「よかったぞ普賢、また頼む」
※R18 ふーたん女の子注意
※玉パパ当て馬注意
倉庫の片隅の薄暗がりで、太公望は普賢を抱いていた。
扉は開け放したまま。そのスリルが普賢を高めると知っている。服の下に手袋をしたままの手を潜り込ませ、胸を包み揉み込むように手を動かす。手袋と胸の突端が擦れ、普賢が押し殺した声を上げる。
「ん、ふ、ん…ふぅ…く……」
太公望は普賢の首へ顔をうずめ、首筋を舐め上げた。
「んぅっ……!」
普賢の体が震えるのを抱きしめた両腕で感じる。しっとりと汗ばんだ肌が香る。胸を愛撫していた手で色づいた突端をいじり、空いた手で下着ごと普賢のズボンを引きずり下ろした。手袋を外し、じんわりと蜜を孕んだそこを指先でこねくり回す。前戯は性急に。それを普賢は好む。だってこれはただの性欲処理だから。その程度の気安い関係。親友という名の。
次の一手はキス。秘所を弄っていた腕で普賢の頭を引き寄せ、唇を重ねてこじ開ける。強引に奪われるのが普賢の好みだ。そう知っているから普賢の舌を絡め取り、自分の舌先で口内を蹂躙する。息ができないくらい激しく。
「ぅ、んく、ん!」
タイミングを読んで解放してやる。普賢は荒い息をつき、ぼんやりと空を見ている。秘所への愛撫を再開すると普賢の全身がビクビクと震えた。反応がよくなっている。いい調子だ。だがまだ普賢は声は押さえている。理性が勝っている証拠。ならお次は……。
親指と人差し指で蜜を溢れさせるほとの上にある宝珠をつまみあげる。
「……っ!」
普賢の体が緊張し、大きく背を反らせる。強い快楽が走ったときの癖。太公望はそのまま宝珠を押しつぶすように揉む。
「……う、あ、望ちゃ…それダメ…いぃ、あっ!」
普賢の肌へ朱が走る。ふわりと体温が高くなり、軽く達した体から力が抜ける。蜜口から溢れ出した愛液が太公望の手を濡らし、太ももを伝っていく。準備はこれでいい。冷たい床へ普賢の体を横たえ、自分も前をはだける。脱ぐのは最低限。それでいい。この行為はただの手練手管の確認。お互いの体で自慰をしているにすぎない。だから腰を抱えあげたら、慣らしもせずまだ余韻の残るうち、一気に。
「あぁっ!」
濡れそぼったそこを押し開き、一番奥まで侵入する。奥の、少し上側、そこが普賢の急所。知っている。知っているから。きっかけは幼い頃の好奇心。
だけどすぐに二人だけの秘密の遊びに変わった。毎晩猿みたいに欲望をぶつけあう日々を重ね、お互いのすべてを知り尽くす程に。いつしかこの関係がそのまま続くのだと当然のように思い込むようになっていたある日、普賢は誰かに告白されて、そのまま付き合うことになったと報告した。太公望の、顔も名前も知らない誰か。
「そうか」
「うん」
それだけで簡単に関係は切れた。修行が終わると普賢は二人の相部屋から姿を消し、そのまま朝まで帰ってこない。不思議と嫉妬はなかった。困惑していたというのが正直なところだ。消灯時間までぼんやりと普賢の居ない空っぽの寝台を眺め、そこに主が居ない事実を何度も確かめては眠りについた。
二週間後、初めての恋は破局を迎えた。体の相性が合わなかったと普賢は言った。
「だから望ちゃん、また僕を抱いてよ」「……あ、あぁ、ふあっ! あん…あ……!」
普賢が声を殺さなくなってきた。頂点が近いのだろう。激しく腰を打ち付けながらそう太公望は考える。自分の快楽は脇へ置いて、ひたすら普賢へ奉仕する。
誘うのはたいてい普賢のほうからだ。袖を引いたり、思わせぶりな視線を送ったり。言葉はいらない。それだけでわかる自分がいる。最初は太公望の方から誘ってばかりだったのに、いつの間にか逆になっている。
誰かと付き合うことになるたびに、普賢は太公望へ報告し、太公望はしばしのおあずけを食らう。もちろんおとなしくしているわけではない。下位道士に言い寄られるのはよくあることだったから、ちょいちょいつまみぐいをした。けれど寝るのは一度きりと決めている。夜の帳に隠れて甘い言葉をたっぷりとささやき、一晩の恋に酔う。朝日が昇ればそれで終わり。泣かれようがわめかれようが、心が動かない。自分にはやるべきことがあるし、だらだらと長いだけの恋路は煩わしいだけだから。
