>60分以内に7RTされたら後宮パロで頭を撫でる太公望を描きましょう。
の、つづきのつづきのつづき。
「…皇帝の正妃だけ……」
※18禁 ふーたん女の子注意
※口調変更有り
※ふーたん過去捏造
1月3日。
年の瀬から元旦にかけての熱狂的な騒ぎも落ち着き、7日の大祓奉に向けての中休みといったところか。里帰りができるわけではないが、後宮の娘たちもどこかのんびりした風情だ。
普賢はというと、先ほどから身づくろいに余念がない。そうは言っても普賢の私物などあの金魚くらいなものだから、服は端女であった頃の制服から前掛けをはずした姿。それでも普段使いのゆるい麻の着物よりはましに見える。立派さで言えば伏羲に与えられた夜着が一番だが、さすがにそれを着て出歩くわけにも行くまい。鏡の前で裾や襟元を何度も確認し、癖の強い髪をせめて見苦しくないよう櫛で整える。
今日は伏羲が口にした約束の日だ。普賢を、この後宮から連れ出すと、そう言ってくれた日。たとえそれが外宮への散歩程度であっても、普賢にすれば夢物語だ。後宮へあがった娘が外へ出られるのは死んだときだけ。もし例外があるとすれば、それは。
「…皇帝の正妃だけ……」
口にし、改めて困惑する。伏羲は何を考えているのだろう。
皇帝である彼には器量も血筋も選りすぐられた妃妾がいる。皆、貴族の娘であり政争に絡んでくる重要人物でもある。彼女らを無視して、猫と呼ばれ人ではないものとして扱われる自分を厚遇するなど、あってはならない。
けれどいまだ懐妊の報はなく、正妃の座は空いたまま。
そして非公式とはいえ、今日この日の散策に連れ行くと伏羲が選んだのは普賢で。
もしかすると自分はとんでもない状況に陥っているのではないかと胸に黒雲が湧き上がってくる。
愛玩されるのは嫌ではない。この身に触れられるのも、たわいないやりとりを交わすのも。命を救っていただいた礼だ。この手で声で笑みで体で、彼の人がわずかでも安らぐのならばこれ以上うれしいことはない。けれどそれはあくまで。
鏡の前で逡巡していると、音高く扉が叩かれた。飛び上がらんばかりに驚き、扉に耳をつけて様子を伺う。分厚い金属製の扉越しに、多勢の気配がする。伏羲が、戻ってきたのだろうか。それならばおとないを報せる鈴の音が先に届くはずだが。
再度扉が叩かれる。棍棒で打ってでもいるような乱暴な音だ。普賢はどうすればいいのかわからず、結局錠をあけて許しを告げる鈴を鳴らした。
きしんで開いた扉の向こうに、ずらりと並んだ後宮の女官達。古参と呼ばれ、後宮の瑣末を取り仕切っている女たちだ。皆、外宮の下女として働くうちに年を重ね、まともな婚姻が望めなくなった体だ。後宮においても皇帝の妻としてではなく、監督や部署頭などをして年若い下女相手に日々を過ごしている。
筆頭らしき女官が、何事かと固まっている普賢をしげしげと見やり、重いため息をついた。
「…なんと貧相な身なりであることか」
「っ!」
普賢が言葉の意味を理解するまえに、その女官は彼女の腕をつかんで手前に強く引いた。体勢を崩し、たたらを踏んだ普賢をそのまま引きずっていく。
「さあ湯殿まで歩くのじゃ。陛下がお越しになる前に着替えを済ませねば!」
あれよあれよというまに普賢は服を脱がされ湯がはられた浴槽に突き落とされた。呆然と女官達を見上げていると、最古参らしきその女官が普賢の顎をつかんだ。
「阿呆の子め、どこまで通じておるか知らぬが、言っておかねばなるまい。おぬしは今、後宮一の寵姫であるぞ。わかるか?おぬしが今、正妃の座にもっとも近いのじゃ。
