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信じられないくらいの長い時間をたった一人で生きる*いただきもの

 ファイル 6-1.jpg

 B氏にリクエストした一品、SS付。
 お題は「かじったら甘そうなふーたん」
 ありがとうありがとう、どうもありがとう。

 ↓
続き

 

 餌を探しに入り込んだ先、こまごまと色々なものが詰められたそこはニンゲン達の倉庫で、
そこで稀に出くわす乾かした果物や破れた麻の袋からこぼれた小麦の粒だとか
そういうものが蟻にとってはゴチソウだった。
蟻は甘いものが好きだった。
短い虫の経験からカラフルで綺麗なものは
甘い物だと知っていた。
だからそれを見つけた時、とびきり甘いものだと直感した。

ガラスのビンの中、きらきらと透き通った金色のハチミツ。
その金色の中にふわふわとたゆたう輝く人影。
薔薇色の大きな瞳がこちらを見て、にこりと微笑む。
蟻は、とびきり甘い物に違いないと確信する。
「お主は甘いだろう?」
ストレートに問いかける。
「甘いよ」
その小さな鈴が鳴るような声がもっと欲しくて
蟻はガラスのビンに顔を寄せる。
が、得られたのは硬質な冷たさばかり。
「甘くないではないか」
不満そうに抗議する。
「瓶詰めだもの。」
鈴の鳴るような声がちりりと耳に届いた。

瓶の中に甘い物は入れられて、
長く長くホゾンされているのだという。
「こうして瓶に入っていれば長持ちするから
 信じられないくらい長い時間をこうしているんだ。」
ホゾンできても、食べれないのでは意味がないと
蟻は思う。
きっと甘いのに。

触角で瓶に触れる。
瓶ごしに人影の金色の手がそれに触れた。

甘い物を探すのが仕事の蟻は、そのままどこに行くこともできずに
瓶の前から動けないでいる。
「開けられぬのだな。」
飢えてすっかりカラカラになった蟻が呟く。
「僕がここにあること、忘れられてるかもしれない。」
金色の人影はあった時と同じままの柔らかさで答える。
カラカラに蟻はカリカリと触角で瓶を撫でる。
こうして撫でていれば、瓶にヒビが入って割れ、
中々この甘いものがこぼれだしてこないだろうか、
と小さな希望を抱いて。

だけども瓶詰めはそれが適わないことがわかっている。

蟻が瓶の前で息絶えて
春が巡ると、同じような蟻がまた瓶詰めの元を訪れた。
だが、その蟻もまた程なく、カラカラと干からびてしまう。

そうしたことがもう何度も繰り返されたので
透明な瓶の表面がすっかりほこりで曇ってしまって
瓶詰めは安堵を覚えた。

これでもう自分を求める蟻が、死ぬことはないのだと。

何度も生まれ変わって、自分の元へ訪れるその蟻のことが
瓶詰めは大好きだった。
だから、その蟻がもう辛い思いをしないのは良いと思った。
―少し寂しいけど大丈夫、瓶に詰められてるから
長持ちする。

曇った瓶の中、金色の海、瓶詰めは目を閉じ
最後に会った蟻のことを夢想して眠りについた。

ゴトリと持ち上げられて、瓶詰めは目を覚ました。
何事だろうか。

瓶に積もったほこりが掃われて光が差す。
その埃の切れ間から黒い瞳が中をのぞき込んでくる。
そのきらきらと輝いた瞳は瓶詰めの良く知るもので

形と大きさは随分変わってしまったけれど
それがかつての蟻だと瓶詰めに強く確信させた。

瓶のフタが開けられる。
とろりと金色の液体が流れ出す。
瓶詰めだったものはかつての蟻の手のひらの上に
乗せられる。
そうして問答をする。

「お主は甘いか?」
その問いには敢えて答えることはしなかった。

実際に食べてみれば、はっきりわかることなのだから。

COMMENT

■ノヒト ... 2007/03/30(金)18:14 [編集・削除]

ふわふわっと夢の中にいるような不思議な作風のB氏。
今後ともその意気でGOだ!