「ああ、あっ、あぁあ……はっ、ああっ!」
高い声が太公望を煽る。ある程度はそれでいい。自分だって興奮していなければ普賢を刺し貫くことはできないのだし。腰を動かすたびに聞こえる粘液質な水音。たっぷりとあふれでる蜜。抜くたびに離すまいとするようにきつく締め上げてくるそこ。もうそろそろだ。太公望は普賢の腰を抱き直し、急所へ陽物を押し付けた。そのままひっかくように出し入れする。
「んあっ、ん、う…く…あうっ、あっ、あっ、あっ! も、ダメ、ダメ、ダメあ、あああ、あああ……っ!」
反り返る体。上下する胸。気をやった普賢の体から汗が吹き出る。二度目の頂点は最初のものとは比べ物にならないほど高く強く。太公望は押し寄せる波をやり過ごし、長く深く息を吐く。これはまだ序の口、ここからが本番。太公望は太く固いままの自身で普賢の奥をかきまわした。
「ああっ! あう、も、無理、無理だよぉ! やめ、またイッちゃ、う……や、あっ!」
普賢が跳ねる。汗で濡れた肌に服が貼りついている。常の穏やかさが嘘のように雌の本性をさらけ出して快楽を貪って。そうだそれでいい。あと二回は気をやらせる。それがいつもの流れ。
普賢の破局は毎回突然だ。普段より自分との距離が半歩近くなるのがそのサイン。そうやって普賢はそれとなく恋の終わりを知らせ、太公望のもとへかえって来る。大切だと公言する、親友のもとへ。そうなるように躾けた。誰よりも一番強く、甘い快楽をその身に、くり返し刻み込むことで。
「……ふ、あ、ああ……あああ……」
普賢の反応が弱くなっていく。何度も頂点を迎えたさせたのだ。体力の限界が近いのだろう。終わりの合図にひときわ強く自分を押し込んで、それだけで簡単に達した普賢へ口づける。このキスはゆるく、やさしく。なだめるように。気持ちいいだろう普賢。わしとするのは。だけど。
「普賢、口を開けろ」
太公望は普賢から離れ、立ち上がった。さんざん焦らされた自身が痛いくらいはりつめている。太公望は普賢の半身を起こさせ、陽物をくわえさせる。終わりはいつもこうすることにしている。中へ出すのは恋人の特権だ。普賢が選んだ、普賢だけの特別な存在。自分は違うし、そうなるつもりもない。いつか普賢とは別離を迎える。それはきっと永遠の別れだ。この浮島を遠く離れて、自分は地上へ降りる。自分が居なくなっても、普賢はきっと、うまくやっていくだろう。こいつは世渡りが上手い。そうでなくては十二仙になどなれまい。それでいい。かえる先がなくなっても、時が経てば忘れてくれるだろうから。
太公望をくわえたまま、くったりとしている普賢の頭を抱える。
「ちと付き合ってもらうぞ」
そのまま普賢の頭を前後に動かし、無理やり口淫させる。中の感触に比べれば口内は物足りないが、それは激しく動かすことでごまかす。なにより自身が解放を求めている。頂点は簡単に来た。大量の精が放たれ普賢の口元から一筋、白い液があふれて床へ落ちる。腰を忠心に快楽が全身へ広がっていく。普賢は喉を鳴らして太公望の精を飲んだ。そしてまるで清めるように、萎えた陽物へ舌を這わせる。しばらくその感触を味わった太公望は、一息ついて普賢の口から自身を引き抜いた。すぐに服を整え、手袋をつける。その手で額を覆い、つるりと顔を撫でた。仮面をかぶる。いつもどおり、怠惰で気のいい悪童の顔へ。
「よかったぞ普賢、また頼む」
なすすべなく床へ転がった普賢が、声を絞り出す。
「……僕も、……すごく、よかった。また、お願い……」
そのまま瞳を閉じ、普賢はくてりと全身の力を抜いた。しばらくすれば寝息へ変わる。太公望は倉庫の扉を締め、外へ出た。つかのまの暗闇の中で、普賢は安息を得るだろう。