此度の外遊び、陛下にとってはただの気まぐれであられるやもしれぬ。だが、我らにとっては笑い事ではない。おぬしがいかに頭のからっぽな猫同然の阿呆であっても、陛下の傍女として扱われる以上、後宮の顔として恥ずかしくない身なりでなくては許されぬのじゃ」
わらわらと女官達が普賢の周りに集まり、全身を洗い始めた。体のすみずみまで洗い清められ、丁重にほぐされ、肌によいらしいなんやかやをもみこまれて、清水を飲むよううながされ、人心地ついたと思ったら今度は衣装室に連行された。
そこからは湯殿など比較にならない怒涛の攻勢だった。次から次へと着せられ脱がされ着せられ脱がされ、ようやく色あわせが終わったと思ったら、引きちぎらんばかりの強さで髪をまとめられ、足りない長さを補うためにかもじを次々とつけられて一気に頭が重くなる。
3人がかりで帯を引き締められ、うっかり聞き苦しい声が出た。青空色と浅葱が交じり合う風雅な衣装が着付けられると、屈辱的なことに胸と腰まわりにしこたま綿を詰められた。結い上げた髪に櫛がさされ、いくつもの腕輪や首飾りが普賢を彩る。終わったと思ったら化粧が待っていた。もはや抗う気力も起きず、普賢はされるがままにまかせてただひたすら終わりを待ち続けた。
しゃらん、しゃらん。
着慣れない衣装に半ば意識の消えかけていた普賢は、聞きなれた鈴の音に目を覚ました。皇帝の先触れだ。普賢はあわてて頭を下げる。下腹に帯が食い込んで息が詰まったが我慢した。
ここは中央回廊、皇帝の私室となる本殿の入り口。たくさんの足音が聞こえ、輿が地に着く音がした。絨毯を踏む音が近づいてきて、普賢の頭にふわりと手が置かれる。
「面を上げよ」
声のとおりにすれば朝焼け色の瞳が彼女を映した。豪華な黒衣の立ち姿に思わず息を呑む。盛装の伏羲を目の当たりにするのは初めてだった。つややかな漆黒に銀のふちどりが美しい。飾り石がしゃらりと鳴る冠も、ぎっしりと紋章が縫いこまれた帯も、この者こそ天子にふさわしいと誇らしげに輝いている。
「出迎えご苦労」
言葉もなく見とれていた普賢の様子に、伏羲は楽しげに笑うとその手をとり立ち上がらせた。そのまま普賢の手を引き輿へ乗り込む。
「では百獣舎へ」
命を受けて、普賢の前ですだれがたらされていく。3重になったそれはほとんどの景色を視野からさえぎる。鳳凰の透かし彫りで飾られた輿が浮き上がる。一行は来た道を戻り始めた。同時に楽の音が始まり、謡う声が和して強まった。
「さて、そろそろ話をしてもよいぞ。よほどの大声でもない限り外には聞こえぬ」
「ありがとう」
いくぶん緊張がほどけた普賢は、伏羲の胸に小さな頭を預けて、はふと小さなため息をついた。
「着付けをしたのだな、よく似合っているではないか」
「でもこれ、苦しいよ。ほんとは脱いでしまいたい」
「わしはうれしいがもう少し我慢しろ。後宮の出口で輿を乗り換えるからのう。さっそく手をつけたと思われるのも癪だ」
「わかった、もう少し我慢する…」
普賢は背筋をピンと伸ばした。ほんの少し呼吸が楽になる。そんな様子をながめていた伏羲が普賢の顔をのぞきこんだ。
「苦しいなら、はずすか?」
伏羲の指先がつとそれに触れる。普賢の首にからむ紅い首輪、所有の印、人外の証明。
「ううん、大丈夫だよ。普段しない格好をしてるから落ち着かないだけ」
微笑んで応えながらも普賢はわずかに視線をそらした。皇帝の紋章が下がる首輪は、自分が猫であることの証。着飾った今の姿で、もしこれをはずしてしまったら、猫ですらいられなくなるような気がして。はずすかと聞かれたときの場違いに真剣な口調に、さわさわと胸のうちをなでられるような感覚が強まって普賢は視線をさらにそらしていく。
