※肉欲とはよく言ったもので
※カニバ注意
肉欲とはよく言ったもので、太公望が普賢を思い出す時、最初に白いうなじが出てくる。それに己の鋭い犬歯を突き立ててみたくなる。そのままごりごりと背骨に食らいついて、骨に入ったヒビの隙間から髄液をすすって……。膨らんでいく妄想を、太公望はまどろみの中へ隠す。ああ、本当に、食べてしまいたいのかもしれない。
先日普賢と桜を見に行った。西岐の小さな邑にある桜並木は噂ほど大したものではなかったけれど、ごうと強い風が吹いたとたん、あたり一面が淡い色に染まるほどの桜吹雪が起こった。一歩先を歩いていた普賢の姿が、かき消されるほどに。気がつけば太公望は普賢の名を叫んで、その手を掴んでいた。普賢が消えてなくなる気がして。それがわずかな時の端境だったからこそ、ひりつくような恐怖が太公望の胸へ焼印のごとく痕を残した。
どうせなら、そう太公望は想う、どうせならさらわれる前に自分がさらってしまいたい。この世のすべてから手の届かぬところへ、二度と互いが離れぬようまぐわい以上に近い距離へ。取り込みたい。隠したい。誰にも分けてやりはしない。踊るようなその靴音。薄い体。何者にも代えがたい笑顔。風にあそぶ羽衣まで。何もかも。ならば、そうだ、そうとも、食べてしまうより他にやりようがないではないか。ほっそりとたおやかな肢体は、薄くとも歯ごたえの良い肉で包まれているだろう。その奥には真珠のように白い骨が埋もれているだろう。割ってしまえば紅玉のような髄があふれだすだろう。それを肴に一杯やりながら、ただ無心に普賢の血肉を貪っていたい。頭から爪先まで、食べつくすのにどのくらいかかるのか。おそらく、そう長い時間はかからない。
「望ちゃん、修行の時間だよ」
罪深い微睡みから覚醒し、太公望は普賢に揺り起こされたことを知る。夢の残滓が脳裏にまとわりついて離れない。まぶしいほどに白い肌が、今日も自分を誘っている。
「普賢」
太公望は普賢の腕に体を投げ出した。抱きとめてくれる細い体のぬくもりが甘くて心地良い。
「もう、望ちゃん。遅刻しちゃうよ。元始天尊さまに怒られるよ」
身動きしない太公望を咎めながらも、普賢の語尾に笑い声が続く。
ぬくもりに包まれ、じわじわと眠りに引き込まれながら、太公望は考える。いつか、普賢の小指を一本、分けてもらおう。自分はそれを骨も残らないほど煮込んでとろとろのスープにしてとっくりと味わおう。その時、ようやく自分は安心できるはずだ。