太公望は足早に倉庫を立ち去ると、麒麟崖へ向かった。あそこは誰も居ないから、瞑想にはうってつけだ。どうかすると表へ出せと暴れだすこの凶暴な想いを、いつものように殺しにいこう。胸の奥隠し持った刃物で切り刻めば済む話。大義の前には個人の感情など、ましてや恋心など、必要ないから。+++++
そろそろ普賢が玉鼎のところから帰ってくる頃だ。
木陰で昼寝していた伏羲はまだ眠い頭でどうしようかのうと考えた。あの決戦からどれだけ時がたったのだろう。もう忘れてしまった。それでも時々は神界へ赴き、普賢を覗き見ていた。玉鼎のところから帰ってきた後、普賢は決まって自室の窓際で物思いに耽る。だから顔を見るには絶好の機会だった。
「どうしようかのう」
今度は声に出してみる。
普賢に会いたい。一目見るだけでいい。
時折矢も盾もたまらないほど湧きあがる衝動を、伏羲は自分の人間らしさの名残として肯定していた。それは自分が太公望と呼ばれていた頃の記憶のかけらだ。今もまだ心の奥深く深く挿し込まれたまま抜くことがかなわずにいる棘だ。その痛みも、苦しみも、封じてしまうには惜しすぎた。現世の時の流れは早く、伏羲を取り残して何もかもが列をなして行き過ぎていく。ならば長すぎる人生の伴侶として、過去の亡霊と共に過ごすのも悪くはない。伏羲はふわりと浮かび上がった。神界へ行こう、普賢を一目見よう。胸を叩く衝動をなだめすかしながら、伏羲は空間をつなげた。
一歩踏み出し、よく手入れされた庭へ降りる。季節の草花や果樹が行儀よく並ぶ庭は持ち主の性格を感じさせる。伏羲はその庭に誰も居ないことを確認し、しばし散策を楽しんだ。花並ぶ草木ヘ普賢が手を入れているのだと思うと、それだけで心が浮き立った。そして木陰に隠れ、そっと普賢の自室を覗き見た。
普賢はいなかった。
来るのが早すぎたかと思ったが、部屋の窓は開いている。別の用事でも入ったのだろうか。残念だが今回は手振りで帰るしかないか。そう思ったが、部屋の中に桃があることに気づいてしまった。円卓の上に籠がある、その中身が仙桃なのは間違いない。神仙となった普賢の部屋にあるくらいだから相当な高級品……。むらむらと食欲が湧き上がり、伏羲は左右を見回した。人影はない。ならば、よし、いざ。
窓からお邪魔した普賢の部屋は、白鶴洞そのままだった。落ち着いたオフホワイトの壁紙。きちんと整えられた寝台。高い本棚には大量の蔵書が収められている。仕事机の上には往時のままの書類の山。あいかわらず忙しい身らしい。崑崙での普賢も、いつも時間に追われていた。それでも太公望が訪ねれば、手を止めて桃を用意してくれていた。それがこの卓の上だった。なつかしさがこみあげ、伏羲は目頭が熱くなった。今となっては何もかも遠い。ここは自分の居ていい場所ではない。この辺でおさらばしよう。そう考え仙桃をひとつ手に取った。その時だった。
「望ちゃん?」
開いた扉、普賢がいた。伏羲は血の気の引く音を聞いた。そのままふたりで見つめ合う。時が凍りついて動かない。普賢は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。自分もさぞかし間抜けな面をさらしているのだろう。先に動いたのは普賢だった。視線がわずかに下へ動き、伏羲が手にした仙桃を見る。
「桃、食べに来たの?」
「う、うむ」
そういうことにしておこう。とにかく逃げ出す口実を考えなくては。わかっているのに頭が働かない。
「……お茶、いれようか?」
ああ。何故自分は、うなずいてしまうのか。
香り高い茶が、氷をたっぷりいれた急須へ注がれる。普賢は急須を手に取り、茶と氷が馴染むよう、円を描くようにゆっくりと揺すった。美しい水色の茶がコップへ注がれ、伏羲の前へ置かれる。ここにきてなお、それを手にとっていいのか迷う。
「どうぞ」
その声に促され、伏羲はコップに口をつけた。太公望だった頃に慣れ親しんだ味が、そのまま口内へ広がった。この円卓をはさみ、談笑していた記憶が呼び起こされる。変わらない味に何かを許された気がして、向かいに座った普賢と、ようやく視線を合わせることができた。
