて…うれしかったな。いっしょに遊ぶようになった。森の中を案内したりもした。本当はそんなことをしてはいけないって止められてたんだけど、望ちゃんに僕の大切な森を知ってもらいたかったんだ。けど……」
普賢はうつむいた。
「火事が起こった。乾いた強風が飛び火を招いて、町も森も父さんも母さんも炎に飲まれてしまった。望ちゃんの姿も、それっきり見てない」
「…」
「……焼け跡で呆然としてた僕を、通りすがりの小物売りの老夫婦が拾ってくれた。だけど彼らも自分の口を養うので精一杯だった。だから僕は、役人の口利きで後宮に行くことを決めたんだ。面接はすごく緊張した、藁をもすがる思いだったよ」
「そうか」
「うん」
普賢は右手を挙げ伏羲の頬をなでた。
「奉公が正式に決まってから都にたどりつくまで、僕は何日も何日も旅をしたよ。石畳の上を歩きながら、この国の広さを実感した。伏羲にも見せたい。あんなに広い国を、ひとりで治めるなんて難しいよ。色んな邑の、信用できる人を見出して一緒によりよい国を目指していくほうが伏羲も楽だと思う」
「……」
「…ごめん。言い過ぎた」
伏羲が首を振った。
「わしを樹とするなら、貧弱な枝にかしましい小鳥が鈴なりになっておるのだろうな」
「伏羲…」
「普賢、いつか、わしの腕にも鷹が留まるようになるだろうか」
普賢はそっと伏羲の胸に寄り添った。
「キミがその思いを忘れない限り、きっと」
「そうか…そうだといい…」
伏羲もまた普賢を抱きしめなおした。
夜半、豊かな沈黙がふたりを包んでいた。
>>つづき