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SS~モイライパニック

 
「な、なんだこれ、ムウ様あ!」

※成長貴鬼 ロリムウ ちびシオン
※ちょい下品? CP要素はない、と思う 

2010アリエスパーティー用
ネタの神様が降りてきたのが最終日の9時だったというものすごいデッドラインなブツ

 
続き
 
 
 

 
 
 目を覚まして伸びをしようとしたとき、貴鬼はようやく違和感に気づいた。
 視線が、いつもより高い。
 掛布の下の体もいつもと違う、というか寒い。貴鬼は自分が裸な事に気づいた。
「な、なんだこれ、ムウ様あ!」
 叫んだ声もいつもの甲高い自分の声ではなくて、貴鬼はよけいに混乱する。寝台から降りようとして、ベッドサイドの小さな鏡に目が行った。
 そこに映っていたのは自分と同じ髪と目の色をした青年だった。貴鬼は口をあんぐりとあけて固まる。
 ……なんだこれ。どうすりゃいいんだ。
 とりあえず服がないのでシーツを体に巻きつける。当面はこれでしのぐしかない。突然廊下からぱたぱたと軽い足音が聞こえた。扉が開く。
「貴鬼!ああ、おまえまで!」
 そう言いながら部屋に入ってきたのは。
「…………ムウ様?」
 入ってきたのは、昨夜までの自分と同じ年頃の少年だった。
 まっしろな肌にふっくらしたほっぺ。やわらかそうな紫色の髪を肩口できれいに切りそろえている。くりっとした緑柱石の瞳が愛くるしい。やはり着るものがなかったのか、大人用のTシャツ一枚という姿だ。
「ど、どうなされたんですか。そのお姿は」
「それはおまえもでしょう。私にもわかりません、朝起きたらこうなっていたのです。こんな姿では情報を集めることもできませんから、おまえを使いに出そうと思っていたのに」
 両手を組んで思案を始めるムウを貴鬼はまじまじと見つめた。貴鬼にとってムウは師であり親であり、厳しくも頼もしい存在だ。子ども時代なんて考えたこともなかった。
 しかし考えてみれば、ムウも人である以上子どもであった時期があったのだ。そして目の前の師匠は抜群に愛くるしい子どもであった。ちょっと眉を寄せているところも、なんだか拗ねているように見えてかまいたくなる。
『ああー、シオン様にはムウ様がこんな風に見えてるのかあ』
 そりゃこんな弟子がいたら溺愛もするよなあと、貴鬼は蘇った教皇の日ごろの態度を思い返して一人納得する。
「ムウ様、あの、とりあえず服を」
「服のサイズがあうなら、こんなに悩んだりしていません」
「いやとりあえず、オイラの服とですね、ムウ様の服をとりかえっこしてみませんか?当座のしのぎにはなると思うんですが」
「なるほど、おまえにしては上出来ですね。そうしましょう」
 一言余計ですムウ様、と考えたところで貴鬼はふと思い浮かんだことを口に出した。
「ムウ様、ひょっとして履いてな……」
「黙りなさいっ!」
 念動力で壁に叩きつけられ、貴鬼は軽く吐血しそうになった。
「こんな姿でも師匠は師匠!弟子は弟子!礼節を保ちなさい!」
 びしっとこちらを指差して胸を張る師は、どうやらなにがなんでも大人ぶりたいらしい。いつもより高い視線のせいか、それともムウのポーカースマイルが崩れてるせいか、貴鬼にはムウが異常事態に動揺しているのがわかった。
「はいはい、すいません。オイラが悪かったです。とりあえず服着ましょう、そうしましょう」
 白旗上げたふりで優位権を取り戻して、貴鬼はタンスから子ども服を取り出した。ムウが手を伸べてそれを受け取ろうとする、その寸前で取り上げる。
「何をするのです、早く渡しなさい貴鬼」
「ムウ様がオイラの言うこと聞いてくれたらお渡しします」
「……なんです?」
 いやな予感に一歩退いたムウに、貴鬼は極上の笑顔で答えた。
「だっこさせてください!」
「却下!!」
 全力で怒鳴るも小さな子どもの姿では迫力がない。そんなムウを相手に貴鬼はジリジリと距離をつめていく。
「ムウ様、わかってます?オイラいま大人なんですよ?」
 ムウが短くうなってまた一歩退いた。貴鬼はテーブルの上に服を一式置き、小さく笑いながらムウを追い詰めていく。ついにムウの背が壁についた。
「覚悟はできました?」
「うう……」
 ムウのこめかみを冷や汗が撫でていく。貴鬼はその小さな姿に向かって全力で抱きついた。
「あだぁ!」
 空振りをして、したたか壁に額を打ち付け、目の前に火花が散った。
「愚か者。深追いは怪我の元と指導したはずですよ」
 直前でテレポートした師は机の上の服に手を伸ばす。
「なんのまだまだ!」
 小さな手が服をつかむ瞬間を狙って腕を伸ばす。また師の姿が消えた。だが貴鬼も負けてはいない、瞬時に空間を検索、ひずみをサーチしてそちらに向き直る。しかし敵もさるもの、捕らえられる前に実体化をキャンセル、矢継ぎ早に検索網の隙間を狙って出現してくる。
 無言の攻防が続き、舌打ちした貴鬼がぼそりとつぶやいた。
「あ、見えた」
「――っ!」
 顔を真っ赤にして服の端を押さえたムウの姿が実体化する。