「元気そうだのう」
「うん、おかげさまで」
ぎこちない会話はすぐに途切れた。沈黙が落ちる。せみの鳴き声が開いたままの窓から響く。それを聞くともなく聞いている。
「……何か、障りはないか?」
「特にないよ。ああ、でも、今年の夏は、ちょっと暑いかな」
「そうか。外界と、似た環境になるよう、設計したせいだな。ちとやりすぎたか」
「ううん。そんなことない。そんなことないよ。いつも同じだと、その、飽きちゃうし」
「はは、そうだの」
「うん」
普賢が微笑んだ。少しだけ空気が軽くなった気がする。
「望ちゃんは、最近どう?」
「桃を探して東へ西へだのう」
「変わらないね」
「そうか?」
「うん、変わらないよ」
「そうか」
なんだかうれしい。あの頃に戻ったようだ。自分はまだ友の体面を保っているらしい。会話を重ねるごとに、普賢の口もなめらかになっていく。
「それでね、月刊誌に十二仙が交代で書くコラムがあるんだけど、これがけっこう苦行でさ。みんなもうネタがないから好き勝手書いてるよ」
「そうか。おぬしは何を書いておるのだ? 元素の説明でもしているのか?」
「あはは、それいいね。今度使わせてもらおうかな」
普賢が笑っている。夢のようだ。普賢に見つけられた時は道を誤ったと思ったが、これでよかったのかも知れない。こんな時を、また過ごせるなんて思わなかった。楽しい時間はあっという間にすぎて、気がつけば仙桃は最後の一切れになっていた。伏羲はそれを感慨深く味わった。
「行くの?」
普賢が問う。伏羲は短くうなずいた。
「……また来る?」
「それは……ちょっとわからん」
「そう。来てくれたら、うれしいかな」
「そうか」
「……うん」
そうか、もう一度口の中でつぶやいた。来てもいいのか。そうだったのか。長い時が流れて、少しだけ状況は変わってしまったけれど、茶飲み友達くらいにならまた、なれるのかもしれない。そう思うと救われた気がした。
会いたくなったら、会いに来れる、この人に。それがどれだけ得難くすばらしいことか。満たされた思いで伏羲は席を立った。
「じゃあね」
「んむ」
玄関先で普賢が手を振る。それに背を向け、庭の飛び石の上を、伏羲は歩いていった。こうして誰かに見送られるなんて幾星霜ぶりだろう。人間界での自分は常に独りだったし、そうあろうとしていた。次は、いつになるかわからないが、でも土産を持ってくるぐらいはしよう。温かい思いがあふれ、伏羲はつい、振り返ってしまった。そして見た。
普賢が戸口でうずくまっている。異変を感じ、伏羲は普賢へ走り寄った。普賢は頭を抱え、全身を震わせている。冷や汗が流れ落ち、衣服にしみを作っている。
「どうした普賢、具合が悪いのか!?」
「大丈夫! 大丈夫だから。放っておいて!」
「何を言っている。尋常ではないぞ、部屋まで運ぼう」
「やめて、触らないで僕に!」
「そう言っている場合か、少しの間だ、我慢してくれ!」
伏羲は普賢を無理やり抱え上げた。普賢はその手から逃れようともがいていたが、腕の中へ収まるとおとなしくなった。目元を隠し、浅い呼吸を繰り返している。伏羲は大股で歩き、先程辞したばかりの部屋をあけ、寝台へ普賢の体をおろした。
「どうしたのだ普賢。病か? 苦しかったなら言うてくれればよかったものを」
「……うぅ…う…う……」
普賢は歯を食いしばり、細くうめいている。汗が滝のように流れ落ちていた。なにか拭くものをと伏羲が枕元を離れようとしたとき、服を引っ張られる感触がした。振り返ってみれば、マントの裾を普賢の手が骨が浮き出るほど握りしめていた。
「……行っちゃ、やだ……」
「普賢?」
「行っちゃやだ!!」
普賢が突然叫び、布団を叩いた。
「僕が! どれだけ、心配していたかなんて……キミはっ! キミには……!」
言葉が途切れた。普賢は泣いていた。紫紺の瞳を濡らしてこぼれ落ちる涙が信じがたくて、伏羲は普賢を見つめた。
「望ちゃんのバカ! バカバカバカバカぁっ!」