気まずい雰囲気にちらと伏羲をのぞき見ると、彼は陶器の皿から干しぶどうを一粒ちぎりとって口に入れていた。
「いるか?」
「う、うん」
恐縮しながら受け取ると、普賢はそれを口に入れた。酸味のきいた甘さが口の中にひろがっていく。
「普賢」
「なぁに?」
「もう少ししたら後宮の出口に着く。そこで輿を乗り換えるわけだが」
「うん」
「何を見ても声を出すでないぞ」
「うん…」
どことなく機嫌の悪そうな伏羲の横顔は、怒っているというよりは、憂えているようだった。内心で首をかしげながら普賢は伏羲によりそう。拒まれないことに安心し、その肩に頭を預けた。
楽の音がひときわ強くなり、謡の調べが半音上がった。ゆっくりと輿が下りていく。振動が消え、床の上にしっかりと固定された頃、目の前のすだれがするすると上がっていった。
大きな橋のまんなかだった。正面に巨大な宮殿があり、国章の幟がはためいている。あれが外宮というものなのか。ふと目をやれば橋の下は広い庭だ。石畳で固められ、ぽつぽつと槍とも架ともつかないものが立っている。箱のようなあれは、あれには、見覚えがある。首切り台だ。ならばきっと自分の背にあるのが後宮なのだろう。
伏羲にうながされ輿を降りると、2頭の龍が絡みあう箱車を囲んで10人と少しの男たちが、長い袖で顔を隠し深く礼をしていた。皆、新調したとおぼしき官僚の制服を着ている。
「ご機嫌麗しゅう陛下。此度の百獣舎への御散策、委細滞りなく露をば払いましたなれば、お心の赴くままごゆるりとお過ごしくだされ」
中央の老人が口上を述べる。そのしわがれた声には聞き覚えがあった。いつも朝食の席で伏羲に当日の予定を語って聞かせる文官だ。ならばその後ろに並ぶ男たちが、老人の従者として後宮への出入りを許されているも同然の官僚たちなのだろうか。
「ご苦労であった元始天尊。苦しゅうない」
皇帝が平坦な声を発する。最敬礼をとっていた官僚たちが一斉に顔を上げる。
元始天尊のとなりに立つ若い男に視線が縫いとめられた瞬間、普賢は血の凍りつく音を聞いた。
視界が色あせ、大地が揺れる。黒衣の裾をつかんで、倒れそうになる自分を支えた。割れ鐘のように心臓が鳴り響いている。それはふたりが箱車に乗りかえ、一行が再び動き出してからも止まらなかった。
「……驚いたであろう?」
ふるえ続ける普賢の手を包み、伏羲は声を低めて語る。
「あやつが太公望、元始天尊の養子だ。遠縁であったが勉学の才を見出し跡継ぎに望んだ、ということになっている。表向きはな。だが…本音はやはり別のところにあるのだろうよ。おぬしも見ただろう。瞳の色こそ違え、あやつとわしが瓜二つだと…」
伏羲が唇を湿らせる。
「先帝、父上は漁色家であった。世継ぎもあふれかえっておった。ゆえにわしの母上は皇位継承の際、腹違いの兄弟姉妹を一族ごと…皆殺しにした…。その生き残りがあやつだとのうわさが絶えぬ。証拠はない…、だが否定するにはあまりにも、似すぎている…」
伏羲が普賢の肩を抱く。すがりつくように。
「普賢、わしのかわいい猫。わしはどうすればいい?太公望は優秀だ、文官としても、おそらくは帝としても。内政も外交も詩歌や世渡りにいたるまでどこをとっても文句のつけようがない。そして恐らく、いや間違いなく、あやつはわしの兄にあたるのだ。もしも先帝が太公望を皇位継承者と定めていたならば、わしは兄から皇位を簒奪した逆賊なのだ」
血を吐くような告白に、普賢は伏羲の体を抱きしめ返す。しかし普賢の胸はそれとは別のことでおののいていた。
『どうして?どうして望ちゃんが、ここに…?』
>>つづき