「どれがおすすめ?」
※あとしまつ後 現代 コメディ
※お酒の自販機って減りましたよね
※警官の皆さん、いつもお勤めご苦労様です
深夜の商店街に自動販売機の音が響く。
「こうやるのだ」
たった今購入したばかりの缶ビールを取り出し口から受け取り、伏羲は普賢の手に3枚の銀貨を握らせた。普賢はしげしげと手の中の小銭を見つめる。見事な桜が刻まれているが、使い込まれた表面はくすんでしまっている。
知識として持ってはいても間近で見るのは初めてなのか、とぼしい灯りの下で普賢は銀貨を一枚づつひっくり返し表に戻し、ためつすがめつしているので苦笑しつつ伏羲は自動販売機を指の背で叩いた。
普賢は神妙な面持ちで自動販売機の前に立ち、おそるおそる小銭を飲み込ませると、だしぬけに振り返る。
「どれがおすすめ?」
「似たようなもんだ」
そうかと納得して普賢は目を閉じて適当にボタンを押した。ガコンと大きな音が立つ。黒いラベルの缶を取り出すと同時にチャリチャリと硬い音が続いた。
「お釣り?」
「んむ」
「便利だね」
伏羲は小銭をかき出し財布に収めてプルタブを起こす。
「歩きながら飲むの?」
「向かいの公園にベンチがある。なに、すぐそこまでだ」
「行儀が悪いよ望ちゃん」
眉を寄せた普賢に伏羲はひらひらと手を振った。路地を抜けると横断歩道。横から人影が近づいてくる。缶を傾けぐびりとやると、伏羲はまたたく信号を確認し一歩踏み出そうとした。
「少しいいですか?」
伏羲と普賢が振り返ると、若い男と温厚そうだが目つきの鋭い年配の二人組みが立っていた。
制服らしき揃いの衣装を着ている。明るい青のシャツに紺のスラックス、肩からはベルトを提げていた。頭には帽子、つばがあり角ばっていて芯の入った立派なものだ。中央には大きな金の紋章が入っている。
ついしぶい顔をした伏羲に普賢が視線で何事かと聞くと、この国の警吏だと小声で返してきた。
「失礼ながら、年齢の確認をさせていただきたいのですが」
やはりか、と伏羲はため息をついた。まったく窮屈な世の中になったものだ。さてどう返そうかと頭をひねっていると普賢がポケットに手を入れた。
「これでいいですか?」
そう差し出した手帳サイズのカードは仙界と人間界のパスポート、大アマゾン謎の生物の手形。礼儀として受け取った警官二人が懐中電灯で照らしてみても、やっぱり大アマゾン謎の生物の手形。
「……大人をからかうもんじゃない」
「そんなことしてません、それは教主が認可した正式なものです」
きょうしゅだって? 宗教関係者ですかね? 二人組みは顔を寄せ、ひそひそと囁きあった。おもむろに普賢を向きなおる。
「年は?」
「3300才くらいです」
「職業は?」
「神です」
「……」
「……友達は選んだほうがいいよ」
二人組みは伏羲に哀れみのまなざしを向けた。ムッとしたのは普賢だ。
「それ、どういう意味ですか? 失礼ながらと前置きされましたけど、何を言ってもいいということにはならないと思います」
「ええまあ、そうですねー…、すみませんでした」
「僕は質問へ誠実に答えました、しかしあなたがたの対応はいかがなものでしょう」
「…その、我々がこう言っちゃなんだが、嘘をつくならもう少しやりようってもんがあるだろう?」
「すべて事実です。ほら、望ちゃんも言ってあげてよ」
だが視線を泳がせていた伏羲にその準備はできてなかった。義務感マシマシ猜疑心上乗せの声で年配の警官がたずねる。
「君、いくつだね。正直に言ってごらん」
血の気の引く音を聞いた。そんなの伏羲も覚えてない。でも年を忘れたなんて言える見た目じゃない。かといって免許証も保険証も、もちろんパスポートだって持っちゃいないのだ、普賢以下だった。
待ちかねたのか若い方が質問を繰りかえす。伏羲は腹をくくった。
「年は?」
「45億年より前」
「……職業は?」
「直近で軍師だ」
「いいかげんにしろ!」
「本当だっつーの、わしは元軍師でこやつは神だ!」
「元って、今は何してるのかね!」
「旅人だ! 軍師は任期満了に付き退職、ついでに金鰲島の幹部もバックレてやったわっ!」
「もういい、署まで来い!!」
伏羲は手の中のビールを二人組みの真ん中、顔面すれすれを狙って投げつけた。彼らがひるんだ一瞬の隙を突き、空間を切り裂くと普賢を抱えて逃げこむ。
夜より暗い闇がカーテンのように揺れて消え、呆然とした警官たちが我に返った時には、静かな町並みにへこんだビールの缶と大アマゾン謎の生物の手形だけが残っていた。
二人組みは首をひねり、お手上げのポーズを取ると缶を拾って商店街のゴミ箱に捨てた。
「あ」
「どうした」
「お酒持って来ちゃった」
「半分んこするか」
「うん!」
■ノヒト ... 2012/06/02(土)12:06 [編集・削除]
その晩伏羲さんは夢の中で「ついでってなんだよ、ついでって」とネチネチ説教されたそうです