先程までの穏やかさはなりをひそめ、怒りにも似た感情で普賢はむずがっている。そうさせているのは自分なのだとわかったとき、伏羲は今度こそ呆然とした。長い、長い間、普賢は自分を待ってくれていたのだ。こみあげてくるのは喜び、伏羲もまた、自分がどれだけこの人を必要としていたかを悟った。気がつくと伏羲は普賢へ口づけていた。そのまま寝台へ倒れ込み普賢を抱きしめる。
「普賢、すまぬ。すまぬ、な? 普賢……」
「バカ、望ちゃんの、バカぁ……」
浅い口づけを何度もくりかえし、言葉にならぬ想いを重ね合う。だが。
「望ちゃん……抱いて……」
すっと頭が冷えた。体のほうは盛り上がっていることに気づいて、それとなく普賢の上から身をずらす。
「それは、できぬ」
「どうして」
「おぬし、玉鼎の情人であろう?」
普賢の体がわずかにこわばる。
「知っていたの」
「……見ていたから」
そう、と吐息のように普賢は言った。
「だからな、落ち着け。冷静になれ。今なら戻れる。おぬしはおぬしの道を行くのだ。な? こんなのらくらした男よりずっと頼りになるやつだと、おぬしもわかっておろう?」
「……いやだ」
意外な返事に伏羲は目を見開いた。腕の中の普賢は真剣な眼差しだった。
「お、落ち着くのだ。おぬしはただ、久々の再会に酔っているだけだ」
「それでもいい。抱いて、僕は望ちゃんがいい。望ちゃんに抱かれたい!」
普賢が伏羲の首に両腕を回し、きつく抱きしめる。
「ずっと望ちゃんが好きだった! 今も昔も、僕が想っているのはキミだけなんだ!」
突然の告白に、伏羲は頭を殴られたような衝撃を受けた。じわりと体温が上がる。
「……やめよ、おぬし、自分が何を言っているのか」
「わかってるよ。わかってて言ってるんだ。望ちゃん……好きだよ、大好きだ」
普賢の瞳に再び涙の膜が張る。それを見捨てていけるほど、伏羲は強くなかった。なによりもう、理性が飛びかけていて、このぬくもりを手放したら死んでしまいそうな気がした。
「……一回だけだぞ」
そう宣言して口づけを深める。それからどうするんだったか。頭が真っ白で、うまく思い出せない。胸をしめるのは義務感。普賢を満足させてやらないと。布地の上から手当たりしだいに触れて、普賢の体の輪郭をなぞる。
「ね、望ちゃん、服、脱いで?」
そういうものだっただろうか。思考のショートした頭で思う。言われたとおり服を脱ぎ捨て、同じく裸になった普賢と肌を重ねた。とたんに流れ込んでくる体温。汗ばんだ肌の感触。鼓動。そのすべてに圧倒されて伏羲は普賢を抱きしめた。
「うれしいよ。望ちゃん、うれしい。僕、望ちゃんに、もう一度こうして抱きしめられたかった」
耳元で囁かれる睦言に気が遠くなりかける。陶然としているうちに義務感が頭をもたげ、手を動かす。前戯を、前戯をしないと。どこだったか。普賢が喜ぶのは。どこもかしこも知っていたはずなのに、まるで初めての時のように戸惑いながら肌を伝って手をおろしていく。たどりついた蜜口は既に濡れきってひくついていた。つたなく指先を動かす、それだけで水音が立つ。
「ね、望ちゃん、もういいから、ね? 来て、ね? ほしいよ……」
誘われるまま猛り狂った己をそこへあてがう。先端を蜜口へ埋めるだけで伏羲は息を呑んだ。熱い。ここはこんなに熱を持っていただろうか。荒く息を吐きながら、伏羲は自身を奥へ突き入れた。ぬるついた肉壁をえぐる感触。収縮して食いついてくる奥底。待っていたように締め上げてくる蜜にまみれたほと。
「え? あ?」
ビクンと、伏羲は自身の陽物が跳ねるのを感じた。広がる快感。止めようもなくあふれていく精。
「あ、あ、あ……」
「望ちゃん?」
快楽にやられた体がじくじくうずいて、伏羲は普賢の上へ崩れ落ちた。だらしなく開いた口の端からよだれがこぼれる。
「……出ちゃったね」
困ったような普賢の声。どうにか口を動かして、すまん、と答えた。なんて体たらくだ。普賢を、穢してしまった。それをしていいのは普賢の認めた特別な人だけのはずなのに。自己嫌悪でいっぱいになって、だけど動けない。体は続きを求めている。