「おっしゃゲットォ!」
「ひゃああああ!」
 がばりと抱きすくめられて、ぐりぐりぐりぐりかいぐりかいぐり。
「うっわすっげー!ムウ様ほっぺふくふくー!かわええー!超ちっちぇー!」
「や、やめなさい!やめなさい貴鬼ー!」
 涙目で弟子の魔の手から逃れようとするも子どもの力ではかなわない。動揺している状態ではサイコキネシスを使うことも出来なかった。
「ムウ様、今夜はいっしょに寝ましょうねー。あ、お風呂も一緒に入りましょうねー」
「何故そんなことをしなくてはならないのですか!」
「えー、ちょっと前までそうしてくれてたじゃないですかー。晩御飯作りますからー」
「理由になりません!」
「でもそのお姿じゃ台所に立つのは無理でしょ?」
 まだ腕の中でじたばたするムウを抱きしめなおして貴鬼が悦にいったとき、何かが空を切る音がした。
「あいたぁ!」
 飛んできた何かに景気良く頭をはたかれて、つい腕の力がゆるんでしまった。ここぞとばかりにムウが貴鬼の手をすり抜け壁際まで逃げる。
「おお、我が師シオン……。されど、されどそのお姿は一体……」
 厄介なのがきたと痛む額を押さえて貴鬼は戸口を振り返った。予想していたよりちんまりした姿に思わず無言になる。
 若草色の豊かな髪に、夕焼け色の瞳。一目で育ちのよさがわかる整った顔立ちなのに、どこか生意気に見えるのは猫のような吊り目のせいだろうか。
 ムウの師にして聖域の教皇シオンが、やはりがんぜない子どもの姿で仁王立ちしていた。ちゃっかり子どもサイズの法衣を着込んでいる。さっきの痛みはこのシオンが放った超真空波デコピンであろう。
「まったく、弟子の身でありながら身長差を笠に着てムウに不逞をはたらこうとは嘆かわしい」
 言いながらずいと入りこんで来る。そして壁際で息を殺していたムウを見つけると、とてとてと駆けて行って抱きついた。
「おおー、かわいいなムウや。往時の姿そのままではないか!」
 いや、あなたも十分同じことしてますから……。
 そのまま、なめらかに頬ずりに移行する教皇に、貴鬼は先ほどとは違う頭痛を覚えた。
「シオン様、なんの御用ですか?というか、オイラ達に一体何が起こったんですか?」
「んむ、その件だがな」
 反抗できないムウを抱っこしたままシオンは貴鬼を見やった。見た目こそ小さいが、態度の大きさは変わらない。
「昨日アテナの元へ、下界視察と称してモイライ三姉妹殿がお越しになられたことは知っているだろう?
 三姉妹殿は昨夜遅くに天界へお戻りになられたのだが、その際ラケシス殿がスカートのすそを椅子にひっかけてしまわれた。その余波で十二宮近辺に時間軸の混乱が起きてしまっているのだ」
 え、そんな理由?ぽかんとした貴鬼を前にシオンはさらに続ける。
「被害甚大なのはアテナ御本人でな。赤子の姿に戻ってしまわれた。幸い御心までは影響を受けていなかったのでテレパスで意思疎通はできる。アテナのお言葉によると明日の昼頃には時間軸の修正が完了するそうだ。
 ただ、指定された範囲内での修正になるため、時間軸の混乱に巻き込まれた者はなるべく十二宮を離れぬようにとのことだ。私はアテナのお言葉と、それまで平静を保つようにと指示するために降りてきたのだ。ムウがどうなっているかも見たかったしな!」
「最後のが本音でしょ……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
 沈黙した貴鬼を視野の外において、教皇はムウへの頬ずりを再開した。
「んんー、やはりおまえはかわいいな。大人になったおまえもよいが、この姿はまた格別だ」
「……あ、あの、シオン」
「なんだムウ?言いたいことがあるなら言うといい。なんでも聞いてやるぞ」
「弟子の前です。離してください」
「いやだ」
「は、な、し、て、く、だ、さ、い!」
 言うなりムウはシオンの腕を振りほどいた。
 あれ、ムウ様本気で怒ってる?貴鬼が危ぶんだとき、ムウはシオンに向かってきっぱりと言った。
「前々から思っておりましたが、人前で私を子ども扱いするのはやめてください、特に弟子の前では!私ももう20を越す身、体面もあれば面子もあります。もう少し考えてくださいませ!」
「そう言われても私はおまえがかわいい」
「変わらず愛情をそそいでくださることには感謝しております。しかしもう少し時と場を考えてなさってください」
「そうおかしなことをした覚えはないが……」
「あります!たくさん!特に人前で気安く頭を撫でるのは慎んでください!」
「なっ、私のひそかな楽しみを奪うというのか!というか、いつから師である私に意見できる身分になった!おまえこそ慎め!」
 そこから先はもう売り言葉に買い言葉で、星くずが飛び交いかねない勢いだ。貴鬼は足音をしのばせ、そおっと廊下に逃げた。
 ムウの部屋で服を拝借して着替えていると、案の定部屋のほうから破壊音が聞こえてきた。
 えーと、大工さんに連絡とらなきゃ。石切場にも行かなきゃ。まあ、あの程度じゃ宮崩壊までには至るまい。
 貴鬼は音と振動を冷静に分析するとまず石切場へ向かった。
 