「望ちゃん、気持ちいい?」
返事もできず、こくこくとうなずく。気持ちいい。気が狂いそうだ。
「……いいよ、いっぱい、して。好きなだけ出していいよ」
「いや、しかし、それでは普賢が……」
「いいんだ。うれしい。僕ずっと、望ちゃんは僕の体が嫌いなんだと思ってた。交わって喜んでるのは僕だけなんだって、思ってた……」
普賢が足を動かし、伏羲の背中へぎちりと組みつく。
「ね、出して。欲しいよ、中いっぱいにキミを浴びたい」
普賢がとろんと微笑む。なんて美しいのだろう。もう限界だった。伏羲は糸が切れたように性急に腰を動かしはじめた。獣じみたあえぎ。汗で濡れた普賢の肌に吸い付き、見境なく赤い痕を付ける。こんなのはダメだ、こんなのはよくない。遠くで理性が叫んでいる。知ったことか。今だけは目の前のかけがえのない人へ溺れたい。伏羲は夢中で腰を振り、何度も普賢の胎へ射精した。こうしたかった。こうしたかったのだ、ずっと。寂しかったのは自分も同じ。汗を舐め取り、体中に触れあい、体位を変えてはくりかえしくりかえし。
「普賢、普賢、助けてくれ……終わらん…欲が…治まらんのだ……どうしたら、あっ、あぅ、出る、また、あ、う…ぐ……」
「望ちゃ、ああっ、あ、すご、熱いの、すごいよぉ……僕も、終わんない、気持ちいいの、止まんないの、んあっ、ああ、来る、またイッちゃ……あ……っ!」
搾り取るように普賢の内側が動く。何度吐き出しても波は去らず、二人ぎりぎりまで歓を尽くす。いつ果てるともなく続く悦楽の宴。互いの体が奏で合い高め合う。つながっている、それだけでうれしい。気持ちいい。どうしてこんなに気持ちいいのか。普賢の中は、普賢の肌は、普賢のぬくもりは、普賢のすべては、普賢は。
重ねた孤独の果てに始祖と神とは、情を交わすという言葉の意味を知った。「僕ね、望ちゃんに初めて抱かれた気がする」
「そうか?」
けれど思い返してみて伏羲は、そうかもしれんとつぶやいた。さすがに果てが来て、二人は布団の海へ沈み込んでいた。伏羲は普賢の腕に包まれ、その鼓動を聞いている。規則正しいリズムへ全身を包む鉛のような疲労が溶けていく。
「本当に不思議だよね、神界は。こうして触れ合えるし、心臓の動く音までする。望ちゃんが心細やかに設計してくれたのがわかるよ」
「……ここへ来た者が何不自由せぬようにしたつもりだ」
「そうなんだね。ひまがあるつど神界のシステムを解析しているけれど、そのたびに未知とぶつかるよ」
「……そうだの。わしの故郷の技術が満載だからのう」
緩慢に伏羲は答える。眠気がせりあがってきて、それを押し込めるのに一生懸命だ。眠ってしまえば、自分はもうここから離れられなくなる気がする。本当はこのやわらかいぬくもりに包まれて意識を手放してしまいたい。だけどそれは許されない。普賢の進む先の障害物にはなりたくない。
伏羲は身を起こした。それだけで普賢はすべて悟った。しょんぼりとした顔がゆっくりと諦念に染まっていく。普賢はゆるゆると微笑んだ。
「さよなら、望ちゃん」
その一言に魂を揺さぶられて、伏羲は勢いよく普賢の肩をつかんだ。
「ダメだ!」
「望ちゃん?」
「さよならは、わしが言うのだ! 言うはずだったのだ! なのにおぬしは、人のことなど少しも考えんで、勝手なことばかりして!」
「望ちゃん……」
「わしは、わしはずっと、ずっと願っていたのだ。願い続けてきたのだ、おぬしの幸せを、ただひたすらに。それを成すのはわしではないとわかっていたから、だから距離を置いたのに、おぬしは、おぬしはっ、自爆なぞしよって、この……大馬鹿者!」
普賢は、はっとして伏羲を見つめた。その目元には涙がたまっていた。
「望ちゃん、ごめんね。命令違反して、でも、最善の選択だったと思ってるよ」
「わかっておる!」
「うれしかったんだ僕。やっと望ちゃんの役に立てるって、キミができないことを代わりにやろうって心に決めて……」
「わかっておる……」
伏羲は頭を振って涙をはらった。そのままうつむく。
「わしはおぬしに幸せになってほしい、今となってはそれだけがわしの慰めだ……。やっと、おぬしにふさわしい相手が現れたのだ。そっちへ行け。わしのことは忘れろ。もう忘れてくれ、頼む!」
「無理だよ!」
普賢が叫ぶ。紅潮した頬を一筋、涙が流れていった。
「僕の幸せは望ちゃんの幸せなんだ! 僕の幸せは望ちゃんなくしてありえないんだ!」
「普賢……」
「望ちゃんの幸せは何?」
教えてと、普賢が言う。その頬にはもう幾筋もの涙の跡がある。それを見て、伏羲もこみあげるものを隠しきれなかった。涙声を押し出す。
「わしの、幸いは、おぬしと共に在ることだ……」
「望ちゃん……」
涙が流れていく。こらえてもこらえても溢れ出てくる。心のままに。
「好きだ普賢。ずっと、愛していた……」
「……望ちゃん」
「普賢!」
強く抱き合うと二人、子どもみたいに泣き崩れた。泣けて泣けて仕方なかった。頭の芯がしびれるまで号泣しているうちに、つまらない意地も無意味なプライドも長かった歳月も言いたかった文句も、全部涙が流して持っていった。素直な心で向き合って、何度も何度も口づけて、初めて触れ合った時のことを思い出す。特別な人とする、特別なこと。そんなの、普賢以外に考えられなかった……。
泣き尽くした頃、腕の中の普賢が身じろぎする。離れたくなくてぎゅっと抱きとめると、普賢は微笑して頬へキスをくれた。
「玉鼎とケリをつけてくるよ」
「普賢、いいのか?」
「ちゃんと望ちゃんの僕になりたいからね」
だからちょっとだけ待っててと普賢は伏羲の髪をすく。胸に不安が押し寄せる。普賢はくすりと笑って、戸棚から裁縫道具をとりだした。赤い糸を紐解き、伏羲へ渡す。そして普賢は左の小指を差し出した。
「それで指輪を作って僕にちょうだい。必ず戻ってくるよ、その約束の証に」
それならばと伏羲は言われたとおり普賢の小指へ赤い糸を巻きつけた。きゅっと結び目をつくり、鋏で余りを切ると、普賢は服を着て出て行った。
伏羲は裸の上から長衣をひっかぶり、窓辺まで椅子を運んでそれに腰掛けた。窓を開ける。いつの間にか夕暮れになっていた。ひぐらしが鳴いている。伏羲は外の風に当たりながら普賢の帰りを待った。長い小道を行った先に玉泉山金霞洞はある。本日二度目の訪問。普賢は庭を横切り、勝手口へ回った。情人として玉鼎に会うときは、こうするようにしている。小さな鈴を鳴らし、おとないを告げる。しばらくして扉が開かれ、玉鼎が姿を見せた。自分よりもずっと高いその背。すべらかな長い髪。端正な顔立ち。腰に刷いた斬仙剣が揺れている。普賢は玉鼎の顔を見るなり頭を下げた。
「ごめんなさい」
玉鼎は一瞬虚を突かれたように固まったが、すぐに半身をそらした。
「とにかくあがれ」
言葉もなく普賢は玉鼎についていき、彼の私室へ通された。香のくゆる部屋で、普賢は玉鼎と向き合う。
「別れにきました」
「太公望が来たのか?」
「……うん」
「そうか」
「ごめんなさい。非はすべて僕にある。どんなそしりを受けてもかまわない」
「私より太公望を選ぶのだな」
「……ごめんね」
その謝罪は何よりも雄弁な肯定だった。玉鼎は短く嘆息する。
「いずれおまえはそうすると思っていた」
「ごめんなさい。あなたの優しさにつけこんで、甘えていた。僕はあなたを、もてあそんだ」
「そうだな」
「ごめんなさい」
「おまえの心が常に太公望を追いかけていたのは知っていた。そのうえでおまえと通じた」
普賢は何も言えず眉を震わせた。
「だが」
チキリと鯉口を切る音が立つ。玉鼎が抜き身の斬仙剣を構えていた。その瞳には沈うつな光がある。
「ただで帰すにはあまりにも長い月日を私たちは過ごしてしまった」
「玉鼎……」
身の危険を感じ、普賢が一歩退く。玉鼎がすり足で踏み出す。
(望ちゃんごめん、帰れないかも)
こうなったのは自分が原因だ。受け止めなければ。普賢は覚悟を決め、目を強く閉じた。
――ヒュン!