「ただいま帰りましたー」
 小半時して貴鬼が白羊宮に戻ってくると、まっさきに自室へ向かった。自室は壊滅。床も天井もぼこぼこ穴だらけで、要りもしない窓が増えている。もっとも黄金聖闘士ふたりが戦って、これだけですんだのは奇跡に近い。
 疲れてしまったのか、瓦礫に半ば埋もれるようにしながら、ムウとシオンは眠りこんでいた。
「子どもはお昼寝の時間ですかね」
 貴鬼は苦笑しながらふたりをかつぎあげてムウの部屋の寝台へ寝かせる。ふっくらとした頬の子どもがふたり寄りそって眠っているさまは平和そのものだ。
『でもこの人達、すごい修羅場をくぐりぬけてきたんだよな……』
 片や前聖戦の生き残り、200余年もの間聖域を統治し続けた教皇。片や冥王との最後の激闘に参加した希代の黄金聖闘士にして修復士。スカートのすそをひっかけただけで時間を歪ませるような高位の存在、神。そのさらに上位に位置する冥王の軍勢と戦ったふたり。
 いつか自分が真にこの姿になった時、誇り高い牡羊の黄金聖衣は自分を認めてくれるだろうか。このふたりに次ぐ存在として。
 貴鬼は胸にしょっぱいものを感じて眠るムウの頭を撫でた。ムウがうっすらと瞳をあける。
「貴鬼……ごめんなさい、あなたの部屋、壊してしまいました」
「そうなると思って石切場と大工に連絡いれときました」
 とろんとした声に微笑を誘われたまま、貴鬼はムウの頭を撫で続ける。
「きっとたまには子どもに戻ってゆっくりしろって神様の啓示なんですよ。晩御飯オイラが作りますからムウ様は寝ててください」
 ムウは眠たげにまばたきをくりかえし、そうしますとつぶやいてまた眠りに落ちた。貴鬼はムウの頭をもう一撫でして立ち上がった。目が覚めたふたりに食べさせるための軽食と、今夜の下ごしらえ。
 さーて。
 とりあえず今夜はシチューだ。部屋を壊された腹いせに、シオンの嫌いな人参と、ムウ様の嫌いなブロッコリーをたっぷりいれて。ふたりの反応がいまから楽しみだ。
 人の悪い笑みを浮かべながら、貴鬼はじゃがいもを洗い始めた。