空を切る音がして、左手の小指の圧迫感が消えた。思わず目を開けると、はらりと舞い散る赤い糸。玉鼎が剣を収め、背を向ける。
「せめてもの意趣返しだ」
「……玉鼎」
「さらばだ普賢、次に会うときはよき友として」
「いいの?」
思わず聞いた普賢をちらりと見返して、玉鼎は疲れたような顔を見せた。
「太公望に土下座されてもうっとおしいだけだからな。そんな姿をあの子に見せるわけにもいかんだろう。せっかく教主として立派にやっているのだ。余計な心配事を背負わせたくない。それに……つけこんだのは同じこと。太公望会いたさに夜道をふらつくおまえを見て、これならよろめくと手を引いたのは私だ」
普賢の胸を苦い寂寥が行き過ぎる。
「ありがとう、玉鼎。今まで本当にありがとう」
「礼などいらぬ。さあ、早く行ってやれ。待ちかねた恋人が、ここへ来る前に」
「……ありがとう」
普賢はぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。駆け足が遠ざかっていく。
「友か、便利な言葉だ」
玉鼎はそう嘯いた。長くも短い恋だった。最初から自分は敗れていたのだ。来るべき時が来た、それだけのこと。今宵は独り、酒を飲もう。そう決めて玉鼎は寝台へ腰掛けた。「望ちゃん、ただいま!」
「普賢!」
息せき切って帰ってきた普賢を伏羲は抱きとめた。
「おかえり普賢、おかえり……わしの普賢」
「ただいま、僕の望ちゃん」
胸を焼く想いそのままに深い口付けを交わす。唇が離れた後も、お互いの輪郭がぼやけるほど近くで見つめあう。
「普賢」
「望ちゃぁん」
甘みを帯びた声がどちらからともなく漏れ落ちる。その時。
「あのー、そろそろいいでやんしょーか」
びっくりして二人が振り返ると、そこには申し訳なさそうに扉の影から顔をのぞかせる弟子の姿があった。
「も、木タク、いつ戻ってきたの!?」
「……大告白大会くらいから」
わーお。伏羲と普賢の背中を氷が滑り落ちる。
「いやね、俺だって色事くらいは知ってるんで、そっとしておいたほうがいいと思ったんですけど、いつまでたっても正気に返る様子がねぇんで、窓閉めてあげてもぜんぜん気づいてねぇし、ほんとどうしたもんかと」
そういえば窓を閉めた覚えがない。のに、閉まっていた。そうだ。窓は閉まっていた、いつの間にか。ごめん木タク! なんかよくわからんけどとにかくごめんね! 真っ青になって冷や汗をたらす師匠とその新米恋人を眺めると、木タクは食膳を乗せたカートを部屋へ押し込んだ。
「とりま夕飯作って持ってきたんで食べてくだせぇ」
「うん…ありがとう…、いやほんと」
「それじゃご勝手にー。俺、今夜は離れで寝かしてもらいやす」
「お気遣い感謝します……」
木タクは出て行った。
「……よくできた弟子だのう」
「ホント…僕にはもったいないくらだよ……」
「まあ、木タクの弁ではないが、とりあえず食うか」
「そうだね」
二人で膳を円卓へ並べ、いただきますと箸を取る。無言で食事を進めているうちに、なんだか笑えて来た。二人同時に箸を止め、照れ笑いを浮かべる。
「これからよろしく頼む普賢」
「末永くお願いね、望ちゃん」
まっすぐに視線を交わし、二人は好物を半分んこした。